05.手放したのは、自分
彼女と別れて、一年が経った。
彼女からの留守番電話へのメッセージは、日に日に少なくなり、今ではピタリと一件も来なくなった。バイトを終えて一人きりの部屋に帰って来た時、オレンジのランプが点灯していない事に気付いた瞬間、心にぽっかりと穴が開いたのを感じた。狂おしい程の空虚感に、それだけで死んでしまえる気がした。
未だに外す事の出来ない、シルバーのペアリング。
伏せてあるだけの、二人で頬を寄せ合って撮った写真がはまった写真立て。
返すタイミングを見失った、彼女が手料理を入れて持ってきていたタッパー。
御揃いだといってバレンタインデーにくれた、手編みのマフラー。
彼女の面影は、部屋に溢れているというのに、俺は孤独だ。
キャンパスでも、俺の耳は彼女の声をすぐに見つけ出す。りんと涼しげな、少し高めの声を。今はもう、視線を交わすことも無くなったあの澄んだ漆黒の瞳を。ばっさりと切ってしまった、風に揺れる髪を。
あぁ、振り向かなければ良かった。
瞬時に後悔に襲われた。心臓が、確かに一瞬鼓動をやめた。
楽しげに腕を組み、肩を寄せ合って並んで歩く彼女と俺の知らない男の姿など。見付けたくなかったのに。
ばかだ。手放したのは、彼女を突き放したのは、他の誰でもない自分だというのに。
勝手に嫉妬をしている自分が醜くて醜くて、はやく消えてなくなってしまいたい。
彼女の指に、俺が知っているいつもの銀の光は無かった。