05.何かが足りないんだ
手紙、読みました。
大丈夫、私はとても元気にやっています。
これから少し自分のことは棚に上げて、あなたのことを責めるわ。ごめんなさい。言いたいこと、沢山あるの。でも、頭の中ぐちゃぐちゃで考えがまとまらないかも。
ひどいのね、私に一言も話してくれないなんて。あなたは手紙に、私なら最後まで共に歩んでくれたのかもしれないと書いていたけれど、その通りです。
けれど、あなたが私の事を考えて別れを決心してくれたのは、痛いほどに良く分かりました。そんな風に考えて選択をしてくれるなんて、最後までやっぱりあなたはあなたね。
必ず私は、後に残される。
それは、とても辛いこと。あなただって、私にとっては最後まで共に生きたい唯一の存在だったもの。
けれど、出会ってしまったからには、別れは必ずやってくる。それが遅いか早いか、違いはきっとそれだけなの。あなたがいない世界が訪れるなんて当時は考えもしなかったけれど、受け入れられないほど私は弱くない。
だから、最後の最後まで、私はあなたの隣にいたかった。あなたのお陰で、私は一つの『幸せ』という形を手に入れたけれど、私はあなたと幸せになりたかった。
生温い永遠なんていらない。私は、そんなものよりずっと、あなたとの一瞬が欲しかったのに。
でも、あなたの変化に気付けなかった私も同罪ね。だって、あなたの変化に気が付いたのは私の結婚式の日だったもの。あまりにも遅すぎたわよね。ごめんなさい。こんな私が、あなたが好きだなんて間違っても言ったらいけなかったのかもしれないわね。
でも、信じて。私は本当にあなたを愛していたの。
あなたのお母さんに頼んで、日記を読ませてもらいました。持っていて欲しいと言って渡したのに、あなたったらあの銀のペアリング、捨ててしまったのね。結婚式をあげたホテルの前の海に捨てたと書いてあったから、私精一杯探したんだけれど、だめでした。2月の海って、あんなにも寒いのね。心まで冷やされて、とても辛かった。もう何ヶ月も前だから、どこか遠くの海に流されてしまったのかな。
ほんの少し、言い訳をさせて。私の夫は、あなたそっくりなの。見た目はあなたより随分とがっしりとしているけれど、性格はあなたととても似ているわ。だから、あなたと重ねてしまった。挙げ句の果てに、結婚までしたのよ。馬鹿みたいでしょう?
結局、あなたのこと忘れられませんでした。あなたを失った今では、忘れてはいけないと思うようにもなったわ。あなたの眠るように綺麗な顔を見た時、もう忘れようなんて思わないように誓ったの。
夫には申し訳ないわ。忘れるって何度も言ったのに、結局それも嘘になりそうだもの。
でも、安心して。男の子を授かっても、あなたの名前を付けるなんて馬鹿な真似はしません。
あなたの死に顔、不謹慎かもしれないけれどとても美しかった。随分と長い間日に当たっていなかったのかな、肌が抜けるように白かったわ。
アルバムから写真を抜き取って、あなたに貰った物も全部棺に入れて貰いました。あなたとの思い出の品って本当に沢山あったのね。あなたの痩せた細い体よりも、ずっとずっと重そうに見えました。抜け殻のあなたより、想いが沢山詰まってぎゅうぎゅうなっているからなのかな。あなたの大好きだったリコリスの花も沢山入れて貰ったけれど、あの甘い香りは届いてた?
桜、結局見えず終いだったのね。
あなたが亡くなって1ヶ月が経つ今、桜は満開を迎えています。公園を通ると、桜吹雪がすごいの。あんなにも散っているんだから、きっとすぐに消えて無くなってしまうわ。
薄紅色の儚いあの花は、まるであなたみたい。咲き誇って、すぐに消え去ってしまう。その様子が切なくて、苦しくて、艶やかで、私、変になってしまいそう。でも、すぐに消え去ってしまうからあの花は美しいのね。だから私も魅せられてしまったんだわ。あなたにも、桜にも。
あなたは、前世や来世、輪廻の思想は信じていないそうね。でも、ごめんなさい。私は、信じてるわ。だから、私はまたあなたといつかの時代に巡り会えると信じてます。どんなに離れてたって、私が見つけ出してみせるわ。きっと。
あなたの言う通り、文字って冷たいのね。あなたの手紙に書いてあった、愛してるの文字も、何かが足りないんだ。だから今度は、あなた自身の声で聞かせてね。その時が早く来るのを願っています。ううん、私が迎えに行くわ。待ってなんていられない。
私が今、現在進行形で愛を語るのは、罪深いことなのかもしれない。でも、あなたを他の誰よりも愛しています。
どうか、このヒドイ女を許して下さい。
クリスマスの日の約束、覚えてくれているようで嬉しいです。また、同じ約束をしようね。それから、あなたが私を幸せにして。
ゆっくりと、休んで下さい。
また、いつか。
PS:この手紙は、あなたからの手紙と一緒に、銀のリングが眠る海に流すわね。
fin