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手放したのは、自分 01.そんなに責めないで


彼女と付き合い始めたのは、いつ頃だっただろうか。


高校一年生の時に彼女の方から好意を伝えられた。その時の彼女の耳まで赤くなった顔を、今でもよく覚えている。


「好きです」


たった一言。同じクラスだというのに敬語が抜けきらない奥手な彼女の、恐らくは精一杯だったのだろうその言葉。


それまで彼女を恋愛対象としてみたことは無かった。彼女を意識し始めたのは、付き合い始めてからだったように思う。


女は、熱しやすく冷めやすい。

男は、時間を重ねる毎に相手を想うようになる。


どこで聞いたかも分からないそんな文句。俺自身は正にそうだった。しかし、彼女は違った。


休日、彼女と外出する度に気合いを入れたような服装。付き合って何年経っても変わらない、純粋に俺を恋い慕う柔らかな笑顔。段々と緊張せずに話すようになり、口数も多くなった。


白魚のような彼女の手を握ったときの甘い感触。マニキュアはしない彼女の桜貝のような爪。ひんやりと少し低い体温。


本当に好きだった。彼女を心から愛していた。


だから、何故今こういった状況になっているのか、自分で引き起こした事とは言えよく分からない。

「別れよう」


そう一言。二人で進学した大学の、二人でいつも他愛もない話をした噴水の前のベンチで。


俺の言葉に、彼女は唖然とした表情を浮かべていた。大きな漆黒の目をさらに大きく開いて、口は何かを言いたげに、しかし言葉を思いつかないのかぱくぱくと開閉を繰り返している。


立ち上がり彼女に背を向けると、それまで黙り込んでいた彼女は俺の上着の裾を掴んだ。弱々しく震える手が痛々しい。


「な、んで?いきなり、そんな事……」


震える声が痛々しい。出来ることなら、優しい君にこんな思いをさせたくないのに。


「……ごめん」


「どうしてっ!?理由も分からないのに、別れられないよ……!」


俺の言葉に、彼女の袖を掴む力が強くなる。彼女は、今まで聞いたことがないほど大きな声をあげていた。


「ごめん。まだ、話せない」


彼女の手を服から優しく外して、両手で包み込む。緊張しているのだろうか。いつもより体温が低い。


じゃあね。


手をのけてそう言うと、彼女から一歩離れた。彼女は俯いたまま、スカートを握り締めている。


いつもなら抱き締めて、その冷たい体を暖めるのに。


そんな事を思いながら、静かにその場から立ち去った。

鮮やかに黄色に色付いた銀杏の木の下を、泣き出しそうな気持ちになりながら走る。ガサガサと音を立てる落ち葉が、俺の心を掻き乱した。


ねぇ、出来るなら傷つかないで。

辛い時は、いつも唇を噛み締める君が自分を傷つけないかが、とても心配。


ねぇ、出来るなら俺を責めて。

優しい君が、自分を責めるんじゃないかと思うと、とても辛い。


こんな形でしか愛せなかった。こんな方法しか思い付かなかった俺を責めて。

君は、何一つ悪くないのだから。




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