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こんなつもりじゃなかったのに9




そうして、次の互いの休みに二人が向かったのは、遊園地だった。

シンボル的な大きな観覧車、勢い良く下降するジェットコースターからは、恐怖と楽しさが入り交じった悲鳴が聞こえてくる。

遊園地の入り口では、人目を引くカラフルでポップな色合いのゲートが客を迎え入れ、笑顔を絶やさないスタッフ達が、入場する客達に声を掛け、楽しい一日の始まりを演出してくれている。


「うわー、久しぶりだなー!」


遊園地内の弾むような明るい雰囲気につられ、澄香(すみか)は楽しそうに笑顔で振り返った。


「…なんで遊園地なんですか?」


だが蛍斗(けいと)からは、乗り気じゃない様子が、その表情からありありと伝わってくる。気持ちを隠しもしないその顔を見て、そう言えば、蛍斗の印象も随時変わったなと澄香は思った。


澄香がただの客だった時は、当たり障りの無い感じだった。

いつも無表情だし、その心の内なんて分厚い扉に閉ざされて、容易に触れてくれるなと言わんばかりだった。


けれど今は、不満なら不満だと表情で見せてくれる。ピアノを弾く横顔は大人びて見えたけど、部屋の片付けが多分苦手で、自分勝手な所もあると知った今では、綺麗な蛍斗のイメージは壊れつつあった。

強引なのか優しいのか、少なくとも初めて獣憑きの症状を出してしまった時は優しかったが、それ以外は大体冷たい。


王子様は、何を考えているのだろう。


自分も人の事をとやかく言えないが、好きでもないのにわざわざ恋人関係になろうというのだ、彼には何か目的があるようだが、自分はただ、成り行きだ。

突然の別れの寂しさを、蛍斗といる事で誤魔化そうとしている。蛍斗の手を取る事で、(じん)とどこか繋がりを持っている事に安心してるのかもしれない。


最低だなと、自分で思う。



澄香は帽子を深く被り直した。

今日も澄香は、獣憑きの症状が万が一出てしまった時の為に帽子を被り、羽織り用のシャツを腰に巻いている。

今日は春なのに、夏のように太陽が輝いている。どこまでも続く青空は、絶好の遊園地日和といえるだろう。


今日、澄香が蛍斗と過ごす場所に遊園地を選んだのは、遊園地なら余計な事を考えずに過ごせると思ったからだ。

乗り物を片っ端から乗って騒いでいれば、胸にぽっかり空いた穴も、おかしくても振り払えないこの状況も、全て忘れて、ただ楽しめると思ったからだ。


隣が誰かも、きっと気にならない。


「いーだろ!絶叫系乗りたい気分なんだ!ほら、行くぞ」

「え、いきなりですか…」


苦い顔を浮かべる蛍斗を笑い、澄香は人で溢れる賑やかなその場所に駆け出した。






だが、笑って騒いで終えられると思った一日は、最初に乗ったジェットコースターで終わりを告げた。

賑やかに駆け回る子供達、楽しげなカップル。その様子を横目に、澄香は心配そうな表情を浮かべ、一人ベンチでぐったりとしている蛍斗の元へ向かった。


「大丈夫か?苦手なら先に言えよ。あっち、屋根のある席空いてたから行こう」

「ここで良い、すぐに治まるから…」

「…そう?ほら、スポーツドリンクあった。これのがすっきりするだろ」

「ありがとうございます」


素直に受け取った蛍斗は、口で言うより体調が悪そうだ。彼は乗り物に弱いらしく、聞けば電車もギリギリで踏み止まっていたらしい。


「ちょっとは気分良い?ほら、ハンドタオル濡らしてきた」

「…そういうの持ち歩いてるんですね」

「何その意外そうな目。一応エチケットだろ」

「俺はハンカチとか持ち歩いたことないから」

「それこそ意外、潔癖っぽいのに」

「そっちこそガサツっぽい」

「どの辺が?」

「仁が選ぶ辺り。あいつの彼女、見た目は綺麗に整えるけど、中身は大雑把な奴ばっか」

「…仁は、しっかり者だからな」


澄香の苦笑いに、蛍斗は視線を揺らしながら額にタオルを乗せると、ベンチの背に頭を凭れさせた。


「…すみません、別に仁の事を言う気は無かったんだけど、つい」

「…はは、何謝ってんの」


澄香は眉を下げて笑った。蛍斗のたまに垣間見せる優しさや気遣いが、やけに胸に刺さる。きっと、元々、蛍斗からは優しさを求めていなかったから、不意打ちをくらったように感じ、その優しさが胸の内で膨れ上がってしまうのだと、澄香は自分にそう言い聞かせた。


「…あー、でもさ!こういうの少女漫画でよくあるよね」

「どれが?」

「ほら、片思いの相手が絶叫系弱くて、グループで来てたのに、何気に二人きりになってドキドキするやつ」

「へぇ…、少女漫画なんか読むんですね」

「うん、読まない?結構面白いよ。女友達とシェアして読んでた」


意外?と尋ねれば、蛍斗は顔をこちらに向け、そっと笑って頷いた。


「少年漫画ばっかり読んでそう」

「お前は食わず嫌いしてそうだなー、読んでもないのに勝手に決めつけてそう」

「…別にそんな事もないけど。あと、乗り物も本来はそこまで弱くないので。あのジェットコースターだって、いつもだったらここまで酔ったりしませんから」


急にそんな事を言う。澄香は思わず笑っていた。蛍斗はジェットコースターに弱い事を、照れくさかったり、格好悪いと思ってたりするのだろうか。

何だか初めて優位に立った気分になり、そうなれば澄香に悪戯心が芽生えてくる。


「じゃあ、気分良くなったらあれ乗るか!」


澄香が指差したのは、子供が行列を作るアトラクションだ。普通のジェットコースターのように、極端に上がって下がってという動きもなく、スピードもゆっくり目で、コースターが巡る敷地も狭い。緩やかな坂の上がり下りと、角度のあるコーナーを回るのを楽しむ、子供向けのジェットコースターのようだ。


「…子供ばっかりですけど」

「大人が乗るなって制限は無いだろ?あれなら乗れるんじゃない?ほら、大人の男連中も並んでるよ。テンション高いなーあいつら」


笑う澄香を眺め、蛍斗は小さく息を吐くと、体を起こした。それからドリンクを一気に飲み干すと、蛍斗は立ち上がって澄香の手を引いた。


「どうした?」

「あれ乗るんでしょ?付き合いますよ」

「え、もう?具合は?」

「大丈夫、それに子供向けでしょ?大した事ありませんよ」

「えー、どうかなー」

「なんだよ!あれくらい平気だから!」

「はは、じゃ付き合って貰おうじゃないの」


澄香のふざけた態度にも、蛍斗はムッと顔を顰めたが、本心から怒っていないのが透けて見える。蛍斗から感じる友達のようなその感覚が、澄香には何だか嬉しく思えて、自然と頬を緩めていた。






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