学校探索
グレイル魔法学校の校舎は三階建てだ。
一階が一年生と二年生の教室。
二階が三年生と、職員室や保健室など。
三階が四年生と五年生の教室になっている。
各階の空き部屋は物置として使われている。
「おおー、ここが実験室か!」
シュンスイ君は目を輝かせて実験室を見てまわっていた。
色々な器具が所狭しと並んだ様は確かに見る人によっては興味をひかれるものかもしれない。
……前から三番目の窓だな。
私は適当な机をかりて校内地図に印をつける。
そこへ影が落ちる。
顔を上げるとエボーディアン君がいた。
「見取り図に印なんか付けて何してるの?」
彼は不思議そうな顔で尋ねてきた。
「そこの窓」
そう言いながら図上で印をつけた窓を指し示す。
「近くにかなり重量のありそうな器具が置いてあるでしょ。
緊急時、いちばん早く割って逃げることが出来る。」
「非常口ってこと?」
「そう。」
彼は訝しげな顔をしながらもそれ以上尋ねてくることは無かった。
何か返答を間違っただろうか。
シュンスイ君は未だに実験室の中を興味津々で歩き回っていた。
非常口の確認も出来たし彼が満足するまで待つか。
そう思いエボーディアン君と雑談を始める。
「エボーディアン君は、」
「エディでいいよ、長いでしょ。」
「エディは、」
「あ!
俺もエディって呼びたい!!」
私が適当な話を始めようとすると、いつから居たのか、背後から声がした。
「シュンスイ君、満足したの?」
私の問いかけにぶんぶんと首を縦に振る。
そして今度は私の正面にいたエディに目を向けた。
「ね、俺もエディって呼んでいい?」
いいけど、とシュンスイ君の気迫に押されたエディが答える。
「やった!
なんかこう言うの友達って感じしていいよな!」
そう言ってエディに眩しいくらいの笑顔を向ける。
エディはどこか照れたような困ったような顔をしていた。
「次行こうか。」
私の言葉に二人は頷き歩き出した。
その後回った部屋は、保健室、第二実験室、職員室、校長室だった。
非常口になりそうなのはそれぞれ、1番前の窓、前のドアから出て突き当たりの窓、ベランダだった。
校長室は中に入れなかったため確認できなかった。
「次、図書館と植物園と体育館あるけど、体育館は式で行ったしいいかな?」
体育館は正面向いて左側のドアだった。
「そうだな!
あ、ユアンちゃんさ……」
何か言いかけてシュンスイ君が眉をひそめる。
黙り込んだかと思うとすぐにばっと顔を上げた。
「ユンちゃん!
一番しっくりくる!」
なんだ呼び方か。
「好きに呼んでよ。
私も君のことシュン君って呼んでもいい?」
「いーよ!」
「……僕も、呼んでいい?
ユンちゃんとシュン君って」
おずおずとエディが声を出す。
「もちろん。」
「嬉しい!」
何だか一気に二人と距離が縮まった気がする。
「じゃあ、次は図書館だ!
ユンちゃん、本好きって言ってたから楽しみだな!」
「うん」
シュン君が嬉々とした様子で進んでいく。
図書館は校舎とは別の建物になっていて女子寮と植物園の間にある。
曲線的な屋根をした建物だった。
中に入ると靴を脱ぐスペースがあり、用意されていたスリッパに履き替えた。
さらに奥へ進むと広々とした空間にびっしりと本が並べられていた。
「うわぁ」
二階まである。
見ただけで自分がわくわくしているのがわかる。
「こんにちは。
一年生かな?」
ふと声をかけられる。
見るとカウンターに人がいた。
グレイルの制服を着ているので生徒だろう。
黄色のネクタイということは四年生か。
くりくりとした目がこちらを覗く。
先輩なのだろうが年上にしては愛らしい顔立ちだ。
「こんにちは!
一年A組のシュンスイ・シバカタです!!」
シュン君が元気よく自己紹介をしたので慌てて自分も名乗る。
「同じく一年A組、ユアン・アドラーです。」
「一のA、エボーディアン・アーサー・ラナンキュラスです。」
私に続いてエディも名乗る。
三人の自己紹介に先輩が頷くたび色素の薄い髪がふわふわとはねた。
「元気だね、俺は四年B組のハジメ・フジワラ。
図書委員だよ。
放課後や休日はよくここにいるんだ。」
よろしくね、と微笑むフジワラ先輩。
何だか先輩の周りの空気もふわふわしている気がする。
あ、と言いながらフジワラ先輩が手を叩く。
「せっかく来てくれたんだし図書館の説明するね。
一度に借りられる本は5冊まで、期間は三週間、本を借りるにはカードがいるんだけどみんなは配られるの明日かな。」
色んな本があるからゆっくりしてってね、と言って再び先輩はカウンターに座り直した。
まだ借りられないのは残念だが見るくらいならいいだろう。
「二人とも、私二階見てきていい?」
私の要望にシュン君とエディはこころよく頷いてくれた。
二階に上がると壁一面に本が並べられていた。
毛足の短い絨毯には、嵌め殺しのステンドグラスが鮮やかな光を落としていた。
本棚の端からざっと目を通していく。
家にいた時は町まで行かないと本なんて手に入らなかったから目の前の光景がどうにも現実味を帯びなかった。
そっと一冊手に取ってみる。
パラパラとページをめくると蟻の行列のような活字が左から右へと流れていく。
これから好きな時にここへ来れると思うと口元が自然とゆるむ。
「おまたせ。」
二人の元へ戻ると、シュン君が驚くほどの速さでこちらを向いた。
「ユンちゃん!
植物園行こ!!」
そう言って今にも走り出しそうなシュン君を横目に近くにいたエディに尋ねる。
「シュン君、図書館飽きちゃった?」
彼はゆるゆると首を振った。
「違う、フジワラ先輩にさっき『植物園では隣接して動物の飼育もおこなってる』て聞いてずっとうずうずしてるだけ。」
それでも私が降りてくるまで待っててくれたのか。
私達はフジワラ先輩に挨拶をして、半ばシュン君に引きずられるように植物園へと向かった。
植物園には多種多様な植物が並んでいた。
色鮮やかな花々はちょうど見頃を迎えているのか天に向かって大きく花弁を広げている。
植物の整列を抜けると格子で囲われた小さな小屋が見えた。
シュン君を筆頭に小屋の入口へ近づくとちょうど中から人がでてきた。
「わっ、なんだお前ら」
ジャージを着た青年だった。
相手は人が来るなんて思いもしなかったのか酷く驚いた様子だ。
しかし、私たちの制服を見るとすぐにその驚きも引いたようだった。
「なんだ、一年生か。
最近畑荒らしがいるから犯人かと思ったぞ。」
まあ罠を仕掛けたから被害は減ってるけどな、その言葉に背筋が凍った。
何も知らずに植物園に入ったらどうなっていたのだろう。
「俺は三年A組のソウジ・ヒガシカワ。
生物委員だ。」
先輩に続き先程のように三人がそれぞれ名乗る。
その間もそわそわと小屋の中を覗くシュン君に先輩が苦笑いで声をかける。
「餌やり、やるか?」
シュン君は勢いよく頷いた。
小屋の中は存外広く、色々な動物がいた。
うさぎにひよこによく分からない動物。
ガタッと音を立てて私が何かにぶつかる。
音のした方を見ると小さな檻があり中で何かが蠢く気配がした。
「アドラー、あんまそいつに近づかない方がいいぞ。
三週間は床と仲良しになる。」
うさぎ用だろうか、餌を取り出しながら先輩が言う。
私は音を立てないようにそこから離れた。