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入学式

グレイル魔法学校。

それは魔法師を志すものならば一度は耳にしたことがあるであろう名前である。入学は完全に学校側からの指名であり生まれに関係なく学費は国に負担される。一学年の人数は片手で数えられる程度、新入生がいない年も稀にある。


そんな狭き門を通り私は今グレイルの校章が輝く制服に身を包んでいる。

広い体育館に集められた新入生五人は誰もがきゅっと口元を結び身動きひとつとらなかった。

その中の一人である私も、緊張のあまり指一本の動きにさえ神経を注いでいた。

少しでも動けば何か取り返しのつかない事になる、そのような気でいたのだ。


そんな中、入学式、_と言っても私たち新入生五人と先生方八人だけの出席だが_は着々と進んで行った。

私のクラスである一年A組ともう一つの一年B組の担任が紹介され、一人ずつ名前が呼ばれ、杖が渡され……といった流れで一時間程度の式は幕を閉じた。


あまりの緊張にたった四人しかいない同級生の名前を誰一人として覚えていない。

式が終わった私たちはそれぞれの担任に案内され校舎の自分たちの教室へと案内された。


教室は簡素なものであったが人数が少ないためじゅうぶんな設備に思えた。

用意された席に先生の指示通りに座る。

ここでようやく緊張のいとがとけ汗がどっとふきでてきた。


「まずは、皆さん入学おめでとう、かな。」


教壇にたった担任が話を始める。

歳は二十代後半ぐらいだろうか、明るい赤茶色の髪が首元で切りそろえられており目元の隈が目立つおそらくは男性教師だろう。

しかし彼のどんな特徴を差し置いても目に入ってくるのは"手"であった。


田舎育ちであっても、都会には色々な種族が共存しているということを人伝に知っていた……知っていたのだが、手首を二つ自身の周りに漂わせているのはいったいなんという種族だと言うのだろう。

私の視線に気づいたのか、他にも見ている人がいるのか、手を二つ余分に持ち合わせた先生はにこりと笑って自己紹介を始めた。


「ワタシはナガサネ・クロキ。魔法原理学の教員でこのクラスの担任です。

みんなこの"手"が気になってるみたいだけど、実はワタシにもよく分からないんだよね。」


そう言って困ったように笑うクロキ先生。

大丈夫なのか、それって。

その横では二つの手がそれぞれピースをしている。


「実験の手伝いとかしてくれるから放って置いてるんだよね。

まあ、害は無いので気にしないでください。」


そう言って話を終わらせようとする。

害がなくてもかなり気になるが本人が分からないのなら仕方ないだろう。

その時クロキ先生があ、あとね、と付け足す。


「この手、断面に位置するところに布が巻いてあるでしょ。気になって布を取る子がいるんだけどさ、やめておいた方がいいよ。」


そう言って今度こそ話を終わらせるクロキ先生。

手の断面って……。

頭に浮かんだ嫌な妄想を振り払うように首を振る。


「じゃあ、ワタシの自己紹介はこのくらいにして今度はみんなの番だよ。

そこの端っこをの子から自己紹介してね。」


そう言って私と反対側の端に座っていた男の子が指名される。

立ち上がった彼はくせっけのない栗色の髪をしていて、背丈は私よりは高いが平均的であった。

クロキ先生に促され教壇に上がり自己紹介をする。


「エボーディアン・アーサー・ラナンキュラスです。

よろしくお願いします。」


エボーディアン君は一度も顔を変えずに名前だけ名乗ってさっさと席へ戻ってしまった。

クロキ先生は時間あるのに、と言いながら次の人を教壇へ送り出していた。

その人はエボーディアン君とは対極的で金色のチクチクとしたくせっ毛の男の子だった。

彼はニコニコしながら自己紹介を始めた。


「俺、シュンスイ・シバカタです!

動物が好きで、家で犬を三匹飼ってたんだ!

ポチと、コマと、ノンって名前で、あ、コマは女の子ね。

あと猫も好き!

飼ってはいなかったけど野良猫と戯れて泥だらけになってよく母さんに怒られてた!

あとは、ええっと、植物が好き!

俺の家ね、山の近くだから色んな植物生えてんの!

摘んでかえっておひたしにして食べてた!

最近採った野草では……」


そのまま話は美味しい野草、毒のある野草の見分け方、猫が好きな野草と、どんどんズレていった。

そこでクロキ先生のストップが入った。


「ありがとうね、シュンスイ。

もう十分だよ。」


そう言いながらまだ喋り足りないという様子のシュンスイ君を席へと押し戻す。

そして私の番が回ってきた。

クラスメイト二人と先生一人なので式と比べたら緊張はしない。

だからといって自然体でいられる訳でもないのだが。


ぎこちない足取りで教壇へ上がる。

正面をむくと無表情でこちらを見るエボーディアン君とにこにこしているシュンスイ君、二人の後ろには口パクでがんばれーというクロキ先生と握りこぶしで私を鼓舞してくれるふたつの手。

私はひとつ息を吸って自己紹介を始めた。


「ユアン・アドラーです。

好きな物は、えと、本です。

よろしくお願いします。」


そう言って勢いよく頭を下げる。

瞬間『ゴンッ』と言う音と共に額に痛みが走る。


「いっ」


小さく声が漏れる。

教室は水を打ったような静けさだった。

数瞬遅れてクロキ先生が大丈夫?と私に声をかける。

対して痛くはないのだが恥ずかしさで涙目になっていた。


「だ、大丈夫……デス。」


私は赤くなった顔を隠しながら足早に席へと戻った。

あぁ、穴があったら入りたいとはこう言う時に使う言葉なのだろう。

いっそ自分で穴でもなんでも掘ってしまおうか。

馬鹿なことを考えながら深呼吸をする。

顔に集まった熱が引いた頃ようやくまともに先生の話が耳に入ってきた。


「という訳なので、十分休憩で学校探索の道順決めておいてね。

それじゃあワタシは用があるので、学校探索の開始までには戻ってきます。」


そう言ってクロキ先生は教室を出ていた。

チャイムが鳴り残された私たちはただただ沈黙していた。


「……。」


すっごい気まずい。


私がどうしようかと考えを巡らせていると隣の席から声をかけられた。


「えっと、頭ぶつけたの大丈夫だった?」


こてんと小首を傾げながら話しかけてきたのはシュンスイ・シバカタと名乗っていた子だった。


「大丈夫、ありがとう。」


よかったぁと言って笑う彼は私にとって救世主に近かった。

もともと同い年の子供なんてほとんどいなかった私にとって"話しかける"なんて行為よりもコップいっぱいの水を頭に乗せて零さずに火の輪くぐりをする方がまだ優しく思えた。


「学校探索の道順を決めるんだったね。」


「そう!

二人はどこから行きたい?」


そう言ってシュンスイ君は半身後ろへ下がってエボーディア

ン君のほうも見ながら聞いた。


「……僕は、どこでもいい。」


先程クロキ先生から配られたであろう校内地図に一瞬目をおとしてからエボーディアン君が言った。


「私も、結局全部回るだろうし順番はなんでもいいな。

シュンスイ君は?」


そう言ってシュンスイ君に目を向ける。

彼は少し悩んだ素振りを見せた。


「んー、俺も順番はなんでもいいし二人がいいなら近いところから回っていくか。」


そうだね、と言って話は終わった。

休憩時間はあと八分ある。

再び沈黙が始まる。

何か話すべきなのだろうが、何か話題はないだろうか。


「……二人は、」


私が口を開くと二人とも素早くこちらを向いた。

二人も気まずかったのか。


「趣味とかある?」


とりあえず当たり障りのない質問を投げかける。


「趣味かー、俺はさっき自己紹介でも言ったけど暇な時は動物と戯れたり野草採ってたなぁ」


何となく予想どうりの回答のシュンスイ君の横でエボーディアン君が少し考えてから口を開いた。


「僕は、剣術をやってた。」


「そうなんだ。

私も剣術はお父さんに習ってたよ。」


「え本当?

型は?」


私の返答に間髪入れずエボーディアン君がたずねる。

想像以上の食いつきに少し驚く。

先程の大人しげな態度とは違い年相応に興奮したような目をしていたがすぐに恥ずかしそうに目を逸らした。


「ごめん。

剣術やってる子周りにいなかったから。」


「謝らないで。

私も周りに同い年の子自体ほとんど居なかったから、二人に会えて嬉しい。」


エボーディアン君をなだめるように笑いかける。


「二人ともすげーな!

俺剣術やったことねぇや。」


シュンスイ君が尊敬の眼差しで私とエボーディアン君とを見る。


そうして話しているうちにチャイムが鳴り先生が教室へ来た。


「三人とも道順は決められたー?」


私たちが返事をすると先生は満足気に頷いた。


「じゃあ、一時間後、教室に戻ってきてね。

寮はこの時間はまだ入れないから気をつけてね。

あと他クラスも入っちゃダメだよ。

先輩たちは今日は休日だけど、教室に罠仕掛けてることあるからね。

危ないよ。

裏山は射撃場になっててまだ説明受けてないから一年生だけで行っちゃダメ。

まあ、注意事項はこのくらいかな。

ワタシは教室で待ってるから一時間後ね。」


クロキ先生はいってらっしゃーい、と言って私たちを送り出した。

教室に罠……。

まあ、特殊な先輩がいたところで何ら不思議はないか。

この学校の生徒という時点で頭のネジが二、三本飛んでいるのは当たり前だろう。


「二人とも、まずは二階に行こ!

一階と三階は基本的に教室で実験室とかは二階みたいだからさ!」


そう言って先陣をきって進むシュンスイ君。

学級委員長向きだな。

私はずんずんと進む彼の後に続きながらそんなことを考えていた。



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