ステュペット・オールド・マン
テラーは一人教会に向かって歩いていた。
教会にどれほどの強者が居ようとも敵では無い。
テラーはベネルクス二刀流の師範だった。
彼の人生は順風満帆とは言い難かった。
まず彼が師範になれたのは元々師範の家系だったのが大きい。
親から継いだと言えば聞こえは悪いが親から英才教育を施されたお陰で
同世代では比類無き強さを持つ男として並び立つ者は居なかった。
テラーは順調に強くなり親から師範を継いだのだった。
テラーは次第に傲慢になっていった。
とは言えテラーの世界は道場だけと言っても良い。
決闘法によってヨーロッパ連合では戦争が無くなったのだ。
きっと自分が死ぬまで戦争は起こらないだろう。
再誕歴7571年マーチ16日。
スペインとの半島戦争が勃発した。
テラーは当時200歳(現実で言う所の50歳)。
ベネルクス二刀流も武術動員法※1 により動員された。
※1:ベネルクス王国では武術の成立には武術省の認可が必要である。
認可を受ける事で税制の優遇等のメリットが有るが
有事の際には徴兵されるというデメリットもある。
テラーは弟のジョイと共に門下生を率いてイタリアのピエモンテに向かった。
ここを突破されればスペイン帝国軍はローマ※2 に向かうだろう。
※2:文化的中心地とも呼ばれる重要地点である。
新派、 旧派にとっても重要なバチカンの目と鼻の先に有る場所でもある。
スペインがローマに向かう事を例えるのならば
ユリウス・カエサルが賽は投げる※3 のと一緒である。
※3:ユリウス・カエサルが元老院のグナエウスに背き軍を率いて南下し
北イタリアのルビコン川を通過する際に言ったとして知られる言葉【賽は投げられた】
から発する言葉、 回帰不能点を指す。
もしもスペイン軍が最終防衛ラインであるルビコン川を渡りローマに侵攻した場合。
スペイン帝国との和平は不可能となり、 ヨーロッパ連合とスペイン帝国の全面戦争が巻き起こる。
ヨーロッパかスペインのどちらが無くなるだろう。
常識的に言えばヨーロッパ連合にスペインが勝利した所で
スペインがヨーロッパ全土を支配出来る訳も無い。
スペインにとってはリスクが大き過ぎ、 リターンが少ない。
だがしかしスペイン帝国の若き当主カール5世は野望に燃えていた。
旧派の熱心な教徒であったカール5世は以前より旧派の理想的宗教国家である
『神聖ローマ帝国』の樹立を夢想し、 常々語って聞かせていた。
ヨーロッパに拠点を置き、 そこから建国する予定だったらしい。
荒唐無稽な話だが旧派の信徒からしてみればまさに理想郷とも言える。
カール5世は旧派の信徒が皆協力し合えばそういう国家が成立すると考えた。
だがしかし半島戦争ではヨーロッパ連合の旧派信徒も戦ったのであった。
尚且つカール5世には前皇帝崩御の切欠を作った逃走奴隷29.5人※4を
ヨーロッパ連合が保護したという大義名分がある。
※4:妊娠中の胎児を0.5人とする。
奴隷禁止法を施行しているヨーロッパ連合としても保護した奴隷を
スペイン帝国に返還する訳には行かないとして半島戦争が開戦したのだった。
話をテラーに戻そう。
イタリアのピエモンテは最前線となるがテラー達ベネルクス二刀流の門下は甘く考えていた。
自らの剣術の冴えを見せつけられると高を括っていた。
だがしかしスペイン帝国は世界最強の一角と言われる強豪。
軍人達は生半可な強さでは無かった。
RPC※5 ギリシア火薬※6 ハンドサイフォン※7 等最新鋭兵器で武装した一般兵。
※5:Rocket-Propelled Cowの略、 ロケット推進牛。
携帯出来るICBCと言える代物で小型の牛を射出し相手を粉砕する兵器。
ロケット推進で威力を増しており、 小さな防壁なら防壁ごと破壊出来る。
※6:焼夷兵器の一種。
※7:携帯用火炎放射器の一種。
そして様々な武芸を習得したスペインの騎士達に圧倒された。
ベネルクス二刀流だけでは無く、 ベネルクス王国やヨーロッパ連合の武芸者も集まっていた。
だがしかし数で圧倒してもスペインの質には遠く及ばない。
スペイン軍武芸者一人は文字通り一騎当千と言える滅茶苦茶な強さを誇っていた。
テラーも必死に戦った、 ベネルクス二刀流の奥義を尽くしたのだった。
その結果、 殆どの一般兵を倒す事に成功。
最初から強敵との戦いを避けた立ち回りだったが結果的に進軍を遅らせる事に成功した。
しかしスペイン騎士達によってヨーロッパ連合軍も壊滅状態。
ジョイも首を刎ねられていた。
テラーも両手の感覚が無くなる程戦った。
最早ここ迄、 と諦めたその時。
伝説の傭兵部隊【サテライツ】の強襲。
後にシンゲツ姓を継承するバロッグ率いる27人がスペイン騎士達を一掃したのだった。
正に絵巻物で見た英雄譚そのままの光景にテラーは呆然とした。
スペイン軍を撤退に追い込んだ英雄としてバロッグは次々と戦果を挙げて行った。
一方テラーは帰国したのだった。
両手の疲労骨折による退役である。
そしてテラーは半島戦争終結の報を聞いたのだった。
テラーの胸中に有ったのは勝利の達成感では無く。
生きて帰ってこられた安心感ではも無く。
ただ虚無感だった。
バロックは自分達とは次元の違う存在だ。
自分はきっとどれだけ努力してもあぁはなれないだろう。
ならば自分がやって来た事は一体何だったんだろうか
ただただ無意味に剣に生きて生きたのだろうか
そう自己嫌悪の毎日だった。
その自己嫌悪を終わらせたのは弟ジョイの息子、 ラッフィングだった。
「・・・・・あぁ着いたのか」
と、 ここまで長々と自分の過去を振り返って来たテラーだったが
回想している間に教会に着いた様だった。
「行くぞ、 齧玄、 零余子丸」
自分の持つ二本の愛刀に手をかける。
「・・・・・?」
テラーは自分の腰を見る。
「な、 無い!?」
テラーの愛刀が無くなっていたのだった。
「え、 嘘!? 何処で落とした!?」
慌てるテラーはとりあえず来た道を戻って行ったのだった。




