ヒー・ワズ・ア・チャイルド
再誕歴7701年ジュニアリー10日。
マーナガルム男爵領トコトンの路地裏。
周囲には剣で斬られたような跡が残っていた。
「イヤトゥーハはここでやられたよ、 私が来た頃には既に息絶えていた」
マーンが悲痛な面持ちでマモルに説明する。
「カケルがイヤトゥーハさんを倒せるとは思えません」
「そうだな、 だがここは路地裏、 イヤトゥーハのメイン武器は薙刀
ここでは取り回しが効かない、 更に街中だから人を庇ったりと
制約の多い中で戦ったんだろう」
「・・・・・」
俯くマモル。
イヤトゥーハはキツイ性格だが面倒見の良い先輩だった。
少なくとも転移前の世界でのバイトの先輩よりは面倒見が良かった。
その分、 バイトの先輩よりもキツイ性格だったが。
「だがしかしイヤトゥーハは無意味に死んだ訳じゃない
少なくても三つの功績がある」
「功績? それは一体・・・」
「まず一つ目はカケルは右手を失って左足にも深手を負った
次に奴の持っている聖剣、 これはかなりリスクの大きい物だった」
「リスク?」
「奴の身体が罅割れてた、 長く使っていると死ぬとみた
聖剣の能力は身体能力バフだったみたい」
「・・・・・三つ目の功績は?」
「奴は私を見て逃げていたがその時に言ってたよ
『次はネルネルネルネルだ!!!!!』と」
「ねるねる? 何ですかそれ」
「街の名前ね、 ネルネルネルネルネ」
「その街に向かっている、 と言う事ですか・・・」
「辿り着けるか怪しいけどね、 馬車を使わずに移動したみたい」
「馬鹿な・・・身体能力が上がっても無謀じゃないですか!!
しかも体を蝕む能力・・・そんなの持つ訳が無い!!」
「まぁここから他の街に移動するまでに死ぬと思うわ
N5に行けたとしても、 あの治安の悪い街で生き残れるとは思えないわ」
「・・・・・それでも放置する事は無いでしょう!!」
「落ち着きなさい、 一応ウルスラお嬢ちゃんには連絡しておいたけど・・・」
リーン、 と音が響く。
「モノリスに通信ね」
「・・・・・」
携帯用通信モノリスを見るマモルとマーン。
”EHUCベネルクス王国支部支部長ウルスラ
及びベネルクス王国国王ベネルクス95世より勇者各位に指令
待機せよ、 追って指示を伝える”
「待機!?」
「そう来たか・・・」
マーンが呟く。
「どういう事ですか!?」
「N5は以前から黒い噂が有ったがどうにも対処が出来なかった街・・・
そこにカケルが聖剣を持って侵入した場合
聖剣の回収という大義名分で騎士団を派遣する事が可能になる」
「・・・・・つまりカケルを言い訳に怪しい街を襲撃しに行くと?」
「そういう事でしょうね」
「っ!!」
走ろうとするマモルの手を掴むマーン。
「落ち着きなさい、 待機命令が出てる」
「だけど!!」
「私達は勤め人よ勝手な行動は出来ない」
「っ!!」
「但し」
激昂しかけるマモルを制するマーン。
「貴方がEHUCのコントロールを抜けた状態ならば自由に行動しても問題無い」
「・・・・・僕に勇者を辞めろ、 と?」
「いや、 そんな事は軽はずみに言えない
異世界人が再就職するのはとても厳しいと私も思う」
「じゃあ如何しろと?」
「有給を取れば良いのよ」
「・・・・・」
少し間の抜けた顔をするマモル。
「ま、 まぁ勇者辞めたいと思ってないですしそれで行きましょう」
「私は行かないけど」
「何故!?」
「有給が無いから」
「・・・・・」
露骨にがっかりするマモル。
「マモル坊はカケルが大事かもしれないけども
私にとってはただの小物だし、 さっきも言ったけど
常識的に考えてN5に辿り着く前に死ぬし
聖剣もシャープが探す事が出来るから緊急性も無いしね」
「・・・・・」
拳を握るマモル。
「カケルに対してそこまで必死になる必要は無いと思うけどねぇ・・・
アレは怠け者だし何より勇者と呼びたくない位に心が貧しい
人に対する敬意が無い」
「・・・・・マーンさん、 一つ言わせて貰いましょう」
向き合うマモル。
「何よ?」
「高校生に何求めてんだアンタ等
まだ学生に戦えとか頭おかしいだろう」
自分もカケルもまだ異世界に来るまでは学生だった。
自分ならまだしもカケルは高校生だった
まだまだ未熟なガキだった。
「勇者として実績を積まなければ異世界人はまともに生きられない
若い頃から戦って実績を出さなければ歳を取った後に苦労する
それに戦えと言ってもこっちも君達でも大丈夫だと思う仕事を斡旋して
・・・・・全部言い訳ね、 ごめんなさい
もっと異世界人の福祉関係を充実させるべきかもしれない」
「・・・・・」
項垂れるマモル。
「それじゃあ僕は行きます」
「行ってらっしゃい、 いや待った」
制止するマーン。
「何ですか?」
「有給申請したその日に有給開始とはならない
有給申請した翌日から有給は開始よ」
「面倒な!!」
明らかにイラつくマモル。
「まぁ数時間の辛抱よ」
「っ・・・」
震えるマモル。
「出発まで睡眠と食事ね、 奢るわ」
「・・・・・」
素直に従うマモル。
「『飯は無理してでも食え』」
「イヤトゥーハが言ってたわね・・・
良いロニョン・ド・ヴォー・ア・ラ・リエジョワーズ※1の店が有る、 行こう」
※1:子牛の腎臓のソテー




