ウルフ・テイル②
ヨーロッパ戦役において【餓狼剣】の剣士達は大いに揉めた。
『半島戦争では戦えなかった恥を注ぐ為にも今回は戦おう』と言う主戦派。
『まだ街の復興が終わっていないので今回も不参加で行こう』と言う非戦派。
この二派が揉めに揉めていた。
ヨーロッパ戦役に不参加と言う事は【餓狼剣】の認可が改めて取り消される事を意味するのだが
当時の四狼、 ハウリングドッグ、 ノーイヤー、 ハルベットフーケ、 バッカの四人の内
ノーイヤー、 ハルベットフーケ、 バッカ、 3人が非戦派を主張すると言う事態に陥った。
更に言うとノーイヤー、 ハルベットフーケの二人は
半島戦争での徴兵ボイコット主導者の二人の四狼の実子と直弟子の二人で
ベネルクス王国自体に対し著しい反感を抱いていた。
四狼の内、 過半数は参戦に否定的だったがハウリングドッグの決死の演説により
バッカと非戦派の半数がヨーロッパ戦役への参戦を表明。
【餓狼剣】の剣士全員が参戦とはならなかったがそれでも面目は保つ事が出来
認可取り消しにはならなかった。
だが参戦した【餓狼剣】の剣士の内バッカを含む3分の2以上が
戦死し残り全員が逮捕されるという憂き目に遭う。
何故こんな事になったのか、 答えは単純である。
【餓狼剣】は文字の読み書きそっちのけで剣術しかしなかった為に文字が読めず
作戦の指令書を読む事が出来ずに勝手な行動をした為
まるで統率が取れずに各個撃破されてしまったという訳である。
彼等が展開したカレー※1 での戦いにおいて【餓狼剣】は
【ベネルクス神武五流派】として期待されていたが
まさかこんな事態にはなるとは思ってもおらず
ヨーロッパ連合軍は総崩れとなってしまった。
※1:フランス北部パ=ド=カレー県の都市。
イギリス帝国とはドーバー海峡を挟んでいるがかなり近く最前線と言ってよかった。
カレーでの指揮を執っていたヴィエンヌ将軍は回顧録【ヨーロッパ戦役序禄】にこう記していた。
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私が餓狼剣と言う武術を収めた武芸者を見た時に感じたのは
まさに飢えた狼と言う印象だった。
ベセルデン領の示現流の者達を見た時の印象は蛮族であった。
蛮族だがそれでも人として見る事が出来たが彼等はまさに獣である。
礼節すらまともに出来ていない、 初対面で『貴様がここの主か?』と問われた時は
耳を疑った、 私がヨーロッパ連合の将軍だと言うと『指揮権を賭けて決闘しろ』と
言った時には彼の正気を疑った。
結局の所、 その無礼なハウリングドッグと言う男は捕まった。
私としてはこんな礼節所か常識すらままならない者達を戦力に加えるのは
本当に嫌だったがベネルクスの最強流派の一つと聞き
帰すのは世論的に問題が有るとして渋々戦力に加えた。
しかし餓狼剣の者達は本当に頭が悪く、 ちゃんと展開する事すらままならなかった。
指令書を送ったにも関わらず陣形を建てる事すら出来ていない。
伝令を送ったが帰って来なかった、 後の調査によると伝令の態度に腹を立てて
殺してしまったと言う報告を聞いて卒倒しかけた。
三度目の伝令を送って数分後に私は嫌な予感が脳裏を巡った。
会敵前に敗北の予感を感じ、 後詰めの部隊の展開を要請した。
結果として餓狼剣の武芸者は勝手に突撃を行った為、 部隊が総崩れになった。
連中の大半が死に、 後詰めの部隊の協力により辛うじてカレーからの脱出に成功した。
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こうして【餓狼剣】の剣士の内3分の2以上が戦死した。
では何故残りは逮捕されたのか?
当然ながら軍規違反の為である。
命令違反により全員軍事法廷に立たされる事になった。
しかしながら【餓狼剣】の剣士達にとっては
『敗戦の責任を立場だけ上のヴィエンヌとか言うオッサンに押し付けられた』
『ヴィエンヌがハウリングドッグを捕まえなければ勝っていた』と怒り心頭で
納得が居なかった、 結果として彼等は逃走を始め
中には民衆からの略奪を行った者も居た。
カレーでの指揮を執っていたヴィエンヌ将軍は回顧録【ヨーロッパ戦役序禄】にこう記していた。
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私は【餓狼剣】の連中が逃げた報告を聞いて激怒した、 将軍の任を返上してでも
あの飢えた狼共を殲滅しようと心に誓った。
ヨーロッパ連合としてもヴァカ共のせいとはいえ敗軍の将の私を持て余していた
のだろう、 私は逃げた【餓狼剣】共を追う部隊の隊長に任じられた。
結果としては所詮は敗残者、 まともに部隊を展開すら出来ない無能者。
統制の取れた部隊相手には如何に最強の武芸者でも太刀打ちできない。
と言えればカッコよかったのだがまともに戦って捕らえた者は半数にも満たない。
民衆に寝込みを火攻めにされた。
略奪した物資に毒が仕込まれた。
酒を勧められて倒れた所を縛られた。
あり得ないレベルの無能者揃いであった。
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結局の所、 【餓狼剣】は武芸者としては一流以上だろう。
しかしながら戦場の兵士として戦うにはやはり文字の読み書き等
教育が必要だったという事である。
こんな大失態を犯した【餓狼剣】だったが挽回の機会が生まれたのだった。
そしてその挽回した機会を更に台無しにする事態も起こったのだった。




