第四話 冷たさに寄り添って
またしても宿側の好意で朝ご飯を頂くと、宿の女将さんは今夜も無料で泊めてくれると提案をしてくれた。そこまでして頂くのは流石に申し訳がないので、本日からはきちんとお金を払うと伝えると渋々納得してくれる。提示してもらった金額は想像よりも安かったけれど、これで採算が取れているのだろうか。
そして、現在は昨夜の宣言通りに仕事を探すためギルドへと向かっている。私は暫く生活するのに困らない程度の金額は所有しているのだが、隣に歩く少女は1銀貨すら持ち合わせてはいないらしい。
本当に彼女は何処から来たのだろうか。ニホンとかチバなんて聞いたこともない地名を聞かされた記憶が悩みを加速させていく。
そんな考えても仕方がないことは置いておくとして、先ずは仕事をするにあたって最低限必要なことを確認しなければならない。
「そう言えば、あなたは魔法について何も知らないみたいだったわね」
「え、うん。やっぱりお空とか飛べたりするのかな?」
何がやっぱりなのかは不明だけれど、飛ぶことは非常に難しい。
『魔法』は精霊に詠唱等で意思疎通を図り、精霊の力によって現象を発生させるものと私は習っていた。簡易な内容であれば精霊に対しての指示も短くて済むのだが、風の魔法で飛ぶとなると自身の身体から強い風を出し続ける必要があるだろう。出力の調整も非常にシビアになる筈だ。
「……無理ではないけれど、それが出来るのは世界でもほんの一握りでしょうね」
「そうなんだ。それじゃあ魔法はどんなことが出来るの?」
彼女の言葉に対して、私は右手の人差し指に小さな水球を作って見せることにした。それくらいの規模であれば、私に宿っている精霊だけでも発現可能だから特に詠唱も必要はない。
頭の中で拳サイズほどの水球をイメージする。それを指先の方に集中させれば……。
「おおー、急に水の球が出てきた! さ、触っていいのかな?」
「ふふ、そう簡単に崩れないからどうぞ」
ユイは恐る恐る指先で触れると目を輝かせて笑った。
「わー、凄く冷たいんだね!」
そんな彼女の言葉に動揺してしまい、魔法で形作っていた水の球はその場で崩れ落ちてしまう。地に落ちて跳ね返った水飛沫が私たちの足元を濡らしてしまった。
「その、ごめんなさい……」
「あはは、今日は晴れてて温かいから冷たくて気持ちが良いね」
ユイは濡れてしまった足を気にすることなく、その場で軽く回るようにして笑みを浮かべていた。
またしても繰り返された嫌な言葉、それが私の心に突き刺さることなく自然と受け入れられる。やはり彼女は不思議な人間だ。
* *
二人はギルドに到着すると、受付で情報登録の手続きを始める。
仕事を受けるためにはギルドに個人の情報を登録し、個人やチームの能力に応じて達成可能な依頼を受注するのだ。
「それではまずキオンさんからお願いできますか?」
受付の若い女性が手慣れたようにキオンを水晶の置いてある机へと誘導する。金が使われた豪華な台座に乗った水晶に彼女が手を翳すと、段々と強い光が水晶の内側から放射されてきた。
「おお、こんなに強い光は初めて見ました……色は緑と青白い感じですかね」
「これって何をしてるの? 占い?」
優唯ちゃんの可愛らしい質問に対して受付嬢は驚きの表情を見せる。キオンはもう慣れたのか、溜息も吐かずに自然な口振りで答え始めた。
「これは魔法の適性を測っているのよ。正しくは個人に宿っている精霊の強さや数、種類なんかを映し出してくれているの」
「……じゃあキオンちゃんは凄い魔法使いってことなんだ! その色はどんな種類の精霊さんが居るって分かるの?」
ここぞとばかりに仕事モードへと復帰した受付嬢はしたり顔で手を軽く叩く。二人の注意が自分へ向いたことを確認すると人差し指を立てて口を開いた。
「緑は風の精霊の適性、青は水の精霊なのですが白も混じっているので更に氷も使用可能ですよ」
氷が使える人はなかなか居ないんですよ、と自慢げに語る彼女の言葉にキオンの表情が少し暗くなる。どうしたのかと心配する優唯ちゃんまでをも気にすることなく、受付嬢は空気も読まずに更に言葉を続けていった。
「昔はこんな便利な道具がなかったので別の方法で行っていたんです。何か知っていますか?」
「…………え、ええ。水の上に木の葉などを浮かべてやるのよね」
「その通りです。コップなんかに水を入れて葉を浮かべる、そしてその上に手を翳して魔力を込めると適性によって結果が変わってくるんですよ。風の適性があれば葉が動きますし、水の適性があれば水のかさが増えてきます。土の適性があれば水が濁ってきますし、氷の適性があれば水面が凍っていきます。ちなみに宿る精霊は個人の性格や遺伝なんかが影響してくるそうで――」
どこかで聞いたような説明を興奮気味に早口で語る受付嬢。そんな相手にすら真面目に聞いていた優唯ちゃんは挙手をしてから質問を口にした。
「質問です。火の精霊さんもいたりするんでしょうか?」
「良い質問ですね。火の精霊というのは実際には存在しませんが、火を扱える精霊はいます」
精霊にも適性があり、風の精霊の一部は火を生み出すことが可能。土や水、他の精霊の中にも高い温度を出力可能な精霊は居るが、火の精霊と仮に呼ばれているのは風の精霊の一部だと事細かに説明していた。
「火を扱える人は稀ですし、役立つ場面が多いことから重宝されているんですよ」
「…………そうね」
――キオンの消えてしまいそうなほど小さな声、それは優唯ちゃんの耳にはしっかりと届いていた。
「えー氷だって凄いよ、暑くて眠れない時には冷やして欲しいなぁ」
「……ふふ、私を何だと思っているのよ」
彼女の顔に映っていた暗い表情は、眩しい太陽のような笑顔に照らされる。そして、その光を反射するように明るい笑みが映し出された。
まだギルドへの登録すら終わっていないのに、優唯ちゃんとキオン、二人の間には優しい時間が流れ始める。
そんな二人のやり取りを私は只々真っ直ぐに見守っていた。
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