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第一話 幸せにするからね

 瞼に柔らかな陽の光が触れ、橙色の眩しさに目を開いた。

 視界に広がる青々とした緑の葉は優しい風に揺られている。その時々で零れる暖かな光がくすぐったい。


「ここは…………天国なのかなぁ……」


 鈴を転がすような小さな声が雲一つない空へと向けられる。

 桃色の髪の少女はこの場所を天国だと勘違いしているみたいだった。それは仕方のないこと、だって――


 ――――彼女は先程に亡くなってしまったのだから。


 * *


 優唯(ゆい)、その少女は生まれながらにして遺伝子に異常を持っていた。体内で分解すべき老廃物を処理することが出来ずに溜め込んでしまう。その結果、次第に彼女の身体は蝕まれてしまっていった。


 周りが当たり前のようにしていることが自分には出来なくなる。そんな日常の中でも彼女は笑顔を絶やすことはなかった。

 その理由はきっと、彼女の家族や病院の医師たちのお陰だと彼女自身はずっと思っている。けれど本当は、最後まで幸せになることを諦めていなかった彼女の態度や行動が周囲に影響を与えていたのだろう。


 そんな名前の通りに、唯優(ただやさ)しく生きていた彼女の身体は心臓の深刻な悪化によって16歳という若さで活動を止めてしまった。


 * *


「――いやいや、流石に可哀そうじゃない?」


 私、女神デメテルは亡くなったばかりの健気に生きてきた少女の人生を見つめてそう呟いた。

 下を見るには少し邪魔な胸を支えるように腕を組み、彼女の処遇を逡巡する。


「私の世界に転生させる……のは大前提として、何かプレゼントをしてあげたいわよね……」


 これが男の子だったら、最強スキルで無双させてあげたり、可愛い女の子を侍らせてハーレム生活を送らせてあげるのだが、如何せんこの少女には喜ばしくないだろう。

 この子はきっと戦いなんて望まないだろうし、逆ハーレムも……希望的観測になっちゃうけれど望まないはず。今度の人生こそ何とか幸せにしてあげるにはどうすればいいのだろうか。


「仕方ないから、優唯ちゃんが幸せに生きられるように護ってあげることにしましょうかね」


 前例のない対応に、私は長い銀髪を耳に掛けながら苦笑していた。

 ただ見守るだけだった女神(わたし)が、初めて誰かを手助けしたいと思ってしまったのだから。


 * *


「天国にもきっと、他の人だって居るはずだよね!」


 すっかりこの世界が天国だと勘違いしてしまった少女、そんな彼女は手足を自由自在に動かせることに笑顔になっていた。

 最初は恐る恐る起立し、歩行を試みていた優唯ちゃんは今ではすっかり自信満々に木々に挟まれた道を進んでいる。


 私は彼女が転んで怪我をしてしまわないように、躓きそうな石なんかがあれば彼女の無意識に働きかけては足元に注意がいくように誘導していたりする。

 石そのものを消すことも可能ではあるのだけれど、ちゃんと彼女が自身の力で生きていけるようにと考えているので、余程のことが無い限りは世界の改変は行わないつもりだ。


 そんなこんなで転ぶことなく順調に歩みを進めていた彼女の目に綺麗な髪色が映り込む。それは黄金色の髪であり、長い耳からエルフだと察することができる。黒い装束は珍しい気がするけれど、あのエルフの趣味なのだろうか。


「えーっと……こんにちはー!」


 優唯ちゃんは誰かと出会えたことがよっぽど嬉しかったのだろう。歩くのも久しぶりだったのに急に走り出してしまっていた。何とか転ばないように注意をさせてはみたけれど、そもそもがエルフに対しての行動としては悪手だったことを注意することはできない。


 ――エルフは警戒心が強い種族だ。知らない相手に急に接近をされれば攻撃をされてもおかしくはない。

 無論、優唯はそのことを露知らずに無邪気な笑顔で真っ直ぐにエルフに向かっている。そのエルフは優唯の声に気付いてもすぐには振り返らずにいた。しかし、速くはないが地を駆ける足音に対して反射的に風の魔法の準備に移行する。


 エルフの体内で空気を圧縮する魔法が生み出される。その魔法を指先へと移動し発現させると、金色の美しい髪をたなびかせるように振り返った。


 誰も寄せ付けない鋭い冷たい水色の瞳が暖かな桜色の瞳と視線がぶつかる。

 (いとけな)い優唯の様相を見てわずかに躊躇(ためら)いを覚えるも時すでに遅く、圧縮された空気は優唯の胴体を目掛けて弾き出されてしまった。


 元々殺傷が目的の魔法ではないため、当たっても頭を強く打つような倒れ方をしない限りは大した怪我にはならないだろう。しかし、幼い少女に危害を加えてしまうことに対する後悔が冷たい瞳を閉じさせた。


「あいたたた……」


 優唯の悲痛――とは程遠い、軽い反応を聞いてエルフの少女は再び瞳を開く。

 彼女の想像していた光景とは異なり、何故か優唯は前向きに倒れていた。


「……えっと、その、大丈夫かしら?」


 本来であれば謝罪する場面なのであろうが、そのような言葉は出さずに声を掛ける。心配はしているようなので、女神的にはセーフにしてあげましょう。


「うん、ありがとう……何かに躓いて転んじゃったみたい」


 あはは、と照れながら笑う優唯ちゃんがとても可愛い。転ばせちゃうのは嫌だったけれど、転生して初遭遇の相手の魔法に当たって怪我をして、心にまで傷を負うよりは良いとの判断です。

 ちゃっかり土の精霊に優唯ちゃんの着地点の地面を柔らかくさせたので怪我はない筈だしね。


「そう……それなら、良かったのかしらね」


 自分で傷付けた訳ではないと安心したからか、彼女の目尻が微かに下がる。

 優唯に手を差し伸べて、起き上がるのを手伝いながらも彼女の視線は立ち上がる膝を注視していた。


「…………怪我はないみたいね、それじゃ――」

「私は優唯、あなたのお名前は?」


 去ろうとするエルフの少女に対して間髪入れずに自己紹介を求める。少し嫌そうな顔をするものの、無垢な桜色の眼差しに逆らえずに口を開いた。


「私の名前はキオン、ではさよう――」

「キオン! 素敵な名前だね! キオンちゃんはこれからどこに行くの?」


 キオンは優唯との初めての邂逅の際、飼い犬のようにグイグイと迫ってくる彼女に対してはっきりとこう思っていた。


 ――うるさい彼女から今すぐにでも離れたい、と。


 そんな二人はこの先、気の遠くなるような長い時間を共に過ごすことになるのだが、今はまだ二人ともそれを知る由もなかった。

初投稿です。

色々と文章が変だったり、そもそもサイトの使い方が間違っていたりするかもしれません。気付いたことがあれば気軽にコメント等で教えて頂けると嬉しいです!

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