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叶えられなかった願い事

作者: ウォーカー

 山間部にある小さな田舎町。

その田舎町の片隅にある、神社の境内。

初夏の夕暮れに染まる小ぢんまりとした神社の境内で、

男子中学生と女子中学生が、仲良く一緒に野良猫たちに餌をあげていた。

「そんなにがっついて、よほど腹が減ってたんだな。」

「よしよし、よく噛んでお食べ。」

餌を食べている野良猫たちを見下ろす二人の顔色は冴えない。

二人には共通の心配事があった。


 その男子中学生と女子中学生は、幼い頃からずっと一緒にいる幼馴染。

親同士の家族ぐるみの付き合いは、二人が生まれる前から続いている。

そんな物心が付いた時からいつも一緒だった二人の仲に、

転機が訪れようとしていた。

その男子中学生が、進路の都合で急遽転校することになったのだった。

転入先の学校は遠い外国にあって、この町から通うことはできない。

一方、女子中学生はというと、

こちらも親の仕事の都合で転校することになった。

この町には祖父母が住んでいるので実家こそ残るものの、

両親とともに遠くの都会に引っ越しをしなければならない。

このままでは、仲良しの幼馴染二人が離れ離れになってしまう。

なんとかしなければ。

しかし、中学生といえば物心は付けどまだまだ子供。

どうすればよいのかわからず、

今日もこうしていつもの神社に集まって、

野良猫に餌をやりながら今後の相談をしていたのだった。


 「あーあ。願い事を叶えてくれる神様でもいないかなぁ。」

夕暮れが濃くなっていく神社の境内。

神社の本殿の建物に続く石段に腰掛けて、その男子中学生がぼやいた。

隣では女子中学生が野良猫の背中を撫でながら言った。

「そうね。

 神様にでもお願い事をしないと、

 わたしたちにできることなんてないよね。」

迫る別離の時を前に、ため息をつく二人。

すると、そんなため息に、どこからか応える声があった。

「お前たち、願い事を叶えて欲しいのか?」

二人が顔を見合わせて、周囲をキョロキョロと見渡す。

「・・・今の声、神社の人かな。」

「誰かいるの?」

しかし、二人の予想とは違って、応える声は人気ひとけがない場所から聞こえてきた。

「違う違う、我はここだ。お前たちの目の前。」

言われて視線を向けると、

石で作られた灯籠の陰から一匹の野良猫が姿を現した。

まさか猫が人間の言葉を話すわけがない。

ポカーンと顎を落とした二人に、野良猫が容赦なく語りかけるのだった。

「どうした、そんなに驚いた顔をして。

 お前たちが用があるっていうから、聞いてやろうというのに。

 いつも餌をくれているし、初めて見る顔でもあるまい。」

「おっ、お前、しゃべれるのか?」

「誰かが隠れて声を出してるんじゃないよね?」

二人は野良猫が人間の言葉を話したことに、ひとしきり驚いて、

やっと落ち着きを取り戻してから話し始めた。

「要するにお前は、特別な能力を持った猫、いわば猫神ってことか。」

「猫神かどうかはわからんが、

 我が特別な能力を持っているのは然り。」

「それで、いつもわたしたちがあなたたち野良猫に餌をあげていたから、

 そのお礼に願い事を叶えてくれるってこと?」

「そうだ。

 我の能力を使えば餌には困らないが、少々面倒で不確実なのでな。

 能力を使わずとも餌を持ってきてくれるお前たちには感謝している。

 だから、今度は困っているお前たちに恩返しをしようというのだ。」

「まるで鶴の恩返しね。」

「ははは、おとぎ話のあれか。

 もしかしたらあの話も、今回と似たような出来事が大元なのかもな。

 ほれほれ。

 無駄話はそのくらいにして、困っていることがあるのだろう?

 願い事をいうがいい。

 我ができる範囲内ではあるが、一人一つずつ願いを叶えてやるぞ。」

野良猫改め猫神の問いに、その二人は口をそろえて言った。

「僕たちわたしたち二人が、離れ離れにならずに済むようにしたい。」


 幼馴染で仲良しの男子中学生と女子中学生。

進路や親の仕事の都合で、

まもなく転校して離れ離れになることが決まっていた。

どうにかして一緒にいられる方法はないものか。

悩んでいたその二人に、神社の猫神が救いの手を差し伸べた。

何でも一つ願いを叶えてくれる。

そんな魅力的な話に、その二人は早速、

事情を説明して猫神に助けを乞うことにした。

斯々然々。

説明を聞き終わった猫神は、猫の小さな頭で頷いてみせた。

「なるほど。

 お前たち二人はそれぞれ事情で遠く離れることになった。

 それを無かったことにしたい、

 ずっと一緒にいたいというわけだな。」

男子中学生が頷いて返す。

「うん、そうだよ。

 彼女の親の転勤はともかく、

 僕の転校は少しくらい先延ばしにしてもいいかと思うんだ。

 あるいは、今の家から通える場所で勉強できるならもっといい。

 そうすれば、進学しても一緒にいられる。」

次は女子中学生が口をへの字にして言った。

「わたしの親の転勤も先延ばしにして欲しい。

 親のおかげで学校に通えてるのはわかってるけど、

 急に転勤で引っ越しだなんて勝手だよね。

 この町には、おじいちゃんおばあちゃんもいるし、

 できれば転勤自体を無かったことにして欲しいの。」

二人の話を聞いて、猫神は無い眉をひそめて応えた。

「ふむ、話はわかるのだが、

 我が叶えられる願い事は同時に一つだけなのだ。

 お前たちは二人とも餌をくれていたから、

 二人の願い事を同時に叶えてやりたい。

 しかし、願い事の効果は我自身にも予想できないところがあって、

 複数の願い事を同時に叶えるのは少々危険なこと。

 だから、二人の問題を同時に解決できる一つの願い事を考えて欲しい。」

双方の問題を同時に解決できる願い事と言われて、

その男子中学生と女子中学生は考え込んだ。

二人とも引っ越しすることになったのには違いがないが、その理由はバラバラで、

異なる理由を同時に解決する一つの願い事を考えるのは案外難しい。

男子中学生が腕組みして考え込んで言う。

「一つの願い事で二つの願い事を同時に叶えるなんて、そんな方法あるかな。

 猫神、何かいい方法はないか。教えてくれ。」

「すまないが、人間の願い事に我らは口出しできないのだ。

 能力を恣意的に使うことを避けるためにな。」

「アドバイスくらい、いいじゃない。」

「ふーむ、仕方がないな。

 お前たちは、今通っている学校から転校したくないのだよな?

 その辺りから考えてみてはどうだ。」

猫神の言葉に、その二人は考え込む。

そして、ぱっと表情を明るくしていった。

「そうか。

 学校の先生が、転校は禁止っていってくれればいいんだ。」

「そうね。

 もしも、学校が転校しちゃ駄目ってことになれば、

 転校も引っ越しもできないってことだものね。」

「よし、猫神。

 僕たちが今通ってる学校では転校ができないようにして欲しい。

 みんながずっと学校に通い続けられるように。」

「どうせなら、わたしたち二人だけじゃなくて、

 学校のみんながずっと今の学校に通い続けられるようになるといいな。

 例えば校則を変えてしまうとか。」

「あい、わかった。

 では、願い事を叶える。

 お前たちが今通っている学校の皆が、今の学校に通い続けられるようにする。」

猫神が目を糸のように細くして、もぐもぐと猫の口で呪文のような言葉を唱えた。

長くも短くもない言葉の後、ざぁっと一陣の風が神社の境内を吹き抜けた。

風に煽られた周囲の木々がざわめき、鳥たちが空に飛び立っていく。

得も言われぬ感触がその男子中学生と女子中学生の肌を撫でる。

少しの間の後、神社の境内が落ち着きを取り戻した頃。

猫神が目を黒く見開いて言った。

「これでお前たちの願い事は叶った。

 二人とも、ずっと一緒にいられるといいな。」

「・・・これで終わり?」

「呪文を唱えただけで、学校の校則が変わったの?」

「すまぬが、校則が変わったかどうかまでは確認できない。

 お前たちの願い事は、皆が今の学校に通い続けられるようにする、

 ということだったからな。

 それがどのような形で成し遂げられるのか、そこまでは制御できないのだ。」

「そうなのか。

 でも、願い事は叶ったってことだよな。

 ありがとう、猫神。」

「お礼に、また餌を持ってくるからね。」

そうしてその二人は、夕日が暮れていく神社の石段を、

仲良く肩を並べて降りていった。


 そうして、次の日。

その男子中学生と女子中学生は、いつも通りに学校に登校していた。

いつも通りの生活、いつも通りの毎日。

昨日、神社から家に帰ってから、両親の様子を伺ってみたが、

特に変化はなかった。

願い事は両親には影響しなかったのか、

あるいは神社での猫神との一件はもしや夢だったのでは。

そんなことを考えたその二人だったが、

朝、学校で行われた臨時の全校集会で、現実を目の当たりにすることになった。

「突然だが、今度の定期試験は中止にする。」

マイク越しの校長先生の言葉に、集まった生徒たちがざわめき、

やがて歓喜の声をあげた。

試験といえば、大抵の生徒にとっては苦行でしかない。

それが無くなったといわれれば、喜ぶのは当然。

しかし、続く言葉に雲行きが怪しくなった。

「今度だけではない。

 本学では、今後は定期試験を行わないことになった。

 生徒は授業内容が理解できるまで、何度でも繰り返し勉強してもらう。

 さらには、卒業という制度も廃止する方向で検討している。

 生徒の転出も一切無し。

 今後、本学に入学した生徒は、ずっと勉強を続けてもらう。

 勉強することに終わりはない。」

そんなことを話す校長先生は目が虚ろ。

まるで何かに操られているかのようで、周囲の先生たちは困った顔をしていた。

校長先生の話を聞いた生徒たちは、

天国から地獄へ突き落とされたかのように大騒ぎ。

その男子中学生と女子中学生は顔を見合わせた。

これはきっと、あの猫神に叶えてもらった願い事のせいに違いない。

混乱する学校でその日の授業が終わるのを待って、

その二人は猫神がいる神社へ急いだ。


 その男子中学生と女子中学生は神社の石段を駆け上がった。

いつもの野良猫が集まっている一角に向かって声を上げる。

「猫神!猫神はいるか?」

「お願い!話があるの。」

すると、灯籠の陰で寝ていた野良猫の一匹が、

大あくびに伸びをしてのろのろと歩み寄ってきた。

「何だ何だ。

 餌の時間には少し早いんじゃないのか。」

「そんなこといってる場合じゃないよ。

 学校が大変なんだ。」

「あのね、テストも卒業もなくなっちゃったの。」

その二人が唾を飛ばしながら猫神に事情を説明する。

学校で定期試験が中止になったこと。

それだけではなく、今後は定期試験や卒業が廃止になり、

生徒は卒業も転出も認められず、ずっと学校で勉強をすることになる。

話を聞いて、猫神が面倒くさそうに応えた。

「つまり、学校から出ていく生徒がいなくなったのだろう?

 よかったではないか。

 お前たちの願い事が叶ったのだから。

 これでもう、お前たちは転校しなくて済むぞ。」

後ろ足で顎の下を掻いている猫神に、その男子中学生が食ってかかった。

「ちっともよくないよ!

 これじゃ僕たちはずっと中学生のままだ。」

「どうしてこんなことになったの?」

猫神は男子中学生に体を揺すられながら、女子中学生の疑問に応えた。

「それはもちろん、昨日のお前たちの願い事の影響だろう。

 言っただろう?

 願い事がどのような形で成し遂げられるか、制御できないと。

 願い事の効果は、我にも予想ができないのだ。

 お前たちは、今通っている学校に皆が通い続けられるようにと願い事をした。

 その願い事を叶えるために、

 学校から出ていく生徒がいなくなる、という結果になったのだろう。」

「そんなやり方じゃ困る。

 僕たちは一緒に卒業したいのであって、

 ずっと中学生のままでい続けたいわけじゃないんだ。」

「わたしたちのお願い事に他の人たちを巻き込めないわ。

 昨日のお願いはなかったことにして。」

「願い事の取り消しか?

 出来なくはないが、使った願い事はもう取り戻せないぞ。

 それでも良いのなら、願い事を取り消そう。

 ただし、その場合はすべてが元に戻るから、

 お前たちはやはり転校することになる。」

「それでもいい。

 とにかく、昨日のお願い事はなし!

 元に戻して。」

「あい、わかった。」

猫神が昨日と同じように、目を細くしてもぐもぐと呪文のようなものを唱えた。

すると、神社の境内に風が吹き抜けて、

さぁっと澱んだ空気が晴れたような気がした。

「ほれ、願い事を取り消して元に戻したぞ。」

元に戻って一安心のような、振り出しに戻ってしまったような、

その男子中学生と女子中学生の表情は悲喜こもごも。

そんな二人の顔をみて、猫神がやれやれという表情になった。

「二人とも、そんな顔をするな。

 昨日言っただろう?

 願い事は、一人一つずつだと。

 同時に複数の願い事を叶えるのは危険だから、昨日は一つだけだったのだ。

 つまりお前たちが叶えられる願い事は全部で二つ。

 願い事の一つは取り消して、まだもう一つ残ってる。

 今度こそ、一つの願い事で二人の願い事を叶える方法を考えればいい。」

そうしてその二人は、

一つの願い事で二人の転校を阻止するという難題に、

再び挑むことになった。


 遠く離れた学校への転入と、親の転勤と。

二人の異なる理由による転校を阻止するため、

その男子中学生と女子中学生は、

猫神に叶えてもらう一つの願い事を考えることにした。

まず、女子中学生が猫神に確認する。

「ねえ、猫神。

 猫神はお願い事をどうやって叶えてくれてるの?

 神様だから、超能力みたいな感じ?」

「我が直接、人の願い事を叶えるわけではない。

 周辺の動物や植物に頼んで、干渉してもらう。

 例を挙げると、植物には人の心や体に影響を及ぼすものがある。

 そういうものを利用して、周辺の環境や人の心に干渉して、

 願い事に近い状態を作り出している。」

「ということは、猫神って神様じゃなくない?

 人と動物や植物の通訳というか。」

「そう言われると思って、説明せずに今まで黙っていた。

 それは置いておくとして、

 つまり、干渉できることには限度がある。

 周辺に動物や植物や人がいない場所では効力が出にくい。

 そう思ってもらえればいい。」

「植物による干渉っていうと、アロマとか香水とかかな。

 じゃあ、いい香りを出す植物に頼んで、

 わたしたちの親をリラックスさせてもらおう。

 それでもう一度よく話し合ってもらえないかな。」

「できなくはないが・・・。」

「いくら話し合っても転勤が無くなるとは思えないな。」

猫神とその男子中学生が揃って否定する。

女子中学生が口を尖らせているのに気がついて、男子中学生が慌てていう。

「植物の香りでリラックスというアイデアは悪くないから、

 集中できるようになる香りを出してもらって、

 勉強や仕事が上手くいくようにするとかどうだろう。

 そうすれば、転校や転勤の必要がなくなるかも。」

すると女子中学生が、ここぞとばかりに言い返した。

「あなたが転校するのって、勉強ができないせいじゃないよね?

 むしろ、勉強がよくできるから外国に留学するのであって。

 わたしの親の転勤も、どちらかというと栄転よ。

 失敗の結果ではないと思う。」

すると今度は、男子中学生がめげずに言い返す。

「じゃあ、君と僕がいっしょに転校できるようにするとか。

 君が僕と一緒の学校に転入してくれれば、向こうでも一緒にいられるよ。」

「たかがアロマで、そんなに急に成績は上がらないでしょうね。

 親の転勤も、もちろんわたしの成績とは無関係。」

「じゃあ、願い事を使って金を用意してもらおう。

 転勤しなくてもすむくらいの大金を。」

その意見には猫神が反対した。

「悪いが、我の力でも金を用意するのは難しいと思う。

 人の心に干渉して金を集めさせることはできるかもしれんが、

 足がつくからやめておいたほうが無難だろう。

 どんな影響があるのか分からないからな。」

「そもそも、お金の問題じゃないの。

 わたしにだって他にやりたいことがあるもの。

 志望と違う学校に行く気はない。」

猫神と女子中学生の双方に叱られて、男子中学生がしゅんとした。

「そんなこといったって、他に思いつかないよ。

 じゃあいっそ、学校の先生に干渉して分校でも作ってもらおうか?

 僕が転入する予定の学校のすぐ近くに、今の学校の分校があれば、

 僕たちが離れ離れになっても同じ学校に通い続けられる。」

「分校って、学校の別館を作るってことよね?

 それって意味あるかな。

 同じ系列の学校に通ってるってだけで、離れ離れなのは変わらないような。」

「ふむ。

 しかし、分校は面白い考えかもしれんな。」

猫神の言葉に、その二人が顔を向ける。

「分校が面白いって、解決策になるってことか?」

「同じ名前の学校に通うことに、意味があるの?」

「おっと、これ以上は我は口を挟めないな。

 自分たちで考えてみるといい。」

そうしてその男子中学生と女子中学生は、

一つの願い事で二人の転校を防げないか、

ああでもない、こうでもないと考え続けた。

そんなことをしている間に時間は過ぎて。

太陽が西に傾いて夕日になり、神社の境内に長い影を落とすようになった。

その間も、その男子中学生と女子中学生は知恵を出し合ったが、

どうしても解決策に至ることはできなかった。

仕方がなくその二人は家に帰って各々が考えることにしたのだった。


 それからもその男子中学生と女子中学生は、

空き時間を見つけては二人で相談して、

二人の転校を同時に阻止する一つの願い事を考え続けた。

しかし、二人とも解決策に至ることはできず、

無情にも時は過ぎ、まもなく二人が転校する期日が迫っていた。

ある日、やはり夕暮れ時の神社の境内で、その二人は猫神に向かっていった。

「あれから二人で考えたんだけど、

 どうしても願い事が思い浮かばなかったよ。」

「だから、わたしたちが解決法を見つけるまで、

 お願い事は保留にさせて欲しいの。」

神妙な表情の二人に、猫神が見上げて言った。

「お前たちはそれでいいのか?

 もう明日には旅立つのだろう。」

「よくはないけど、いい方法が思いつかなかったんだ。」

「また妙なお願い事をして、みんなを巻き込むわけにはいかないもの。」

「・・・そうか、わかった。

 では、願い事は保留にしておこう。

 お前たちが、二人の願い事を叶えることができる一つの願い事を見つけたら、

 またここに来るがいい。」

猫神の言い聞かせるような言葉に、

その男子中学生と女子中学生は悲しそうな表情で頷いた。

その日、夕日が沈んで暗くなった神社の境内を、その二人は別々に去っていった。


 そうして次の日。

その男子中学生は転校するためにその町から引っ越していった。

それから幾日も経たないうちに、

その女子中学生もまた、その町から引っ越していってしまったのだった。



 そんなことがあって季節は巡り、数年が経った後。

その日、あの神社の境内では、大勢の野良猫たちが集まって餌を食べていた。

野良猫たちの中心にいるのは、かつて女子中学生だった若い女。

年相応の大人びた風体になりながらも、顔にはかつての面影が残る。

その若い女が野良猫の背中を撫でていると、ふと石段を上る足音。

長い影が差す方を振り返ると、そこには若い男が立っていた。

その若い男もまた、かつて男子中学生だった頃の面影を残していた。

二人は顔を合わせると柔らかく微笑んで、どちらからともなく話し始めた。

「やあ、久しぶり。

 こうして面と向かって顔を合わせるのは何年ぶりかな。」

「五年?うーん、もっとかな。」

「そうだね。お互いに元気そうでよかった。」

「それよりも、この神社にこうして呼び出したってことは、

 あの時のお願い事を思いついたってことでいいのかしら。」

「もちろん。

 君も思いついたんじゃないか。

 俺たちが離れ離れになっても一緒でいられる、そんな方法を。」

「さあ、どうかしらね。

 あなたと私と、想ってることは違うかも。」

意地悪な返事をしながらも、その若い女は笑顔で、

言われたその若い男もまた笑顔だった。

二人が話している声が聞こえたのか、灯籠の影から野良猫が姿を現した。

「なんだお前たち、来ていたのか。

 少し見ない間にずいぶんと立派になったな。

 二人揃ってここに来たということは、この間の願い事のことであろう。

 何を願うか決まったのか。」

猫神にそう尋ねられたその若い男と若い女は、

眩い夕日の中に並んで立つと、こう応えるのだった。

「あの時、猫神は教えてくれた。

 俺たちが離れ離れになっても一緒にいられる方法、

 それは、同じ名前の学校に通うのと似ているって。

 でも、幼かった俺たちは、その意味に気がつけなかった。」

「あら、私は薄々気がついてたわよ。

 あなたが気がついてくれるまで口に出さなかっただけ。

 だって、一人で結論が出せることじゃなかったんですもの。」

「じゃあ、気がついてなかったのは俺だけか。」

「ふむ。

 その調子だと、お前たち二人が考えていることは同じことのようだな。

 であれば、もう我が願い事を叶える必要もあるまい。

 それはお前たち二人の力で叶える願い事だからな。

 我の願い事は保留にしておくから、必要になったらまた来るがいい。」

猫神の言葉に、その二人は仲良く頷いて応えた。

そうして、その若い男と若い女は、二人並んで神社を後にした。

石段をゆっくりと降りていく二人の後ろ姿、

夕日が差すその二人の影は繋がって一つの影となっていた。

その二人の間には、まだまだ長い距離が立ちはだかっている。

しかし、少なくとも今この瞬間、二人の間に距離は無いようだった。



終わり。


 転校をテーマにこの話を書きました。


子供の頃の転校は、場合によっては、

世界が作り変えられてしまうほどの影響があります。

インターネットが一般的になった今でも、それは変わらないと思います。

そんな災害のような転校を乗り越えて、

転校で引き裂かれた人たちが再び巡り会える話にしようと思いました。


もしも願い事を叶えてくれる神様のような存在がいたとしても、

願い事を伝える過程で意思疎通の齟齬があったら大変なことになるかも。

そんな願い事にまつわる出来事を内容に加えました。



お読み頂きありがとうございました。


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