表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

「王者K」

あるところに、「悪役」になる宿命の下に生まれた娘がいた。


あるところに、何の役割も与えられなかった男がいた。


今、明末良音という暴風が、鼎の軽重を問う。

                    ―”世界K”―

 「我が国は、おぬしらも知っても通り、隣の魔王領からの侵攻の危機にさらされ続けておる。

 そこでじゃ。

 おぬしら3人が、力を合わせ、国を守り栄えさせるのじゃ。

 一本の矢ならば、容易く折れてしまうであろう。しかし3本の矢を束ねれば、折れまい。

 1年後、もっとも富国強兵に手柄のあった王子に、我が王家を継がせよう。」


                    ー”世界K”ー

 …私はずっと、この日が来るのを知っていた。

 「そなたも早う、王子のうち一人をおとすのだ。

 そなたの才があれば、望む王子を王位につけることもできるだろう。それだけのものを身に付けさせてきたはずだ。」

 ああ、それはきっと、うまくいく。

 というか、間違いなく、うまくいきすぎる。

 だって私は、「悪役令嬢」なんだから。

 「王子のうち、一人…ですか?」

 「そうだ。

 我らは『謀略のロレッサ家』なるぞ。

 なんとしても、次の王位を立て、お前が王妃となるのだ。」

 …それはまっぴらごめんだわ。

 私はまだ、処刑されたくはないから。


                    ー”世界K”ー

 「お久しぶりです、レンヌ第4王子殿下。」

 「アンリエット・ロレッサ嬢…何の用かな?」

 「私は、殿下と手を組みたいのです。」

 「ふぅむ。

 何の謀略かな?」

 「…そう、ね…

 いっつも、そうよね…」

 「ふぅむ。

 我はしょせんは4人目の無能王子。

 そなたは謀略で知られる一族で、次期王妃が確実かつ次期王位を左右できる立場にある。

 そしてなおかつ、そなたは…」

 「…『悪役令嬢』ですわよね?」

 「…その呼び名、良いな…

 ともあれ、そなたの謀略もここでおしまいかな?」

 「なぜですの?」

 「我には王位に就くつもりも王座に座れる度量もないからな。

 …まあロレッサ家が我を使いつぶし踏み台にするというのならあながち使えなくもないが、どうする、兄3人を殺しでもするか?まあロレッサ家ならやりかねんかな?」

 「…私に、そんな野望はありませんよ。」


                    ー”世界K”ー

 そう。

 私は、この世界をずっと知っていた。

 というか、私がなにであって、どうなるのかまで知っていた。

 最初におかしいと思ったのは、幼年女学校に入ったころ。

 …や、友達ができないのは、それはもう、私の一族の宿命みたいなものだけど。

 でも、みんなが私を見るとそっぽ向いてひそひそするのは嫌だった。

 そして、私が全部思い出したのは、12歳の時。

 「コリン嬢、あぶないわっ!」

 「えっ…

 わーっ!?」

 「だ、大丈夫ですの!?」

 「…ロレッサちゃんが…

 ぐすっ、うわーーーん!」

 「…ロレッサ嬢!なにをしたのですか!」

 「え、わ、私はただ、呼び止めただけで…」

 「うそおっしゃい!こんなにコリン嬢泣いてるじゃない!」

 「なんで、私、何もしていないですのに…」

 なんで、なんで、なんで…

 ー思い返せば、いつも、そうだった。

 私は決して悪くないのに、気付けば、私がやったことに、私が仕組んだことになっていてー

 「なんで、な、ん、で…!?」

 ーあー

 「なんですか?この期に及んでしらばっくれようだなんて…!?」

 ーそうだったんだー

 「あら?

 私に指図するのは、どの口かしら?」

 ー私が悪い人みたいに言われるのは、私がー

 「この、アンリエット・ロレッサが」

 ー他の何でもない、「悪役令嬢」だ、そういうふうに、世界が、物語が、できているからだ…ー

 「『謀略のロレッサ』だと知って、指図するのは」


                    ー”世界K”ー

 「私が何をやっても、一度だって、思い通りになったことなんて、ありませんですわ…。」

 「ロレッサ嬢…」

 「父上たちは私に王座の掌握を望んでいるけれど、それもうまくいかないと思いますわ。

 だって私には『天運』がないですもの。」

 「才能がない我と同じか…」

 この国の4人の王子は、それぞれ特徴がある。

 第1王子は「武勇」

 第2王子は「統治」

 第3王子は「興産」

 そして、第4王子レンヌ・アーディクチュエリはと言えば、「無能」

 そしてまた、アンリエット・ロレッサにとっては、第1~3王子まで誰を助けるのもまずい。もし助けた相手がヒロインと結ばれる王子であれば彼女は悪役令嬢という「役割」どおりに断罪されてしまうだろうしーその可能性は高い、なぜなら最初からアンリエットの「役割」は「悪役令嬢」だからーそうでなくても、ヒロインとヒロインが選んだ王子を他の王子を使って邪魔する謀略だとして断罪は避けられない。

 かと言って、誰の味方にもならない選択肢も残されてはいない。ロレッサ家の長女とは、「何もしても謀略だと思われる身の上」であり、「何もしていない」ことですらも勘繰りを避けられない。

 だからこそ、アンリエットは妙手、「誰が見ても組んだら失敗に見える相手と組む」に、賭けた。

 無論、また何かたくらんでいるとは思われるだろうけれど、同時に、そのたくらみが始まる前から失敗しているたくらみとも思わせられる。

 「私は、ロレッサであることにも、王座にもこだわりはないのですわ。

 早く、政争の渦から退場したい。

 殿下は?」

 「ふぅむ。

 しょせん我には最初から希望がなく、望みを抱くこともまた手の届かぬこと。

 …まあ、一興かな。

 好きにしてくれ。」


                    ー”世界K”ー

 「ロレッサ嬢、貴様が今までしてきたことはわかっている!」

 よし!

 「愛しのアリーシャにキズを付けようとして行った無数のいやがらせ、数々の謀略、さらにはテロの扇動まで。

 許されると思っているわけではないだろうな!」

 「…なんのことかしら?まったく存じ上げませんわ?」

 「しらばっくれよって!

 学院の女学生を唆して庶子の生まれであるアリーシャを差別させたことも、学内で我らが会えぬように教務やイベント担当者に賄賂や脅迫をし強引に日程や時間割をいじっていたことも、調べはついている!」

 …下級貴族庶子がめったなふるまいをしてはいけないのも王族や上級貴族になれなれしくしてはいけないのも嫌がらせではなく貴族社会と王権の権威を保つためのしきたりだし、それは私と言うよりはアリーシャの存在を気に入らないロレッサ家の謀略であり、知ったこっちゃないんだけど…

 「極めつけは修学旅行での野盗の襲撃だ!あの時、貴様だけは襲撃犯に狙われなかった!」

 「…それは、私が申し上げることでもございませんが…

 『ロレッサ』が怖かった、ということではないかしら?」

 「何をぬけぬけと...っ!」

 いや実際そうだと思うけど。

 「…もういい。このことは既に父上にも申し上げてある。そうだよな?」

 「もちろんだよ兄上。

 それで、父上...国王陛下からの勅諚を預かっている。

 拝読するよ。

 『アンリエット・ロレッサの所業、まこと鬼畜の振る舞い。

 なれどもまた、ロレッサ家の積年の貢献を鑑みれば、情状酌量の余地がある。」

 …そう、これこそが、私が狙っていたもの。

 第1~3王子ではないからヒロインに奪われることもヒロインと王座争いで対立することもなく、王子、王家とのつながりを第4王子で保てているからこそ、処刑を免れることができる...!

 「『よって処刑を一段減じ、魔王領への追放刑に処す』」

 ザワザワ...

 ー「実質処刑みたいなもんだろ」「生きて帰っては来られないわ、かわいそうに」「自業自得ですわ」

 …そう、見えるのかもしれないけど、私はこっそり心の中でだけガッツポーズをした。

 

                    ー”世界K”ー

 「本当に、ロレッサ嬢には軍師と悪役が似合うな。」

 「…失敬な王子ですわね…」

 「…だってそうだろう?

 魔王領に追放されることも、おそらく魔王領からの侵攻もないことを見越して、追放直後にあらかじめ雇っておいた傭兵で魔王領を占領する...なかなかできることではないぞ。」

 「国内にいて、ロクな目に会うとは思えなかったので。何しろ私は何をどう頑張っても悪役、敵ですから。」

 「たまげた敵役もいたものだ。王国の宿敵に単身挑む、王国の敵か。」

 「王国の敵役と手を組む見捨てられた王子、というのもなかなかですわよ?」

 「…王国のゴミ箱、みたいになってきたかな?

 まあどうせ我に何ができるわけでもないし、ロレッサ嬢も我も何を失うでもない、存分にやってみたまえ。」

 「…殿下は、どうして、危険な魔王領までついてきてくださったのかしら?」

 「決まってるじゃないか。

 …退屈だから、かな。」

 「…は?」

 

                    ー”世界K”ー

 「…あえて筋をたがえる必要、あるんですか?」

 「特にはないわね。

 この物語は最初からハッピーエンドハッピーライフだから。」

 「…じゃあなんで、ここにいるんですか?」

 「アナザーエンディングを用意したくなったって、いいじゃない。」

 「明らかにそのためのリスクが大き過ぎるんですがね…はぁ...

 …いいや、始めてしまったことですし。」

 「そうよ。

 ここからは、筋書きの外へ。

誰も知らない、未曽有のハッピーエンドへ。」


                    ー”世界K”ー

 「なんで!?」

 私が「魔王領を占領・開拓して母国から解放される」なんてミラクルを思いついたのはあくまで、「原作で魔王領からの侵攻はありえないことがわかっていたから」っていう前世知識、転生知識のおかげ。

 ーなのに、どうして。

 開拓も順調だし、魔族とも融和が進んで、思い描いたとおりになろうとしていたのに...!

 「魔王領からの、侵攻、だなんて…!」

 ありえない、前提が全部崩れた...!

 「どうするロレッサ嬢?」

 「屯田兵を武装させて、戦うしかないですわね。

 幸いここは魔王領でも辺境、もし侵攻があったにせよこちらは激戦とはならないだろう、と思って選んだのですから、小競り合い以上のことはないのでしょうが…」

 「本国か...

 まあ、好きにやっといてくれるかな?」


                    ー”世界K”ー

 「敵、国境要塞に到達せり!」

 「近衛魔導士団を向かわせろ!

 王国始まって以来の国難だぞ…!」

 「私も行きます!」

 「ダメだアリーシャ!」

 「いえ、兄上、そうすべきだよ。」

 「なぜ!?弟よ、アリーシャが傷ついてもいいとでも!?」

 「兄上、恐れながら、王立学院に彼女を招いたのは、魔王領への秘策だったからでは?

 『魔払』のスキルを使わせないのは、兄上の『王道』のスキルにもとるんじゃないかい。」 

 「ぐぬぬ...

 …いや、その通りだ、悪かった。」

 「いや、こちらこそ。兄上を支えるのが、僕ら王家の役目だよ。」

 「ああ…

 …なればこそ、守らなければならない。それに、俺は『武勇』の王子だ。」

 「ああ。

 王都は、俺たちに任せてくれ。」


                    ー”世界K”ー

 「近衛第一師団、第一王子を先頭に3000、国境地帯駐屯地へ進出したもようです。」

 「助けるべきだろうか?」

 「そんな余力はどこにもありませんわ。

 万が一に備えて力を蓄えてすら、その万が一に対応出来る保証はないのだから。」

 「身の丈...か...」


                    ー”世界K”ー

 「近衛魔導士団、第2前衛魔導士団、配置に付きました!」

 「よし!

 近衛騎士団、突撃用意!

 魔導士団、敵前方を焼き払え!」

 きわめて、戦闘における常道である。

 第1王子は、まず魔法で焼き払って、それで動揺した敵に突撃、壊滅させる、という戦術を命令した。

 実際問題、敵ー魔王軍の兵力は、おぞましい魔物たちとオーク・ゴブリンと呼ばれる醜い人型動物だけだ。知能が高いとは到底思えない。

 「はい、殿下、任せてください!」

 アリーシャ嬢の眩しいウィンクに、第一王子は確とうなずいて見せた。

 「ああ。」

 「「「「「放て!」」」」」

 矢の雨が、うじゃうじゃとした魔物の群れへと、上空から降り注ぐ。

 「これが、私がここにいる意味。

 私が、認めてもらった、王子様の隣にいる、意味!

 『魔払』!」

 詠唱の直後、矢じりが真っ赤に輝き、爆散、炎の雨が魔物たちを覆いつくす。

 もちろん、魔物たちの厚い毛皮、オークやゴブリンの粗末な衣を、火の粉の魔法ごときで害せるわけがない。だが、アリーシャの固有スキル魔法は「魔法を暴走させる」もので。

 あちこちで魔物たちの皮膚が爆発、煙が上がり、全体的な色合いも茶色く焦げて見える魔物たちの大群へ、右手に長槍左手に円盾の騎士団が馬に乗り突撃していった。

 血が飛び散り、肉片が舞う。

 「斬って斬って斬りまくれ!」

 銀刃が馬上から振り下ろされ、魔物たちは持って生まれた魔法適性を活かす間もなく何が何だかわからないうちに惨殺されて戦場に血華をしみこませる。

 「ふん、しょせんは知性のない魔物どもだ。」

 第一王子はそう吐き捨てながら、長剣の腹をグローブを付けた左手でなぞった。

 長剣が薄紫色ー高貴な者だけに許される色ーを竜巻のように纏う。

 「王家と王民と王土にあだなす者よー

 ーその罪、血を以て償え!」

 希代の武術の天才にして、王位継承順位1位の彼にのみ許されたスキル「王道」が、詠唱と共に発動し、掲げられた長剣にまとわりついた紫の竜巻が何百メートルも天へと伸びていく。

 長剣を前へと倒した瞬間、竜巻がかすめた魔物が挽肉のように裁断され。

 「薙ぎ払え!」

 大地と平行に、地上数十センチ~1メートルを数百メートルにわたってカバーする紫の筋。それが、根元の長剣が振るわれると同時に、地面と魔物を巻き上げ耕した。

 王家に仕える者、ここでは王国軍のみが、「王道」スキルのもたらす魔法の竜巻から無視され、逃れられる。そして、それ以外は、すべからく紫の魔力にかき混ぜられ切り刻まれ、竜巻を紫から鮮やかな赤に染め上げて血の暴風をまき散らす。

 一撃で、平原の魔物たちは、一掃された。荒涼とした大地が赤く染められている。

 「なるほど、面白いわね。」

 だがそれなのに、何者かが、まだそこには立っていて。

 「…何者だ?」

 その、影に立つ何者かは、ゆっくりとレイピアを抜いた。

 「貴方たちの敵。

 それ以上の関係性の説明が、今この場に、必要かしら?」

 キィン!

 剣先がこすれ、甲高い音が響き渡った。

 「…っ、魔物、いや、魔物の性質を持つヒト、魔人...

 …実在したのか!?」

 「そんなチャチなものだと過小評価するとは、いい度胸ね。」

 直後。

 第一王子の長剣が、スパッと斬れ。

 「な、んだと...?

 貴様、まさか...!?」

 「『天灼』」

 空中に、一滴の真っ赤なしずくがきらめいた。

 「『魔王』!?」

 爆炎が、彼女の背後の平原を埋め尽くし。

 「さぁ、どうかしら?」

 次に起こることを正しく予感した彼は、己の最愛へと叫んだ。

 「危ないアリーシャっ!」

 爆風が、王子や兵士たちを後ろへと張り倒し。

 「クソっ...

 クソっ!」

 煙が晴れ上がった時、すでに王子の前には、誰の姿もなかった。


                    ー”世界K”ー

 「ちょっとレンヌ殿下、どういうことかしら!?」

 「どういうこと、とは、どういうことかな?」

 「なんでここに、ここに、あいつらがいるのよ!?」

 「…おいおい、兄上たちをあいつら呼びって...」

 「だって、その、殿下たちのおかげで、私は王国を追われたのよ?

 なのに、なのに第2王子殿下と第3王子殿下がここまで来たら、私たちの安住の地はなくなっちゃうじゃない!」

 「そんなこと言われてもだな...

 兄上たちにも、安住の地はないらしいんだよ。仕方ないんじゃないかな?」

 「…それって、どういう、意味...?

 もしかして、王都は、もう…」

 「ああ。

 平原での決戦は陽動。」

 「…誰も、魔物、魔王軍がそんなに賢いだなんて思ってなかった。ただの獣の群れだって。

 そのツケ...ってことね...

 …もしかして、このあと、第一王子殿下とアリーシャ嬢も!?」

 「おそらく、な。

 陛下と母君、政府は南方へ退避して防衛するらしいが、王都を経由せずに行けるまい。

 助けてと頼まれた以上、助けるしかなかろうよ。」

 「…えぇ。そうね。

 王都が陥ちたのなら、こっちにも来るかもしれない。

 …戦力も増えるに越したことはない、かしら…」

 

                    ー”世界K”ー

 「失礼する!」

 ドタンバタンと入ってきた、キラキラと勲章や飾緒を輝かせるイケメンと、白く無垢なはずのドレスを茶色く砂ぼこりで汚れさせた可憐な少女。

 彼らは、まっさきにレンヌ王子とロレッサ嬢を見て表情を限界まで暗くしてから、いかにも渋々の様子で頭を下げた。

 「助けてくれ。」

 「もちろん。ですわよね殿下?」

 「ロレッサ嬢がそう言うなら、その方がいいんだろうしね。」

 第一王子が、目を丸くする。

 「…何も、含むところはないというのか?

 また、アリーシャに何か害をくわえる、また謀略を始めるつもりではないだろうな?」

 「余裕かましてそんなことやってる場合じゃありませんですわ。

 …殿下のせいで、祖国を祖国とも思えないけれど、それでもなお、祖国の危機でもありますし。」

 「…あくまでも、自分のための『謀略』として、手を組む、と、そう言う事か?」

 「そう考えていただいて、かまいませんわ。」

 ロレッサ嬢も第一王子も、本音では、すぐに相手を追い出したいと思っている。だからこれは、あくまでも利益の一致の結果としての策略に過ぎなかった。


                    ー”世界K”ー

 「軍勢がガタガタね。」

 4つに完全に分かれたその布陣を眺め、魔王ー明末良音は、嘲るように笑いながら、山頂で指を振った。

 山腹を黒く埋め尽くす、魔物、オーク、ゴブリン、ギガントの群れ。それが、大地震かと思うような地響きの轟音と激震を伴い、王国側の軍勢へと駆け下る。

 迎え撃つのは、第一王子とアリーシャ嬢の近衛騎士・魔導士団、第二王子の亡命王都騎士団、第三王子の亡命予備役国家防衛隊、第四王子レンヌとアンリエット・ロレッサ嬢の魔王領屯田兵団。だが、4つに割れてしまっていることからわかるように、連携も作戦もまるでできていない。

 勢いだけの魔物群団のほうが、こうなるとあたふたている王国軍勢よりすごみがあった。

 魔法を暴走させる「魔払」も、味方以外のすべてを切り刻む「王道」も、魔物相手にめっぽう強い戦闘スキルだが、使うわけにはいかない。何故なら、自分の手勢以外ー特に第四王子とロレッサ嬢の兵力を味方だと信じられないし動きも読めないからだ。

 やむを得ない、守備兵力の王都騎士やしょせんが戦時徴用に過ぎない国家防衛隊、引退した傭兵の集まりである屯田兵はどう頑張っても前線兵力などにはなりえないのだから、特殊スキル攻撃が不可能になったのなら突撃兵力として近衛兵が突っ込むしかない。

 「「「「「行くぞ!」」」」」

 「「「「「「「「「「「ウォォォォォ!!!!!」」」」」」」」」」」

 金属の盾と槍を持った軍団が、魔物の群れへと衝突していく。その上空を無数の魔法の筋が飛んでいき、お互いの中へ着弾していく。

 最前線が入り交じり、槍で突き刺し或いは殴り、槍先に着剣して斬りつける。

 一方の魔物もさるもの、口を大きく開いて噛みつこうとあるいは焔を吐きつけようとし、あるいはツノで突進し爪を振りかぶり、そしてオークなどの人型魔物は木でできた棍棒と木の皮でできた粗末な盾で抵抗してくる。何よりも、見上げるほどにそびえたつジャイアント(巨人)が引っこ抜いてきたままの大木を両手で振り回しているのが危な過ぎる。

 「デカブツに近づくな!魔法を使え!」

 「敵味方入り乱れてて使えません!」

 「ええい、とっとと退かんかバカ者どもが!」

 怒号が響く中で、魔法の焔が時々きらめく。

 それでもなんとか、王国軍勢は持ち直していったー魔物群はそもそも突進力と魔法力が持ち味だが、乱戦になって止まればどちらも同士討ちにしかならない。

 3人の王子もまた、前線で闘っている。

 第一王子は、武勇を以て剣を振るい、魔法で魔物たちを打ち据えていく。

 第二王子は、統治の才で軍配を仰ぎ、崩壊しそうな戦線へ兵力を振り分ける。

 第三王子は、興産の智で職人を率い、破損した武具を直して回る。

 それを、後方の丘の上の本陣から、第四王子とロレッサ嬢が見下ろしていたー「無能」と「謀略」に、戦場でできることなど何もない。

 だからこそ、2人は王国軍勢で最初に、その不穏さの高まりに気づけたのだ。

 戦場の向かい側の高山。その山頂に霧がかかり、冠雪が見えなくなっている。

 「何を、隠そうとしているのかしら?」

 

                     ー”世界K”ー

 「ねえ、どうして、思わないの?」

 第一王子は、突然肩を叩かれて、顔を青白くさせ振り向いた。

 「ま、魔王...」

 「王国がいつまでも続く、王家がいつまでも続く、貴方の王道が常に正義である、王家は誰一人苦しめていない...

 …そんなの、詭弁よね?」

 「何を言っているか知らないが、貴様にはここで死んでもらう!」

 「野蛮ね。」

 スッと、ムーンウォークじみた奇妙なあとずさりで、明末良音が下がっていく。

 「おちょくっているのか!?」

 「どうかしら?

 『われら構造を知らば万象を想像せん。ならば我が設計、万物掌に創造せよ』ー設計者D!」

 青い六角光の中から、ゴトリ、巨大なサーチライトが地面に落着する。

 「点灯っ!」

 「なんだっ全員伏せ」

 眩い光が、戦場のあらゆる眼を焦がした。

 「うわぁ!何も見えないっ!」

 グガァァッ!

 人と魔物の叫びがこだまする。

 「貴様、なんてことを...」

 もろに視力をやられた第一王子は、左腕で両目を抑えながら、それでも右腕に長剣を握りしめ、あっちへ、こっちへ、振りかぶっていた。

 「へえ?」

 明末良音は、握った左手の人差し指と中指だけを突き出し、少し開いて、そして、振り下ろされる 長剣の下に滑り込み、その刃を指で挟み押さえつけた。

 もちろん、すらりとほっそりした良音の体格では、指どころか手のひらでの真剣白刃取りすらできるはずはない。それを可能にしているのは、「G」の文字が浮かぶ、こぶしの上に輝く青い六角形だった。

 「んなっ、何がっ」

 第一王子は、下に上に力を籠め、右に左に腕を曲げてみるものの、長剣は微塵も動こうとはしない。

 「死に損ないが。死になさい?」

 冷酷な宣告とともに、右手に握られた拳銃が、第一王子の額に突き付けられー

 「殿下っ!」

 パァンッ!


                    ー”世界K”ー

 「…アンリエット・ロレッサ、どうしたのかしら?」

 …なんだ?

 誰かに突き飛ばされて...まだ、俺は、生きている?

 「どうしたって、私だって貴族なら王家と王国のために戦うことくらいありますわよ。」

 「見下げた根性ね、かばうとは」

 …は?ロレッサ嬢が?

 …とすれば、こたびの戦そのものがロレッサの謀略、すべてはロレッサ嬢を王都政界に返り咲かせるため俺に恩を売ろうと...

 「だって、失うわけにはいかないわ。私のために、殿下のために、王国のために。

 殿下が死んで王国が混乱すれば、私の平穏な生活は戻ってこないもの。」

 は???

 「…ふ、どうだか。

 まあ、2週間もすれば、すべてははっきりするかしら?

 終わった物語の果てに、決戦の地で会いましょう?」


                    ー”世界K”ー

 第一王子は、悩んでいた。

 「ロレッサ嬢は、もしや、悪ではない、のか?」

 視力も回復した今、彼にははっきりと、ロレッサ嬢のすべすべのふとももに太い血の筋が走っているのが見えていた。

 「ロレッサ嬢は、本当に、俺を野心なくかばったのか?

 …アリーシャは、どう思う?」

 「…アンリエット殿が何を考えているのか、私にはまだ、わからないのです。

 ただ、私にとっては、アンリエット殿が近くにいると、関わっていると、必ず良くないことが起こった、と。

 偶然では、片づけられない。だから、複雑な思いがありますが、けれど...

 殿下を守っていただいたことには、感謝申し上げなければならないと思っています。」

 「…判からない、か...」

 

                    ー”世界K”ー

 第三王子は、工房で書類と損傷した武具の山を見比べていた。

 「近接防御力が足りない。ああ、そうだ、魔法防御だ。魔石を使え。」

 「はっ、殿下!」

 コンコン

 「やぁ、弟よ。邪魔するぞ?」

 「兄上?アリーシャ嬢も、どうなさったんです?」

 「いやなに?

 この前の闘いで、思ったことがあってな。

 …お前は、アンリエット・ロレッサのことを、どう思う?」

 「知らない人のことは言えませんよ。

 私はしょせん、ものづくりにしか興味がない男ですよ?」

 呵々と、第三王子は大笑した。

 「そうひがむな。」

 「いえ、ひがんでいるわけではなく。

 客観的に、伝聞ではなく私の目で確認して、でないと産業の現場を栄えさせることなど叶いませんから。」

 「…では、お前は主観を、先入観を、伝聞を、極力排したらどう思う?」

 「ロクにかかわったことなどありませんからどうもこうも。

 ただまあ、私たちとは別の何かを見ているのではないか、とは思います。」

 「何ゆえ?」

 「私とて第三王子。

 女性からの羨望の視線や、求婚の言葉は数え切れません。

 けれど、ロレッサ嬢からだけは、そのような欲望を、感じなかった。」

 「…第三王子に、何も、思うところがない?」

 「王権のはしくれたる私に興味がないということは、どういうことなのか...

 彼女の視線は、王権を向いていないのではないか。」

 

                    ー”世界K”ー

 コンコン

 「入るぞ。」

 「失礼します。」

 レンヌの砦を回り軍の再建の様子を見た第一王子とアリーシャ嬢は最後に、砦の執務室を訪れた。

 「…おや、レンヌとロレッサ嬢もいたか。

 まあよい、俺が話を聞きたいのは、お前だからな。」

 声を掛けられ、第二王子は書類を捌きながら顔を上げた。

 「なんだい兄上?ああ、アリーシャ嬢もか。

 悪いけど、軍の再編成、再配置、防衛、処理事項は無限にあるんだ。」

 「ああ、ながらでいい。

 レンヌとロレッサ嬢も、その様子では職務中だろう。そのまま続けてくれ。

 国防をおろそかにするような大事ではない。」

 今からアンリエット・ロレッサのことを聞こうというのに、本人が同席することを、それが国責の邪魔にならない方法だからと許可してしまうあたり、さすが、第一王子は王の器だった。

 「それで弟よ。

 ロレッサ嬢について、どう思う?」

 ーそして、職務への配慮を悟りつつ、極めて繊細な話題ながらも「プライベートな会話は聞いていないことにする」という貴族のルールを守る、レンヌとアンリエットにも、上級貴族の格式は確かにあった。

 「…なるほど、ね。

 兄上は、ロレッサ嬢が、悪者ではないのではないか、そう...

 ...助けられて、また、ほだされかかってるわけだ。」

 「人聞きの悪い言い方だな、弟よ。」

 「…アリーシャ嬢に行われた数々の嫌がらせ、そして、修学旅行での狼藉。

 そのどれにも、ロレッサ嬢とロレッサ家の直截な関与がないにもかかわらず、常に、ロレッサの謀略だと噂され続けた。

 だから、調べた。だが、何もわからなかった。

 ...歴史上、『ロレッサ』は常にそうだ。自家と王国にとって最善となるように、バレないよう裏から動き続け、黒い噂が絶えなくとも決して証拠は残さない。

 今回だって、学園のクラス替えや席順にロレッサ家が口を出していた、というくらいしか証拠は集まらず、あとは状況証拠と推論だ。

 …兄上。『ロレッサ』は、真っ黒じゃない。だけど、『謀略のロレッサ』に、用心してもし過ぎるということはない。」

 「…俺が、油断している、と?」

 「あれほど、恨みの目線を向けていたじゃないか。」

 「…ああ。 

 間が悪いとか、偶然とか、そういうものではないのはわかってはいる。

 ただ...そう...

 ...ロレッサ嬢にも何か理由があって、つまりその、通り一辺倒の悪ではないのではないか、と。

 何か、違う何かがあって」

 「私が悪ではない?

 本気かしら?」

 半ば怒号を絞り出すかのような切実な叫びが、第一王子の言葉を、不敬にもかき消した。

 「私がなんであってなんでないか、という話なら、とっくに、済んでいるのでは?

 私を、追放した時に。

 私は、『悪役令嬢』アンリエット・ロレッサですわ。」

 「…だが、お前はどこを向いている?

 俺はお前に、何も聞いたことがないからな。

 お前は何のために悪でいようとする?」

 人が何かをするには「動機」が必要だ。当然、悪であることにも。 

 「そんなの決まって」

 「弟は、ロレッサ嬢は王権を見ていない、そう言っていたぞ。

 …それとも、あれは、俺の聞き間違いかな?」

 「…それは」

 「私も、誤解していました。

 ロレッサ嬢は、野心とか、害意とかがあるわけじゃない。

 ただ自己中心的なだけ、ですよね?」

 「...はぁ。

 負けましたわ。

 そうよ。私は確かに常に、謀略と無縁ではいられなかった。けれど、時代が変わるこの時に、謀り事だけで生き延びられるはずもなかった。

 私は、私が平和で居続けるためにだけ、ただそれだけのために動くわよ。」

 「…そうか。

 レンヌ、お前はどう思う?」

 「勘当されたも同然な我に述べる言葉がありますかな?

 まあでも、まだ何か隠し事があるということと、ロレッサ嬢がロレッサ嬢なりに一生懸命だということは、認めては?」

 「…ええ。それで?」

 「我には、人を判断するような能力も、断罪するような資格もない。『無能』なのでな。

 だが、責任を取ることはできる。

 我は、それらの影もひっくるめて、ロレッサ嬢を信じたい。

 我はいつでも、何もできないなりに、伴たちを信じて、託している。」


                    ー”世界K”ー

 「…見極められましたか?明末さん。」

 「ええ。

 王として、強さも智も問題ではない、そう私は思っている。だって、人間社会は強くたって賢くたってそれで巧く動かせるほど条理でできてないし、それでこそ私はここにいるんだから。」

 「何を第四王子レンヌ・アーディクチュエリから見出せるか。

 レンヌ殿下の王道、明末さんにとっての王道って、何だったんですか?」

 「そう、王の道...

 私に見えた姿は、役割に託し、任せる。

 レンヌ、貴方こそ、私が求める真の王にふさわしい。

 『あらゆる力は解釈の相違。ならば汝全てを捉え直せ』ー複製者C」


                    ー”世界K”ー

 「なるほど。

 …思惑は一致している。利害も。

 では、俺は、ロレッサ嬢に、どう接すればいい?」

 「…今さら、『信じて』って頼んで、殿下たちが素直に信じるだなんて、期待してないですわよ。

 でも、私には、力が必要なの。信じてもらえるかどうかにはかかわらず。

 だから、私は私の平穏のために。

 一世一代の『謀略』に、組み込ませてもらいますわ。」

 有無は言わせない。そう、強いまなざしが語っていた。


                    ー”世界K”ー

 まだ血のシミが茶色く草木や大地に残る荒野で。

 2つの大軍は、向かい合っていた。

 山肌を埋め尽くす、数万もの魔物の群れ。片っ端から絵の具を入れて適当にちょっと混ぜたようなまがまがしい風景を醸し出している。

 岩丘の上の砦を背に、甲冑と盾・槍の兵士の集団。第三王子の「興産」の知識・スキルで作り直され磨き上げられたそれらの白銀の輝きが、まばゆく太陽を反射している。

 「突撃しなさいっ!」

 「突撃せよっ!」

 そして、坂を駆け下る2つの大軍が、正面衝突した。


                    ー”世界K”ー

 「さて。

 ただぶつかり合うだけなら前回もやったわけだけど、連携できている分有利とはいえ、そんなの、たいした進歩とは言えないわよ?」

 小高い山の上で、良音は、ティーカップ片手に戦場を見下ろしていた。

 カラフルなはずだった魔物の群れは砂ぼこりと煙であっという間に汚れたから、今や黄土色、灰色に染まってしまっている。そこに銀色の甲冑兵が入り交じったまま大群はどの方向にも進行できず足踏みしており、なかなかカオスな膠着状態だ。

 戦場のあちこちで小さな爆発があるのは、アリーシャの「魔払」による魔物の固有魔法暴発か。

 また別の方角を見れば、戦場の端で、真っ赤な輝きが漏れている。これは、第三王子と部下の職人たちが炉を灯して武具の修繕を行っているのだろう。

 魔物の固有魔法を抑え込みつつ、オークやゴブリンの武器がどんどん闘いで失われていくのに対して自分たちの武器は切れ味を保ったものを補填し続けることで、王国軍勢は体力と体格で優る敵を阻み前進を試みる。それでも、暴走するジャイアントや大型の魔物、あるいはマジカルビーと呼ばれる巨大スズメバチの大群に出くわせば、大幅に後退してなんとか戦線を立て直すしかない。

 「1歩進んで1歩進んで、10歩目に10歩下がる...ですね...」

 「いい例えじゃない。

 それっ。」

 拾い上げて茶目っ気たっぷりに放り投げた小石が、真っ赤に燃え上がり、戦場の真上で大爆散するー重力操作のアルゴリズムを使って加速させ、摩擦熱で火球化、爆発させたのだ。

 真上から爆風にあおられた兵士や魔物たちが、何事かと硬直した。だが、慎重に周りを確認しようとする人間より、野生の本能で狂暴化する魔物の方が、こういう時にはえてして立ち直りが早いものである。

 「たわいもないものね。」

 せせら笑うように、良音は座り直す。

 「ねえ、材村君?

 …材村君?」

 「…すいません明末さん。

 …どうも、そうじゃなかったみたいですよ。」

 「えっ?」

 不思議そうに振り返った良音が見たのは、背後に立つ人影に、首筋にナイフを突き付けられている材村海斗の姿だった。


                     ー”世界K”ー

 「本命は、貴様だ」

 「あら、そう?

 『全てを運び押し流す、水は万物の父にして万生の母』ー水遣者H」

 空気中の水蒸気が凝縮して霧となり、一瞬で一本の水のムチと化して、ナイフを弾き落とし海斗を引き寄せる。

 「あ、ありがとうございま」

 「黙ってそこで見ていなさい!邪魔にしかならないのよ!」

 「はっはい!」

 凛として冷たい声に、思わず海斗は両足揃えて起立、下がる。

 「魔王、ここで、我が国のため、死んでもらおうか!

 王家と王民と王土にあだなす者よ、その罪、血を以て償え!『王道』!」

 「舐められたものね!

 『われら構造を知らば万象を想像せん。ならば我が設計、万物掌に創造せよ』ー設計者D!」

 第一王子が握りしめる美しい装飾が施された長剣が、紫の竜巻を纏っていく。

 明末良音の手元の青い六角枠の中で現出する幾つもの部品が組み上がり、武骨な軽機関銃を成す。

 カタカタカタ!

 景気良く、軽機関銃の銃声が響き、膝を地面につけた良音の後方へ薬莢が散らばった。

 「兄上、身体の力を抜くんだ!」

 瞬間、だらんと脱力したかに見えた第一王子の身体が、ひょいひょいひょいと自由自在に、ダンスしているかのように身軽に飛び跳ね、無数の銃弾を回避し、あるいは剣先で弾き返していく。

 「…『統治』のスキルですか...

 他人を、同意のもとで操れる...」

 観戦者に徹することにした海斗には、何が起きているのかはっきりわかった。

 「…長剣が耐えているのは、もしかして、どこかから強化のバフがかかっている...?」

 だとすれば、それは第三王子の産業系スキル。

 「王家総がかりってわけね?

  『力は全てを魅了し惹き付け貶める、何処までも墜ちるその誘惑ごと引き寄せよ』

 ー引力操作者G」

 瞬間、地面が陥没した。

 第一王子が、腰まですっぽり地中に埋まる。

 「さようなら。」

 ダン!

 見下ろしながら、照準器を覗き込み、そして、銃声が響く。

 「ふんぬっ!」

 ビシッ!

 「…は?」

 「何を驚いている?

 貴様が前やったことをしただけだ。」

 第一王子の右手親指と人差し指の間から、銃弾がパラパラ粉末となってこぼれ落ちた。

 そのまま、第一王子は、勢いを付けて穴の中から飛び上がる。

 「キェェェェェーッ!」

 10メートル以上の大ジャンプで長剣を振り下ろそうとしている。かすめただけでもただでは済まない。

 「…それは厳しいわねっ、(false)!」

 第一王子を、青い六角光が包むーが、何も起きない。

 「…ウソだろ、あれ、なんの強化も魔法もなしに、持ち前の身体能力だけであんなに跳ぶって...」

 「世界記録なんて目じゃないわね...っ

 (explorer)!」

 アルゴリズム発動と同時に、天啓のような直感が、良音をサポートし、反射的に機関銃を放り出して身体を鮮やかに前転させる。

 勢いよく降ってきた刃と第一王子の身体が、爆発と間違うような着地音と激震を地面に起こす。その背中を、良音は全力で後ろ蹴りした。

 しかし悲しいかな、明末良音の華奢な身体では、第一王子の鍛え上げられた肉体を揺らがすことなどできはしない。

 それでも、二機目の軽機関銃を創造する時間を稼ぐには、充分だった。

 再び、長剣と機関銃が向かい合った。


                    ー”世界K”ー

 望遠魔法でずっと見ていればわかる。

 何度も第二王子殿下が強化と身体操作を掛けて第三王子殿下が長剣を遠隔で強化・修繕し続けて、それで、銃?とやっと互角。

 何度も何度も、重そうな銃を捨てさせることには成功するけれど、でも、もう1回作り直されて、振出しに戻る。

 「あと一手、足りないっ!」

 もう一手、「魔王」の動きを一瞬でも押さえられればっ!

 「アンリエット。」

 「…どうしたのかしら?レンヌ殿下。」

 「我には何もできん。

 だが、アンリエットにならできるはずだ。

 我はアンリエットの能力を信じている。

 行ってこい!」

 …そこまで、託されちゃ、仕方ないじゃない。

 「私が来るまで、保ってなさいよっ!」

 俊足の魔法を掛け、私は走り出した。


                    ー”世界K”ー

 「貴様も、その、鍛えたりない身体ではそろそろ体力が続かないのではないか?

 おとなしく俺に首を差し出せ。」

 「面白いわね?

 貴方こそ、そろそろ3人とも、魔力切れじゃないかしら?

 (design)

 カラン、虚空から青い光を纏い、分厚い盾と鎧が出現する。

 「魔法無しで、これを破ることは、出来ないでしょう?

 それに、私にはまだ、手は幾らでもある。

 『力は全てを魅了し惹き付け貶める、何処までも墜ちるその誘惑ごと引き寄せよ』

 ー重力操作者G!」

 「なっ、身体が...」

 長剣が、地面に突き刺さって抜けなくなる。

 第一王子が膝をつきーいや、強制的に地面を舐めさせられる。

 「「兄上っ!?」」

 慌てて丘下の影から飛び出した第二王子と第三王子も、「G」の文字を中心に地面に張られた六角形の青い光の枠に足を踏み入れた瞬間、地面に縛り付けられる。

 「これで、全員、おしまいかしら?」

 良音が舌なめずりせんばかりに嗜虐を表情に表した、その時ー

 「いいえ、まだ、いるわよ。

 この『悪役令嬢』が!」

 ー息を切らせながら、背後から、ロレッサ・アンリエットは名乗りを上げた。

 

                    ー”世界K”ー

 今さら、「役」に、そう簡単に、負けるわけにはいかないわよね?

 「いいえ。

 悪役令嬢は、もういない。

 けれどそして、最悪の悪魔は、今、ここにいる。

 『われら構造を知らば万象を想像せん。ならば我が設計、万物掌に創造せよ』ー設計者D」

 目をつぶって、ゆっくりと、光景と想像をオーバーラップさせ、「創造」していく。

 「うそよねっ!?」

 「いいえ、現実よ。」

 無限の刃を、頭上から浮かばせ。

 「これだけの密度なら、避ける隙間はない。 

 誰も、助けには来ないわよ?」

 

                    ー”世界K”ー

 武骨な矛の雨が、アンリエットの真上から降り注ぐ。

 柄もなければバリエーションもないタダの「尖った金属刃」に過ぎないが、数十数百あるとなればいくら粗末なシロモノと言えどどうしようもないーましてアンリエットには、それらを払いのけるすべなどないのだから。

 串刺しに、それが無理にでも血塗れになる、そう、誰もが思った。

 だが、アンリエットは一歩も動かない。そして、景色が、グンニャリと曲がった。

 「…は?」

 アンリエットを空中で迂回して、周りの地面に刃が突き刺さる。

 「…魔法で落下進路に干渉した?なら!

 『(design)』」

 青い六角形が空中に大量出現し、刃を突き出した。

 だがそれらは、アンリエットの目の前に出現し、ギリギリ服をかすめる程度で止まって、そのまま落下、地面に散乱する。

 飛び散った刃を避けるため飛びずさったアンリエットに、今度は霧から湧き出す変幻自在の水のムチが襲い掛かった。だがそれも、かすめ、すり抜け、アンリエットの身体に触れることができない。

 「何が、どうなって...!?」

 「…私は、もう、逃げないわ。

 『私』から、そして、私の役割から!

 スキル『謀幻』、再発動!」

 とたん、アンリエット・ロレッサの身体が、消えた。

 「…自分を認めることで、原作にはないスキルに覚醒する...

 まさかそんなことが...」

 「驚いてる場合...?

 っ!」

 直感で軽機関銃の両端を両腕で持ち構えた瞬間、ガッ!と衝撃音がして、短剣で軽機関銃を斬りつけたアンリエットの姿が突如あらわになる。

 そのまま、もやが晴れるように、またもやアンリエットの姿が消失し。

 「自分の姿をごまかす魔法...ってところかしら!?」

 「どうでしょうねっ!」

 突然、眼前に現れる矢ーどうやら、姿のごまかしができるのは自分自身だけではなく任意の対象らしい。

 水のムチで矢を弾き飛ばした良音は、あわてて「(design)」のアルゴリズムで、自分を包み込むアクリル半球ドームを作り、防御した。

 

                    ー”世界K”ー

 「アリーシャ嬢、どうなされたかな?」

 「鷹揚としてらっしゃる場合ではありません!

 私たちの戦は勝ち、終わりました!殿下たちを助けに行きますよ!」

 「な、何を言っている?

 『無能』の我に、魔王にできる攻撃も魔法もないぞ?」

 「いいえ。

 私たちが戦い続けられていることに、レンヌ殿下が何の貢献もない、ということはございませんよ!

 もう、無能だなどと卑下なさるのはおやめください。

 無能でも無能なりに、出来ることをなさっているではありませんか。」

 「…兄たちがアリーシャ嬢を好きなわけが、少し、分かった気がするかな。」


                    ー”世界K”ー

 「『(gravity)』」

 不可視の力で、地面がえぐられる。

 ...確かに、自分の姿をごまかすスキルー違う、本当は「自分の定めた対象を、敵にとってもっとも都合が悪くなる視覚状態にごまかすスキル」ーは、私の姿を見えなくしたり幻影を見せたりして攻撃を当たらないようにすることができる。でも、やたらめったら手当たり次第に撃たれたら、そういつまでも運よく避けられるわけじゃない。

 「それに、私の攻撃で、あの防御を破ることは...!」

 ガラス?か何かで包んだその中へ、私の攻撃は届かない。割ることも貫くことも、魔法適正がない私には...

 「...いや、男の方を人質にとれば...」

 ...いや、ダメ、それはダメよ。

 ただ眺めてるだけの人を襲ったら、それはもう、「悪役」じゃなくて「悪」になっちゃう。

 「...でも、勝ち筋がない、どうすれば...っ!」

 「いいえ。

 ロレッサ嬢、『勝ち筋』を、連れてきました。」

 「えっ?」

 幻影を消し、姿を見せるーこの声は、アリーシャ嬢...!?

 「ロレッサ嬢がいたから、私たちの縁はつながったんです。

 あとは、おまかせくださいっ!」

 「いえ、あなたみたいな平民風情に放り出すほど、落ちぶれちゃいないわよ!」

 再び、幻影を繰り出し、そして自らとアリーシャ嬢の姿を消す。さらにアリーシャや王子たちの幻影までもが像を結んだ。

 「ちっ、面倒なことを...」

 良音がドームの中で毒づく。

 「レンヌ殿下...!?どうして?」

 自分たちだけ本体が見えるようにスキルを使いこなし、アンリエットは4人の王子のもとへ駆け寄った。

 「3本の矢なら折れるにしても、4本の矢なら?

 ...って、ことかな。」

 「…6人でも、いいのよね?」

 異議を唱える者は、いなかった。


                    ー”世界K”ー

 ドームを破り、内部の「魔王」を倒す。

 そのためには、力を合わせて、最大火力をぶつけるしかない。

 「行くぞ。

 王家と王民と王土にあだなす者よ、その罪、血を以て償え!『王道』」

 まっすぐ指した長剣が、紫にコウゴウと輝いた。

 「私も参ります!

 万物の罪科よ、万丈の不浄よ、散れ!『魔払』」

 王家の秘宝である長剣が、紫と翠のオーラに包まれ、輝きそのものとなる。

 「我が示す先に、王国の護持を!『統治』」

 「すべての産物よ、すべての財産よ、王国を盛り立てよ!『興産』」

 紅、蒼、翠、そして紫。

 ほとばしる光を今にも四散させそうな一本の矢ができあがる。

 レンヌが光の矢を掴むと、光は収束し、なめらかで透き通るような白色の矢に落ち着く。

 「アンリエット。」

 「ええ。」

 矢をそっと手渡されたアンリエット・ロレッサは、弓に光の矢をつがえ、そして再び誰からも見えなくなった。

 「撃つわよ。」

 「「「「「「『王道楽土』!」」」」」」

 不可視の矢がどこかで引かれたその瞬間、空間をオーラが圧した。

 「統治」が矢の行き先を定め、「興産」があふれでるエネルギーによる自壊より速く矢を修復していく。

 そして、魔力の塊となった矢は、分厚いアクリルドームの正面に衝突した。

 一瞬停止したその瞬間、「王道」の貫通性と「魔払」の爆発性が、衝突点を起点にすべてを爆砕する。

 土煙の中で、圧倒的な魔力が、身をあらわとし守るもののなにもない明末良音に襲い掛かった。


                    ー”世界K”ー

 「…捕まってしまいましたね。」

 「の、わりには楽しそうなんじゃない?」

 背中合わせに縛り上げられた明末良音と材村海斗は、軽口を叩きながらも周囲を見回した。

 王子4人と姫2人。相手もそれなりに疲弊しているようとは言え、両腕両足をきつく縛られ剣を突き付けられている状態では良音たちは逃げられないだろう。じきに兵も来るだろうし。

 「おい貴様、ずっと気になっていたのだが、いにしえに伝わる『魔王』ではないな。」

 「黙秘よ。」

 「なぜ王国にふたたび攻め込んだ?」

 「黙秘よ。」

 「魔物を生み出す『魔王の玉璽』はどこにある?」

 「黙秘よ。」

 「こっこいつ...!」

 つんとすました良音を、第一王子は思わず殴り飛ばしそうと腕を構えー

 ーその腕を、アンリエット・ロレッサに掴まれた。

 「…はあ。

 …そろそろ、猿芝居はやめませんかしら?」

 「あら、何のことかしら。」

 口角つりあげた2人の女怪の、えも言われぬ迫力を伴うにらみ合いに、王子たちですら後ずさる。

 「だって、あなたは、悪じゃない。

 そんな露悪で、わたくしをだませると思わないでくださいませんこと?」

 どういうことだ...何を言っている...?そんなつぶやきは、誰のモノか。

 「きっとそれは悪意ではなく何かの善意、そうでしょう?」

 「ふっ、それじゃあ貴女は、私が、悪ではなくて善だと?

 甘い、甘い、あまりにも、一国ところか一家族の命運を賭けるにも甘い。」

 「なんですって?

 挑発、かしら…?そんな見え透いた」

 「いいえ。

 貴女たちが善であるか悪であるかには依っているけれど、私は、善悪二元論の向こう側から。

 貴女たちじゃ、悪役どころか、正義にも役者不足よ。

 矢が4本だろうと何本だろうと、例え80億本だろうと、そんなことは大した問題じゃない!

 『その威光は万臣が支え、その声色は万民を圧す』」

 その詞句に、背筋を嫌な予感で総毛だたせたアンリエットは、反射的に耳をふさぎ飛びのいた。

 「ー王者(king)

 直後、透き通る氷に高く響き渡る明末良音の声が、低く重々しく腹の底まで響く荘厳なものへと進化した。

 「『ひ さ ま ず け』」

 4人の王子とアリーシャ嬢が、膝を地に付け、良音へと平伏するー海斗とアンリエットがドン引きした。

 「『縄 を ほ ど け』」

 唯々諾々と、貴人たちが良音と海斗を縛り上げていた縄をほどき、解放する。

 「ちょ、ちょっと...!?殿下!?アリーシャ嬢!?」

 立ち上がり、埃を払いながら、良音は手元に「B」と書かれた青い六角光の枠を浮かび上がらせ、そこにポケットから手のひらに収まるサイズの禍々しい彫刻のついた印鑑を放り込んだ。

 「ま、魔王の玉璽!?」

 「まあロレッサ、貴女にせよ、人生なにがあるかわからないものじゃない?」

 良音から荘厳さが消え冷涼さが戻ってくるのに気づき、耳を抑える手を離したアンリエットに、良音は背を向け歩き出しながら言った。

 「…でも、私はなにがあっても、また、迎え撃つわ。

 私は生きていたい。平穏に生き抜きたいから、そのためなら誰だって手を組むしなんだってする!」

 去り行く背中に、アンリエットは叫ぶ。

 「…そう。それも、また1つの王の道、なのかしらね。」

 じゃあね。

 さようなら。」

 歩き去る良音の姿と、立ち上がり後を追っていた海斗の姿は、ふっと、見えなくなったのだった。

今回獲得したアルゴリズム


王者king 略称K アルゴリズム「その威光は万臣が支え、その声色は万民を圧す」 効果:相手を否応なく従わせる王者の貫禄と威光を身に着けさせる。



しばらく更新休載します、すみません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ