「介入者Iの覚醒」
それは、争いの絶えない世界。
明末良音には、耐えられなかった。
そして、材村海斗は、謎を解く。
その先に待つ、2人の選択とは。
―”世界I”―
「御所様、大老閣下、玖馬情勢に関して、続報が入りましてござりまする。」
「なんとな?」
「やはり本日の会見は、国民と世界に対し、事態を発表するものと相成るようでござりまする。」
「空爆なのか?海上封鎖なのか?」
「それは申し訳ながら...」
「まあよい、そなたも御苦労であった、そこに座れ。」
「はっ。」
「北国奉行!」
「はっ!
カムチャッカ方面を偵察した結果、わずかながら、蘇連兵力の移動が確認されました!
赤軍は、おそらく、米軍に気づかれたと感づいたかと!」
「無理もないことでござりまするな。
玖馬を直接偵察飛行することの出来ぬ我ら幕府御庭方にも出来たのですからな、メリケンが気付けぬはずあるまい、ということにござりまする。」
「そなたは、また空軍をあてこすると申すか!」
「お静かに土井空軍奉行殿。
それで、我が日ノ本はどうするか。」
「米蘇が開戦するとなれば、中共と中民も開戦するでしょう。
亜細亜も、戦火に包まれることになることは畢竟。」
「核戦争...か。
防止するより他、手立ては残されておるまいな。」
「っつったってな?
打てる手はねえぜ、将軍サマ。
ウチの海軍の潜特型も3隻送り込むのが限界だし、今から布哇に完成したばかりの大陸間弾道弾を送り込みますかい?
言っときますがね、メリケンもソビエトも、千島からシベリアだのアラスカだの燃やすって言って言う事聞くタマじゃねえ。常任理事国6か国の中で日ノ本が弱ええのはそういうこった。」
「口が過ぎるぞ勝。
…ですが海軍奉行の申したは事実。」
「うむ。
朝廷にも伺いを立てるべきではあろうが、静観していては国際社会における立場を失うであろう。
かと言ってメリケンにもソビエトにも与するわけにはいかぬ。
外国奉行は盟約国に警戒と臨戦態勢を、各軍の奉行は戦争準備を。京都所司代は陛下をお守り申し上げよ。
核戦争ともなれば、地球全体が被害を受けるであろう。我ら日ノ本は、盟約国と一丸となり、積極的に生き残る!」
―”世界I”ー
戦争は、極めて容易く始まる。
キューバでのソ連の核兵器基地建設は、アメリカを刺激し、時のアメリカ大統領は海上封鎖を決定した。
ソ連は一歩も引かぬ構えを見せつつも水面下で交渉の道を探り、全面戦争だけは回避しようとしていたが、まったく別の思惑で動く国家もある。
極東に燦然と覇を唱える大日本帝国の、世界的に見てもまれに見る特殊さを持つ軍事政権、「徳川幕府」。彼らは、米蘇が核戦争を始めるつもりであれば即時に参戦する、と宣言したのだ。
日本の最高権力機関でありカリフであるとされている朝廷と王族が縁戚関係を持つ布哇王国の在布幕府軍基地に次々飛来する超長距離爆撃機「富嶽改」を見れば、隠す気すらない幕府の本気とそれを朝廷が後押ししていることは明らかだった。
合衆国アメリカ、共産ロシア、そして幕府日本。どの勢力にも、相手1か国を瀕死に追いやる能力はあっても2カ国相手は無理であり、そして(過去にファシストドイツがそうされたように)2カ国に袋叩きにされたのならば国土が物理的に消失しかねない。
3すくみの相互確証破壊。
そんな中で、キューバ封鎖線で警告を無視したソ連潜「Bー59」に対して、アメリカ海軍がそれが核兵器を搭載しているとは知らず爆雷を投下する事件が発生した。
ソ連潜内では政治将校の反対により核魚雷の発射は停止された。
しかし、アメリカ海軍は知らなくても、近くで身を潜めていた幕府海軍特型潜水艦「伊ー1033」はとっくに「Bー59」が核兵器搭載潜水艦であり、そして攻撃されれば恐らく核戦争の引き金となりえることを知っていた。
2隻目の潜水艦が浮上した時、アメリカ艦隊は驚愕し。
そして、その潜水艦の甲板からロケットが飛び立った瞬間、ソ連潜は今度こそ核魚雷を発射した。
ー”世界I”ー
「させないわ。
『力は全てを魅了し惹き付け貶める、何処までも墜ちるその誘惑ごと引き寄せよ』
ー重力操作者G」
ギュゥン!
海面が大きくへこみ、渦を巻きながら海水が吸い込まれ、周辺の潜水艦や駆逐艦や対潜哨戒ヘリが引き寄せられてきしみ音を立てる。
核魚雷は圧壊してクシャクシャになり、内蔵核爆弾も砕け散る。
解放とともに海が吹き飛び。
高波に揺さぶられた艦艇の上を、ドーナツをサンマが貫いたような「ハインケル・ラーチェ」戦闘機が飛び去って行く。何事かと見上げた将兵の帽子が海へと吹き飛んでいった。
第三次世界大戦は、回避されたのである。
「やっと、やっとよ!」
ー”世界I”ー
アメリカ空軍F106デルタダート防空戦闘機が、ソビエト空軍Tu95戦略爆撃・偵察機へとジニー空対空核ロケットを発射した。
戦闘機本体よりも巨大なバックブラストを噴き上げ、一直線に向かっていく核ロケット。慌てて旋回して逃げ切ろうとするツポレフ偵察爆撃機だが、当然、逃げ切れるわけもなく、巨大な核爆発の火球に呑まれ、キノコ雲に姿を消す。
悠々と去ろうとするF106の後ろに、さらに尖らせたようなほっそりした形状のジェット戦闘機が出現する。書かれているのは、葵の紋。
銃弾がばらまかれ、防空戦闘機は墜落、その途中で、発射していなかったもう1発の核ロケットが爆発、アラスカの沿岸に放射能の雨を降らせた。
核戦争は、始まってしまったのである。
ー”世界I”ー
「また、またなの!?」
明末さんが、何度目かわからない叫び声を上げた。
ニュース画面には、燃え盛る世界各地が映っている。
ワシントンもニューヨークもモスクワも北京も京都も江戸も、とっくにクレーターにされた。
「完敗ですね...」
ー僕らの歴史では、キューバ危機は米ソ両国の首脳の心の読みあい、駆け引き、微妙なバランスの中でなんとか核戦争を回避した。しかし、そこにさらに日本という第三勢力が加われば、読みあいも駆け引きも困難になりバランスは容易く崩壊する。しかも大統領や書記長に強い権限がある米蘇と異なり、この世界の日本は朝廷、幕府、藩の3重権力体制でありその行動をすべて推測するのは困難を極める。
「…また、初めから。
『観測終了』」
世界は、闇に閉ざされてー
―*―
ーはっ
「これで4回目ね…」
「でも、キューバ近海での開戦は防ぐ事が出来たじゃないですか。」
「キューバに張り付いていた分、外で起きていることへの対応が取れなくなった結果、アラスカで破綻したんだけど?」
…それはそうだ。
明末さんは別に万能ではないし、一人で考えられること、いられる場所、できることには限界がある。世界中で緊張が高まってしまえば、対処しきれるわけがない。
「もう、無理、かしら…」
「まだ、まだ...」
できます、と。
いけます、と。
無責任に言うことができないでいる僕がいた。
全面核戦争を止めるには、結局、国家を止めなければならない。現場で核戦争が起きそうになったら芽を摘んでいくのでは、とても追いつかないのが明らかになった。
ーだけどそれは、国家を相手に争うということ、すなわち、戦争をし、人を殺すと言う事。
「…やるしかないわね。」
明末さんは、しおりを挟んでから本を片手で勢いよくパタンと閉じて、片目をそっと閉じ、僕へと手を差し出した。
身体が冷たい人はその分心が温かいというのなら、それの逆を行くかのように冷たすぎる、すべすべの手をつないで。
明末さんは、再び本をパッと開き直した。
ー”世界I”ー
「『想像は現実化しうる。私、そしてあなたたちの存在の観測こそ、その最たる証明』
-創始者A」
江戸城の一角の畳の上に、六角形の青い光とともに、明末良音と材村海斗は降り立った。
「しかし、玖馬へ直接送りこめる兵力が少ない以上...
...何奴じゃ!?」
老中の一人が、慌てて拳銃を抜く。
「曲者!撃つぞ!そこを動くな!」
障子が蹴飛ばされ、小銃を持ったサムライたちが、しっかりと闖入者2名に狙いを定めた。
「『D』!」
叫びを聞いてサムライたちは発砲したが、青い光とともに2人がアクリル防弾ガラスの筒に包まれる方が早かった。銃弾がはじけ飛び、拳銃と日本刀を構える老中や奉行たちが跳弾をくらうまいと慌てて逃げていく。
「逃がさないわ。
『D』」
二言目の直後、警備のサムライも幕閣も、まとめて檻に囲まれた。
「あやかしか!?」
「そうやって不可解なことを全部非科学に押しやっている間は、貴方たちは何も進歩できないわね。」
さらに、明末良音の手の上に機関銃と手榴弾が出現し。
「材村君、ちょっと持ってなさい。」
「い、いや持ってろって...」
ズシリと重い、確かに人命を奪えるだけの冷たさが、海斗の両手をズシンと押し下げる。
あたふたと手榴弾でお手玉する海斗を見て、危な過ぎると武士たちが青ざめる。
「…将軍は...
…貴方かしら?
『H』」
「ぐぼっ」
「く、公方様!?」
一同の中でも上座にいて5人ものサムライと大老にかばわれている男の頭が、突然水球に包まれる。
将軍の頭にとりついた水球を、本人も周りも必死に引き剥がそうとするが、まったく取れそうにはなく。
跳弾を警戒した武士たちが一斉に刀でめった刺しにしようとするが、防弾ガラスを貫くことはできない。
重機関銃の照準が、将軍のほうへぴったりとあわされた。
「武器を下ろしなさい。
今ここで一番偉いのが誰か、よーく考えることね。」
「くっ...
貴様、何者で、何が狙いだ!」
「創始者A、狙いは...
…世界を、救う事?」
ー”世界I”ー
それは、歴史上見ても特殊過ぎる、非常に唐突で、ひそやかで、そして大胆過ぎるクーデターだった。
日本の事実上の最高意思決定機関である江戸幕府は、明末良音による突然の脅しを受けて、たった2人の高校生にひれ伏さざるを得なくなってしまったのである。
良音は即座に、脅迫中の将軍を通じ、日本陣営に対して戦闘及び戦闘準備の禁令を発させた。
キューバ情勢がいよいよ緊迫の度合いを増す中で、日本陣営は静観を決め込み、極東は不気味に静まり返り。
そしてー
ー中華人民共和国人民解放軍の民国台湾への空襲が勃発した。無抵抗に見えたからこそ、「決着」が行われてしまったのである。
実際無抵抗に等しい状態の幕府陣営を共産主義陣営は瞬く間に蹂躙、かろうじて幕府空軍は北京と重慶を核攻撃で焼き払ったが、朝幕藩体制は消滅し。
そして、そこへ今度は米軍の重爆編隊が、アジア方面に軍備を集めた中ソを猛爆。
世界は、終わりに向かっていった。
ー*―
「また!
また!
また!
…やり直すわよ!」
ー”世界I”ー
「書記長閣下!
どうか、なさいま...し...」
「…悪いわね。
このソビエト共和国連邦は、私、ヨシネ・アケマツの管理下とするわ!」
ー”世界I”ー
議会制民主主義のアメリカと比べ、軍事を幕府が掌握する日本や、共産党幹部会がすべてを取り仕切るソ連は、トップを押さえるのが格段に簡単だ。
ーそう思っていた時期が、僕らにもあった。
朝幕藩同盟国の4重体制。
国家組織とは別に共産党が一党独裁し、さらにそれとは別に中国や東欧諸国の思惑が入り交じる社会主義陣営。
どちらも、最大国家のトップを押さえたから統制しきれるような生ぬるい存在じゃ、なかった。
あちこちをキノコ雲に隠された青い惑星を見下ろしながら、僕は、無能感と行き詰まり感にさいなまれていた。
ー”世界I”ー
今度こそ。
「キューバを先制侵攻する。核戦争の火種になる前に、だ!」
「そんな、既に核ミサイルが配置されていただなんて…」
ー”世界I”ー
今度こそ。
「材村君、キューバのミサイルを、すべて、潜入して破壊するわよ!」
「貴国がやったに違いない!宣戦布告する!」
ー”世界I”ー
今度こそ。
「国連で、米蘇を止められるのは、我が幕府だけですぞ!」
「我々は、非民主的な江戸政権を糾弾する!」
ー”世界I”ー
今度こそ。
「もうこうなれば、発射されたものを片っ端から叩き落とす!」
ー”世界I”ー
今度こそ。
「この脅迫状を出したのは、どこのスパイかね?」
ー”世界I”ー
今度こそ。
ー”世界I”ー
今度こそ。
ー”世界I”ー
今度こそ。
ー”世界I”ー
今度こそ。
ー”世界I”ー
今度こそ。
ー”世界I”ー
今度こそ。
ー”世界I”ー
今度こそ今度こそ今度こそ...っ!
―”世界I”ー
何度でも何度でも何度でも...!
ー*―
何度でも、核の荒野に立ち。
文明が幾度も消え。
無限に命が焼かれ。
いくらなんでも、少女には重すぎ、そしてー
ー汚すぎた。
ー”世界I”ー
「大統領、もはや戦争は避けられません。」
「…ああ、仕方あるまい。
キューバへの空爆を、許可する。」
「イエス、サー!」
「…そう。
私が、私がどれほど苦労したのか、知らないからと言ってなかったことにできるわけじゃないのよ。」
「だ、誰だ!」
「廃棄物に名乗る名前など、あいにく持ち合わせないの。」
「あ、明末さ…」
「貴方たちが争わざるを得ない運命にあるというのなら、私はもう、すべてがこりごり。
どうやっても幸せになれはしない世界を幸せにする義務なんて、あいにく持ち合わせないの。」
「う、撃て!」
「『G』」
「バ、バケモ...」
キュゥン。
「…ホワイトハウスもあっけないわね。もう少し、ホネがあるかと思ったのに。
材村君、飛ぶわ。」
「えっ…」
ー”世界I”ー
そうだ。
私は、そうだったのだ。
最初から、元に戻ろうだなんて、立ち返ろうだなんて、許されることじゃ、なかった。
「なだめすかそうが脅そうが、第三次世界大戦を止めることは出来なかった。
今までだって、そうだったのに。」
誰かを幸せにするためには、透明化された見えない誰かの幸せを何処かで捨てていなくてはならない。その誰かが具体的に一意に定められずに世界を幸せにしようとした結果が、この破綻だ。
誰かの不幸を入力値に取らないで、具体的な対象を持たないあやふやな幸福を出力値に取ろうとすれば、結果として残るのはすべての不幸という歪みだけ。
どだい、「世界」とは「本質的には誰かの不幸を前提にして成り立っている、不特定無数を踏みつけて成り立つシステム」なんだから。
だったら、そんな不完全なシステム。
100にできないのなら、いっそ0にしてしまったほうが、すがすがしい。
「『D|《design》』」
「あ、明末さん...」
「『G|《gravity》』
「明末さんっ!」
「放て」
「ダメです明末さんっ!」
「いいえ。
…人間は完璧じゃない。
世界と同じように、完璧じゃない。
イエスマンばかりと言われようとも、私は私のために、私の敵は、認めない。
さようなら。」
「あけま」
…消えたわね。もしかしたら私でも強制的に追い出せないかも、なんて思っていたけど。
「『天灼』!」
―*―
「あ、明末さん...」
僕は恐る恐る、のっそりと身を起こした彼女に、声をかけた。
…いや、明末さんが何をしたのか、うすうすわかっている。
だけどだけどだけど。
明末さんは、底知れない深い闇をたたえる湖のように澄んだ瞳で、僕をにらみつけた。
身体が、ゾクッと震える。僕の意思とは関係なく、本能が明末さんを拒絶する。
明末さんは、本に挟んであったふせんを一つ抜き去り、そして、別のふせんが挟まれた1ページを開き。
「『想像は現実化しうる。私、そしてあなたたちの存在の観測こそ、その最たる証明』
ー創始者A」
片目が青く光るその意味を、僕は知っている。
明末さんは、カクンと、意識を失い、背もたれに倒れこんだ。
…怖い。
それに、予測はついている。
「でも、行かないと。」
この眼で見て、確認して。
「なんとか、なんとか。」
明末さんが闇落ちしてるのも知ってるし、もともとは破壊側の人間なのも知ってるし、世界を救いたいと熱血するような性格とは正反対なのも知っている。
ーだけど、それでいいわけがない。
僕は、明末さんに世界を壊してもらうよりは、明末さんに世界を救ってほしい。
誰だって、そりゃ、知り合いが世界を滅ぼすのを見たいわけがない。明末さんにだって、幸せになる権利はある。
だから、だから。
「起こさないように、起こさないように...」
僕はそっと、倒れたとしても明末さんに触れてしまわないだろう場所から、明末さんの指先に触れた。
ー”世界I”ー
息苦しい。
身体が、ひりつくような感じがする。
ああ、そうか。
ーここ、宇宙じゃん。
明末さんはどこだ...?
下が地球で上が月で…
…あれは、火の、球…?
「逃げっ」
肺の、胸の空気が吸い出されるっ…!
焔が、落ちて落ちて落ちて…
広がって、爆発が…
地球が、真っ赤に、消し飛んで…
―*―
宇宙空間に生身でいたから、意識を失ったせいだろう。
僕は、ガバッと、飛び起きた。
明末さんはまだ目を開けない。
「今のは、やっぱり前に見た…」
水素を重力で固め、投下、一気に解放するとともに核融合を起こさせ、星をも消し飛ばす、エデンで見た攻撃。
「しおりが、前に介入した時点のページに挟まっているのだとすれば…」
介入して、その結果、核戦争を防げなかった。だから、介入開始の時点に再介入して、いっそすべてを吹き飛ばすーたぶん、そういうこと。
そして、もう、生半可には、止められない。何しろ、言うことを聞かずに1回目の「天灼」直前に僕をつまみだした。だから、説得しようとしてもその前に僕を突き飛ばすだろう。
力づくで、止める?
「壊れてしまった、最初から壊れてしまっていた、明末さんを?」
それでも。
「明末さんを、止めなければ」
どうすればいい?
どうすれば明末さんの不思議な力を止められる?
無効化能力さえ使えれば何とかなるかもしれない、でもそれもできるわけがない。
「どうす…」
「海斗、何悩んでるの?」
…考えてるうちに、部活終わりの小花を迎えに来てたらしい。無意識であっても、別世界の地球人類の運命がかかっていても、僕は幼馴染とは腐れ縁、離れられないんだな…
「あ、あぁ、小花、部活お疲れ。」
「お疲れ~!じゃないよ!
海斗のほうが顔、疲れてるよ?
ど~せ、また難しいこと考えてるんでしょ!」
「うん」
「小花が聞いてあげよっか?」
「…いや、いい。」
小花に理解できるとは思えないし、万が一うかつに理解されるのも困る。
「…ふ~ん。
あ、当てて見せよう。」
「いや、絶対当たらないからいい。」
「ふふん、ブラックローズに告白して振られたんでしょ!そんでひどい仕打ちされたんだ!
大丈夫だよ?もし海斗が社会的に死んじゃっても、あたしは海斗を見捨てたりしないから。」
「ハズレ…
…や、待てよ?」
「え、まさか、アタリなの?えっ、えっ」
「違う。
…なんで、小花は、僕のことを、そんな、何があっても見捨てないなんて言えるんだ?」
「え?だって、幼馴染じゃん?」
「いや、だから、幼馴染だから…」
なんて言うんだろう。
幼馴染って何だ?でもない。
幼馴染だからどうして?でもない。
「ああ、わかった。
幼馴染だから、無条件に、受け入れられるのは、なんで?」
「え?そういうものじゃない?
それにさ海斗。
誰だって、誰かに無条件で受け入れてほしいんだよ?
海斗にとっても、そうじゃない?
心の底では、一人くらいは、自分のことを無条件に認めてほしくない?
海斗だって、あたしの、そうじゃん。
あたしが何しても、助けてくれるじゃん。
ま、いいけど。」
「…そっか。」
何かが、カチリと、つながった気がする。
「なぁ、小花。」
ーもう一つ、聞いてみよう。
「なぁに?」
「どうにもならない時、どうしようもないことを相手にしてる時、どうする?」
「海斗に聞く!」
…ありがとう。
「答え、見つけた。」
「ん~?
ふふっ、小花ちゃんに感謝してね♪」
―*―
明末さんの能力のうち、物語世界に入る、「創始者A」、アレは間違いなく、物語を想像することで、現実と区別がつかない精彩さを得た物語に現実化してもらう技。
つまり、呪文の「想像は現実化しうる。私、そしてあなたたちの存在の観測こそ、その最たる証明」の前半は、明末さんの「想像の現実化」そのもの。
では、呪文の後半は?
僕らの存在があること、いや、「僕らの存在の観測」。
物語世界が現実と同質なら、現実世界だって物語世界と同質かもしれない。きっと明末さんが言いたいのは、「本質的に同質だ」ってことだと思う。現実から見て明末さんの創造した物語世界が現実っぽく見えるなら、物語世界から見て現実世界は物語世界のように「現実」っぽく見える、そんな相互保障の関係でしか、相対的な関係でしか、ないんだと。
明末さんの能力のうち、もっとも基本的な「A」が「想像した世界の現実化」なら。
明末さんは呪文のことを「アルゴリズム」と言っていた。それは本来、計算を簡単にする数式などに用いる言葉。
だから、他の呪文らしきものは、簡素化、簡潔化でしかないとすれば。
これまで世界を巡り力を集めてきたのは、「本来なら難しい能力」を「やり方を見ることで、簡単に発動できるように学ぶ」こと。なにしろコピー能力「C」からして「あらゆる力は解釈の相違。ならば汝全てを捉え直せ」、分かりやすく言えば、「やり方の違いでしかない得ようとしている力を、一から十まで捉え直すことで学べ」って考えることができる。
じゃあ、本来のやり方とは?
…たぶん、いや間違いなく、世界そのものを作り出す驚異的な「A」。
だから結局、明末さんが得ている能力は全部、「想像の現実化」と、「特定の行為に際して簡素化した『想像の現実化』」。
だって、考えてみれば当たり前だ。
人間、見たことない現象を正確に想像するのはたぶん、難しいと思う。
重力が発生して、周りのモノが引き寄せられブラックホールができる…詳細に、分子、原子、素粒子一つ一つに至るまで想像しなければいけないとしたら。
それを現実に目の当たりにできるだけで、想像する難易度も、想像しないといけないものも、格段に減る。
「ゲーム」には、勝てそうな感じになってきた。
創造の現実化と、それをより容易にする、簡潔に目指すものを想像するための「アルゴリズム」。そういうことだ。
そして明末さんは、想像を現実にすることが、想像で世界を創造することが、本来は僕にも、誰にでもできておかしくない、と。
…だったら、想像したら、できるのか?
明末さんを止められるだけの能力が、使えるのか?
できたって、本当は、おかしくないのに。
だって僕は、明末さんの世界に入れる。それはもはや、どう考えても、「他人の想像している世界に入る」という、一つの異能なわけでーいや、明末さん限定だけど。
あとは、どうしてそれができたのかわかれば、答えは、答えは近いのに…
「いや…
いや?
いや!」
知っている。
知っている、はずだ、どうして、できてしまったか。
あの、明末さんの手に最初に触れて明末さんの世界に乱入した時と、さっき明末さんに触れて知られぬように見に行った時。
明末さんはどうしようもない物語世界の現実をぶち壊すために、物語世界ごと破壊しようとしていた。
そして、僕はずっと、物語の救われない部分を見るたびに、「救われる展開IF」を妄想してきた。
クロスオーバー、オリジナル展開、オリジナル主人公...そんな妄想をしてきたーそう、それは明末さんとしたことと同じことで。
救うために物語に「介入」する想像をして、方法を、「物語に介入すると言う事」を、知っていた。
物語に既に介入して破壊していた明末さんと引かれあって、肥大しきっていた物語への介入の願望が、想像が、現実化して。
そして、無意識が、「明末さんと一緒に、明末さんが創った物語世界に介入する方法」を学んでいたとすれば、これこそ、僕オリジナルの能力、「想像の現実化」ーアルゴリズム。明末さん風に言うのなら、「介入者|I《interrupter》」。
そうだ。
僕は知っていた。
僕の無意識は、知っていた。
物語世界に介入しよりよい物語世界にする方法も、明末さんの創った世界に入る方法、すなわち、明末さんの能力の使い方も。
無意識じゃダメだ。
いや、この際、意識でも無意識でも何でもいい。
世界を、そして明末さんを救えるのなら、何でも。
物語世界に介入して救う方法なら、その想像なら、いくらでもしてきた。
だから今度は、現実に、物語と何ら違いなどないただの現実に、介入するんだ。
「やるぞ、僕!
やらなくちゃならないんでも、やるべきでもない。
やりたいんだ。
アルゴリズムは...
『ハッピーエンドを創造するためなら、救いの手をどこまでも想像してやる』ー介入者I!」
ー”世界I”ー
「一瞬、頭が重く...
まあいいわ。
『天灼』!」
―*―
想像した、その通り。
「B」とアルファベットが中央に記された青い六角形の光が、中空に光っていた。
中からゆっくり進み出てきたのは、あんまり特徴的すぎて廚二病っぽい服装の少女。
「ひとみちゃん、明日さー
…あれっ?」
「久しぶりです、樫野暁海さん。
力を、貸してください。」
如何にもならない時は誰かにまるっきり頼ることも必要だ、そう、小花も教えてくれたことだし、困ってわからなくて解けなくなったら、明末さんというナゾは、適任な名探偵に任せよう。
「ええと、私で良ければ?」
ー*―
「ええっと、あの、また会いたいなーなんて思ってコスプレしてた私が言うのもなんですけど、私が、こんな格好してていいんですか?」
インバネスコート、伊達パイプに鹿撃ち帽ーホームズスタイルの樫野暁海は、遠慮がちに材村海斗を見上げた。
「…はい。
本当は、これを誰かに頼むべきじゃないんです。でも、そんなこと言ってる余裕も、悪いですが樫野さんを気遣える猶予も、どこにもない。」
「…深刻、なんですか?」
「…世界と、明末さんに関わる、真相と、困難...
…極めて、深刻です。」
「…材村さんと明末さんに救われた魂なんですから、なんでも聞きますけど…
何が...あるんですか…?」
「…落ち着いて、聞いてください。
僕と明末さんは、失敗、したんです。」
そして、海斗は、すべてを暴露した。
「そもそも、樫野さんの世界は...
本の、小説の、物語の世界、なんです。」
「えっ…
私の、世界が、物語...?」
明らかに、思いもよらぬ事実を聞かされた暁海は、うろたえで瞳を揺らしていた。
「明末さんの能力の正体は、『現実と区別がつかない精度で想像を行うことで、新しいものを創造する」ことなんです。
うーんと、感覚で言いたいことはわかるけど、言葉にできない…
…えーっと。
…あーっと…もし今、誰かが、原子一個一個、電子一個一個に至るまで全く同じ位置に積み上げて僕の模造品を創ったら、それって僕と区別できないじゃないですか?」
「え、でも記憶とか、その...魂とかも」
「そういう目に見えないモノも全部ひっくるめて創り上げたとしたら?
明末さんがやっているのは、そんな感じだと思うんです。
きわめてそっくりならば、同じものとして、扱える。」
「…でも…
…結局、私は何なんですか?
私の世界は、何なんですか?
私は、ちゃんと存在してるんですか?」
不安げに、畳みかける。
「はい、僕の考えている通りなら。
もともとは物語かも知れないけど、樫野さんもただの主要登場人物の一人に過ぎないかもしれないけど、でも今や、いや樫野さんの世界が完璧過ぎた最初から、樫野さんの世界も樫野さんも、誰に縛られることも揺るがされることもない、確固とした存在です。」
「…もやっとするけど…
…でも、いくつか、納得できたかもです。
それで、そうしたら、ええと...」
「これを踏まえて。
今、明末さんは、暴走しています。
完全に絶望して、心が壊れてしまってる。
謎を解いて明末さんを救うには、似た者同士のメンタルと言われた樫野ざんの力が、必要なんです。」
「…よくわからないけど。
行きます、私が、必要なら。」
「経緯は行きながら話します。
来てください…いや、どこにいるんだろう?」
「私と同じメンタルなら、わかるかも!」
―*―
本を読みながら意識を失っても大丈夫な場所。
私の気持ちを分かってくれるなら、おんなじ人生を送ってきたのなら、家には帰りたくないはず。
独りでずっといても怒られなくて、本がいっぱいあって、タダで、短時間くらいなら寝ててもおかしくなくて、安全で、日が暮れても長居できて。
「大学、図書館...」
「材村さん、さすがに図書館の中では騒がないと思います、連れ出しましょう。」
「ああ、僕一人で行ってきた方が?」
「はい、私は本来いないはずの人間なので、驚かせて騒ぎにしない方が」
最後まで聞かずに、材村さんは走り出しました…怒られますよ?
ー材村さんの話では、どうしても思い通りに言うことを聞かせられず、戦争を止めることが何度やってもできず、そして明末さんは人類と物語を諦めて、見切りをつけ見捨てて、全部ぶっ壊すことにした…ということでした。
私も、本当なら、人類を呪い、否定して、滅びをもたらす存在になるはずだったそうですから、似た者同士...なのかもしれません。
けれど、だからこそ。
明末さんが今していることを認めるわけにはいかない、否定しなければならない。でなければ、私が呪いにならずに救われた意味がない!
「材村君、貴方にはもう…
…樫野さん!?」
「先手で、封じさせてもらいます。
すみません。」
「ちっ、私をはめようとするのね。
デザイ」
「『全てが悲劇的な非常識に規定されるなら、全ては虚構であれかし』ー偽者F!」
いいか悪いかなんて関係ない。
絶望とあきらめのために、私を救ったのと同じ力を使うのは、認めない!
―*―
青い六角光が一瞬だけ現れて消えてしまったのに気づいて、良音は眉をひそめ、回れ右で駆け出した。
「偽者F」の力の本質は、「現実とは認めがたい非現実を拒否しニセモノだとして否定することによって実際にその『否定』を現実化させること」である。厳密には異能無効化能力ではなく「現実正常化能力」と言えるそれを、「想像の現実化における特殊に最適化されたメソッド」として使う良音に比べ、もともとからして現実から逃げ出し辛い世界を否定するために使う才能と運命にあった暁海のほうが強力に決まっていて、まともに能力で競ったら勝ち目がない。
暁海は虚弱に近いし、海斗もインドアでひ弱。先に逃げ出されれば追い付けない。
「明末さん!」
ただ、海斗は、振り返らせる魔法の呪文が一つだけあるのを知っていた。
「解けましたよ!『ゲーム』!」
「…なんですって?」
「わかってみれば、簡単なことだったんです!」
―*―
棘だらけの黒茨ーそんなふうに、よく知らない人から見ればそう見えるのかも、しれない。
でも、よくよく見れば、明末さんの扱い方が、僕にも少しくらいはわかってくる。
最初からして、明末さんはわざわざ「ゲーム」と言って、僕を誘い込んだ。挑発した。
そしてその割には、ヒントになるようなことを度々、必要にかられていたわけでもなさそうなのに、口にしている。それも「そんなこともわからないの?」と言わんばかりに。
明末さんは考えとしては、「人間」が大嫌いなんだろう。それも、個々の人間が嫌いと言うより、「ヒト」という種族の在り方に絶望しているという、哲学的な嫌いさだ。
でも、けっしてそれは、世間一般で言う「人間嫌い」じゃない。「ヒト」は嫌いでも、わりあい、「ひと」は嫌いではない。
明末さんはきっと、考えすぎている、本当に考えすぎているだけで、勝ちたがりで負けず嫌いでちょっと人並みにいじわるなところもある、ごく普通の女の子のはずだった。だけど、ずっと考えすぎてきたせいで、歪んでしまっているだけで。
挑発するのが好きなーいやもしかしたらたぶん、かまってほしいだけかもしれないー明末さんは、ゆえにきっと、挑発には、乗ってくる!
「簡単...?」
「そうです。
能力は、『創造の現実化』、そしてアルゴリズムとは、『特定の現実化をするために、想像が容易にできるようにする合言葉』。
最初から、迂遠とは言え、ちゃんと言ってたじゃないですか。」
「…そう。
だったら私は、こうも言ったはずよ。
貴方たちにもできるし、している、と。
やり方が分かったのなら、できるわよね?私に頼らずに。」
あっ。
見落としていたわけじゃない。
タネを考えるために、僕はその糸口として、「誰にでもできる」という言葉を用いていた。にもかかわらず、実際にはできていない。
もちろん、僕は既に、明末さんの能力に介入する方法を知っている。だけどそれは、はっきり言えば反則だ。明末さんから学んだ方法ではなく、明末さんとは関係なしに汎的に使えるかどうかが問われているんだから。
そう、そうなんだ。
「『異能でも何でもない、ただただ想像しているだけだ』って言いたいのでしょうけど。
私は、特別な人間ではない。では、どうして?
まだ何も、解き明かせたとは」
「無意識」
ぼそっと、ホームズファッションの少女が、呟いた。
「そう、ですよね…?
私が幽霊のひとみちゃんを否定した時も、まさか幽霊を分離できるだなんて思ってなかった。分離したいとすら、意識してなかった。
想像現実化の力は、無意識の願望で起きる、もっと言えば、『起きている』んじゃ、ないですか?
私、あれから考えたんです。
明末さんの最後の一言。
想像は現実化しうる…って言うのは、私たちに起きた呪いが、全部そう、みんなの『呪いがあってほしい』と『呪いがあるかもしれない』によって現実化したから、もう呪いとか都市伝説とかを信じたりすがっちゃいけない…って言いたかったんですよね?
だから、現実は、私たちが思っている現実の正常さは、意識しないうちに揺らいでいる。でも普通は、意識的にそれを模倣するのはむずかしい…ってことじゃないですか?」
「…それは、意識的に行えないのは、どうして?私が行えるのは、どうして?」
「だって、私たち。
心が壊れちゃってるじゃないですか。無意識も意識も、今さらですよ。」
「…あぁ。
そこまで言われてしまったら。
負けを認めるしかないじゃない。」
―*―
そのことに思い至った最初のきっかけが何だったのか、私だって、覚えていない。
だけどずっと、思ってきたのだと思う。
「材村君は、物語は、どこまで物語だと思う?」
「どこまで…?」
「言われたことがあるはずよ。
『しょせん架空の物語なんだから』って。」
「でも、それは、明末さんが現実に」
「違う。
私以前のお話。
『充分にリアリティのある世界は、もはや自立して実在する』『限りなく現実と等しい架空は、もはや現実と見分けがつかない』。
…転倒、するのよ。」
「転倒…?」
「現実と、架空が。」
何気なくそれに気づいた時、私は、数日寝込んだ。
「…まさか。」「そんなことって…」
材村君と樫野さんも、予想通り、愕然、表情も感情も抜け落ちかけた顔で、間抜けに見つめあうことしかできなくなっている。
「物語が現実に等しいんじゃなくて。」
「現実が、物語に等しい…?」
考えてみれば、当然だった。
ある物語の世界の中に、他の物語の要素が見つかることなんて、いくらでもある。
例えば、多くのミステリで、シャーロックホームズシリーズが小説として引き合いに出されるーけども、シャーロックホームズシリーズの物語の中で息づくシャーロック・ホームズとジョン・ワトソン博士は、決してそれを知ることは、自分たちが物語として見られていることは知りえない。
物語の中に、また別の物語が。
だったら、それらの物語を俯瞰して視ている私は、私の現実は、何…?
「物語が現実と大して変わらないのなら、現実もまた、どこかの物語かもしれない…?」
ー私がいつかそれに気づいた時、物語と現実が網の目のように互いを支えあっている様子が思い浮かんだ。
「そう。
現実と物語…そんなの、絶対的なものでもなんでもない。
そして物語は、しょせん、誰かの想像によって創造された、きわめて可塑性の高い幻想でしかない。」
現実を見るようにして物語を夢見て、物語は現実になった。
物語を創るように現実を創ろうとして、物語の現実も現実の現実も書き換えた。
「物語は、誰かに読まれなければ存在しない。存在することはない。
現実もそう。誰かに顧みられることで、はじめて存在が認められるーそんな理論、聞いたことあるでしょう?」
「…『人間原理』」
「明末さん材村さん、なんですかそれは?」
「世界の自然法則が少しでもズレていたら、重力の強さ、光の速さ、宇宙の膨張速度…それらがコンマ下数十桁でも違っていたら、あるいは宇宙が3次元じゃなかったら、人類は存在しないしたぶん地球も完成しない。そして、宇宙が誕生する時に、今のような数値であった必然性は何もない。
じゃあなんで、この宇宙は、この星は、こんなにも人間にふさわしい環境なんだ…って考えた時に、それは、『人間が住んでいない世界は人間によって観測することができない。今の世界が人間に適しているのは、そうでなければ人間に観測され存在を認められることができないからだ』っていう。
さらに言えば、人間にとって、人間が見ることができない世界は、ないも同然。だから、人間にとっては人間が存在しないような宇宙は存在し得ないし、宇宙は人間がいるような構造をしていなければならない。」
「…なんだかややこしくって、とんちみたいな…
だってそれって、人間がこの世界にいられるのは人間がいるから…ってことですよね?」
「そうよ。まさしくそう。
そして、人間原理はー
ー人間を『私』に置き換えても、成立する。
なんで私がこの世界に存在しているのか、それは、私が存在しない世界は私自身には観測し得ないから。
ある観測者にとって、世界の存在を、実在を、他ならぬ観測者自身が保証している。
けれど、その観測者が人間であるならば?
人間の生体脳なんて、しょせん、認識を知覚する段階で解釈が混じる、意思体に過ぎない。観測機器として見れば決して完璧ではない…どころか、恣意的に改竄すらできるシロモノ。世界の観測者としては、三流もいいところ。
だけどそのおかげで、世界の観測に、自らの解釈を加えることができる。意思を追加することができる。
私にとって、私が観測している世界しか存在しない。そこで、観測の結果を意図的に改竄すれば、恣意的に世界を観測によって捻じ曲げることができる。」
「じゃあ、『想像は現実化しうる。私、そしてあなたたちの存在の観測こそ、その最たる証明』って言うのは…」
「私たちが世界に存在すること、私たちが世界を観測すること。それが互いに互いを保証しあってる。その渦中でのキーワードが『創造の現実化』」
「でも、それができないのは…
…そうですよね、もうしているから、ですよね?」
「ええ。
人間はいつも、心の底で、正常な世界を当然のモノとしている。
そこには異能や怪異や超能力や超自然は存在せず、すべてが物理法則の上で運行される。
70億の無意識がそれを当然であり必然であると無意識の底で思ったのなら、しょせん1人の意識で塗り替えられるわけもないし、それに」
「無意識は、意識より強い…ってことか?
なんかで読んだことがある。脳の能力の80%が無意識領域に使われている、行動の90%は無意識に行われる、判断の95%は無意識に下される…みたいな。」
…きっとそれは、疑似科学。意識がせいぜい十数%のウェイトしか持っていないだとか、そのはるかに大きい無意識が解放されて潜在能力が…とか、聞く人が聞けば爆笑するか糾弾するかもしれない。ただ、決して大枠では間違っていない。
「そう。
通常、人の無意識はその世界を固定するようにして常時世界を解釈し、観測している。意識の力はその数割、世界のことわりを飛び越えて書き換えるなんて芸当、できはしない。
もちろん、その世界で誰もが常識と思っていることに関しては、例えば魔法の世界では魔法が使えるのは、魔法の原理が精霊なり素粒子なり…のその以前に、その世界が魔法が使えて当然だと、不特定無数の無意識がそう思ったことで世界がその通りに観測され、創造されているから…結局、無意識はいつだって、『正常』に、『常識』に、世界のことわりを傾ける。
現実なんて、その程度、みんなが望むから維持されている程度のモノだったし、それに…」
「心が壊れている私と明末さんに関しては、そもそも無意識と意識の境目が成立しないし、常識も常識で形作られている世界も憎んでいるから…
…でも。
そんな明末さんが、明末さんだからこそ、私を助けることができたんですよ?
明末さんが壊れ切って世界の在り方を否定しきった末に世界の在り方を歪めるその力を手にしなければ、私は何もかもを呪う怪異になって、今頃は全部終わっていたんです。
だから、明末さんの想いはわかります。こんな世界大っ嫌いだ、滅ぼしちゃえって、明末さんだけが思ってたわけじゃないんです。
…でも、それを実行しちゃったら、全部、全部…ダメなんです。なかったことにしようとしちゃったら、ダメなんです!
私を救ってくれたことまで、なかったことにしようとしないで…っ!」
「…勘違いしないで。」
私に手を伸ばす資格がある人物も、そして、その手を受け取る資格がある私も、どこにもいやしない。
「私の世界への憎悪は消えないし、私の罪も失敗も消えないし。
誰が何と言おうとも、私は世界を救わないし、私に世界は救えない。」
―*―
「材村君なら、わかっているでしょ?
どだい、すべてを幸せにすることなんてできないってことは。
今までは、誰かの幸せを目的にすることでその裏で代わりに不幸になる人たちを透明化してた。
だけど今となっては、幸福を出力するために不幸を入力しないことが荒唐無稽なのも、私のことを潔癖と笑えないことも、明らかでしょう?」
…そうだ。
明末さんが言ってた「100でないのなら、いっそ0の方が清々しい」。あれをもう、僕は極論と言えない。
世界が観測者に依存し保証されるのなら、幸福の代償の不幸を押し付けられた人間もまた、同じように世界を支えて…いや、その人はその人の意識でその人なりに、僕らとはちょっとズレた世界を観測して存在させて、その世界を背負っているのかもしれない。
帝国が失墜した体制混乱で迷惑する人々や、帝国の役人とその家族。
魔法がなくなって困った世界中の人々と魔法に携わる職を失った大勢の人々。
呪いを使ってでも道連れになってでも恨みを晴らしたい相手がいたかわいそうな人たち。
あのVRゲームにすべてを賭けていたゲーマー、それに国防計画。
家族や愛する人がいたはずの盗賊と不良貴族。
悪い人だったら不幸になっていいーそんなはずないことは、そもそも小理屈を振りかざさなくても当たり前で。しかもバタフライ効果まで考えれば、どれだけの人がハッピーエンドのツケを払ったかなんて予想もできない。
ハッピーエンドなんかじゃない、メリーバッドエンドだ。
でも、でも。
「それでも」
「何」
「材村、ざん…?」
「それでも。
それでも。
それでもそれでもそれでも!」
メリーバッドエンド。
そう、メリーバッドエンド。
どんなハッピーエンドにも、完全さなど存在しない。けれど僕らはいつだって追い求めてきた。
物語に救いをもたらしたいと、妄想で「介入」さえして。
「僕らは、届かない、無意味だ、愚かだと知ってなお、ハッピーエンドを求め続けてきたじゃないですか!
その先に何もあり得ないとしても、僕らは目指せるはずすらなかったハッピーエンドへの道を、物語に介入、いや乱入するための一本道を見つけちゃったんですよ!
やらなくてどうするんですか!」
「行く先はないのよ!」
「なければ創るしかない!なんのための想像の現実化なんですか!」
「そんなこと、そんなことっ…!
ハッピーエンドを導けるかもしれないなら、やるべき、そんなこと、わかっていないわけないでしょう!
でもそのために!
物語がハッピーエンドに終わるように貴方が遊んでいられるうちは良かったのよ!」
「脳内で妄想して、つたない二次創作で原作で幸せになれなかった人を幸せにして…!
みんな遊びだって言うかもしれませんけど、違うってさっき言ってましたよね!
リアリティがこもって想像された時点で、その世界は創造されているって!
樫野さんは自分の世界が物語かもしれなくてその上に現実だったとしても物語と大差ないーなんて言われてショック受けてるかもしれませんけど」
「いえ、あの、別にそんな幸せに生きてきたわけでもあの世界が好きだったわけでもないので何とも思わなかったです…」
…なんかごめん。
「でも僕は!
僕は、遊びだと思ってたことが、実際に誰かを救っている世界を創っていたかもしれない、そう気付いてほっとしているんですよ!
どうせ自己満足に過ぎない、僕らが物語世界に介入して書き換えても、他の人がその物語の原文を読んで想像した中では何も変わっていない。
だったら、だったらやるしか、目指すしかないでしょう!」
「そのために、どれだけ、登場人物の役割を奪って活躍して物語を簒奪し、目標の人物の幸せと引き換えに無数の不幸を配り歩けばいいの!?
まだ学べない?
世界と言うシステムはもとよりそうなの。私たちがいくら介入しても、歪みもひずみも完全には消えず、どこかで泣く人がいるその上で私たちは笑うしかない。
私が出す二酸化炭素ですら、捨てるゴミですら、将来を苦しめる…誰も傷つけずに、ツケを回さずに生きていくことができるように、不幸を押し付けないで生きて行けるようには、この世界は出来てない。
誰かを犠牲にして生きていかないといけないなんて耐えられないし、そんな醜い世の中認められない!」
…明末さんの心の底にあるのは、眩しすぎて醜い理想と、それを押し付ける真っすぐに捻じ曲がった正義の果てにある、世界を巻き込む自滅衝動ー
「…他の物語世界がこの現実と違わないもので、そして、この現実世界もまた、どこかの世界の物語なら。
この80億の人類の中で、たかだか多くても数百人のネームド登場人物の中に、私はきっと含まれない。『この世界には多くの人類が』という世界観を支える背景の、絵の具の1粒子でしかない。
他の物語に介入して登場人物も世界も幸せにしようなんて傲慢、できるはず、ないわ…」
ーそして、途方もない無力感と諦観に満たされた絶望。
「それなのに、貴方は私に、まだ、求めるの?
罪と傲慢を重ねて、埋め合わせできない不幸を生み出しては見て見ぬふりして…!」
瞳の奥の輝く闇は、全部、それだ。
明るすぎる暗黒の上に、想像を現実化できる青い六角形のきらめきをのせて、明末さんは孤独に、「世界」そのものに反旗を翻してきたんだ。
「導いてよ、そんなに言うなら!それで私を、闇の底から引きずりあげられるものなら!
私には、貴方が必要なの!」
ああ、そして今、明末さんが折れてしまうのなら。
ー僕が、暗闇に光を灯して道を捜そう。
―*―
なんで、材村君が必要だなんて言ったのか。
…きっと、それは、文字通り。
材村君ならもしかして、「世界というシステムに伴う不幸を消し去って不幸な人をなくすために、世界を滅ぼす」なんて方法ではなく、もっと別の…そう思ってしまっているから。
「私には、その方法はわからない。
道具は持っていても、使い方はわからないのよ。
私に分からないものが、貴方に分かるとでも?
そんな思い上がり」
「いいえ、僕になんかわかるわけないじゃないですか。
だから、いっしょに捜しましょうよ。
バッドエンドからハッピーエンドにすることができなくても、メリーバッドエンドからよりよいメリーバッドエンドにすること、それ自体が自己満足だとしてもその過程から僕らが何かを得ることはできるって、それは確かじゃないですか。」
「それは、そうでも意味がないって…!」
物語の簒奪と、そして、幸福の追加のための不幸の再配分。
あまりにもそれは、度の過ぎた、暴虐で。
「明末さんは、そこまで罪を重ねても、汚い世界は汚いままで、だったらどこまでも薄汚い世界のことなんか壊してしまえ、そう、思ってるんですよね?
でも。
例え、使い方がわからなくても、道具は持っているんです。
明末さん。
明末さんが間違ったら、道具を振り回しそうになったり振り回して誰かを傷つけてしまったら。
世界のどこかを綺麗にするために他のどこかを汚くせざるを得ないのなら。
その分は、僕が、引き受けます。」
「え…」
「僕たちはどうして物語を楽しむんですか?
明末さんが言うとおり、世界は汚い、辛い、救いのないことばかりでうんざりする。
戦争、腐敗、飢餓、災害、差別、犯罪…
…だから、綺麗な世界を、ひとの綺麗さを見たくて、物語を望む、そんな一面があるんじゃないですか?」
「その一縷の綺麗さと引き換えにまた世界が汚れるとしても?
それが廃棄物処理場のダイヤモンドを愛でるようなものだとしても?」
「でも…
…いや違うな、違う。
やらなくちゃいけない理由なんてないです。
冒涜的で、無価値で、残酷な自己満足に過ぎないのかもしれない。」
いっしょうけんめい。
材村君はずっと説得しようとしていたけれど、もう、どう見ても諦めていた。だって、最初から分かっているー
ー理屈も理由も要らない。物語に介入して書き換えようなんて、どんな屁理屈を付けたところで、マトモなことじゃない、歪んでる。
でも、諦めているのがまるわかりなのに、材村君は手を伸ばしてきていて。
「そうだ、やりたい。
僕らは何度でも、鬱展開やバッドエンドやそしてメリーバッドエンドの度に思ってきた。
変えたい。
何かをして、そうすれば良くなったんじゃないかもし自分が関われたらもし神様が優しかったら、もっといい結末を、綺麗さを、見れたんじゃないのか。
無力感とともに妄想で二次創作で解決するのは満足できない、実際に動いて解決したい。
…やりたいんです。
やりたくて仕方がないんです。
明末さんだって、そうでしょう?
アプローチは違うかもしれないけど、物語の、世界の、汚い部分、完全に綺麗な部分を、見て見ぬふりは出来なかった。
おんなじなんですよ。
いてもたってもいられない。
それが、どんなに悲壮な道なき道でも。」
「それがどんなに矛盾に満ちた悪虐でも?」
それは、辛すぎる。
私は、自己満足だけでごまかせるほど甘い性格をしていない。
「僕から見れば、世界を滅ぼすのも悪虐ですよ。世界には100%綺麗でいてほしいから汚いままならぶっ壊すとか、まるっきり悪役じゃないですか。
僕は、そんな明末さんも否定はできないし、しない。無条件に認めたい。
でもその上で。
夢を追い求めてもいいじゃないですか。」
…でも、その言葉は、輝いていて。
全部放り捨てるよりもっと、世界も、そして何より私も、幸せになれるような気がした。
「…私を、導いて。何かを、またもう一度、信じさせて。」
世界に伴う果てしない閉塞と絶望から、抜け出させて。
「はい。
だから、僕の自己満足に、付き合ってください。」
私は、材村君の手を掴んだ。
「『想像は現実化しうる。私、そしてあなたたちの存在の観測こそ、その最たる証明』
ー創始者A」
―*―
意識を失くしてパタッと倒れた明末さんと材村さんは、どこか憑き物がとれたような笑顔で、涙を流していて。
…ベンチ、遠いですね。
仕方ありません。
「必要としてもらえて。
それで、私でも、誰かのためになれた。」
心が、ほかほかする。
…誰も通りそうにないし、私もここで、暖かく眠りたい。
「でも、眠ったらきっと戻っちゃうから…
…もう少しだけ、再会をあじあわせてください。」
ー”世界I”ー
「それで、どうするの?」
「ノープランです、具体的には。」
「…やっぱり?
私はもう、思いついたのに。」
「えー…なんなんですかほんともう…」
「簡単な、本当に明快なこと、だったわよ。
誰かを対象に取らずに幸せを出力しようとして、不幸の入力先がなければ、不幸をまき散らすに終わる。だけど世界を救おうとするなら、誰も悪者にできない。」
戦争当事国の1つを事前に自ら叩けば、戦争には至らない。けれどそれは結局、戦争は失くせても、当事国の苦しみはなくなっていない。突き詰めれば、キューバ周りで直面するジレンマは、そこだ。
「だったら。
不幸と悲惨の入力先、悪者は、私の贖罪と相殺にするしかない。
材村君、いいわよね?」
上へと真っすぐに向けた左腕を、真上に出現させた六角光から引き抜いて。
「…そういうことなら。
だったら、僕が貴女を、無条件に救います。」
海斗に厳粛な面持ちでうなずきながら、取り出したボレロを羽織り。
「そう、来なくっちゃ。
始めましょうか。」
良音は、そっと左目を閉じた。
右目に、青い六角形が輝きを放つ。
『われら、構造を知らば、万象を想像せん。
ならば、我が設計、万物を掌に、創造せよ』ー設計者D」
そっと読み上げられた瞬間、海上に青い巨大な六角形が浮かび上がった。中央に「D」という大文字アルファベットが刻まれている。
虚空に、海中に、次々と、青いエフェクトを纏いながら、部品が出現を始めた。それも、粒子が結晶するだとか端から現れるとかではなく、突如ドンと顕れるのである。
鋼鉄の竜骨が、梁が、甲板が、砲身が…
「くっ…」
「明末さん、どうしました…?」
「想像力の範疇にないことを現実化するのは不可能よ。」
「…世界全体を創造できるのなら、今さらでは…?」
「…愚かなの?
物語が現実として顕現しそこに介入できるようになるには、ある一場面とそこに立っている私を想像するだけでいい。あとは勝手に、それが独立世界として存立できることを根拠に、過去にも未来にも動き出すし宇宙の隅々までが背景として用意される。
でも、そこへさらに新たな何かを用意するのに必要なリソースは、比べ物にならない…!」
それこそ、原子一つ一つがどのように配列されているかまで想像しなければ、それを質量を持ち物理的に正しい物質として生み出すことは出来ない。そして、そうした「設定」があいまいなファニー&ファジーな物質を生み出すのは、物語世界の現実性に揺らぎを与える。
アルゴリズムの「A」で創り出せるものが単純な構造だったのは、金属結合のような単調結晶の繰り返しを用いてさらに思い浮かべるカタチも何の変哲もないものにすることで、精一杯に思考力・想像力のリソースを節約した結果で。
ギボン爺さんの「設計図をそのまま思い浮かべることで実際にそれを顕現させる魔法」をアルゴリズム化した「D」は設計図を想像すれば部品が、そしてその部品が組み上がり完成品が出現する様子が創造されるためずっと消費リソースは少ないが、それでも、明末良音が今創り出そうとしているそれは途方もなく、そのデザインのすべてを脳内に思い浮かべるには彼女の脳は小さすぎた。
「思考のリソースがあれば、いいんですよね?
…明末さん、身を、僕に任せてください。」
海斗は、その一言を、緊張しながらも絞り出した。
良音は、疑いの隙すら見せず、おずおずと差し出された海斗の両腕の中に倒れこむ。
「『ハッピーエンドを、創造するためなら。
救いの手を、どこまでも、想像してやる!』
ー介入者I!」
「…やっぱり、覚醒してたわね。」
責めるようではなく、むしろ面白がるように、呟きながら。
お姫様抱っこのような姿で、右目だけを燦然と輝かせて、海面を見つめ。
良音を抱える海斗の右目もまた、淡い青光を放っていた。
ー今、確かに、2人は心を一つにしているー
力を振るう明末良音。
力の使い方を導く材村海斗。
二人の閉じた左目から左に伸びた光の筋が、「I」と刻まれた六角形が、、円グラフの六角形バージョンのように、青い光で満ちて、2人の思考リソースの状態を示す。
60%、70%…
増していく光域が表すのは、全力と、絆。
意識だけではない。2人の無意識領域までが完全に解放され、世界を想像し、凌駕し、創造する。
2人の視線が交わるその先。
灰色の影が、大海原を圧し、顕現しようとしていた。
ー”世界I”ー
「いや、ダメだ!
ここで我々が核魚雷を発射すれば、核戦争の引き金を引くことになる!
艦長、止めたまえ。」
「ですが政治将校閣下…
…いえ、わかりまし…った!?」
「な、なんだこの揺れは!?」
「攻撃ですか!?」
「い。いえ…!
波、波ですが…」
「バカ者!こんなデカい波あってたまるか!」
「ソナーに感アリ!
…違う!駆逐艦じゃない!反応がデカい!」
「巡洋艦か!空母か!?」
「…おそらくは…いや、しかし…
潜望鏡、上げますか?」
「どうせ、浮上するつもりだったのだ。
艦長、潜望鏡を上げよう。」
「ええ…
潜望鏡上げっ!」
「潜望鏡上げぇっ!」
「…な、なんだ!?」
「どうした!?」
「艦長、見てください!
2字の方向、距離15000!
あれは、あれは…
…戦艦です!正体不明の超弩級巨大戦艦1!」
ー”世界I”ー
「ウ、ウソだ…あり得ぬ…」
「艦長、大きさ、推定値出ました…
全長は三々九米、基準排水量はおそらく、13万頓から18万頓の間。主砲口径はおそらく、1尺6寸8分砲、乃至は1尺8寸5分砲の3連装3基!」
「なんとな!
それでは、幕府海軍の『江戸』に勝るやもしれぬではないか!」
「速力が優速であれば、米利堅のフロリダ級や、蘇連の24号計画戦艦をはるかにしのぐとんでもない脅威でござる!」
「急ぎ、幕府と、周辺艦隊に知らせねば…!」
「敵味方不明戦艦、玖馬島に接近する模様…
なっ…
米海軍、発砲を開始しました!」
「様子を確認し続けよ。
撃ってはならぬ、撃ってはならぬ…!」
ー”世界I”ー
「オーマイゴッド!」
A4Dスカイホーク艦上攻撃機のパイロットは、愛機から投下した爆弾が目標の上で弾けた時、2つのことを確信した。
1つーハリネズミのように張り巡らされた対空火器がどうして自分へと火を噴かなかったのか?わざわざ対艦爆弾ごときに対応する必要など、このモンスターには最初からないからだ。
2つー正体不明の戦艦に攻撃すれば、ソ連か日本か、この戦艦をどうやってか突如カリブ海に出現させた勢力からの反撃で核戦争が始まるのではないか?ありえない。そんな煩わしいことをする必要を、相手は微塵も感じていない。
「スーパーバトルシップ…いや、インポッシブル・バトルシップだ…」
悠々と進むアンノウンに途方もない無力さを感じ…ながらパイロットは、その艦首の辺りに見える「H」と中央に輝く青い六角形の光の枠を目にして、首を傾げた。
ー”世界I”ー
それは、僕にとっても、驚く事しかできないシロモノで。
舳先がかすんで良く見えない。遠すぎる。
「…私だって、貴方と同じ。
大団円を望んで、物語を紡いだ、いいえ、紡ぎ直したことがある。
これは、私がいつか夢見た、すべてを薙ぎ払い、紡ぎ直す、機械仕掛けのメアリー・スー。」
…機械仕掛けの神も、物語を簒奪する嫌われ者のメアリー・スーも、明末さんでは?
「…なんか言いたそうね…
…えっと、確か無線って…
コホン。
あー、あー…
…こちら…そうね。
こちら巡洋戦艦『富嶽』。
周囲に存在する西側諸国軍、ソ連軍、幕府軍、キューバ軍、並びに全世界に告ぐ。
戦闘を停止、和睦せよ。
繰り返す。
和睦せよ。なされぬ場合、見せしめとして、コチノス湾は6時間後、燃え尽きるだろう。」
―*―
・穂高型(超紀伊型)巡洋戦艦0番艦「富嶽」
基準排水量:約15万トン
全長:339メートル 全幅:50メートル
兵装:56センチ三連装砲3基6門
12センチ連装高角砲(長砲身)39基78門
ZU-23-6対空機関砲18基108門
12センチ30連装汎用ロケット砲12基360門
長距離ドローン十数機
装甲:対51センチ砲・重要区画にNBC防護壁
機関:なし
ー”世界I”ー
空襲、停船命令、そしておそらくは潜水艦と思われる存在からの雷撃。
「…そろそろ、来るかしら。
『B』」
私は、ガイガー・カウンターを持ち出して、材村君の方に投げ、そして目標を見据えた。
ドローンの映像によれば、すでにコチノス湾ーキューバ危機の原因となった軍事事件の発生地ーには誰もいない。戦艦の艦砲射撃を受ける恐れがあるとなれば駐留ソ連軍もキューバ軍も逃げるしかないでしょうけど。
「そう、人間が敵を見出して戦おうとするのを止められないのなら。
ー照準よし。」
ピシッと伸ばした人差し指が、砂浜を指した。
「私がすべての、敵になる!
撃て!」
ー巡洋戦艦「富嶽」は、明末良音の手になる、想像現実化のたまもの。
戦艦砲の発射機構だとか、そんな小難しいことは今更問題にはなりえない。ただ思い浮かべるだけで、神をも圧倒するその一撃は確実に砲身から放たれ、大気と雲を穿ち、そして大地へと突き刺さる。
シュッッゴッドォーオオーォーーーーーーーーンッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
轟音が天空と海原を震わせた時点で、目標の運命は決する。
水色の海、ビーチ。立ち並ぶココヤシ。
その下から、赤い焔が噴き上がり、そしてすべてが持ち上がり、宙を舞い、シャッフルされ。
黒い9つの煙が、何もかもを覆い隠し。
後には、クレーターしか残らなかった。
ー”世界I”ー
「コチノス湾は消滅した。それに、我々にはもはや、『フガク』を撃退する手立てが、核以外にない。
はっきり言えば、このままハバナに奴が到着すれば、キューバ政府としては首都を放棄するしかない。」
「私たちも状況は同じです。
…いえむしろ、深刻です。
通常の航空攻撃や潜水雷撃はすべて無意味に終わり、戦略爆撃機の使用か核攻撃でなければ撃沈は不可能でしょう。」
「拙者らも状況は把握してござる。
…海域はアメリカの近く。貴国海軍であれば戦艦艦隊により打倒することも可能なのではあるまいか?」
「サイズだけを比較しても、我がアイオワ、モンタナ、フロリダ級戦艦の1,5倍から2倍を誇ります。防御力は想像を絶するでしょうし、アイオワ級の16インチ三連装砲3基9門やモンタナ級の4基12門、フロリダ級の18インチ三連装砲3基9門でどうにかなるものとは…
むしろ日本海軍こそ、対処が可能なのでは?アンノウンの搭載砲は三連装3基9門、おそらくは51㎝か56㎝クラスと目されていますよ?」
「…相手は空母にも優る高速カ艦と聞く。防衛用の江戸型御座戦艦では低速すぎて話にもなるまい。そもそも江戸型は1尺8寸5分連装3基、紀伊型ですら1尺6寸8分3連装3基。足りぬのではござらんか?」
「日本海軍で話にならぬなら、我がソビエト海軍の出る幕はないな。
潜水艦を除き…撤退させるよりあるまい。無駄に沈めても何にもならぬ。
西側の海上封鎖はただ塞いでいるだけだが、『フガク』に交渉の余地はないようだし、問答無用で撃沈するとも通告されている。どこの国にも属さない出所不明正体不明の謎戦艦ともなれば、核もミサイルも脅しにならん。」
「私たちもです。
『フガク』はどの陣営の味方でもなく、『全世界の敵』を公言している。
キューバの次は、ワシントンやニューヨークが標的となるでしょう。」
「御所様だけではない。
畏れ多くも陛下も、時代を御憂慮されておられる。
ここは、手を組むしかござらんでしょうな。」
ー”世界I”ー
かくてここに、史上最大の作戦が惹起した。
キューバ島内に位置するグアンタナモ米軍基地やサン・フリアンキューバ革命空軍基地、フロリダの米軍基地に、幕府空軍の「富嶽改」戦略重爆撃機、「東照」特別戦略爆撃機が次々と飛来する。とりわけ何故か敵と同じ名前で響きの富嶽隊は、ひっそり向けられる疑惑の目(とはいえどこの陣営にも忽然と衆人環視の中に超弩級戦艦を出現させる超技術などないので疑っても意味がないのだが)を払拭しようと、整備に余念がない。
フロリダやカリブ海各国の米軍基地にはBー52戦略重爆撃機が整列し、そればかりか驚くべきことにソ連空軍のツポレフ4戦略重爆撃機の姿も混じっている。
海上にはエセックス級空母を中心とした複数のアメリカ海軍機動部隊が展開、雲霞のごとき戦闘機、爆撃機、攻撃機が群れ飛び、ミサイルを搭載した駆逐艦や巡洋艦が航跡で海面を埋め尽くすその中央に、4隻のアイオワ級、4隻のモンタナ級、そして東西南3冷戦の象徴とまで言われた巨大戦艦フロリダ級6隻がまっすぐ隊列を成す。
ー明らかに過剰兵力。しかし、やり過ぎだと笑う権利は誰にもない。何しろ、相手はどこからともなく湧いたインポッシブル超存在、何をしてくるのかなんて誰にもわからないのだ。
「自由を愛する市民たちよ。
平等を求める兵士たちよ。
博愛を続けるサムライたちよ。
諸君らの努力のカタチは様々かも知れない、だがその願いは、日常を守り幸せを欲するその願いは共通することでしょう。
今この世界は危機にさらされています。
出所も不明であれば所属も不明で動作原理も不明、アンノウンバトルシップあるいはエイリアンバトルシップとしか言いようがない存在により、我々の世界が脅かされているのです。
かの戦艦からのメッセージは、我々に冷戦の停止と引き換えの消失を約束しました。
…ええ、『平和は、女神が剣を携える時代にしか現出しない』のかもしれません。けれど、我々の平和のために、女神に剣を振るわせる必要がある…誰もそうは思わないでしょうし、そう思ったとしてもいつか自分へと剣が振り下ろされるかもしれない状況を良しとはできないでしょう。
力を、あわせなければならないのです。
それが見えざる神の手であろうと見える女神の手でなかろうと、我々は剣を振り下ろしあう恐怖や剣を振り下ろされる恐怖ではなく、振り下ろされる剣に共に立ち向かう勇気でこそ、平和に至らなければならないのです。
始めましょう、ここから。」
戦略爆撃機が、一斉にエンジンをふかし飛び立っていった。
ー”世界I”ー
一人も犠牲者を出してはいけない。
それでいて、戦略上の脅威として自らを演出しなければいけない。
「やってみせるわよ。
まさか、そこらの愚物相手に、この明末良音にできないわけもないでしょう?」
降り注ぐのは、第二次世界大戦でドイツの巨大ダムを跡形もなく爆破して洪水を発生させた「グランドスラム」巨大爆弾や、ノモンハン戦役時に満州立憲政府の要請を受けて幕府空軍が満蘇国境に投下した「特一三航空爆弾『烈火』」巨大爆弾の雨。
不敵な表情で、両手を、まるで爆撃を受けとめようとするかのように広げ。
「『G』」
空間が歪み、強大な引力とともに景色がまぁるく歪曲する。
黒く塗装された巨大爆弾が、すぼんだような中心へと揺らぐようなその空間へと引き寄せられ、殺到し、潰れ、圧壊し、赤熱した爆発すらも逃げることは許されずに光だけを外側へ漏らし。
眩い、光。
もはや1発の爆弾も残ってはおらず、ただ白い煙が、積乱雲のように空を満たしていった。
ー”世界I”ー
「危惧してはいたでござるが…」
「奴は誠に解せぬ不可解な迎撃を行った。
マジックでないならば、あれは人類の科学力では不可能である。」
「なれば、突如前触れなく出現したのと同じく、我々人類には知れぬところからやってきて超越した技術を用いている…?」
「正しくアンノウン、エイリアン、インポッシブルな存在であるな。」
「なんとしても撃沈せしめばならぬでござります。
潜望鏡上げ、全発射管に核魚雷装填!」
ー”世界I”ー
「来たぞ…!」
「ええ、こんなに遅いのかと言う思いでいっぱいよ。」
ふらふらとちょっとおぼつかない軌道を描きながら殺到する数十本のミサイルーそれは、もとはと言えばキューバ危機の発端となったソ連製核ミサイルとそのカウンターパートとなるアメリカの核ミサイル。
さらに言えばわずか3本とはいえ幕府海軍の特型潜水艦から発射された潜水艦発射短距離核ミサイルまでも含むその殺意の群れこそ、全世界が対「富嶽」、対明末良音で団結した証だった。
「『E』」
コンソールを右目だけで見つめ。
そして、左目が開くと同時に、「冒険者の直感、ノウハウ」が目覚めた。
指揮者のように、真っすぐそろえて伸ばした右手人差し指と中指を上へと振り上げ。
主砲が砲身をもたげ、高角砲群が1つの生物であるかのように上下左右に旋回し。
轟音と共に吐き出された56センチ砲弾9発は、花火のように赤をまき散らし爆発、全天を覆いつくした。
濃密な火線が空をなぞる。
まさに爆発しようとしていた核ミサイルが、爆炎を纏わせてバラバラに弾けたかと思えば、ねじれた直後に轟然と焔へ変化して蒸発する。
「『H』」
ひそやかに海中から「富嶽」めがけ疾駆していた百を超える核魚雷の周囲が、それぞれ凍り付いた。プロペラの回転ができなくなり、氷ごとゆっくりと沈み込んでいく。
超常的な迎撃を受けてなお、数発の核ミサイルは火の粉の中をすり抜け、「富嶽」上空でキノコ雲を噴き上がらせた。
灰色と白色が、すべてを包み、覆い隠した。
ー”世界I”ー
勝ったか…誰もが、そう疑ってやまなかったのに。
巨大戦艦は、まったくの無傷で再び現れた。
それもー
ー青い正六角形の光とともに、アメリカ戦艦艦隊の目前へ出現したのだ。
「悪魔だ…」
「撃て!やられる前にやるしかない!」
さいわい、距離は激チカ。相手の装甲が分厚くとも、砲弾の飛翔速度が落ちる前に命中させられるなら、貫通できる可能性が残されている。
「艦橋と主砲塔を狙え!
距離を取られる前に片づけるんだ!」
直掩の米空母艦載機、そしてキューバから駆け付けたソ連機や幕府機も必死で「富嶽」にとりつく。
「主砲を撃たせてはならん!
増槽でもなんでもいい!妨害しろ!」
追加燃料タンクが、余っている小型爆弾や種類を問わないミサイルが、照準もデタラメにしてとにかく「富嶽」へと降り注ぐ。煙で包んで妨害できれば、いや、気を紛らわすことだけでもできれば…と。
面白いように命中し、装甲に弾かれて表面で爆発する戦艦砲弾。
薄く取り巻く、爆発の雲。
「反撃、してこない…?」
「いや、気を抜くな!
反撃する必要すら、あのモンスターにはないのかもしれん。」
「敵戦艦、転身します!
新たな敵進路は…
…ガッデム!アメリカ東海岸だ!」
「進ませるな!撃たせるな!
沈め沈め沈め!」
アメリカ人も、ソ連人やキューバ人も、日本人も、思いは同じだった。
ー今でこそ相手は標的艦同然かもしれない。
しかし核兵器すら平気で生き延びた相手、ひとたび積極的に牙をむけば、世界はなすすべもなく滅ぶ!ー
民主主義者も。
共産主義者も。
公武合体主義者も。
その奇妙な戦場で、今までの対立を頭の片隅に吹き飛ばし、ただただ必死に闘った。
ーそうだ。
信じる物も国も違っても、世界は、守らなくちゃいけない、壊しちゃいけない。
やがて、1発の砲弾が、艦橋手前の2番主砲の天蓋に、吸い込まれるように衝突し、貫通し。
爆発が火山の噴火のように噴き上がり、艦橋を吹き飛ばしたかと思うと、一瞬だけ沈黙してー
ー次の瞬間、甲板のあらゆるところから獄炎を噴き上げた。
津波が艦隊を揺さぶり、水蒸気爆発による白い雲が海面から龍のように立ち上がって、中で何が起きているのか全てを隠滅する。
焔すべてが消えた時、そこにはもはや、何も残ってはいなかった。
今度こそ、世界中を歓びが駆け巡った。
今回獲得したアルゴリズム
介入者Intervener 略称I アルゴリズム「ハッピーエンドを創造するためなら、救いの手をどこまでも想像してやる」
効果:「物語をより良い方向へ書き換えたい、誰かを書き加えててでも、自分が介入してでも」という想い、妄想が、想像の現実化を介して物語へと介入する力となる。
解明したアルゴリズム
創始者アルファ 略称A アルゴリズム「想像は現実化しうる。私、そしてあなたたちの存在の観測こそ、その最たる証明」
効果:「想像の現実化」。この世界だって、物語かもしれない。世界は誰かに観測されることでしか存在せず、自分がいる世界は自分が観測することでしか存在し得ないのなら、想像で「世界の観測の結果」を書き換えれば、脳内から世界を創造できる。
※「世界のあるシーン」の実在を完璧に想像するだけでその世界は実在し動き出すため、以後の世界の進行には一切関与していない(ただし事象を本来の論理的進行に付け加えることはある)。