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「引力操作者G」

その物語は、その世界は、操られていた。


存在してはならない介入者が乱入して、第四幕が上がる。


一つの宇宙の行く末が、明末良音に託された。

                    ―*―

 「いろいろ考えてはみたんだけど、確かめてもいいですか?」

 材村くんは、歩いている最中だというのに、話しかけてきた。…やっぱり男の子は体力があるのかしら?いやでも、どう考えてもモヤシだし…

 「『ゲーム』のこと?」

 「そうです。...ただ歩いているのも暇ですし、それに…」

 「ええ…まさか向野小花さんがここまでしつこいとは思わなかったわ。」

 教室で二人きりで寝るわけにはいかなかったものね…

 「…ほんとすみません。」

 その向野小花さんは、何が楽しいのか、先頭でピョンピョン跳ねていらっしゃる…テーマ―パークなんて基本子供だましでしょうに…

 「で?」

 「いえ…最初は、VRMMOかと思ったんですよ。」

 「ヴァーチャルリアリティ?確かに…」

 作品世界に人間を招く常識的手段は、それくらいかしら。

 「でも、コマンドで変な能力を使っているのかと思ったら、現実でも使ってるし…それに僕が目をつぶっている間に何かのデバイスをはめた感じでもないし…」

 「…ほんと言うと、どうして手をつなぐと入ってこられるのか、私でもわからないのだけどね。」

 「…もしかして、今この世界が、すでにヴァーチャルリアリティだから、とか、言いませんよね?」

 確かにそれなら、今でも私が力を使えることも、「誰もが本来使える」発言も、つじつまがあってくるわね。私はレベルカンストのキャラかゲームマスターにでもなるのかしら?

 「…少なくとも、電子的な手段で作用する物理的な架空現実という意味でのヴァーチャルリアリティである可能性は、考慮しなくていいわ。

 もっとも、ヴァーチャルリアリティかそうでないかによって世界にどれほどの差異が生じえるか、私は疑わしいと思っているけれど。」

 世界がVRである可能性を考慮したって、世界の意味は変わらないし。

 「…ですか。

 たぶん、この現実の世界も、僕らが行った物語の世界も、明末さんには同じようなものなのですね?」

 お、いいとこついてきたわね。

 「…もしかして、物語世界は、実在するんですか?明末さんは、平行世界を移動して?」

 「…本当に、惜しいわね。その解釈でも困らないけど、私の能力みたいに見えるものについては、どう解釈するの?」

 「…それは…」

 「あなたにも、これができない保証はない、というか、すでにこういう能力を使っているかもしれないのよ?」

 「…え?」

 「もっと、世界の見方を変えなさい。」

 想像は、現実化しうるのだから。


                     ―*―

 「それはそうと、攻撃力不足が目立つと思わない?」

 「…はい?」

 何を言っているんだ?

 「…好きなものを持ち込み、創り出し、冒険の心得だかコツだかを持っていて、なおかつ無効化能力らしきもの。これ以上、何を望むんですか?」

 「真剣勝負になったら結構まずいわよ。核だって創れるけど、それは誰かを幸せにしようっていう貴方の趣旨に反するとして。」

 反しなくても、創るな。

 「列車砲くらいなら創るけど、そんなもの防御できる敵いくらでも思いつくでしょ?また、神様と戦わないといけない可能性だってあるんだから。それにどんなものかよく知らない以上、魔法攻撃とかはほぼ不可能だし。」

 …「ほぼ」?

 「火力を底上げしたいのよ。」

 「…列車砲まで持ち出して、なんてこと言うんですか…

 …ピンポイントに、より火力を欲しいんですね?あるいは、魔法攻撃に準じたものが。」

 「わかってるじゃない。」

 なんてゼイタク。

 「…おあつらえ向きの能力を知っています。パクれるんですよね?」

 「ええ。何?」

 「重力、正確には引力操作です。宇宙船は創れますか?」

 「…面白そうね。」

 「あっれ~!海斗、明末さん、仲よさそうだね~♪」

 …あ。

 「うんうん、その分なら…ぎょぴ!?」

 「小花、それ以上言うとわかってるよな。」

 「やめて~お団子引きちぎらないで~食べないで~!」

 「だ、れ、が、食うか!」

 

                    ―″世界G"―

 「なるほど、よく考えたわね。」

 「ええ、VRMMOについて考えている間に、思い出したんです。」

 広がる星空360度。闇に光点がひしめいている。

 「でも、これだと外に出られない(ログアウトできない)わよ?」

 「別に、死んだらまたそこからやり直しという点では、ログアウトと変わらないでしょう。」

 明末さんは漆黒の闇を背に、湾曲したガラス壁面にもたれて髪を漉いていた。

 「それもそうね。でも、リアルで登場人物に会う必要性は?」

 「それはかえってまずくはないですか?このヴァーチャルワールドの由来を考えれば。」

 「そうね必要以上の混乱を招くのは得策じゃないわ。じゃあ、介入するのはヴァーチャルだけにしましょう。」

 「それと一つ気になったんですが、データ上、僕たちはどう処理されるんですか?」

 「…材村くん、まさかそんなことを気にしているの?」

 さげすみ一歩手前みたいな目。

 「いえ、そりゃ、ヴァーチャルワールドでの出来事はすべてモニタリングされているんですから、気にもしますよ。それこそ外部からデータ消去ってカタチの攻撃を受ける可能性もあるんですから。」

 「それは不可能よ。そのせいでまた別の問題も惹起するけど。とにかく、私たちが、この世界がゲームでありデジタルデータに依存するリミテッドな空間であることを考慮する必要性はないのよ。」

 窓の向こうを過ぎていく赤と青の宇宙船に焦点を合わせながら、明末さんは物憂げに息を吐いた。

 「ここがヴァーチャルワールド『ギャラクティカウォー・シミュレーター』であることは、この際いったん忘れて。リアルワールドに存在を持たない私たちにとって、このゲームは、まぎれもなく、現実よ。」

 

                    ―″世界G"―

 ヴァーチャルリアリティ―ゲーム「銀河戦争ギャラクティカウォー・シミュレーター」。似たような名前の作品群の舞台である。

 プレイヤーはいくつかの勢力に属し、宇宙戦争を行う。ただし普通にやっては宇宙船の性能頼りになってつまらないだろうが、このゲームの特色はプレイヤーが個人の努力で鍛えられる「重力操作」の能力にある。

 宇宙船を加速させると、加速度Gがかかる。現実ではジェットコースターで3G、戦闘機訓練で9G、そして宇宙飛行士でも20を超えるGなどめったに受けないし、18Gを超えれば血管が損傷し始める。

 しかしヴァーチャルであれば、命の危険なく、加速度を身に受けることができる。

 もちろん、加速度、重力、そういうものをVRで人間の脳に感じさせるのは簡単ではない。それらは専用の感覚器官があるというよりは五感の相互作用を中心に構成される感覚だから。

 しかし、あろうことか「銀河戦争ギャラクティカウォー・シミュレーター」は、NASAの監修によってそれを成功させた。

 プレイヤーは加速度に耐えることによってポイントをため、そのポイントに応じて重力を操作する能力を与えられる。この重力を使って宇宙船を加速・減速させたり、地上戦で複雑な機動を以て優位に立ったりできる。この時の「ゾクゾクするような感覚」は、病みつきになるらしい。

 しかし、ながらく三大ギルドの3つ巴に均衡を保ってきたヴァーチャル宇宙も、24時間ログインし戦えるNPC艦隊の強化実装というカタチでの「第4勢力」台頭により主人公ら学生プレイヤーが岐路に立たされたことをきっかけに戦国時代に突入。またNPCと意思を通わせていたことが起爆線となって、現実世界にまで影響が広がっていく事態に陥る…


                    ―″世界G"―

 「私も、何でも創れるってわけじゃないの。この世界はそうしないとゲームにならないからワープシステムを標準搭載しているけど、そういう設計できない物は創造できないのよ。」

 明末さんはそう言いながら、ガラクタの山によじ登った。

 歯車がかたどられた、両手で抱えるほどのボックス。

 「これであってたわよね?」

 「はい。エンジンアイテムですよね?」

 作中、工廠で開発するアイテムを組み合わせ、宇宙船の武装なんかを作っている。つまり、前巻での宙戦の傍の星に流れ着いた破損アイテムから必要なものをパクれば、宇宙船を一隻でっちあげられる。なんとも無謀だ…

 「もっとも、そんなので戦うわけにはいかないけどね。」

 明末さんはそう言いながらも、集めてきたアイテムボックスを並べた。

 「それでも、移動するには事足りるわ…

 『われら構造を知らば万象を想像せん。ならば我が設計、万物掌に創造せよ』ー設計者D!」

 いくつかのアイテムボックスを囲うように、「D」と淡く中心で発光する、青い光の枠が浮かび上がる。

 六角形の輪は地面から徐々に上昇し、そしてまぶしく内部はうかがえなかった。

 光がパッと消える。

 「…は?」

 それは、ちょっと傍目には、正気を疑うカタチをしていた。

 ビルのような大きさのミサイル、あるいはシシャモみたいなカタチの胴体が、直立している。見上げた上のガラス窓はコクピット、なのか…?

 胴体を支えて赤茶けた地面に突き立つのは、尾翼型の120度ずつ3つ生えた小さな羽についたツメ。

 胴体中ほどを覆うように、ドーナツのような輪っかが、これも3本の支柱で支えられ、支柱にはそれぞれ筒型のエンジンが挟み込まれて支えられている。

 「え、まさかコレ、宇宙船とか言いませんよね?」

 「…逆に何創るのよ。乗りなさい。」

 梯子が顕れて、明末さんはスタスタ登っていく…いや、こんな浮き輪着けた万年筆みたいなモノ、乗りたくないんだが…

 言っても仕方がないし、明末さんのセンスだけはなんとなく理解できたので、よじ登らせてもらう。

 コクピットの中は、結構快適だった。グリーンシートくらいだと言っていい。

 隣の座席の明末さんが、レバーをひねり、ボタンを押していく。

 パネルが次々点灯する様は、まさに僕ら日本人が「宇宙戦艦ヤマト」からこのかた、画面の向こうに見てきたものだった。その向こうに、吸い込むような無限の星空が広がる。

 「さて、材村くん、行くわよ。心の準備はオーケー?」

 「は、はい!」

 「それじゃあ、宇宙戦闘機『ハインケル・ラーチェ』、発進!」

 あ、明末さん結構楽しそう…

 …ぐっ、身体が後ろに押さえつけられる感じがする…これが加速度Gか…

 あっ…視界が暗く…

 -僕の視界は、星空に吸い込まれて、次の瞬間、真っ暗に閉ざされた。

 

                    ―*―

 「あれ?海斗どうしたの~?」

 「ああ、彼ならそこでバテてるわ。」

 私の隣でうなだれる材村くんを指さす。

 「あ~、そう言えば海斗、ジェットコースター苦手だったっけ~。

 私はもう一回乗るけど、明末さんどうするの?」

 何回乗ったのか自分で確認した?もうそのセリフ5回は聞いたわよ。

 「…あなた、他の班員を休ませようっていう発想はないの?」

 「…あっ、ごめんね。いつも海斗が止めてくれるから…」

 「いない時はどうするのよ。」

 「…あんまりないしな~。女の子だけで出かける時はなんか子ども扱いだし。」

 「そのお友達、正しいし、大事にすべきよ。」

 きょとんってしない!背縮めるわよ!

 「…明末さん、自分勝手だってわかってるけど」

 「いいわ。その間、私が班長すればいいんでしょう?」

 「えっ、いいの?だって…」

 「向野小花さん、まさか私のこと、血も涙もない女だって思ってる?」

 「えっ、明末さんって人間だよね?」

 …もういい、疲れるわ。ただでさえさっきまでジェットコースターをはるかに超える加速度を体験していたのだから、やめて欲しいのだけど。

 「じゃあ、行ってくるね!よろしく!」

 …はあ。

 「明末さん、なんかほんとごめん。」

 ベンチに座って突っ伏していた材村くんが、身を起こして、手を合わせてきた。

 「いいわ。あなたが向野小花さんを大事にしていることは伝わってきたし。」

 前の私なら、彼女を駒にする方法を考えたくらいには。

 「それで、どうなりました?」

 「ああ、宇宙には出れたわ。安心しなさい、これで宙間戦闘に巻き込まれなければもう、あの加速度はないわね。」

 材村くんが心からほっとした時ですらしないようなため息をつく。…私は最後まで失神せずに堪えたのに。

 「残念ながらテレポートのアルゴリズムは持ってないけど、ワープエンジンはあったし、ゲームマップにも接続できた。基本的な機能としては、プレイヤー艦隊に劣らないわ。」

 「…じゃあ、一休みしたら行きますか。」

 「そうね。」

 

                    ―″世界G"― 

 「セネカ、そっちに一機行った!」

 「了解!追撃する!」

 真っ赤なカラーリングのNPC艦隊。ただなかに突撃し、追い散らす。

 「僚艦に告ぐ!続け!」

 春巻き型のレア宇宙船数隻を引き連れ、加速しつつ、中心点に重力を発生させることで旋回する。NPC艦は、カクカクと移動することで僚艦の射撃を避けていた。

 「遅い!」

 すでにそこは、私の重力圏内!

 重力発生点をNPC艦の側面に設定して、散弾射撃を行う。

 一度散らばった12の砲弾の弾片は、重力に従ってNPC艦の側面に集中した。

 「セネカちゃん!右1時、ワープ警報!」

 「サビナさん、いったん離脱してください!」

 「セネカちゃんこそ、気を付けて!」

 右1時はNPC艦の爆炎グラフィックの向こう側。NPCは一部のグラフィックを演算しないので、一方的に煙幕を張られている状況。

 ワープ後5秒のポーズが終わりしだい、こちらへ集中射撃を始める公算が高い。

 「本隊に伝えて!向こうからなら見えるはず!」

 重力を艦側面少し離れたところに展開する。

 「囮…誘われてたのね…」

 「大丈夫、いつものことです!」

 煙が晴れていくとともに、その向こうからあらわになっていく、真っ赤なNPC艦。囮戦術だなんて、高度なAI!

 物質攻撃は重力点に引き付けられても、質量係数が極めて低く設定されているレーザーは全く防げない。被害を知らせるアラートが続き、アイテムのパーティーへの譲渡と降伏のアイコンが点滅する。

 後、あと数秒耐えればいつも通り…

 「セネカちゃん、ワープ警報!正面すぐそこ!」

 !?

 瞬間、グラフィックに揺らぎが入り、オーロラのようなもやがかかる。

 まずい、ぶつかる…っ!

 ガツン!

 オーロラに艦が突き刺さる衝撃とともに、オリーブ色の宇宙船が、現出した。

 

                    ―”世界G”―

 宙間戦闘では、敗北の仕方がいくつかある。

 「撃沈」-これは艦及びアイテムをすべて失い、またログインするとセーブポイントであるところの基地からスタートなので、補給済みの宇宙船をそこから用意しなくてはならない(ことを利用して基地を奪いに来た「青色連合サファイアフラッグ」の連中のところへ駆けつけたことはあるが)。

 「アイテム譲渡後、撃沈」-これはパーティーにアイテムを渡すことで撃沈され喪失するのを防ぐ手段だが、何もかも譲ってしまうので艦自体の身動きが取れなくなり、土壇場逆転の目が無くなってしまう。

 「降伏」-これはランダム7割のアイテムを敵に渡して艦だけ戦線離脱するコマンドで、アイテムを味方へ譲渡後、丸腰の艦のみで降伏すれば個人的には損害がないものの艦の数が減る分、残った味方に負担を押し付けることになって裏切り扱いされかねない…がウチのパーティーはそうするように推奨していた。

 特に、耐久度のあるセネカ艦を囮にし、ぎりぎりでセネカの武装アイテムを俺に譲渡後に降伏させ離脱、直後にサビナの警戒艦からの情報を以て俺の十八番の極大レーザー砲で吹き飛ばす、そういう戦術をとってきた俺たち「遥かなるローマ」は、「降伏」コマンドを使うタイミングが重要になってくる。

 早すぎては敵艦をターゲッティングできないのでこちらのエネルギーゲージがたまる前に狙われてしまうし、遅すぎては戦術の根幹であるセネカの高耐久艦がやられてしまう。アレはサーバーに1隻の特ホロ艦だからそれはまずい。

 が、今回、俺は初めて見る状況に、どうしたものか迷っていた。

 いつも通り、セネカを狙うNPC艦隊をターゲッティングした、まではいい。その後、セネカの目の前に何かがワープしてきたせいで、どちらを狙うべきかわからなくなってしまった。

 まさか、セネカごと正体不明の艦を吹き飛ばすわけにもいかない。

 ではNPC艦隊かというと、これは正体不明の艦がセネカの盾になってくれるので、とりあえず猶予はある。

 「ネロ、どうするの!?」

 「お兄ちゃん、早くしないと…」

 その時だった。

 視界ーデバイスを通して大脳に与えられる仮想視界ーに、ありえない光景が映る。

 吹き飛ぶNPC艦。

 青い六角形が次々NPC艦隊の周りや中に顕れては消え、そこから出現する砲身が火を噴き、爆雷がNPC艦を吹き飛ばす。

 「…攻撃をワープさせている…?いや、そんなはずない。」

 それがありならとんだクソゲーだ。かろうじて「ワープ後5秒フリーズ」が妥協点になっているのに。

 そしてついに、NPC艦隊がまるごと巨大な火球に取り込まれ、消滅した。

 …いったい何が…

 ー「パーティー『遥かなるローマ』ですか?」

 通信?…あの正体不明のオリーブ色の艦か?

 ー「パーティー『ブラックローズ』です!救援に参りました!」


                    ―”世界G”―

 「『ブラックローズ』って、何よ。」

 「いえ、とっさに思いついたもので…」

 明末さんが、僕のことを思いっきりにらんでくる。

 「それに明末さんこそ、最後何使ったんですか。」

 「原爆よ。」

 「はい?」

 「普通に考えて、宇宙で戦うのに地上と同じ兵器使っていいわけないじゃない。それに大出力ビーム兵器の設計なんて知らないし。

 どうせゲーム、現実世界で被爆してたりはしないわ。それにそもそも、ディスプレイ上で見るよりずっと距離あるんだから影響なんてないわよ。」

 そういう問題じゃない。倫理的問題だ。

 「さて、これで一応、事件発生は防いだことになるけど…でも、どうしたものかしらね…」

 モニターを眺めながら、明末さんはため息をついた。

 呆れたことに、僕らが「ハインケル・ラーチェ」は、ずっと大きい宇宙船に突き刺さってしまっている。

 「普通ならゲームの仕様上衝突してもこうはならないし、ワープが重ならないようにするんでしょうけど、まずったわね。

 …いえ、思った以上に、事態が進んでいるのかしら?」

 

                    ―”世界G”―

 基地に浮かぶ、見たこともない奇っ怪な宇宙船。

 視点を合わせて指した指を横にずらせば表示されるはずの属性ー敵・味方・NPC-が、いくらやっても出てこない。

 「だめ。私でも属性表示できない。」

 「オレもだ。どうなってる?」

 「…運営?」

 その言葉に、全員が凍り付くのを感じた。

 「…だったら、俺たち『遥かなるローマ』は、戦わなくちゃならない。」

 ずっと運営との決戦を想定してきたけれど、それでもなお、NPC艦隊を圧倒した火力を思い出せば、どうしても不安が先に立つ。

 「もしかして、運営があたしたちに気づいたってことはないかな?」

 「そんなはずはないよ。だって私たちはずっと一つになって…」

 「サビナさん、残念ながら、それだけで情報が漏れてはいないと断定するのは不可能よ。」

 「「「「誰!?」」」」

 -俺たちを眺めまわすように、モデルのような容姿の、冷たい印象の黒髪美人がいた。その隣で、同じく学生服の、同じくらいの年齢の男子がため息をついている。

 -高校生くらいなら、運営ではない?いや、キャラメイクで容姿はある程度ー現実でバレないくらいー変えられる。とすれば油断はできない。

 「そんなに警戒しないでください。それと明末さん、もう少しトゲを引っ込めて。」

 「トゲのないバラはバラって言わないのよ知らないの?」

 「…君たちは、なんだ?属性表示が全くできない。」

 「属性表示?できなくて当然よ。だって、そこらの星に属性はあるの?属性表示はあくまで、ゲームの利便性を上げるための道具に過ぎないのよ?」

 明末さん、そう呼ばれた美人は、明らかに見下したような言い方をした。仲間が眉をひそめたのがはっきり伝わってくる。

 「はっきり言うわ。私はあなたたちの考えるような敵じゃないし、それにそうなるつもりもない。純粋に、あなたたちのために現れた。」  

 俺たちを、助ける…?どういう…?

 「どうして待ち伏せされたのか。皆さん、簡単な話です。

 ここはゲーム、すなわちゲーム内での会話は、全てモニターされているー運営は、あなた方『遥かなるローマ』を、つぶしたいんですよ。」

 「マジかよ…!」

 「そんな、会話まで?」

 「ええそうよ。考えが甘いにもほどがあるわ。

 …だけど私たちは、コマンド操作が通用しない。アカウントもない。だから、会話データも漏れないし、いざという時アカBANの可能性もない。だからこそ、あなたたちを助けられるジョーカーになりえる。

 どう?」

 何だ、何なんだ?

 あり得ない。ここはゲームの中で、コマンド操作が通じない、アカウントもないだなんてプレイヤーではありえない。唯一、一切影響を与えることが不可能なNPCならともかく…そんな代物がプレイヤーに深く絡んできたら、バグでは済まない。

 「…『そういうもの』なのよ。あなた、目の前に青いネコ型ロボットが現れたとして、『タイムスリップなんか現実には起こりえない』って否定するの?現実は厳然と存在するものであってそこに何の理屈も関係ないのよ。」

 …どちらにせよ、相手は俺より舌が回ると見えて、口論しても無駄な気がする。

 「…仕方ない、そういうことだって思うことにしよう。

 だけど…敵じゃない、それは、確かなんだな?」

 「当たり前よそうじゃなきゃ」

 「明末さん、ちょっと黙っててください。」

 「…コミュ力のなさとボッチ力では、材村くん、あなたも同水準」

 「いいから!小花に鍛えられてますから!」

 「…同情するわ。」

 …仲がいいのか悪いのか。なんだあの二人。


                    ―”世界G”―

 「明末さん、その能力は本当に、なんなんですか?

 いや、見当はついてきました。」

 「言ってみて。」

 それから僕は、これまでの推論で唯一分かったことを口にした。

 「『この世界は実在する。それも、目からうろこな方法で』。」

 「正解よ。そして、その方法は?」

 …いや、明末さんが口にする「アルゴリズム」の「キーワード」から「もしかして」と考えることは出来る。だけど僕には、どうしても、ためらわれた。

 「…私も、こんな自己中心的な、まるで望めば夏休みを繰り返せるような仕組みで世界が回ってることに、驚いたけどね。

 でも、あなたが心からこの仕組みを理解し、受け入れること。これが、もっとも、重要なの。

 無意識は、意識の4倍の強さがあるんだから。」

 やっぱり、この世界は、個人の意識無意識に根差すレベルの成り立ち、なのか。その線で、いくつか、読み返したほうがよさそうだ。

 「で、どうするの?いきなり、運営探し出して殴りこむ?」

 「明末さん、それは、最善にはなり得ませんよ。このVRワールドを残しつつ、運営を懲らしめなきゃ。」

 「…それはそうね。でも、こちらから実世界に干渉は出来ないわ。」

 …しょせんゲーム。いくらゲーム内で暴れようと、データを握る運営には対抗できない…あれ?

 「とりあえず、その問題を解決するためにも、戦力を増強しなくてはならないわね。とはいえAIなんて複雑すぎて創り出せないし、宇宙船操作プレイヤーは一朝一夕で確保できるわけがない。となれば…」

 僕は、わかっているとはいえため息をついた。

 「鍛錬、ですね?」

 しぶしぶ応えるや、冷血なるチートの権化は、のたまった。

 「というわけで、早速、実戦、プレイヤー狩りよ。」

 …いやまあ、確かにゲームバランス崩壊的な観点では、さっきの原爆攻撃といい無限の砲台といい無敵だけどさ…

 

                    ―”世界G”―

 もともとはナチスの計画戦闘機だったらしい。デザインからして飛ぶのか疑わしい「ハインケル・ラーチェ」。それは今、宇宙空間(を模した仮想空間)を、衛星の一つへと飛翔していた。

 「青色連合(サファイア・フラッグ)」の拠点である衛星から、レーザーがほとばしった。

 が、レーザーが宇宙戦闘機に突き刺さる直前、奇っ怪な宇宙戦闘機はくるり旋回して華麗に避けた。なにせ初期設定にはない敵だけに、ゲーム側も迎撃兵器のオート操作でどうにかできない。

 「(design)

 その一言ともに、衛星を、巨大な金属板が二つに分けた。自転によりゆっくりバランスが崩れていくからして、切断面からズレ、衛星はぱっくり割れて、ヒビだらけとなり粉々となり、表面に並ぶいくつかの基地ユニットを大地の裂け目から星の中心へと落とし込みながら圧壊していった。


                    ー”世界G”ー

 「どう思う、お兄ちゃん」

 サピナー妹の佐那が、ゲーム内のスクショ画像を手に部屋に入ってきた。

 「…『ブラックローズ』か。なんなんだろうな。

 ギルド一覧には出て来てないし…」

 「それなんだけどお兄ちゃん、あたしがログアウトしてから、サファイアにいるスパイにギルドチャットを見せてもらったんだけど、えらいことになってるみたい。」

 「どうなってるんだ?」

 「3大ギルドの基地が1つずつ、完全破壊された。時間換算で1週間分くらいは喪失したみたい。」

 ヤバいな、それは…

 …艦隊への攻撃に比べて、固定しておけるし搭載できるユニットも多いギルド基地は攻撃しにくい。火力で外側から破壊しても完全には破壊できないし、内部に侵入して乗っ取ろうとすれば後々の奪還作戦の手間を惜しんで自爆させる可能性もあるが、だとしたら「ブラックローズ」はそれだけの数のプレイヤーと陸戦ユニットを持っていることになる。

 「下手すれば、3大ギルドより強大ってこともありえるのか?」

 「それはないよ、お兄ちゃん。

 基地は星ごと失われた。それだけ強力な火力は今まで確認されてないから、ドロップアイテムにしろ開発アイテムにしろ武装アイテムにしろ、『ブラックローズ』は、オンリーワンに頼り切ってる。」

 「明末良音…」

 「うん。絶対とは言えないけど、『ブラックローズ』が明末良音のワンマンギルドなのは確実だと思う。

 3大ギルドもおんなじに考えてる。リアルで会議して、手を結ぼうとしてるみたい。」

 「それって、ゲーム内での奇襲を恐れてってことか?」

 「たぶんそーだよ。

 本気で3大ギルドはキレてて、しかも今まで犬猿の仲だったのに手を組もうとしてる。まあ気持ちはわかっちゃうんだけど…」

 「NPC艦隊のせいでややこしくなってる情勢に、さらに不確定要素を許容するわけにはいかない?」

 「リアルなら誰にも妨害されない。SNSじゃなくてビデオ通話だから傍聴もできない。そうやってリスクを削りに来てる。」

 「犬猿の仲って言ってもお互い『ゲームを楽しむ』ことでは一致してた。それがただでさえゲームバランスが大きく変わろうって時にヤバい奴が現れて一気にゲームバランスをかっさらいに来たら、そりゃアイツらだってマジでつぶしにかかりたくなるか…」

 しかも佐那の分析通りなら、「ブラックローズ」をつぶす方法は単純明快、明末良音を強襲して火力ユニットを破壊あるいは奪取する、ただそれだけだ。早めに叩かない理由がない。

 「ファクターを減らしにかかってるよね。自分たちでつぶしあうより先にやることがあるって。」

 ただでさえNPC艦隊実装で危険が高まっている「ガチでやりあっている中に漁夫の利を狙われる可能性」を、さらに許容したらゲームがつまらなくなる、そういうことだ。

 「お兄ちゃん、あたしたちはどーしよー…」

 「敵に回したらどう考えたって俺たちじゃ詰む。味方についてくれるってわざわざ言うんだから、普通に考えたらありがたいんだが…」

 「敵を作り過ぎるし、それに、得体が知れなさすぎる…だよね。」

 「表示されない属性に、どこからともなく行われる攻撃。

 それに俺たちの目的も知っていた。

 いったいどこから来て何をしようとしてるのやら…」

 「本当に、あの2人、ゲームの中の存在かな?」

 「佐那、どういう意味だ?ゲームの中に出てきたのなら…」

 「(ギャラクティカ)(ウォー)(シミュレーター)のシステムが適用されない相手。

 一般プレイヤーなら、そんなことはあり得ない。バグか、そんなのGWSの方向性と真っ向から違うけどイベントNPCなのか、それとも…」

 「不正プレイヤー?」

 「うん、だから、慎重に監視したほうがいい。」


                    ー”世界G”ー

 「不正プレイヤー?」

 「はい。

 今まで重点的監視対象としてきました『遥かなるローマ』に、接触者が。」

 「ログを見せたまえ。」

 「しかしです。

 プレイヤーと思しき2人組と『遥かなるローマ』プレイヤーが、口を動かしているのは確かなのですが会話ログが空っぽなのです。」

 「そんなわけが…

 いや、報告を続けよ。」

 「はい。

 2人組はその後、宇宙戦闘機ユニットと思われる非正規データ塊に乗って3大ギルドの星上基地を1つずつ襲撃、そして遊星ごと破壊せしめ、現在は行方不明となっております。

 現在、このような大規模破壊力を発揮できるゲーム内アイテムは3大ギルド及び『遥かなるローマ』にしか所在していないことが、ゲーム内データ探索により判明済みです。それらのアイテムが使用された痕跡はありません。

 破壊時、該当の破壊の演出にかかる演算処理量を試算したところ、実際に当該の時間帯に行われた演算量と比べはるかに多かったことから、該当の処理はグラフィックとエフェクトのデータのみを外部から挿入された可能性も考慮し、サイバー部隊の協力を仰いでおります。

 また、大幅にプレイ時間を無駄にされたことと不確定要素が増大したことを顧みるためにか、3大ギルドの首脳部は現在ともに長時間の不自然なログアウトをしている模様です。ギルドリーダーのIPアドレスをたどり調べた結果、オンラインビデオ会議システムの同じミーティングに接続している模様です。」

 「つまり貴官は、新たに現れた新勢力は不正にデータの操作を行っており『ギャラクティカウォー・シミュレーター』の意義を喪失させ、そのゲーム性と評判を損なった場合にはプレイ人口の減少から国益を甚だしく失うことにもつながりかねない、と、そう分析し、本官に対応を要求するわけだな?」

 「肯定であります、閣下。

 放置は、すなわち我が国の今後の宇宙戦略に大きな影響を与えかねません。

 『銀河』の秩序は、維持されなければならないのであります!」

 「だが、今我々が動くことも決して良いことでもあるまい、不自然だ。

 まずはプレイヤーの任意行動に任せ、その上で、自浄作用が働かねば、我々運営によるシステム的処理を実行する。

 どうだ?」

 「はっ、よろしいかと思われます。

 『プレイヤーの任意行動を監視したのち、自浄作用が不十分であれば運営権限で処理。』

 直ちに作戦に移します!」

 

                    ―”世界G”―

 ズラリと数百隻並ぶ、葉巻型の宇宙船。

 真っ青であったり、真っ黒で宇宙の背景に溶け込んでいたり、何故か金色であったり。それぞれのギルドの色に塗装された宇宙艦ユニットの艦隊が、横並びに整列して巨大な隊列を形成している。

 大量動員されたレア艦の艦隊の両脇に、まばらに並ぶのは盾役である平べったい丸い宇宙艦。透明なバリアが乱反射で時折キラキラ輝く。

 艦体の前面には、青2隻、黒3隻、金1隻ずつ、巨大な大砲を両手で抱え込むようなカタチをした宇宙砲艦が浮かんでいる。どんな宇宙艦ユニットでも1撃で吹き飛ばせる奥の手だ。

 ゲームの意義の一つが「加速度の体感」であることからわかるように、本来のこのゲームでは高機動戦闘が主流となっている。しかし、にもかかわらず、今回、3大ギルド連合は機動戦ではなく、陣形を緻密に敷いた上での迎撃戦闘を企図した。

 もちろん、1週間前まで敵同士だったがために同士討ちが起こるとシャレにならないからこそ過度な移動を避けたいということはある。だがそれ以上に、高スピードで飛び回ればどうにかできるような相手にはブラックローズが見えなかったのだ。

 ちらほら見える大型の宇宙艦も、ごつごつして砲身だらけだったり、逆に妙にのっぺりしていたり。ゲーム中のほとんどのレア以上宇宙艦や装備ユニットが集まったと言ってもいい。

 大艦隊の前で、グラフィックが揺らぎ、オーロラのようなもやがかかった。

 「来るぞ…撃てっ!」

 「サファイアの連中に負けるな!」

 「我がギルドの栄光を示せ!」

 艦隊前面の6隻の砲艦から、宇宙艦1隻、つまり数キロを包み込めるような太いビームがほとばしった。

 もやへと殺到するビーム。ワープ後5秒のポーズタイムの存在を考えれば、袋叩きは明らかである(このような戦術が存在するからワープがあってもゲームバランスが保たれるし、このような戦術に対したいていはワープ艦隊戦闘に盾役バリア艦を配置する)。

 閃光が、靄にとってかわった。


                    ー”世界G”ー

 「舐められたものね。

 『われら構造を知らば万象を想像せん。ならば我が設計、万物掌に創造せよ』ー設計者D!」

 その一声が凛と響き渡った。ってか狭いコクピットだから耳に響く。

 青い六角形の光、そして顕現する、巨大な鉄板。

 坂を蹴上がるようにしてハインケル・ラーチェは眼前の鉄板の上へ抜ける。ジェットコースター並の加速度で、内臓がキュンとする…

 真っ白に輝く鉄板の淵の向こうに踊り出して、眼前に広がる大艦隊が目に入ってくる。

 キラキラ光る星々と暗黒の宇宙のグラフィックを背に、並ぶ3色の隊列。

 「始めるわ、さあ!」

 大声で、明末さんは叫んだ。

 グオッと、身体がシートに押し付けられる。

 敵艦隊が一気に大きくなって見えた。こちらに飛んでくる幾筋もの光の矢(ビーム)が顔に突き刺さりそうで叫び出したくなる。

 「(design)!」

 空中に広がる青い光。そして、無数の爆発音。

 ビームが見当はずれの方向へ向かっていくのが目に入る。そして、黒煙が視界を包んでいく。

 …どうなった?何も見えないが、何が起きている!?

 「ちっ…

 …こらえて!」

 宇宙と言うだけあって煙はすぐに晴れていくけど、ガレキが無数に舞っていることくらいしかわからない。…というか、明末さんが複雑なターンを繰り返すから、意識を保つので精一杯。

 「明末さん、もう少しなんとか…」

 「舌噛ますわよっ!

 …次右、右、左っ!」

 身体が左右へグワングワンと揺らされ押し付けられ、内臓が飛び出そうだ。

 「くっ…

 きついけど、Gって言うのがどういうものかはわかってきたような気がするわね…!

 …ワープ5秒前!

 5!

 4!

 3!

 2!

 1!

 ワープ!」

 

                    ー”世界G”ー

 3大ギルド合同艦隊は、混乱の極みにあった。

 完璧な対策と布陣だと思っていたのに、敵はワープ後5秒の行動不能時間ポーズルールを破り、謎の巨大金属板ユニットで集中攻撃を防いだかと思うと、その背後から踊り出したたった1機の宇宙戦闘機ですいすいと無茶苦茶なターンで艦隊の中をすり抜けていき、しかも青い光とともに大量の爆弾で艦隊を歯が欠けたようにボロボロにしてワープして消えていったのだから。

 「あの爆弾はどこから出てきたんだ!?」

 「砲でもない…爆弾をワープできるようにするアップデートなんて聞いてないぞ!」

 「ワープ反応だってなかった!」

 「じゃあ、何もないところから出現したのか!?そんな馬鹿な!」

 「いや、ユニットの製造コマンドなら資材からその場で作れば」

 「んな無茶な!できるもんか!資材なんてどこにも見えなかったし、だいたい工廠じゃないんだぞ!」

 「でもだったら何だって言うんだ!魔法はこのゲームじゃ使えないんだぞ!」

 通信は紛糾している。指揮系統が3つあるので、混乱は必至だった。


                    ―*―

 「向野小花さん、ちょっといい?」

 「んー…?」

 さんざんアクロバット飛行したせいで酔ってしまった材村くんを休ませるためにも、こちらに一度戻ってくる必要があったけれど、でも、せっかくのチャンス、イメージがこぼれ落ちないうちにモノにしておきたい。

 「私も、もう1回ジェットコースター乗るわ。」

 「うん、じゃあ私も♪」

 Gというもの、加速度というモノのイメージはつかめてきた。

 「ねえ、明末さん…

 明末さん、海斗のことどう思ってるの?」

 「どう…って?」

 列に並んでいる時間なんて暇で仕方ないだろうし、最近になって接近したばかりだから、不思議がられたのかしら。

 「明末さん、怖い人だって聞いてたから…?」

 「怖い人だって言われてる人に、怖い人って言っちゃう貴女はなかなかの大物か、それともただのバカなのか…」

 「えっ、私、バカかな…?バカなのかな…?」

 なんでこの子ども、疑問形なの?皮肉で言ってるのがわからないの?

 「あっ、次だね!隣かな?」

 …しかも自分から聞いておいて、自由な上に失礼…

 「興味深い、いえ…

 …そうね、私に見えないモノを見ていると思うわ。だから、彼を通して何が見えるのか、知りたいのよ。」

 「…ふーん?

 よくわかんないけど、好きなの?」

 …頭痛くなってきたわ…

 「好きなんじゃないの、面白いの。」

 「面白い…?そっかー、面白いのかー…ふふふ…♪」

 …うわ、不気味…

 「よろしくね、良音ちゃん♪」

 「何一つとしてよろしくされるいわれがないから、お断りさせてもらうわ。」

 「そんな、冷たいなー。

 あ、来たよ!乗ろ!」

 「はいはい。」

 コースターが、少しずつ、宙天高く上り詰めていく。

 「ねえ、良音ちゃん」

 「何?向野小花」

 そろそろ、青空に一番近い場所ね…

 「海斗をよろしくねー!」

 「…はあ、まったく…私だって破滅主義者じゃないのにぃぃーーーーっ!!!」

 「きゃぁぁぁーーーーっっ!!!」

 落ちていくーーっ!!!

 「これが落下、重力、引力、加速度っ…

 『あらゆる力は解釈の相違。ならば汝全てを捉え直せ』ー複製者C!」

 手に入れたわ、この、アルゴリズム


                    ー”世界G”ー

 休憩して、戻ってきたそこでは、先ほど通り抜けてきたらしい敵艦隊が群れていた。ただ、綺麗に整理整頓したかのようだった隊列は見る影もなく崩れ、すべての宇宙艦が好きな方を向いて、艦隊がダマになってしまっている。

 数秒としないうちに、こちらへ幾筋かのビームが届いてきた。なんだかんだといってゲーマー、ワープ反応を見たらちゃんと攻撃してくる。でも、味方への誤射が怖いのか、まだ混乱しているのか、その照準は、僕らには当たりそうにない見当はずれのものだ。

 「ちゃっちゃと終わらせた方が良さそうね。ちょうど、せっかく主力を集めてくれたんだし。

 ここで、このゲームを木っ端みじんにすれば、全てが解決するのかしら?」 

 …おっかない発言だけど、いちいち明末さんの意図を追っていくのは僕には無理だってわかってきた。

 「たまには、中二病もいいわよね?」

 操縦席の明末さんの周りの雰囲気、空気が、静かに、静謐な冷酷さを放っているような気がする。

 その必要もないだろうにアリをつぶす幼児のような、圧倒的な力を持つが故のサイコパスな残酷さ。

 「『われら構造を知らば万象を想像せん。ならば我が設計、万物掌に創造せよ』

 ー設計者D!

 『力は全てを魅了し惹き付け貶める、何処までも墜ちるその誘惑ごと引き寄せよ』

 ー引力操作者G!」

 …呪文が、増えている…?引力操作が、できるようになったのか!?

 「『天灼』」

 

                    ―”世界G”―

 まるで、水滴のように、青い六角形の中心から生まれた白い光の球は落ちていったーもちろん無重力の宇宙空間であるから落ちるわけはないのだが、しかし、落ち往くように見えたのだ。

 そして、光が落ち往く先では、まるで中心に引き寄せられるかのように、宇宙艦のダマのような艦隊が縮んでいく。

 光球の向かう少し先と、艦隊の中心。よく見ればそこにはどちらも、「G」と中心に記された青い光の六角形が燦然と輝いている。

 方向転換すらできずにグルグル回転させられ、外側へ抜け出すこともできないままに、3大ギルド合同艦隊はどんどん中心へ引き寄せられて、衝突で細かく爆発を起こしながら一点へと「堕ちて」いく。

 まるでそれは、ゆっくりブラックホールに落ちていくかのようで。

 そして、そこへ、白い光の水滴が、落ちた。

 カッ!

 ーすべてが、赤に染まった。


                    ー”世界G”ー

 重力による引き寄せを解除された瞬間、水素ガスで生成された核融合球は、解放されて一気に膨張する。

 核融合の億に達する高温ガスが艦隊を覆うほどに広がることで、灼熱がすべてをプラズマへと還元する。

 ゲームサーバーのデータが突如として忽然と消え去っていく。

 3大ギルドの主力艦隊は、一瞬にして全ユニットを完全に喪失、「銀河戦争ギャラクティカウォー・シミュレーター」はプレイヤー装備の半分が消滅したことでゲームとして壊滅的打撃を受けることになった。


                    ー”世界G”ー

 「もはや、『ブラックローズ』を名乗る不正プレイヤーの動き、赦しては置けない。

 宇宙戦略を破壊し、我が国にあだなす工作員の仕業…と言う可能性も無視できないだろう。

 素性は確認できたのか?」

 「いいえ。

 プレイヤーIDなし、接続するIPアドレスなし…正規の方法ではないためか、素性をつかむことは…まるで生身のプレイヤーが動かしているわけではないかのように不可能でした。」

 「では、ゲーム内で直接に接触し、摘発、捕縛するよりない、ということか?」

 「現時点では、それが最善かと。

 幸い…と言ってよいことでもありませんが、プレイヤーたちはいずれもショックのあまりゲームにログインしていません。目撃されることはないでしょう。まあ『遥かなるローマ』は別ですが…」

 「『遥かなるローマ』とて、本官らの計画の障害であることには変わりがない。ついでに排除してしまうのも1つの手であろう?」

 「悪意こそないでしょうが、正規プレイヤー、それに唯一『ブラックローズ』に接触して攻撃を受けなかったことから何らかのつながりか思い入れがある可能性も高い…」

 「切り札を打て。『遥かなるローマ』をこの際使いつぶしてかまわん。」

 「はっ」


                    ー”世界G”ー

 「お兄ちゃん!」

 「どうした佐那?」

 「さっき、メールが…!」

 「メール?…まさか、『ブラックローズ』、それとも運営!?」

 「差出人不明だからどっちかわかんないけど…

 『ギルド『遥かなるローマ』リーダー、プレイヤー・ネロ。

 貴方の彼女であるプレイヤー・セネカはあらゆる意味でこちらの手の中にある。

 もし彼女を大事にする心があれば、本日2200、プレイヤー・サピナのみを連れ、ゲーム内、都市遊星エデンの首都役所に来られたし』

 …だって。」

 「なっ…

 サピナが、人質に!?そんな馬鹿な…!

 ちっ、既読が付かないし…電話だ!」

 「お兄ちゃん、それはもう…!」

 「ちっ…

 …でも、いくら運営だって、リアルまで押さえることなんて…」

 「お兄ちゃん、あたしたちはずっと考えてきたよね。

 何らかの目的でプレイヤーのGへの脳適応能力を鍛えていて、採算だって合わないからどこからか多額の費用を援助されていて、他の似たようないくつかのフルダイブゲームに裏から圧力をかけてつぶしてでもプレイヤーを確保しようとしている、得体のしれない運営。

 バックには間違いなく大きくて危なくてロクでもない組織が関わってるって思ってたけど…リアルを押さえられるってことは…」

 「…今は考えても仕方ない。それに、得体の全く知れない『ブラックローズ』の仕業ってこともあり得る。

 どっちにしろ、タダじゃ済まさない…!」


                    ー”世界G”ー

 最も大きい星にして、唯一の非交戦地区である、市街地遊星エデン。町のそこかしこでアイテムが売られる中、いくつかのイベントの基点でもある役所にはNPCが配置されておらず、普段無人のその市長執務室では、3人が対峙しにらみ合っていた。

 「やあ、来てくれたようで何よりだよ。来ていただかなければ、セネカさんには永久に消えてもらうことになっていた。」

 「誰だ、お前は。」

 ネロとサピナは、執務室の真ん中でセネカの口を背中側から抱きしめるように手を回してふさいでいるスーツの若い男をにらみつけた。

 「『運営』とでも、言えばいいのかな?」

 すまして応えるスーツ。

 「…とっととセネカを離せ、クソ運営が。さもなきゃ全部曝露してやる。」

 「ほう、曝露…

 それは、このゲームが、自衛隊の国策であることを、かね?」

 壁にかかっている絵から、声が。

 抜け出すようにして、壮年の軍服の男が出てくる。

 「なっ…」

 口をふさがれているセネカまでもが、目を見開いた。

 「お前は…!」

 「この前、インタビューにも出てた…!」

 「軍の幹部が市井の民に知れ渡っているのは不味いのだがね。

 改めて自己紹介しよう。

 日本国自衛隊宇宙総軍幕僚長の吉田とは、私のことだ。」

 「…そして、このゲームの、いわば黒幕、ゲームマスターでもある…!」

 

                    ー”世界G”ー

 「そう。

 吉田幕僚長、貴方はこのゲームでプレイヤーを育てるためにあらゆる努力を惜しまないで来た。

 Gへの耐久と、宇宙での戦闘。この技能を必要とし、さらにはゲーム外においても力を持つ国家権力系の組織…JAXAにそんな力がないのなら、設立されたばかりの対宇宙部隊、とか?

 ならば、よもや廃人ゲーマーと言えど、ゲームの3つの存在理由、わからなかったら今まで何して生きてきたのって感じよね?」

 ドアを静かに開き壁にもたれかかったその少女はー明末良音は、いきなり毒舌を吐いた。

 「…え、なんでだ?」

 「宇宙で戦う人を集める、ため、とか…?」

 「それだけ?

 何のために生まれてきたの?

 人間を宇宙に飛ばして宇宙戦艦で殴りあう、なんてそうそう近い未来には来ないわよ。もちろん、その未来に備えて、もし万が一そうなったらその時登用するパイロットを、ということはあるのかもしれないけど。」

 「ほう…では何かね、『ブラックローズ』?」

 吉田幕僚長は、誰に教えられずとも、不審な少女の正体を看破して見せた。だが、明末良音も、その後ろから出てきて所在なさげに突っ立っている材村海斗も、驚く素振りなど見せない。

 「2つ目には、宇宙での戦闘、いわゆる宙間戦闘が現実のものとなった時に、それを地上から管制できる人材の探索。Gそれ自体よりも、加速による急激な視界の変化だとか『酔い』だとか、そちらに耐えられる人材の育成、よね?

 そして、最後の1つ。

 もし宙間戦闘が実現されるとすれば、それはAIにより行われる可能性が高い。さらに、宇宙における高機動戦闘のデータは、必ず、地球上の空中戦でも役に立つ。

 このゲームの本当の目的は、つまり、AI、もっと言えばNPCを戦場に投入し宇宙に投入できるように、データを収集しアクティブラーニングを行う…といったところね。

 さしずめ貴方たちプレイヤーは、AIの、NPCの、餌、生贄、お供え物、実験動物モルモットってところね。」

 ネロ、サピナ、セネカが目を見開く。

 「ふっふ、良くそこまで見抜いたな。どうやって見抜いた?」

 「私にとっては自明だったからよ。それに、そのセネカっていうプレイヤーが、切り札であることもね。」

 「…そんなことまでも気づかれていたか。

 しかしならば、本官にケンカを挑むことの意味、理解しておろう?」

 「プレイヤー・ネロ、『ブラックローズ』を排除しろ。セネカを永久に失いたくなければな。」

 スーツが、ビシッと命令する。

 「ちっ…言いなりになりたくは…」

 「お兄ちゃん、でも、きっと、やらないと…」

 兄妹は悲壮感すら漂わせ、喋れない中セネカは表情でなんとか「私のために嫌なことをしなくてもいい」と訴える中で。

 その言葉は、氷の刃のように響いた。

 「ふーん。

 そうやって、いつまでも掌の上で転がされるのね。

 モルモットであることを知らされながらモルモットに成り下がり続けようだなんて、本当に自我があるのかしら。だとすればまさしくNPCにも劣るわね。

 貴方たちが護ろうとしているモノの正体も知らないで、本当に滑稽。」

 嘲るように。

 「愚者にもほどがあるわ。

 どうして気付かないの?

 踊らされ続け、自分では何一つすることができない。」

 「どういう、意味だ…!?」

 「気づいたところで何一つ変わらないでしょう?

 愚かにも、貴方は愚直だから、相手が何であろうとも愛が揺らぐことなんてない。

 …例えそれがAIであるにせよ、ね。」

 だから貴方たちは私を撃たざるを得ないーと良音が呟くのも聞こえない様子で、ネロは崩れ落ちた。

 「それは、それはつまり…」

 「落ち着いてお兄ちゃん!思わせぶりなだけで、まだ決まったわけじゃ…!」

 サピナが支え、言い聞かせようとしたその時、吉田幕僚長が追撃をくわえる。

 「その通り!ブラボー!

 セネカ君は、我々が送り込んだ最高傑作のAIだよ!」

 「そんな、そんな…!」

 「ま、安心すればいいわね。ほら、セネカ自身も知らなかったようだし。」

 セネカが、相変わらず口を押さえられたまま、ショックのあまり呆けてしまっていた。

 「ログアウト中の記憶は偽装、人間らしいそぶりもすべてAIのアクティブラーニングを活用した模倣…まったく極めてるわね?」

 「どうしてそこまで…幕僚長、やはり座視しておけません。」 

 「ああ、非正規プレイヤー、敵性工作員と思っていたが、かなり内情を知っているようだな。

 とりあえず、このゲームからつまみ出せ。」

 「はっ。

 プレイヤー・ネロ、『ブラックローズ』を始末せよ。でなければセネカのデータは削除する。正真正銘彼女は消えることになるぞ?だがここで協力すれば、今までの運営への敵対準備は見逃してやろう。」

 「っ…!」

 ネロは辛そうに表情を歪めたかと思うと、光線銃を抜き、飛び出した。

 「おっ、お兄ちゃん!?」

 「明末さんっ!」

 壁にもたれかかったままの良音は、後に逃げることもできず、武器も持っていない。

 バンッ!

 銃声が響いて、血しぶきのグラフィックが飛び散った。

 

                    ー*ー

 暗転。

 「撃たれたわね。」

 「ほら言わんこっちゃありませんよ明末さん。」

 あんなに挑発するやつあるか!

 「失礼な。

 勝算もなしに私が無謀な挑発をするほどに愚かだとでも?

 『想像は現実化しうる。私、そしてあなたたちの存在の観測こそ、その最たる証明』-創始者A」

 …まさか、最初から、明末さん…!?


                    ー”世界G”ー

 「『想像は現実化しうる。私、そしてあなたたちの存在の観測こそ、その最たる証明』

 -創始者A!」

 「なっ」

 血しぶきを噴き出して倒れ、HPバーが0になった表示と共に消え去った明末良音と、何故かいっしょに消え去った材村海斗。

 しかして、青い六角形を輝かせ、その2人は再び現れた。

 「どうして、私を倒せば、私をこの空間から追い出せると思ったのかしら?」

 「そんな、ゲーム空間に再接続できないようにしたはずではないのか!」

 「命令通りに、確かに接続は遮断して、それに、それにそれにそれに…!」

 半ばパニックに陥った自衛官2名のことは無視し、良音はネロへと叫んだ。

 「さあ、かかってらっしゃいな!」

 銃声とともに、光線銃からビームがほとばしる。

 「(design)!」

 良音の手の先に、青い輝きをまとって円形のシールドが現れ、ビームを斜め方向へと弾く。

 そして、良音もまた、発砲し、走り出した。

 壁沿いを走り、ビームをシールドで受けながら、ドアから反対方向の窓際へと走っていく。

 「はっ…

 お兄ちゃん、あたしもっ!」

 サピナも銃を取り、良音を撃とうとする…が、そうはさせじと、海斗の手の真上に青い六角形に囲まれた拳銃が姿を現す。

 「ちょっ、明末さん!?」

 「貴方も少しは働けば?」

 やむなく銃を持った海斗とサピナがにらみ合い、一方で執務机の影に隠れた良音を追い詰めようとネロが銃口を先に回り込んでいく。

 「(design)

 その一言とともに、青い六角形がネロの足元で輝き、2本のリボンが顕現した。リボンの端を握った良音が引っ張ることで、ネロの身体は簀巻きのように縛られ、光線銃は落下する。

 「お、お兄ちゃん!?」

 「くそっ!」

 「貴女も、そこまでよ。

 銃を下ろしなさい。」

 

                    ー”世界G”ー

 「ふん、やられてしまったか。存外ふがいないな。

 だがそれでも、貴様は以前本官の掌の上にいる。このゲームと言う掌の中にな。」

 「そうかしら?

 そう思うのなら…

 …操作できるものならしてみればいいじゃない。」

 「貴様、言ったな?

 消してやれ。」

 「了解。

 ーシステム起動。

 範囲3メートル角の『ブラックローズ』が存在する座標をゲームデータから削除ー」

 それは、最強の呪文。

 仮に不正プレイヤー、非正規プレイヤーとして明末良音や材村海斗がゲームに入ってきている場合、そのデータが正常に処理できなかったり、そもそもゲームサーバー内部に処理できるデータとして存在しなかったりで、短時間のうちに手出しできない可能性が高い。

 しかし、対象が存在する空間ごと虚無にしてしまえば、依って立つ空間がない以上、存在することができない。それはゲームからの追放であり、削除である。

 ーの、はずだった。

 「何故だ!?なぜ何も起きない!?

 サーバー、サーバー管理部隊、応答せよ!」

 すぐに、天からの声が降り注ぐ。

 「こちらサーバー管理部隊!確かに、指定の範囲のデータ削除は完了しています!」

 「アホな!暗黒しか残らないのではなかったか!」

 「バグかも知れません、至急確認を」

 ピーッという音とともに、天の声は聞こえなくなった。

 「どうした管理部隊!?」

 明末良音は、ただ、笑っていた。


                    ー”世界G”ー

 「貴様、『ブラックローズ』、何をした!?」

 「ふふ…

 私は、何もしていないわ?」

 「…外部協力者か!」

 「いいえ。

 想像力の欠如ね。

 私の味方は私と材村君しかいないし、それに私がしているのはただ存在することだけ。

 ただ存在するだけで私はすべてを成している。

 さっきの言葉は、貴方たちにも言っていたのよ?」

 「さっきの言葉…?なんだそれは!」

 「せっかくだからもう一度言ってあげるわ。

 『貴方たちが護ろうとしているモノの正体も知らないで、本当に滑稽。

 愚者にもほどがあるわ。

 どうして気付かないの?

 踊らされ続け、自分では何一つすることができない。』

 …貴方たちのことよ?」

 「なんだと!?それはいったい、どういう…」

 「だって、貴方たち自衛隊の勘違いは、そう…

 …ゲーム内の私たちが操作できないんじゃない。

 ゲーム内の世界に、貴方たちの管理者権限が通用してないんだから。」


                    ―”世界G”―

 どういう意味だと取り乱す自衛官2人に対し、明末良音は、やにわ、銃口を向けた。

 ビームが奔り、上官の左腕が消し飛ばされ血しぶきが噴き出す。

 「なっ…管理者権限でログインすればバリアが…」

 「バリアも、全ての権限が止まっているということでは…!?

 おい、貴様、本当に、何を…!」

 「何もしてないわよ?

 そう…本当に何も。

 貴方…

 …いつからここが、ヴァーチャル空間だと思っていたの?」

 明末良音以外の全員ー6人の目が、限界まで大きく、見開かれた。


                    ー”世界G”ー

 「そもそも、このゲームの設計上、ゲーム内の架空世界ヴァーチャルワールドを、なるべく実在する世界のように感じさせるようになっている。

 だけど、もし、ゲーム外の世界の存在を規定しない存在がゲーム内に実在すれば、もはやその存在にしてみればその世界は、『実在する世界』でしかない。

 まず、NPC。高度なAIであるセネカさんは人格を持ち、そしてセネカさんはゲームの外を持っていなかった。これだけでも、ゲームの中の世界と外の世界が区別できなくなるには充分だけど、あと一押し。

 私と材村君は、別の世界から来ている。ゲーム外から来たわけじゃない。そして、その別の世界から観測した時、同じように間に世界を介さない以上、ゲーム外の世界とゲーム内の世界は同等の存在

 つまりね?

 充分にリアリティのある世界は、もはや自立して実在するのよ。」

 多くを語り過ぎた、と良音は吐き捨てた。

 ゲームの中の世界がゲームの中の世界であり得るのは、操作する人にとってゲームの中だと知覚されるからだ。

 しかし。

 「ギャラクティカウォー・シミュレーター」は、没入感を高めることで「外から操作している」感覚を極限まで低くしていた。

 おまけに、ゲームの中の登場人物にとっては、その世界はゲームなどではなく、自分が現に存在する世界である。ゲームの外を実際には持たないセネカにとってGWSこそ彼女が世界。

 そして、極め付きは、2つの世界を同等に見る、観測者ー

 ーだとすれば、この世界に明末良音という、「システム外異物」が入った時点で「システムとしてのギャラクティカウォー・シミュレーター」世界は消滅し、「独立世界としてのギャラクティカウォー・シミュレーター」に切り替わっていたのだ。

 「この世界は、確かにゲーム機によって他の世界からフルダイブできる世界ではある。

 けれど同時に、今となっては、完結的な1つの世界なのよ。」

 ー管理者権限が通用しないのは、はなから、ゲームではなくなっていたからー

 「そう知ったうえで、貴方たちは、どうするのかしら?」


                    ー”世界G”ー

 もしかして。

 ー「充分にリアリティのある世界は、もはや自立して実在する」という発言は、ただ明末さんらしいと言うだけではなく、そう。

 明末さんは、嫌味な人ではあっても、棘だらけの茨ではあっても、無駄なことは基本的に言わない。

 そして、自立して存在できないはずの世界が、自立して存在しているように、リアルに見える現象…

 別にそれは、このゲームの世界に限らないのでは?

 充分にリアリティのある、それこそ、創作世界…それもまた、自立して存在する…?

 今まで何度か明末さんに連れられてきた世界。それらも、このゲームの世界と同じなのでは?

 ゲームの中の世界がゲームの外の世界から自立して厳として存在するようになったように、創作作品の中の世界であったはずの世界たちが、僕らの世界と同等に実在する世界として顕れているのでは?

 だとすれば、「想像は現実化しえる」というのは、よもや。


                     ー”世界G”ー

 挑発するような手招きは、どこまでも美しく。

 そう、それは麗しき黒茨ブラックローズ

 だから、思いもよらない真実を否定したくて、あるいは払いのけたくて、あるいはただ苛立ちをぶつけたくて。

 上官のほうが、指を弾いた。

 都市遊星エデンの上空に浮かぶ丸い衛星が、ぱっくり割れ、変形していく。

 「イベント、ボス級!?」

 サピナが呆然と窓の外の空を見上げ呟く。

 「全部、消してやる。

 貴様が何を言おうと、どんな詭弁がここにあろうと、全て消し飛ばして、一から新しいプロジェクトで、新しいゲームをリリースし、シェアを取ればいいだけのこと!それができるだけの力が、我々の部隊には既にある!

 だが、それをする前に…!

 貴様らは完膚なきまでに叩き潰す!」

 「八つ当たり…いいじゃない!受けて立つわ!」

 かくて、最後の闘いが、始まった…


                    ー”世界G”ー

 縦横高さと3次元方向に分割された真球の隙間から、無数の砲身が覗いている。

 動力はどこにあるのか見当たらない。

 エデンの月が変形した、8分割連結球体型の宇宙軍艦。デンと星溢れる宇宙を背に構え、無数の砲身を大地へと指向させる。

 ーすべて、消し飛ばす。

 巨大な光弾が、並ぶ砲口から一斉に吐き出され、宇宙から青空を突き抜けて降ってくる途中で分裂、無数の白矢となって大地へと降り注ぐ。

 矢が、浸透するようにして建物に、森に、地面に溶け込み、そして着弾点の周囲が真っ白に閃光を輝かせ、爆発四散していく。

 遊星エデンのいたるところが白く輝いては煙を上げ始め、そして星全体が煙に包まれ、火事の渦中へと変貌せんとしていた。

 やがて真っ赤になるだろう星を見下ろす巨大な宇宙艦ーむしろ宇宙要塞かーの背後に、唐突に、青い六角形の光が出現し、その真ん中から「B」の文字と共に奇ッ怪な宇宙戦闘機「ハインケル・ラーチェ」が顕現した。

 殺到する光矢の手前で、オーロラのようなもやに「ハインケル・ラーチェ」が包まれて姿を消す。

 「『(design)

 『(gravity)

 放て、『天灼』!」

 エデンから見て宇宙要塞の側面にあたる空間に、もやの中から湧き出したコレオプターが顕現し、その先端に水滴のようなひとしずくの輝きがきらめいた。

 宇宙要塞の表面に「G」と中心に輝く青い六角光が現れ、そこへとまっしぐらに水滴が落ちていく。

 姿を消す「ハインケル・ラーチェ」。

 そして、一滴のきらめきが、透明な青い光の板へと触れる。

 ーカッ!

 十字に閃光が奔り。

 広がる真っ赤な灼熱が、見る見るうちに巨大な火球となって宇宙要塞を呑み込んでいった。


                    ー”世界G”ー

 「突然現れる、星をまるごと呑み込むほどの熱球…確かに、一撃必殺の奥の手としては最強の一角かも知れんな。艦隊であっても殲滅することができる。」

 炎が晴れ、その中から、銀色の球体が出現し、パカッパカッパカッと割れ目がはしって砲身が覗いた。

 「が、負けイベントのボスとして設定された本艦を打ち破ることはできない。何せすべての能力値がシステム上限なのですから!」

 勝利の叫びとともに、彼は連射コマンドを押した。

 無数の光弾が、光矢に分裂、拡散しながら全方位へと飛び散り、まるで花火か爆発のようで、そして途切れることはなく。

 どの方向からも、もはや宇宙要塞に近づくことすらできない。

 スムーズに回転を始めたことで、噴き出す光の弾幕が、完全に宇宙要塞を包む。

 光の弾幕の只中で、幾度か、赤い熱球が膨らみ、弾けた。


                    ー”世界G”ー

 「っ…!」

 明末さんが、額を右の人差し指で押さえている。

 「明末さんどうしたんですか!?」

 「思考力の限界ね…!」

 「…はい?」

 それは、つまり、どういう…いや。

 「ちょっと会話の余裕もないわ…打つ手が少ない…!」

 「明末さんやっぱり…

 …この世界、明末さんの想像の中から出てきた世界なんですね?でも、僕らの世界と区別できないから、僕らの世界と同じように存在する…

 …でも、想像の中の世界だから、ある程度までは明末さんの思い通りになる。それが、明末さんの呪文アルゴリズム。そうじゃないですか?」

 「50点。

 基礎点は押さえられたけど、見るべきものがない平々凡々な回答ね。

 それで?それだけでも、何すべきかはわかってるんでしょう?木偶の棒じゃないなら、貴方は対案を示さなくちゃいけない。」

 …明末さんの想像の中の世界が現実化した世界であっても、もはや明末さんから自立して存在している。明末さんがチートを振るえるのは、その世界の「自立力」みたいなものに反して想像で世界を捻じ曲げているから、だと思う。

 とすれば、あまりに圧倒的で暴虐的な防御力と攻撃力に対して、明末さんと言えども勝ち目を見出せない、もっと踏み込んでいえば「自分が勝利するイメージが想像できない」状況なのでは?

 「…僕にできることはありません。だけど、僕は。」

 迷いはあっても、この後の展開がなぞられるのなら、希望はあるはずだ。

 「信じていいと思うし、すべてを明末さんがする必要はない。僕はそう思います。」

 「…ちっ。」

 舌打ちされたよ…


                    ー”世界G”ー

 「…セネカ。」

 ネロは、へたり込んだままのセネカに手を差し伸べた。

 広がる都市は宇宙要塞からの爆撃のせいで更地となり、青空の向こうに小さく敵の姿が輝いて、白い筋を描く光矢が流れ星のような軌跡で降り注ぎ天を横切る。

 「…私は…」

 まっさらな大地と空、地平線の当たりで新たに煙が上がり爆音が響く。

 「言いたいことはわかる。

 それでも俺は、セネカが好きだ。」

 何もない星の真ん中で、ネロはセネカの手を引き立ち上がった。

 「…私は、AIで、しかも…なんですよ?

 それに、スパイだったんです。」

 「情報を流してたとしてもそれを知らなかったんだから関係ないだろ。それに、セネカがなんだって関係ない。

 俺は、お前が何であるかじゃなく、お前がお前だから、好きなんだ!」

 抱き寄せて、ぎゅっと、抱きしめ。

 ー確かに、誰が何と言い彼女が何であろうと、あったかくそこにいる。それだけで、ネロには充分だった。

 「…俺たちも、戦おう。

 ずっと目指してきて。

 これで、セネカも解放できる、そういうことなら。

 消させない!」

 「私も。

 この世界も、私も、消されたくない!

 ずっと、一緒にいたい!」


                    ー”世界G”ー

 必殺の「天灼」が、防御を破れない。

 そして、接近して何らかの攻撃を行おうとしても、全方位に隙なく濃密に張られる弾幕を越えることはできそうにない。

 …けっこうわかりやすく詰んでるわね…

 やられても別に失うものはないけど、だからって戻ってきても状況が変わらないのでは何の意味もない。どうしたものかしら…

 …もちろん、手が尽きたわけじゃない。だけど、光の弾幕が濃すぎて内側が見えないから、想像の現実化に使うリソースが大き過ぎて、困難。

 「…信じるしかない、なんて、私には似合わないわね…」

 弾幕の内側へ入り込めれば、あるいは直接内部を叩ければ…

 …そんなときのためのアルゴリズムがあったかしら。

 「『志は永久に強固なれ、如何なる艱難辛苦あろうとも必ず乗り越えん。冒険に王道なし』

 ー冒険者E!」

 いついかなる時も前へ進む冒険者精神で、突破口を…!

 「材村君、コミュニケーションは任せるわ。」

 「あ、明末さん…!?」

 「弾幕を突破して内部を押さえる、それしかない!」


                    ー”世界G”ー

 「お兄ちゃん、『ブラックローズ』から入電! 

 アレを強行突破して中に突っ込むつもりみたい!」

 「うっそだろ…」

 「突破ルートまで送ってきたから、ガチだよコレ…

 あたしたちに求められてるのは、壁役と引き付け役じゃないかな!」

 「でしょうね。壁は私が引き受けます。」

 「…セネカ、お前は死んだら生き返れない、リスポーンできないんだぞ!」

 「知ってます。

 …ですから、お願いします。」

 「…死ぬなよ。」

 3隻の宇宙艦は、星きらめく宇宙を背景にして宇宙要塞のほうへと近寄っていった。

 無数の光の矢が、ラウンドシールドあるいは押しつぶしたUFOのようなカタチのセネカ艦に突き刺さっていく。

 赤く加熱された装甲板が歪み、蒸発体積膨張によって小さな爆発を起こして白い煙に薄く覆われていく。

 「お兄ちゃん!

 40度方向、撃って!」

 「チャージ完了…っ!」

 瞬間、閃光が奔った。

 あらゆる点で「天灼」にははるか及ばないが、一方で本質が爆発物である「天灼」と異なり極大レーザー砲は指向性と到達性に優れる。真太い光の柱は、向かってくる光の矢を取り込みながら進んでいき、宇宙要塞の表面でバリアに弾かれて雲散霧消した。

 一瞬でも弾幕が消えたのだ、良音にとってそれを見逃す理由などない。

 宇宙戦闘機「ハインケル・ラーチェ」が、周囲の光の矢の隙間を縫い、上下左右前後に無茶苦茶な三次元機動をしながら、周りこむようにして回転する宇宙要塞へと距離を詰める。

 「150度…再装填したら撃って!」

 光矢を浴び続けて赤熱し白い煙に覆われて霧の中のようになったセネカ艦の影から、再び、ネロ艦が頭を出し。

 光の杭が、光矢の群れを呑み込んで。

 完成した弾幕の空白地帯を通過し、要塞の回転によって空白地帯が回転して複雑な挙動になるのもすり抜けるようにして、要塞の表面へ迫る「ハインケル・ラーチェ」。

 「『天灼』」

 再びこぼされた一滴のしずくは、今度は光矢に妨害されることなく、宇宙要塞まで届き、そして膨れ上がった。

 それでもバリアに穴は開かない。しかし、火球がウソのように消滅してから再び弾幕に視界が埋め尽くされるまでのわずかな間だけでも、明末良音と彼女の想像力にとっては充分だった。

 「…

 『力は全てを魅了し惹き付け貶める、何処までも墜ちるその誘惑ごと引き寄せよ』

 ー引力操作者G」

 光が渦巻き、消えた。

 否、暗黒。

 大量の光弾を吸い込んで、衝撃波と電磁波嵐が吹き抜け、そして光が戻る。

 バリアに穴が空き、そして、宇宙要塞の内部が姿を覗かせていた。 

 

                    ー”世界G”ー

 明末良音の攻撃は、戦闘だけではない意味をはらんでいた。

 重力を極度に高めた一点を作る事で生成したブラックホール。それは物理法則に依存しない特異点を持ち、従って、ゲームでは演算することができない。

 決定的な破綻は、断絶をもたらした。

 特異点はゲーム内空間に存在するが、しかしその存在をどうやってもゲームデータとして見ることも操作することもできないーなにしろそれは演算できるように作られていないのだから。

 一点でもゲームデータとして成立し得ない空間が生まれた瞬間に、その影響が光によって伝わる空間もそこへ取り込まれ、光の速さでゲームデータが関与し得ない空間が広がっていく。

 ゲームサーバーからゲーム内に手を出すどころか、ゲーム内で何が起きているか見ることすらできなくなってしまい、ゲームが完全にゲームデータから切り離された理に支配されていった。

 ーそれは、一つの宇宙の目覚めだったー


                    ー”世界G”ー

 銀色の粒、すなわち内部の機材が、宇宙要塞から真空に吸いだされていく中へ。

 「ハインケル・ラーチェ」がむき出しの部分に横付けし、「(bring)」の青い六角光に覆われて姿を消す。

 明末良音のピンと伸ばした腕の先、人差し指から、一滴のしずくが撃ち出された。

 「冒険者E」のアルゴリズム、それは、ただただ冒険者の志と言うだけではない。冒険者の思考回路を脳内でエミュレートできる、自分を一瞬で熟練の冒険者に仕立て上げるものなのだ。つまり、その本質は「熟練冒険者の勘を授けてくれる」ところにある。

 どこが敵の本拠地で、どこから敵は出現して、わなはどこにあり、これから何が起きようとしているのかーもちろん勘でしかないから信頼性は情報量に依存してしまうが、それでも、絶大な威力を発揮するアルゴリズムなのだ。

 灼熱の火球は、向かってくる機械兵士を呑み込み、隔壁を破壊し。

 大きくえぐれた宇宙要塞の奥にあらわになったコントロールルームで、2つの人影が走り去っていった。

 

                    ー”世界G”ー

 「追い詰めたわよ。」

 女ー「ブラックローズ」が言うと同時に、紋章みたいな、かっこいい模様が壁に浮かんで、2人の自衛官が壁に磔にされた。

 「何を…ログアウトしてゲームまるごとデータを消せば…!」

 「残念ながら。

 ゲームデータを消しても、もはや独立して存在するこの世界を消すことなんてできない。

 もちろん、ログアウトという法則が異世界とのつながりとして法則に組み込まれているこの宇宙からログインログアウトすることは可能でしょうけど、それも貴方たちにはできない…その姿勢じゃボタンを押せないんじゃなくて?」

 嘲笑すら感じるうすら寒い声。自衛官たちが青ざめている。俺だって、握る妹の手が震えているのを感じた。

 ー人を人とも思っていないんじゃないか?

 「さてと。

 もちろん、私が解除しない限り貴方たちは永遠に解放されないだとか、そういう話をしたいわけじゃないのはわかるわよね?」

 脅し…

 …仮にも国家の要職にある人間を目の前にして、怖気づく様子を一切見せることなく、恫喝…

 いや、人を人として向き合ってないのか、相手を尊重するつもりが全くないのか。

 「私からの要求は2つ、この世界へのログインの権利を保証し続けることと、2度とこんな、人々をだますような手をとらないこと。

 さもなければ。

 『今はまだ』この世界の中でも、私は、貴方たちの世界でだって、必要とあらば同じ力を振るう。

 私の力がゲーム的なシステムに立脚していないのはわかるでしょう?ゲームとしてのこの世界を崩してるくらいなんだから。」

 …この世界をゲームから切り分け、そしてゲームシステムとは無関係に物理法則を逸脱した絶大な力を振り回し、恫喝をもいとわない…

 「魔王、いや、魔女…」

 「は?失礼ね。

 まあいいわ。

 すべてを犠牲にしてもここをなかったことにしたい?」

 「…このゲームの存在は今となっては国益を害する。維持しても得られるものはないが、維持し続けて内情が漏洩すれば、人体実験でもある、大きな問題となり国防上も国益上も我が国は大きな損害を受ける。

 それをわかって、このゲーム空間の存続、ましてログイン可能な状態を維持など、正気か貴様ァ!」

 「うん?

 そんなものに興味があるとでも思ったの?」

 たった一人の愛も守れない1億の国家に、なんの意味があるの?

 完璧足りえないのなら、私は、握りつぶす。容赦なく。」

 ーでも、その顔は、どこまでも哀しそうで、辛そうで、寂しそうで。

 そして、日本と俺たちを天秤にかけようとしている、だって、俺がこの世界にログインできなくなれば、セネカと離れ離れになってしまうから…そして、その結果として、当然の如く俺たちを選んだ…そのことが限りなく、申し訳ないような、くすぐったいような。

 「で、貴方たちは、どうするの?

 それとも、貴方たちの大事な市ヶ谷(防衛省)を吹き飛ばしてあげてから考える時間を上げなおそうかしら?」

 「くっ…」

 「この世界へのフルダイブ機器によるログインを黙認し、そのためのシステムすべての維持を永続的に行う、約束しなさい。」

 「ぐっ…」

 …俺たちが、何かの秘密と悪を持ってるとずっと追い求め戦ってきた相手、「運営」。それは、がっくりと、あっけなく、頭を垂れていた。


                    ー”世界G”ー

 「なんで、私たちを助けてくれたのですか?」

 更地となった遊星エデンの大地の上で、セネカは尋ねた。

 「私たちを助ける必要は、何もなかったのでは?

 異世界…?から来たにしても、私たちに助力して、何か利益があるとはとても…」

 「貴女たちに求めるような利益なんてあるはずな…

 むぐ、何するのよ!」

 突然口を後ろから押さえられ、明末良音は抗議の叫びを上げる。

 しかし、犯人ー材村海斗にだって、言い分はあった。

 「だって明末さん、きっとべらべら喋らせたら、全部台無しにするじゃないですか。」

 「そんなことないわよ、人を社会不適合者みたいに言わないでくれるかしら?

 それともなぁに?

 底辺カーストのコミュニケーション能力皆無なヒモ予備軍が、私よりもできることがあるとでも言うの?」

 「…そういう、二言目にはボロクソ言うところを言ってるんですよ…」

 心底あきれ果てたと言わんばかりに、材村海斗はぼやいた。

 「…百歩譲るとして、貴方にはできるの?向野小花とくらいしか会話してないんじゃないかしら?」

 「い、いやまあそれは…

 …で、でも明末さんよりは!」

 「ふぅん?そこまで言うのなら、やってみればいいんじゃないかしら?」

 納得がいっていないのを、隠そうともしない。

 …いや普通に、他人と話すのは怖い。もう互いに何もかも知り尽くしてる小花や、ある意味で裏表がなくどう転んでも黒い茨でしかない明末さんならある意味安心できるけど…

 …でも、明末さんにベラベラ悪口言わせるよりは。

 「僕は、皆さんのものがた…間違えた、世界がどうなるか、知っていました。

 多大な困難と寄り道と犠牲の果てに、セネカさんを引き換えにしてこのゲームの乗っ取りに成功するーでも、僕は、それがメリーバッドエンドにしか思えなかった。

 もちろん、明末さんが新しい力を欲していた、って言うのもあります。加速度、引力…そう言ったものを体験したい、と。

 でも、僕は、明末さんの超常の力を以てすれば、もっといいエンド、ハッピーエンドへ導ける、そう思ったんです。

 利益なんて考えてなくて、ただ、この世界の、僕が知ってる数人が、より幸せであればいい…そう単純に思ったんです。別に失敗したりしくじったりしても不利益がないって言う軽い気持ちだったのは、それは、認めますけど…

 でも、人間、誰しも、読んだり見聞きした人物の…ああいや、やっぱりしっくりこない、物語としか言いようがない。

 物語で、しっくりいかない、不幸な部分があると、自分で手を突っ込んででもいい方向へ持って行けないかと「歴史のIF」を考えると思うんです。

 普通は、そんなこと架空でしかないから、モヤモヤで終わる。

 だけど、僕には、幸運にもIFを現実にする力があってしまった。

 たったそれだけの、ことなんです。」

 それしかない。それだけでしか。

 誰だって、よりよいエンドを、歴史の最善なIFを望むことくらいあると思う。

 だけど、普通は、そんなことできるわけない。書かれた世界の中に入って介入し世界の流れを書き替える…なんてことは不可能、物語は物語、創作は創作、別世界は別世界。

 理由なんかない、ただ、できてしまったから、川が上から下へと流れるようにして、ここにきてしまっただけだ。

 「細かいこと、他人のことを気にしている余裕はないわ。」

 そこで、声が聞こえたー正直、最後までおとなしく言うことを聞いていてくれるとは思っていなかったが…

 「明末さ」

 「いいから、話させなさい。ちゃんと吟味したんだから。」

 ブラックローズは吟味して嫌味言うでしょうが…

 「私が言いたいのは、まだ、貴方たちの物語は始まったばかりだと言う事。

 ここから先、私たちが手を貸すことは、誓ってない。そもそもどうなるのか知らない中で状況のイニシアティブが取れないから当たり前ね。」

 …冷たいけれど、事実だ。

 何がいつ起きて誰が何で何を考えているのかをすべて知っていたからこそ、僕たちは圧倒的な力だけではなく適切なタイミングに適切な手段を投入して情勢のイニシアティブをとることができる。最初に介入する場面を決める時点でもうそうなのだ。

 でも、神出鬼没のジョーカーではなく、存在していることが確定している、自由に身動きの取れないジョーカーになってしまえば、いくら力だけがあっても仕方ない。逆に利用されれば望まぬ結果を生む。

 力の非対称性だけではなく、いついかなる時も情報の非対称性を確保しておかなければ、目的を達せられるかは怪しい。情報が尽きた時、ただ蛮勇があるだけの駒に、「介入者」から「登場人物」に成り下がってしまう。

 「だから、この新天地で、誰の助けもなく、すべてを自ら成していかなければならないの。」

 「は、はい…?」

 ー首を傾げられる。それもそうだ。

 少し前、たった少し前まで、誰の助けもなく、「遥かなるローマ」は、自らの力だけで「運営」と戦ってきた。だからきっと、自分たちだけで全部を果たすなんて当然で今さら。

 僕だって、明末さんの言葉が、危機感じみた口調が、ピンと来ていないし。

 「いい?

 貴方たちは、アダムとイブになる」

 だけど、明末さんは、厳粛な女神としてびしりと指をさした。

 「新世界となったここを、貴方たち2人で切り拓いて、繁栄と安寧を願うのならば、産めよ、増やせよ、地に満ちよ。

 停滞と衰亡を望むのなら、せめてすべてを守り抜け。

 覚悟は?

 ないのならば…いいえ、それは、ここに至るまでのすべてを無駄にすることになる。そんな冒涜は…貴方たちにいいえは赦されていないわ。

 覚悟は?」

 なるほど。

 ここに至って、僕もようやく理解したー1つの世界を始める2人となることは、あまりに重い。

 「あるぜ。」

 「あります。」

 「あるよ。」

 にもかかわらず、ネロ、セネカ、サピナは即答した。

 「なら、そう…ふーん…。

 いいわ。

 それは寂しげな別離の合図。

 明末さんが納得してしまえば、もう、することもない。僕にだってこれ以上は手を出せないとわかっている。

 「最後に、1つだけ…

 『ブラックローズ』はギルド名として、じゃあ、皆さんの、名前は?実名じゃなく、ゲーム名を、聞いておきたいのです。」

 あくまで1つの礼儀として、とセネカさんは頭を下げた。確かに、まだ名乗ってない。

 「…そうね。

 『創始者(アルファ)』とでも。それに、彼は…」

 明末さんが、僕を見つめる。

 ステータスプレートになんて書いてあったか、ただそれだけだ。きっとそれが僕の役割。

 物語を現実の世界とする創始者こと明末さんの周りで、僕が振られた役割。

 「『介入者(intervener)』、です。」

今回獲得したアルゴリズム


引力操作者gravity 略称G アルゴリズム「力は全てを魅了し惹き付け貶める、何処までも墜ちるその誘惑ごと引き寄せよ」 効果:重力や引力の引き付ける力を使って任意のポイントに引力を発生させたり物体に加速度を与えたりする。

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