「偽者F」
その物語は、世界を否定したがる少女の物語。
世界を否定することを諦めさせられた少女明末良音は、材村海斗とともに、はじめて、誰かを救うために物語へと飛び込んだ。
憎悪と呪詛の連鎖の中。
今、第三幕が上がる。
―*―
「ごめん小花、昼は用事あるから。」
「ふ~ん。なになに?スト~カ~?」
「…そうか、そう見えるか。
小花、僕は小花のことを、大事な幼なじみだと思ってたんだけどな。」
「うん、私もだよ~♪」
…もう、ダメだこいつ。
―*―
「で、わかったの?『ゲーム』の仕掛け。
「まさか。お手上げです。」
正直、あらゆる可能性を検討しても、どうやったって常識的な方法で物語世界に入れるはずがない。
「…そう。わかったら教えて。
…勝ち負けじゃないから。」
普段にもまして言葉少なに、明末さんは机の上に座ってスカートを整え、僕を見下ろしていた。
「…それと、この前読んでいた本、貸して。」
…どことなく、焦ってる?
僕が差し出した本を横の机に置き、ポケットから取り出したスマホを指でコンコン叩き、透明なビー玉をかざしたりしている。
「…材村くん、貴方、見てたわよね?」
「…そのスマホが、神様になり損ねた瞬間ですか?」
「そう。私にはその原因が、わからないの。」
「え?...いや、不慮の事態だったのはわかりましたが…」
「そうね…状況をまとめようかしら。」
「まとめるにしても、せめて、よくわからない力の正体ぐらい教えていただけないと…」
「…それもそうね。
『われら構造を知らば万象を想像せん。ならば我が設計、万物掌に創造せよ』ー設計者D!」
明松さんが目をつぶり、鋭くつぶやく。
空中に青く光る小さな六角形が現れ、そこから、チャリンと何かが落下した。
「…どう?」
拾い上げる。...1円玉!?
「…上出来みたいね。もうやらない方がよさそうだけど。」
明末さんは財布から1円玉を取り出し、僕から取り上げた1円玉と見比べて、満足そうにつぶやいた。
「...だから明末さん、その力は一体…」
「…本来、誰にでも備わる力のはずなのだけどね…」
指でコインを弾きながら、明末さんはそんな信用度0の言葉を吐いた。
「あくまで呪文みたいな中二病っぽい言葉はキーワード。アルファベットを振って分類しているように見えるだろうけど、それは簡易化するためのアルゴリズム、手順であって、私は楽だけど本質とは関係ない。」
「…じゃあ、それを使わなかったらどうなるんですか?」
「それはフランス語講座1か月の人に『国語の問題をフランス語で思考して回答しなさい』って頼むのに似てるわね。一度日本語で考えることを覚えたら、それは難しいわ。」
…とにかく、無理なんだろう。
「さてと、ちょっと私も自信を無くしそうなのよ。
まとめるわ。
この前私は、まず冒険者の心意気?力?そんなものを複製させてもらって、それから、鉄板を生み出してチュリッヒさんを止め、自分のものを自分の世界から持ち込む力でスマホを引き込んで初期化した。
それで、『劣閃』を作用させられたスマホなら、神の力を受け継ぐに足るだけの知能はあった。魔力を世界から消すことなくその総体としての役割を『神』からスマホに移り変わらせる。そのために、汎用アルゴリズムを限界まで使用して支援した。」
それで、原作の「チュリッヒが『神』に成り代わり、自ら永遠に封印される」という終わり方は、回避されるはずだった。
「それで、『劣閃』でスマホが神様の力を奪って、神様が倒された瞬間、何かが起きて、スマホが消え、ここに帰ってきた。それが、全貌よ。」
「どういうことか全くわからないんですが、『能力無効化』みたいなのが作用したってことですか?」
「…私のミスじゃないもの。そうとしか思えないわね問題は存在の根幹にかかわる私のアルゴリズムを否定できるなんてありえないってことだけど。
でも、私ね、実は、声が聞こえたの。あの時。」
本屋のレシートを生徒手帳から取り出して、そこに書きつけられた文字列を見せてきた。
ー『全てが悲劇的な非常識に規定されるなら、全ては虚構であれかし』ー偽者Fー
「...これ、明末さんでは?」
「違うわ。私貴方にだけは嘘つかないことにしたから。」
「だったらタネを明かしてください。」
「それは無理。貴方には貴方なりに答えにたどり着いてほしいから。」
そうですか。
―*―
「それで、どうするんですか?」
「もう一度、新たな世界へ、行くわよ。」
「え、また?」
「どうせ、私ロクなことしないから。
貴方を見つつ、やり直したいの。
いいわよね?」
「いや、いいですけど…どこにするんですか?」
「貴方この推理小説?読んでたわよね。」
「…ホラーだとは思いませんでしたが…って、アレ!?」
「…そうよ。怖いの?」
「いえいえまさか。」
「…怖いの?」
「はい」
見栄張るわね。ホラーが怖くない人なんて…3組の兄妹ならともかく。
「で、誰を救うの?」
「全員です。」
「…やっぱり?」
それ、がっつり長期滞在よね。
「私、妖怪退治とかに使えるアルゴリズムはないわ。手の内を明かせば、持ってくる、世界一つにつき一つ力を複製する、設計通り創造する、そして、冒険者の志とか思考回路、これだけよ。」
「…何が不足なんですかっ!」
…そんな人をいやしんぼみたいに。
「まあとにかく、もう一度読んでおきましょう。」
「いいわ、今日の放課後で…」
「…授業中に読むんですかっ!?」
「…あなた、この前のテスト、私より点数悪いわよね?」
「あの、授業中読書してて、僕より点数いいなんてそんな…」
「だって私筆記科目は全科満点よ?」
「…僕にその頭脳を分けてください。」
「出来るわけないじゃない。こんなのマルチタスクを覚えれば楽勝よ。わかったら一日100時間勉強して私のすごさにひれ伏し直しなさい?」
―*―
「あれ?海斗が本を忙しそうに読むなんて。」
「よくあることだろ。」
「ないよ~いつもはじっくり読んでる。。」
「…まあ、明日までに一冊読まなきゃだからな。」
「何それ。...ミステリ~?」
「…そう思うだろ?違うんだなこれが。」
「ふ~ん。それはそうと、遠足の班分けってどうなってるの?」
「え?」
遠足…?
「…まさか、忘れてたでしょ?」
「…小花、どうなってる?」
「…もう、それくらい自分で決めてよ。決まっちゃってるよ?
…私の班に入れとくね?」
「ありがと。頼むわ。...ところでそれ、いつだっけ?」
「え~...」
―″世界F″ー
えてして、第一の事件というのは誰も気づかないようなところで発生している。
路地裏の暗闇。
「うわああああ!」
外の避難階段から、誰かが転落してくる。
いきなり頭から落ちてきたスーツ姿の男性。
前の明末良音だったら、笑ってスルーしただろう。しかし今の明末良音は、ため息をつきながらも両目をつぶった。
「『想像は現実化しうる。私、そしてあなたたちの存在の観測こそ、その最たる証明』
-創始者A」
六角形の巨大な青い枠が生まれ、白い巨大な枕のようなクッションが顕れる。
男性はクッションの上に落下し、何度かバウンドして滑り落ちた。
「…あ、あれ?」
何が起きたのかわからないという様子できょろきょろと周りを見回す男性。そして明末良音を視界にとらえると、いきなり叫んだ。
「110番してくれ!あ、あそこから突き落とされたんだ!」
「…二つ言わせて。まず、見てたから知っているわ。それと、あの高さなら先に119番じゃない?」
「そ、それもそう…って、きみ…!?」
男性は、明末良音をじっくり見て、恐怖で顔を歪めさせた。そして、あわあわと這うように逃げていった。
「…制服のままはまずかったかしら。ねえ?」
避難階段の上に、宵闇に紛れて、黒い影が立っている。よく見れば人影は、ブレザーにスカートと、明末良音に見間違えることもできなくはないシルエットをしていた。
「…癪だから今度はアレンジしてきてあげる。でも、最終的に排除するのに変わりはないから、成仏しておいた方がいいわよ?」
明末良音はそう、影へと呼びかけた。
「そうしたら、お参りぐらいはするから。」
影は、階段の向こう、非常口に消え去った。
―*―
「海斗君、結論から言えばちゃんと行けたわ。してみると妨害はやっぱり入る時と入らない時があるようね。」
開口一番、明末さんはそう言った。
…いきなりもう何のことやら。
「と、いうわけで、行けるわよ。行きましょう。」
「…わかりました。」
逆らったって仕方がないので、素直に目をつぶる。
意外にも温かい明末さんの手が、僕の手に乗る。
そしてー
「『想像は現実化しうる。私、そしてあなたたちの存在の観測こそ、その最たる証明』
-創始者A」
―″世界F″―
-景色が変わった。
と言っても、今までは突然コロセウムやらダンジョン門前街やらに放り出されていたのに比べると、ここは大したことがない。なにせただのビル街だし。
標識は、現代人ならだれでも知っているような都内の地名を示している。
月だけが、夜の街を照らしている。
いかにも荒れた感じの人たちが、タバコを吸いながら歩いている。
「…夜の繁華街は初めてね。」
言いながらも明末さんは目を細め、辺りを見回していた。
「見つけた。」
交差点の向こうにあるのは、電飾された上り旗に囲まれた、石造りの柵を持つ神社。
腕時計で時間を確認するー正確である保証はないけど―と、深夜の極みみたいな時間だった。
…急ぐか。
―″世界F″―
神社の石畳。
神様が通るともいわれている通路の真中を、少女が歩いている。
少女は、わら人形を懐から取り出し、神木に押し付け、釘をわら人形の胸に押し付けた。そしてそのまま、拳で釘の頭を叩き始める。
普通トンカチか何かでたたくだろうに、無理に手でたたくものだから、当然、手が血に染まり始めていた。
釘の頭が、遅々としてそれでも沈んでいき、わら人形に埋まった。
少女は、祈るような顔つきで頭を下げた。
少女の後ろから、白い両手が迫りくる。そして、少女の首に伸びた。
「ぐっ…!?」
少女が、突然首を絞めてきた手をはがそうとあがく。首に手を伸ばしつつ、振り向こうとする。
少女の身体が、持ちあがった。
足のバタバタがゆっくりになる。
あえぐような声が弱くなる。
タアン!
それでも、銃声はたしかに、彼女の意識に届いた。
―″世界F″―
タアン!
銃声と同時に、僕は駆け出した。
「『われら構造を知らば万象を想像せん。ならば我が設計、万物掌に創造せよ』ー設計者D!」
明末さんの声が、小さく響く。...作戦通りとはいえいきなり発砲するのにはびっくりしたんだから、これ以上ヤバくなることはやめてくれよ。
そのまま、少女を突き飛ばす。と同時に、さっき創造されたばかりの拳銃を構えた。
タアン!
突然少女がいなくなって首を振る白い影に、引き金を引くー素人が当てられるわけがない。
それでもなお、僕は明末さんを信じた。
白い影が、ふらりと揺らぐ。
「照射!」
明末さんの叫び声とともに、警察が使うような投光器が、影を照らした。
照らし出される影。それは、ブレザー制服の女子高生の姿をしていた。
「な、なんで…ひとみちゃん!?」
さっきまで首を絞められていた少女が、叫んでいる。
「…本当にそっくりな制服ね。」
明末さんが呟きながら、また目をつぶった。
「『われら構造を知らば万象を想像せん。ならば我が設計、万物掌に創造せよ』ー設計者D!」
手元に青い六角形の枠が現れ、紙切れのようなものが浮かび上がる。
「ひとみさんって言うのあなた?
…成仏しろって前言わなかったかしら。」
明末さんは紙切れを人影に突き付けたーあんなやり方で創り出したお札が役に立つなんて。
人影が、揺らめき、もだえ始める。
だけど、僕は少女をかばいながら横で見ていたから、気づいた。
「明末さん!後ろ!」
「後ろ?」
ー「『全てが悲劇的な非常識に規定されるなら、全ては虚構であれかし』ー偽者F」ー
明末さんの背後に現れた黒いもやのようなものから、声が聞こえてくる。いやな予感がして耳をふさぐも、頭に直接語り掛けてくるような感じで聞こえてくる。
青い光も、紙切れも、最初からなかったかのようにぱっと消え失せた。
-まさか、本当に無効化能力の類!?
明末さんが、横っ飛びで飛びのく。
黒いもやは消失し、「ひとみさん」なる人影も、はるか遠くへ去っていったー明末さんにも、少女を支える僕にも、追う気力はもう残ってはいなかった。
―″世界F"―
「…いったい何だったのよ…」
私は愕然としていた。
例えば超能力ならば、相手の超能力を打ち消す超能力があることは、そこまでおかしくはない。
例えば魔法ならば、相手の魔法をファンブルさせる魔法があることは、時に当然である。
例えば異能ならば、異能の元凶が異能を否定する異能を望むことすらある。
違う、違う。私が用いているのは、そんな特殊な力ではない。ちょっと効率化する方法を知っているだけの、誰にでもできる普遍的な方法。それだけに、それを打ち消すなんて危険で不可能なこと、できるわけがない。
なのに、どうして、私が創造した物体がかき消されたのか。
もう、前回も、私がスマホを持ってこようとした事実自体が消されたと考えたほうがいい。だとすれば…
「明末さん、どうします?」
「どうするって…ああ、宿?」
「はい。」
「とはいえもう始発もしばらくよ?宿はいらないでしょう?
まさか貴方も、3Pとか望んでるわけじゃないわよね?そのつもりなら、格の違い、貴方自身の矮小さを知ることになるけど。」
「いえ、この家出少女をどうにかしないと…」
「…ちょっと待って。お金調達してくるわ。」
「…あ、はい、いってらっしゃい。」
手近な地下鉄駅に駆け込み、トイレを捜す。予想通り、深夜の駅の女子トイレ個室なんてところ、誰もいない。
「…見られたらさすがにまずいものね。
『われら構造を知らば万象を想像せん。ならば我が設計、万物掌に創造せよ』ー設計者D!」
5000円札20枚。すべて通し番号も違う、正真正銘の5000円札ー間違っても偽札じゃない。このふざけたアルゴリズムはそれだけに汎用性は高そう。
また消されてもたまらないので、適当に1万円札に両替するーこれでどうにかなるのかわからないけど。
「はい。宿代は調達したわ。それでどうするの?
…まさかネットカフェとかラブホテルとか言わないわよね?」
「…言いませんよ。」
「良かった。その子はまだ狙われてるだろうし、警備がざるそうなところはイヤなのよ。」
「…え、そこですか?」
「他に何があるのよ?
どうせ貴方みたいないくじなしに何もできるわけないじゃない。
…貴女はどうするの?必要なら貴女の家に届けたいけど…」
少し距離をとりながらもついてくる少女に、声をかける。
「…あの…いいんですか?宿まで用意してもらって…」
「逆にダメな理由がわからないわだってあなたがこの後どっか行ってさっきみたいな目に合ったらなぜ助けたのかわからないでしょう。」
「…でも…
…あの、もしかして、乱暴したりとか…」
「そこの男にそんな度胸があるように見える?」
「明末さん、さっきからずっと言いたいんですけど、もう少し失礼さのない言い方はなかったんですか?」
「…ひらがなで苗字を打ち込んで漢字変換できないような人が」
「明末さん、ブーメランですそれ。」
「…あなたと違って影で『ざいもく』ってあだ名付けられたりはしてないわ。」
「…僕もつけられてませんよ!?」
「えっ?ウソはほどほどにした方がいいわよ?
…あ、見つけた。」
さて、ちょうどいい感じにビジネスホテルがあるけど、どうしたものかしらね。
「…私たち全員制服だから、なかなか難しいわね。今が長期休暇ならともかく。」
「明末さんなら、ホテルも創れたりするんじゃないですか?」
「あのね、都内にそんな土地があると思うの?」
監視カメラに敵が映るかどうかも知りたいし、こだわりたかったけど…
「…よく考えたらそもそも、まともなホテルならこの時間に入れてくれるわけないわ。」
「そういうことに最初に気づいてください。何か秘策でもあるのかもって思っちゃったじゃないですか!」
「ごめんなさいね。とりあえず今晩は適当に都条例に引っかからないところに隠れるとして、明日以降は当てがあるわ。」
「…明末さん、信じますから、こういうドジはしないでくださいよ?」
―″世界F"―
「公園で銃声のような音が聞こえた」という通報が数件あり、警察は深夜ながらも出動を余儀なくされていた。
「まったく、最近は物騒でいかん。」
「鶴見刑事、近辺で、女子高生二人に男子高生一人の目撃情報が!」
「…するとこれも、女子高生連続失踪・殺人事件の関連か?」
「…そうかもしれません。それと鑑識が見つけたこの弾丸ですが…」
「ふむ、銀色でつぶれているな…鉛にも見えないが…」
「驚かんでください。これ、銀の弾丸っちゅうヤツですよ。」
「…今時そんな酔狂な。しかし宗教関係ということもあり得るのか?」
「それからもう一つ。この弾丸、ルミノール反応は出ませんでした。」
「命中しなかった、ということか…
…念のため弾丸がほかにもないか捜索、それから、該当の高校生を参考人として探せ。」
「はい!」
―″世界F"―
「…もうパトカーが動いてるのね。」
まあ、魔法使いとも戦った今、日本の警察では相手にならないでしょうけど。たとえ拳銃を使われたところで…さすがにバリアはリソースを喰いそうで嫌だけど、銃弾程度なら通常物質で防げるし。
とはいえ余計なトラブルを起こしていられるほど余裕があるわけではない。今こそ計画を実行に移す時。
「『われら構造を知らば万象を想像せん。ならば我が設計、万物掌に創造せよ』ー設計者D!」
青い六角形の中で創造されるものを、脳内で思い浮かべる。今回は服。
よし、できた。
「…明末さん、これは?」
「…あなたの高校の制服と似てて、ちょっと気になってたのよ。」
「ふええ…すみません…」
家出少女が頭を下げる。
「いいの。あなたはこれ。」
「…はい?」
頭を垂れたままの彼女に、茶色のインバネスコートを羽織らせる。
「えっ…」
「後でパイプと鹿撃ち帽あげる。ホームズね。」
「…明末さん」
「何?材村くん、いいじゃない。探偵役が変わるだけよ。」
「…いや、そうじゃなくて、変装にしてももう少し…
…君、嫌なら断っても…」
「あの、いただいてもいいんですか?まだ名前もうかがってないのに。」
…あっ、登場人物だから知ってるって、ついつい名前について話してなかったわ。
「別にいいわ。それにホームズは不死身なのよ。あやかりなさい。」
本当よ?今もベーカー街221にいるらしいし。
「は、はい…」
私の分として創造した、袖が手首まであるボレローを羽織って、変装は完了。
「これ、気に入ったわ。持ち帰りましょう。」
かわいいし。制服にもあうし。
「…あの、僕の分はないですよね?」
「男子高校生の制服なんてブレザーか学ランか以上覚えないわよ。変装の必要はないわ。」
材村くんが胸をなでおろしている。後でしめようかしら。
「それであなた、名前は?」
「…樫野暁海と言います。高1です。昨晩はお助けいただき...」
「…どうして昨晩、あの神社で丑の刻参りなんてしてたのか、教えてくれてからでもお礼は遅くないわよ。」
「それはっ…」
「まあいいわ。教えてもらわなくても、貴女の背中を見せてもらえば」
「明末さん、暴走しないでください。まず、僕らが自己紹介しないでどうするんですか。
…僕は材村海斗。『きむら』って読むけど、『き』は材木の材の字だからよろしく。」
「私は明末良音。明るい末に、良い音よ。そっちと同じ、高2ね。」
「…材村さんに明末さん、わかりました。それで…」
「…別に私は、あなたが何に耐えかねて人を呪おうといいの。」
私だって世の中全部を呪っているし。
「ただ、『人を呪わば穴二つ』って。知ってる?呪いの専門家でもないあなたが、SNSで読んだに過ぎないあやふやなものを試すのはお勧めできないわ愚の真骨頂よ。」
「…でも…」
「大丈夫。明末さんは君の意思も聞かずに警察に君を差し出したり君を家に帰したりはしない。話してごらん。」
…なんか材村くん、女たらしみたいな口調にあってるわよ。…それにしても、なぜ私の警察嫌いが…ああ、それはバレるわよね…
「…私、お義父さんに虐待されてるんです…」
―″世界F"―
いくら知っているからとはいえ、その話は聞くに堪えなかった。
明末さんは目を伏せている。
「…まあ、よくある話よね。」
そして一言…多いわ!
「…父親が亡くなって、母親がだんだんおかしくなって、再婚して、虐待されるようになって、襲われるようになって…
…よくある転落劇よね。」
ほら、樫野さん泣いてる。
「…まあありふれた話だけど…あなたの気持ちは私もわかるわ。
…材村くん、あなたはドリンクバーでも行ってきなさい。」
…ファミレスでパシらされる多くの登場人物の気持ちがわかるようになるとはね。
―″世界F"―
「で、どうしてまだ泣かせてるんですか?」
材村くん、涙は悲しい時でなくても出るものよ。
「聞いてなかったのならいいわ。
それより、家族を呪いたくなる気持ちはわかったけど、そのやり方はどこから?」
「ひとみちゃんが…親友の佐多ひとみちゃんが、教えてくれたんです。『正しい丑の刻参りの方法』があって、それでその…人を呪い殺せるって。」
「…で、ひとみさんは?ひとみさんがうまくいったように見えたから、やったのよね?」
「そうです。彼女、実は、写真を撮られて脅されていて…
…その、写真を持ってるクラスのリーダーみたいな女子が、最近死んでいるのが見つかったんです。だから不謹慎だけど、効くんだろうなって...」
「それで丑の刻参りを…」
「はい…ひとみちゃん、適当な神社の神木に、道具を使わないでわら人形をくぎ付けするのが正しく呪いが伝わって返ってこないやり方だって…」
「まさかひとみさんも、すでに亡くなっているとは思わなかったのね。」
…佐多ひとみの呪いが行われた場所と時間の見当がつかなかったばかりに…まあいいわ。
「…はい。まさかひとみちゃんが幽霊になって出てくるなんて、そんな…」
…事実を否定しないだけ、立派よあなた。
「…それだけわかっているなら、話はたやすいわね。
いいわ。種明かししましょうか。」
―″世界F"―
「警部、ここが、昨日の昼見つかった第14の被害者、佐多ひとみの遺体発見箇所です。」
この事件は、あまりにも死体が多すぎる。おまけに脈絡がない。この遺体だって、「行方不明だった娘の幽霊に襲われた」という訳の分からない父親からの通報と、その行方不明の娘が第12の被害者に怨恨があり重要参考人扱いだったから、ということで捜索した結果、見つかったに過ぎない。
「それと、佐多ひとみの周辺で一人、今日学校に来ていない女子高生がいるそうです。」
それこそ、こうした些細なことすら疑わなければならないほどに。
「家には問い合わせたのか?」
「はい、娘さんのことを切り出したところ、母親と思われる女性に電話を切られてしまったそうで…どうも過去、児相とひと悶着あったようです。」
「それはきついな。しかし…」
基本的には、家出、あるいは行方不明になった女子高生の周りで当人が恨みある人物が殺され、また周囲の人物のいくらかが不審死を遂げる、そしてその中の一人の女子高生がまた…そういう風に事件は推移してきた。警察としては社会現象的な側面すら心配しそうになるが、とりあえず核になっているらしい行方不明になって遺体で見つかる女子高生でカウントして、14件続いている、警察史上屈指の異常事件と言えた。しかもいちいちオカルトじみていて、宗教か精神病患者、薬物の関与が疑われる。
「とにかく、その女子高生」
「樫野暁海です。」
「樫野暁海を捜索するとともに、その近辺で変わったことがないか調べてくれ。
―″世界F"―
イージーモードにできるなら、してしまったほうがいい。
「訳ありでソースは明かせないんだけど、実は私たちはその呪いの真相を知っているの。
…あなたも察したと思うけど、呪いを行った人は皆死んでいる。そしてそれから呪った相手を殺しに行く…幽霊を検出することなんてできないから、一見ひとりでに死んだように見えるんだろうけど。そして、誰かを殺して消える恨みなんてないから、そのあと恨みを持て余し続けて幽霊は暴走し、その中にまた丑の刻参りをした人がいれば、役割はその人に受け継がれる。」
「じゃあやっぱり私は…」
「ええ。あの幽霊の本質はあくまで巻き添え、道連れ、そして感染。他に呪いを行った人がいてひとみさんがその人を殺さない限り、あなたは狙われ続けるわ。」
「そ、それじゃあ私はどうすれば…」
「…そのために私がいるのよ。それに材村くんも。」
ココアがメニューにないと言ってのびている彼をつつく。
「はい。」
-そんなに好き?片言になるほど?ココア。
「…あの、お二人は何なんですか?」
「…あなたの思うような関係ではないわ。まだ私のこと怖がってるみたいだし。」
それはキツイ性格なのは認めるけど。
「い、いや、そうではなくて、このコートもそうですけど、幽霊よりも訳が分からない存在に思えるんですけど…」
そうかしら…そうね。
「でも私も材村くんも、普通の人間よ?まあ、ただやり方を知っているかどうか、そういうことになるわ。それ以上は、材村くんに当てさせてるから、ネタバレになるから教えられない。」
「…わかりました。すみません。」
―″世界F"―
本来、物語は樫野暁海から始まる。だから明末さんは佐多ひとみには手を打てなかったのだろうし、僕らは今迷走しかけているーすでに死んでいるはずの人を生かして、どう生き残らせるか、そういうことになっているから。
僕らは襲撃に備えてできるだけ路地裏を歩きつつ、明末さんの目指す場所へ向かっていた。どうでもいいが、樫野暁海のホームズスタイルがとてもミスマッチだ。真相は明かしたのだし、別に探偵役はいらなくないか?
「…こんなの持ってて、大丈夫なんですか?」
樫野暁海が、コートの上から、スカートのあたりをさすっている。
「大丈夫、その拳銃、既存の入手ルートに一切関係ないから、落とさなければ絶対見つかりっこないわ。」
逆に落としたら警察が困惑するんじゃないのか?それ。
「でもサイレンサーは付けなかったから、発砲したら普通に気付かれるわね。」
ますます詰めが甘い…まあ言っても仕方ないか。「どうせ完全に消音できないなら、いっそ0のほうがすがすがしい」くらいの理由だろうし。
ピンポーン。
「すみませーん!」
やがて僕らは、住宅街の一軒家にたどり着いた。
ピンポーン!
「…あれ?」
「明末さん、ここは…」
表札に「佐多」と書かれている。とすると…
ドタドタ!
「だ、誰か助けてくれーっ!」
「材村くん!」
「はいっ!」
庭に回る。真昼間だというのにカーテンが閉め切られているが、その方が安全だ。
拳銃を取り出し、窓をたたき割る。
「大丈夫ですか!?」
全体的に淡い色合いをした女子高生が、あおむけに倒れたサラリーマンに、椅子を振り下ろそうとしていた。
「『想像は現実化しうる。私、そしてあなたたちの存在の観測こそ、その最たる証明』
-創始者A!」
明末さんの声ともに、空中に、青い六角形の光の枠が現出。斜めに見て初めて気づいたが、大きく「A」と、枠の内側に青い光で淡く描かれているようだ。
枠の中央に刺さるように、巨大な木の棒のようなものが顕現し、椅子を女子高生ごと突き飛ばして横へ転がっていく。
なんとなく意図は読めた。続いて現れた「D」と記された六角形の青い光とともに、機動隊が使うようなプラスチックの盾が現れたので、サラリーマンに持たせる。
「あ、あの、君たちは…」
「ひ、ひとみちゃんのお父さんですか!?」
「き、君は?」
樫野暁海がサラリーマンに駆け寄る。-これで標的が二人に増えて、向こうのやる気が増すってわかってるのか?せめて分散してほしかった…
淡い影がすくっと立ち上がり、制服姿の女子高生の姿をとる。
-やむをえないか。
拳銃を取り出そうとしたとき、寒気に襲われた。
拳銃にふれる手が、すかっと滑るー無くなった!?
「材村さん後ろ!」
樫野暁海の声が響くー後ろ!?さては例の無効化能力!
とりあえず後ろは明末さんがどうにかしてくれることを信じ、足を思い切り踏み込み体重をかけて前へと突進する。人を襲ったり首を絞めたりすることができるなら、こちらからの物理攻撃も...あれ?
影があったはずのところを抜けて、壁にぶつかるーすり抜けたのか!?
振り返り、見回すー3人の人間の姿しか、そこにはなかった。
―″世界F"―
佐多勇。幽霊化した佐多ひとみの父親であり、本来ならばすでに職場帰りに突き落とされて死んでいるはずの人物。それが、今僕らの前にいるサラリーマンだった。
「先に一度、妨害がどのくらい入るのか知りたくて来た時に助けたのよ。」
明末さんが教えてくれたところによると、つまりそういうことらしいーまだ狙われている以上、助けられたとは言い難いが。
「…もう気づいたと思うけど、アレは佐多さんの思うようなものじゃなく、人智を超えた幽霊の類よ。」
そう明末さんが告げると、佐多勇氏はうなだれた。きっと何かの間違いである可能性に賭けたく思っていたのだろうーそういう希望的観測がうまくいくことはめったにない。ひとみさんまで救うことは...
「明末さん」
「無理、タイムスリップとかは。」
…じゃあダメだ。
「…それで、詳しくは説明したくないんだけど、この幽霊騒ぎのせいで私たち帰るところがないの。佐多さん、泊めていただけないかしら?」
…そういう大事を頼む時ですら敬語を使わない姿勢、すごいと思うよ。
「…助けて、くれるのか?」
「もちろん。私はこの騒ぎを止めたい。あなたや暁海さんは殺されたくはない。ウィン―ウィンじゃない?」
詐欺師一歩手前のような口上だったけれど、佐多勇は首を縦に振った。
―*―
カバンを手に取り、念のためポケットに入れたケースを確認する。うん、全部入ってる。
こうして戻ってきたところで、時間短縮になったりはしない。ただ、あの世界があくまで物語の中であること前提の話は、内部ですべきではない。
…それにしても、あの力は一体何?
「材村くん、この前私が小花さんに髪の毛を触られたとき、読んでたのって確かにあれよね?」
「そうです。」
「…そう。」
私のスマホを差し戻した能力ー能力者?は、2つの世界に現れたことになる。そんなことはあり得ないとは言わないけど、でも、並大抵のことじゃないし、それにおそらくは私の想像に侵入されたことになるけど、自身物語世界の住人だとは知らないだろうに触れただけで私が全く知らなかった世界からやってくるだなんて、わけがわからない。
「すみません、明末さん」
「何?」
「…気を悪くしたら悪いんですが、明末さんの能力が無効化されているのは、内因性ってことはないですか?」
「…内因性?」
「明末さん自ら、気づかない間に無効化能力を使っている可能性です。」
「え?でも、そんな力持ってないわよ?」
「そのアルゴリズムとやらはたしか、あくまで簡易化しているに過ぎないんですよね?だったら、簡易化されていない力を無意識に使っているんじゃないですか?」
「…だとしても、どうして、私がわざわざ、自分の邪魔をしなきゃいけないの?」
「…明末さん自身が、納得していないから、とか…」
…そんな…ことは…
「…仮に最初そうだったとしても、今はそんなことないわ。それは間違って…」
いや、でも、まさか、そんな…
「材村くん、確認したいんだけど、本当は樫野暁海ってどうなるはずだったの?」
「…読んだんですよね?
…幽霊になった後、まず両親を殺します。その後もかなりの人間を殺し、呪いを爆発的に広めることになります。その中でフリージャーナリストと刑事が、それぞれ宗教団体の関与と殺人事件の捜査の観点から彼女にたどり着くけれど、結局彼女を止められず、気づけば周囲の人間を呪い殺され独りに、そして彼らも呪いとなり…で、おしまいです。」
…確か、どこまでも追ってくる笑い声とか、身近な人間が気づかない間に幽霊になり刺客として襲ってくるだとか、結構逃げ場がなかったはずー正面から戦えるから何とかなっているけど、それでも、向こうが本気なら...
「…呪いって、本当に存在すると思う?材村くん」
「少なくともあの物語では存在するんでしょう。でも僕らの世界では…」
…なるほど、そういうこと。
―″世界F"―
事件の捜査は、行き詰まりを見せそうになっていた。そんな中で、捜査員がSNS上に、とんでもない書き込みを発見した。
〈死んでほしい人を殺す方法~正しい丑の刻参り~〉
「ガイシャの多くが、女子高生の間で話題になっているこのSNSにあったリンクにアクセスしているようです。」
「…つってもそういうのが気になる年頃だろうし、それに本当に殺したい奴がいるなら、藁にも縋るんじゃねえの?」
「それが、数人、『これからやってみる』という意味の書き込みのを最後に遺体で見つかるまで、頻繁だった書き込みをしないんですよ。」
「…まさか、その丑の刻参りとやらをすると死ぬとかいうんじゃないだろうな?」
「いえ、現在、被害は23区内にとどまっています。人為的なものだとすれば、書き込み後最寄りの神社で待ち伏せしての犯行と考えるのが、まだしも妥当かと...」
「それでもかなり難しいだろう。だって23区内だけでいくつ神社がある?よほどの人数でないといけないし、露見しないのはいくら何でも…」
「…SNSの書き込みって、結構いろいろ特定できるんです。制服で自撮りしたり友達の写真を載せたりすれば学校がばれるし、近所の写真を載せ、出来事、天気なんて書き込めばほぼ地区まで特定されちゃうんです。」
「よほど暇ならば、事前に作成したリストに沿って夜待ち伏せすることも可能、か?」
「…そういうことになります。そしてさらに言えば、行方不明になった後周囲に出る最初の犠牲者、行方不明者が恨みを持つ人物、その名前も大抵載っているんです。」
ーまず、女子高生が行方不明になる。その後数日のうちに行方不明者が恨みを持つ人物が殺され、周囲の人物もまた次々不審死を遂げる。そして時には、行方不明者の遺体があり得ないようなところから見つかり、死亡推定時刻は犠牲者の中で最速と、犯人であることを否定される...
3番目の行方不明者の遺体の司法解剖後完全に迷走していた捜査に、一筋の光明が走った気がした。
「…早いところ、マスコミを満足させてやらないとな。」
―″世界F"―
深夜、書き込みのあった人物の住所を特定して、最寄りの神社へ捜査員とともに向かった。
不安そうに辺りを見回しながら、女性とみられる影が、神社の神木へ近づいていく。
「周囲に不審人物は?」
「いません。」
「よし、警戒を続けろ。」
間違いなく犯人は凶悪犯。もし俺の予想通りに計画的な連続殺人であるならば、その犠牲者数はギネス記録を更新する。「深夜の神社で銃声を聞いた」という通報と銀の弾丸の存在も考え合わせれば、狙撃までも含めたあらゆる可能性を…
「警部、始まりました。」
神木に藁人形をあてがい、何かー釘だろうーを手であてて、もう一方の手で殴る。
「痛そうですね…」
「それだけの事情があるのだろう。」
「…警部、裏手の捜査員から、男1人女2人が神社に入ろうとしているとの連絡が!」
「…職質しろ。こんな時間に人気のない神社に集まろうだなんて」
手をなでさするような動作を見せながら、丑の刻参りをする女性が振り返ろうとしている。
…無事、終わるのか?
その時、女性が、首に手を伸ばした。かきむしるような動作、まるでそう、首を絞められているような…誰かいる!?
「照射!捜査員に」
「材村くん!かまわず撃って!」
社殿の下に隠したサーチライトが神木と女性を眩く照らし出した瞬間、若い女の声とともに、日本では聞いてはならない音が響いた。
タカタカタカタカタカタカタカタカ!
深夜の住宅街にふさわしくない、ニュースの向こうで聞く音ー機関銃の銃声!?
「っく、捜査員一同!どうなってる!?」
「裏手からです!突然女の一人が機関銃を持ち出して!」
「くっ!」
「警部!?」
射線を横切る可能性を承知で、女性を保護する必要がー
-あれ?
女性は、神木の根元で倒れている。しかし、首を絞めたほうーまぶしすぎるせいか人影にしか見えない人物は、のけぞったりはしても、機関銃の銃声の中慌てたりするそぶりがない。
ーいやそもそも、人間にしてはなんかおかしい…
銃声が止むとともに、空中に何の前触れもなく青い六角形が光り、お札のような紙切れが上から人影へ降る。
そして人影が、はじめて、うろたえるそぶりを見せた。
捜査員の叫び声が、裏手のほうからひっきりなしに聞こえる。
そして、銃声が再び響き、サーチライトの光の中に、3人目の人物ーブレザーの少女ーが躍り込んだ。
「そこの君!止まりなさい!」
「銃を捨てろ!」
捜査員の怒号も気にかける様子すら見せず、少女は拳銃と思しき物体を人影に突き付ける。
-ダメだ、撃っては!
そう思った時、少女の手の中にある物が、消失した。
…え
「…また?まあ、予想はしてはいたけどっ!」
少女が飛びのき、人影が少女にとびかかる。
「材村くん、私は構わないから撃ちなさい!取り逃がすわよ!」
タカタカタカタカ!
少女が再度飛びのきしりもちをつくと同時に、機関銃の射撃音が響いた。
人影が、薄れるように消えていく。
「…なるほどね。
で、あなたたち、警察かしら?お引き取り願えない?」
スカートの尻を軽くはたきながらも、少女はそう言った。
―″世界F"―
「…特に鶴見刑事、あなたはこれ以上この事件にかかわらない方がいい。」
「何を言っているんだ君。」
「…そうねいきなり乱入されて発砲されたら容疑者だって言ってるようなものだものね。でも、情報量が違い過ぎる。例えばどうして私がこんなものを使ったのかすら、あなたは把握できていない。」
目の前に青い六角形型の枠と「D」という青い文字が光り、その中央に銀の弾丸がどこからともなく出てきて、ポテッと落ちた。
「…君は、何を知っていると言うんだ。」
「この事件が、警察の職務の範囲外にあるってこと。まさか幽霊を逮捕するつもり?」
「幽霊、だと?馬鹿なことを」
「なら言わせてもらうけど、この女性を襲ったのが、普通の人物だと主張するの?最初から最後までおかしかったわよね?
ここで無為無策に時間をつぶしているなら、『丑の刻参り』についてのネット記事を削除することを勧めるわ。」
ほんとまあ、臆さないよなあ、そう思ったが、そもそも明末さんが本質的に人間嫌いだったことを考えれば別に驚くことでもなさそうだった。
「そうはいかん。何より拳銃や機関銃の所持は」
「そういうことは聞いてないわ。私はあくまでこの事件を解決しに来たの。あなたたちと揉めに来たわけじゃないし。」
といっても、普通に考えてスルーされるわけがない。なにせ住宅街のただなかで機関銃はやりすぎた。ほうぼうに明かりがつき始めてるし。
さて、どう収拾付けるんだ?
「…収拾付けて、材村くん。」
「…怒りますよ。」
驚きの無責任ぶりに、さすがにキレそうになった。
―″世界F"―
みんな困惑してたみたいだけど、結局私たちは警察署に「あくまで情報提供として」行くことになりました。
それで今は、他の人たちが遠ざけられた場所で、明末さんと材村さん、私、そして鶴見という警部の4人で、事情を説明しあうことになっています。
「…それでまず、私たちのことから話しておかなければならないわね。
まずそちらのホームズみたいな恰好の女子が、樫野暁海。そっちでは重要参考人くらいにはなってるのかしら?」
「…生きていたのか。」
「ええ。まあ、守り切れるか五分五分というところだけど。
それで私は明末良音。こっちが材村海斗君。偽名じゃないけど、戸籍をいくら探しても多分見つからないから念のため。」
「…どういうことだ?外国人か?」
「ううん、外は外でも外国じゃなくて異世界よ。」
「異世界?何を…」
明末さんが、目をつぶりました。机の上に青い六角形の光が現れ、そこから4つの湯気が立つティーカップが顕れます。…もう慣れましたけど、どうなっているんでしょうアレ。
「あ、おいしい…」
「明末さん、次からはココアにしてください。」
「善処するわ。…あら、樫野さん、好みが合うのね。
…それはそうと、これを見ても、何か文句があるの?」
「…ない。いただこう。
ってあまっ!」
「うるさいわね!材村くん、樫野さん、甘いほうが紅茶はいいわよね!」
「…紅茶が嫌いです。」
「…いいと思いますよ?私は好きです。」
明末さんが、目をウルウルさせて私を見てきます…あれ?緊張感は?
「…で、話はどこ行ったんだ?真相とか話してくれるって言ってたじゃないか。」
渋いおじさんって感じの刑事さんは、ため息をついたままに腕を組んで問いかけてきました。
「…私は、異世界から、この世界で起きる惨劇を止めるために来たのよ。」
「惨劇?これが?この事件がか?確かに大事件ではあるが…」
「いえ、あなたが思うような刑事事件であれば、100人200人死んだところでアメリカ大統領とかに比べて殺してない方だと言い切れるんだけど...」
…なんてブラックな言い方…
「だけどこれは『呪い』が絡みしかもSNSで拡散する…早い話、今の段階で止められなければ、女子高生とその周辺に限らず、人類滅亡コースまっしぐらなのよ。」
「は?」
それから改めて、明末さんは私がかかろうとしていた「呪い」について説明しました。
・「呪い」は、「本当の丑の刻参り」を行いたくなることで発生する。
・「本当の丑の刻参り」は、恨みを一番抱く人間を殺すために藁人形を素手で適当な神社の木に打ち付けることで、呼び出された「すでに『呪い』によって幽霊となった人間」によって殺され幽霊となることで完全となる。
・幽霊は、最初に藁人形の相手を殺害して相打ちとし、その後いつまでも人を恨みのまま殺し続けることになる。解呪することはできない。
・「本当の丑の刻参り」に関するネット記事やSNSの書き込みこそが、「呪い」を感染させる媒体である。
・呪われた書き込み、とりわけもっとも恨みがこもっている「本当の丑の刻参り」実行の書き込みが恨みを増幅させ、強く「本当の丑の刻参り」をさせようとさせる。
「幽霊がのんびりしているから助かっているだけで。
噂が拡散されるとともに、恨みが『呪い』に蓄積し、その力は指数関数的に増大していく。
誰もまったく恨んでいない人間なんていない。だから、この『呪い』の効果は、やがて誰にも防げなくなってすべてを崩壊させていく。
…あなたが下手に関われば、いずれあなたもまた、家族知人同僚その他の幽霊に追われることになるわ。そして樫野さん、「丑の刻参り」をした以上貴女は佐多ひとみの幽霊の標的で、しかも貴女は家族以外に呪う先がないから無差別殺人が始まるわよ。」
…え、そんな危険な事態に…ごめんなさい。
「それだけじゃなくて…あっ!
…材村くん、おかしいわよね?」
「何がですか?」
「今までの拡散速度はせいぜい十数人。それが、ディストピアに至る崩壊になるには、いくらなんでも…」
「言われてみれば、そうですね。
どこかで、恨みの蓄積量のブレイクスルーが…?」
「…樫野暁海ね。私と似た者同士のメンタルだから。」
え、私…?
「…そうだとして、無効化能力のほうは?」
「…もうつながりは見えたわ。落としどころはわからないけど。」
だんだん、何が何だかわからなくなってきました。
「…そうならないにはどうすればいい?」
「解1、樫野暁海を全力で守る。
解2、佐多ひとみに先回りして、樫野暁海を殺す。
私は1しかするつもりはないわ。」
…あっさり、なんて選択肢を持ち出してくるのでしょうか…
「なぜ銀の弾丸や伊勢のお札が効いたのかもいまいちわからないけど、ひとまず、私が切り札を手に入れるまではそうするしかないわ。釣り餌なしで魚を釣れると思っているほど脳内お花畑じゃないから。」
「切り札?それは一体…」
「もう一つ、私に限った懸案があるの。無効化能力ー私の力を打ち消す、幽霊的な存在がいそうなのよ。」
明末さんはまた青い六角形から何か出しながら、嫌そうな顔で言いました。
「何とかその無効化の力をものにして、『呪い』を打ち消す。これが今考えている一番の落としどころね。」
「…さらっとすごいことを。明末さんそんなことまでできます?」
「私がまともに使える分でも、この世界の人々が使える分でも、呪いを本当に取り除ける方法なんてないわ。だから解決策はこれだけ。」
そんな「私が弱いばかりに」とでも言わんばかりに言われても…
「それで、実際にはどうするんだ?」
「それは教えられないわ。教えたら刑事さんは確実に反対する。それと刑事さん、効くかわからないけど…」
再び明末さんは目を閉じて、青い六角形から今度は拳銃を創り出しました。
「これには銀の弾丸が入っている。一応渡しておくわ。」
―″世界F"―
どうも、まじめに交渉したのか怪しい交渉の仕方ではあった。それでも協力を取り付けてしまったのは何というか圧倒ではある。
明末さんは具体的にどうするつもりなのか?いつも自信に満ちていそうだけれど、ますます自信をあふれさせている様子。でも、幽霊相手にどこまでやれるのだろう?
わからないことだらけだけど、でも、止め時の見極めだけは見誤らないようにしなきゃならない。
明末さんは鶴見刑事を連れてどこかへ消えた。…何も僕に隠すことはないと思う。少しはかかわらせてくれたっていいじゃないか。
「私、どうなるんでしょうか…」
樫野暁海が、不安に声音を揺らしながら聞いてきた。
「…さあ、でも、悪いことにはしないよ。」
「…そう、ですか…
…あの、とっても失礼なこと聞いても、いいですか?」
「何?」
この手の出だしを持つ質問は、たいていやたら重大だったりする。僕は、身構えた。
「…どうして、私を、助けてくれるんですか?」
「…えっ?」
「…私、グズだし、別に助けてもらう価値があるわけじゃないと思うんです…ただのいじめられっ子じゃないですか…」
何を…むしろそうだからこそ、助けているんじゃないか?
「…それに、明末さん、失礼な話ですけど…
…私には、普通のいい人には、思えないんです。」
…あー。そりゃそうだ。
「その感性は間違ってない。でも、それでも僕らは、樫野さんと樫野さんにつながる人たちを救いたいと思った。それで、ダメですか?
明末さんが黒いのはその通りですが…この前なぜ考えを変えたのかもわからないままですが…それでも、明末さんは明末さんなりに、自分の正義、というか美学みたいなものがあるんだと思います。だから…
…僕らを、信じてください。」
「何下手な詐欺師みたいなこと言ってるの?」
「「明末さん!?」」
グギギ、と、音が鳴りそうな感じで振り向く。
-明末さんが、なぜか横を向きながら、ティーカップをすすっていた。
―″世界F"―
「鶴見刑事!そんなんじゃ話にならないわ!」
「そ、そんなこと言われても…」
「小学生のお遊戯じゃないの!やるからには全力でやらないと、お互いトラウマで終わるわよ!」
「そもそも意味があるのか?ほかに方法は…」
「ない!異世界人だって基本は同じホモ・サピエンスなのよ!これくらいは意地見せなさい!大人でしょ!」
「…わかった。こうか…?」
「違う!もっと力を抜いて!」
「…こう?」
「…表情が怖い!緊張しすぎ!」
「…無茶を言わないでくれ…女子高生の反応なんて知らないんだ…」
―″世界F"―
深夜の神社。
神木の前で、私は深呼吸を繰り返していました。
後ろには鶴見刑事、社殿には明末さんと材村さん。ポケットには明末さんがくれた拳銃とお札-それでも、不安は尽きません。
あっさり囮にされたことはともかく、私はちゃんと守ってもらえるのか、そしてそのあと、私はどうなってしまうのか。
いつまでもひとみちゃんのお父さんに頼ってもいられないけど、もう、一度離れてしまうと、家に戻りたくはなれません。もう、あんな所には。
-それとも、明末さんが言っていたように、いっそ幽霊になってしまったほうが、いいのでしょうか。
もう、怖い義父もいない、誰にいじめられることもない…
いや、そんな、あきらめてはいけないのです。
なぜ…?
どうして、あきらめてはいけないのでしょう…
「来た…!」
刑事の声が響きます。
慌てて顔を上げると、フラフラ振り子のように揺れながら、こっちに近寄ってくる人影。
「照射!」
社殿の材村さんが叫ぶとともに、暗闇に光がさして、人影がくっきり照らし出されます。
人影が、顔をあげました。
真っ白に染まっていても、顔を見間違えることなんてできない。
…私の唯一にして最大の友達。もう、味方じゃなくなってしまった人。
-ひとみちゃん…
「こらっ!…マジか、おい…うっ…」
うめき声のような叫びを発して、鶴見刑事が倒れた気配がしました。
「つ、鶴見刑事!?」
「そんな!早すぎるわ!しかたがない…突っ込むわよ!」
「明末さん!」
パッと、いくつかの叫び声ののち、明かりが消えます。
ほぼ真っ暗になった中で、頭の後ろに、固いものが当たりました。
前からはひとみちゃんが迫ってきます。
「け、刑事さん…?」
振り向いて、私は震えあがりました。だって、鶴見刑事はー
ー青い顔で、私に拳銃を向けていたのですから。
足は左右にふらつき、まるでそう、ゾンビのようで。
前からは、ひとみちゃんが、私に向けて手を伸ばしてきます。
私は、拳銃を持つ右手を上げました。
後ろの刑事さんの拳銃をどうにかできれば、どうにかなるかもしれない…
できるの?
引き金に手をかけます。
刑事さんの拳銃を撃ち飛ばせば、あるいは…
「ねえ、あけみちゃん、なにしてるの…?」
ひとみちゃん!?
「そんなの、むだだよ…だってありえないもん…」
「え…?」
ー「『全てが悲劇的な非常識に規定されるなら、全ては虚構であれかし』ー偽者F」ー
私の右手は、何もつかんでいませんでした。
「ほら、わたしたちをさ…だれかがすくってくれるなんてさ…
ありえないんだよ…」
「で、でも…」
「そいつに耳を貸すな!後ろは僕が何とかする!」
材村さんの力強い叫びとともに、真後ろで、ドタドタという音がします。
「…あけみちゃん、こんなやつらさ…
だって、おとこだよ?おとなだよ?おないどしのおんなのこだよ…?
あけみちゃんはこいつらに、なにをされたの…?
わたし、こいつらに、なにをされてたんだっけ?
わたし、もう、なにもかもいや、だよ…」
ひとみちゃんのささやきが、脳にしみわたっていきます。
「ね?いっしょに、しんでよ…らくになろう?
…それで、ふくしゅう、しようよ…
…ぜんぶ、ぶちこわしちゃおうよ…みんな…なにもかも…」
…それも、いいかもしれない…
「あけみちゃんは、つらいままのほうが、いい?」
決して、そんなわけ…
「ずっとつらいまま、なんて…
だから、さ…」
ひとみちゃんの腕が、首に届きます。
冷たい手が、私の首をゆっくりと絞めて…
「樫野さん!あきらめないでください!きっとまだ未来は明る…うわっ!くそっ!」
視界に飛び込んできたのは、鶴見刑事に組み伏せられながらも銃口を必死に押しのけ、ひとみちゃんに拳銃を向けようとする、材村さんの姿でした。
「ちっ…」
あ、だんだん、苦しく…
タアン!
細い一筋の光が、ひとみちゃんのからだをよぎります。
「…わたしは、そんなことでは、どうにもならない。
…らんぼうするこなんて、こうだよ…」
ー「『全てが悲劇的な非常識に規定されるなら、全ては虚構であれかし』ー偽者F」ー
材村さんの手から拳銃がパッと消失して…
…あ、視界が暗く…
…もう、これで、死んでも、いいか…
材村さんに突き付けられた鶴見刑事の拳銃の引き金が…
こんなのって…
-きっとまだ、未来は明るい…
「こんなのって、ないよ…」
ひとみちゃんをなくし、材村さんをなくし…
「あけみちゃん…?」
それも、こんなわけのわからないことで…
「こんなのって、ないよ!」
-こんな、こんなの!認めない!
ー”世界F"―
「こんなのって、ないよ…」
「あけみちゃん…?」
「こんなのって、ないよ!」
樫野暁海がそう叫んだとたんに、佐多ひとみの幽霊が、突き飛ばされた。
瞬間、わかっていてなお、私自身の目を疑った。
佐多ひとみが後ろに倒れ、ドタッという音とともに、黒いもやのようなものが佐多ひとみから沸き上がったのだから。
「…うう…あれ?」
「ひ、ひとみちゃん?」
何はともあれ、しかり目に焼き付けた。問題はない。
「『あらゆる力は解釈の相違。ならば汝全てを捉え直せ』ー複製者C!」
-こうして、「無効化能力」は成り立っていたのね。簡単なことだわ。
-誰でも心の奥底に多少は眠っている「恨み」を掘り起こして、永遠に人殺しをする幽霊にする「呪い」。その、曝露者である「本当の丑の刻参り」ページ閲覧者に働きかける影響力は、「呪い」に蓄積した「恨み」の総量に依存するらしい。
-では、どうして、本来至るはずの結末で、無数の人々を「呪い」が呑み込み、ディストピアに至らしめたのか?
-ホラーだからと理屈を放棄する必要はない。
-単純に、樫野暁海がそれだけ強かったということ。
-無意識を凌駕するくらいに?
-否。極限状態で無意識が同調するくらいに。
ーそれはつまり、それだけ、樫野暁海が、世の中のすべてを恨み、否定したがっていたということで。
ーそして、その「否定」の力は、無意識を凌駕して表出していた。
「弟子に取りたいくらいだわ。
…それで、あなたは、『呪い』の元祖、かしら?」
ー作中で、「呪い」がどこから始まったのか、語られてはいない。だけど、呪いにかかる丑の刻参りの実行者がいつも「この辛い現実を、アイツを『消す』ことで変えたい」と思ってわら人形を刺し自らその誰かを消す存在になることからすれば、出どころは想像がつく。
-それは誰かの願い。自分が消えてでも、誰かを消したいという願い。それはやがて、誰かを消すために自分も消えなくてはならないという呪いへと昇華した。
そしてさらに、目的を達成し行き場を失った恨みは、しかしあまりにも恨みが強いことによって成仏することなく、現世への恨みへ転化され、すべてを滅ぼさんとし始める…
現世への恨み。
現世の否定。
-それは、「あってはならないこと」を拒絶し、消す力。
-そしてまた、虐待・いじめに苦しんだ樫野暁海も、そこへとたどりつきつつあった―私と同じように。
ーだから、樫野暁海にかかった「呪い」は強くなり、進化し、広まった。
ー素質があっただけだ。妄想の?
「こんなにつらいならすべて消えてしまえばいい、そう思ったあなたたちの、あなたたちの心の、揺るぎがたい現実との妥協点。
わけの分からないモノを否定する力。やがて、わけをわかりたくもない人間への、呪いへ。
この力、確かにいただいたわ。」
黒いもやは、人間のカタチになっては、崩れていく。見ているだけで、「アイツを消したい」という無数の思いが、伝わってくる。「あんなやつ、いてはならない」という声が、聞こえてくる。
ー「悪いけど、私も同意なのよ。あなたのような非常識存在が災いをもたらすのはロクなことにならないもの。
というより、私に歯向かった時点でギルティよ。
貴方もまた人から生み出された存在にもかかわらず、おめおめと、自らのことを棚に上げてそれ以外のすべてに罪を擦り付け消そうだなんて我田引水、赦した覚えはないわ。
…消えなさい。
『全てが悲劇的な非常識に規定されるなら、全ては虚構であれかし』ー偽者F!」
目をつぶる。
もやともやの中の力が、なくなるように。偽者であるように。
-こんなの、認めない!
ー「『全てが悲劇的な非常識に規定されるなら、全ては虚構であれかし』ー偽者F」ー
拒絶される感覚。
-私の想いが、世界への恨みが、そんな呪いに負けるわけ、ない!
瞬間、私は、例えようもない不快感を味わわされ、目を開いた。
―*―
「っ!」
「あ、明末さん…」
「ど、どうなったの?」
「もやみたいなものなら、消えていきましたよ。
…何がどうなったんです?」
「確認のために、もう一回行くべきね。まあこれで終わったと思うけど。」
私はBでスキルチェッカーを持ち出し、開いて指を回して確認してみた。
〈明末良音ーヨシネ・アケマツ(17):学生
天性:「創始者A」
技能:「連行者B」「複製者C」「設計者D」「冒険者E」「偽者F」
体力:3/100
知力:100/100
魔力∅/100
所持金:13184556〉
…他のチェッカーとのリンクは切れてるはずだから、前のデータを保存しているのかしら?しかし魔力なんかあるはずもない世界で正常に動いているのは不気味ですらあるわね...
「ひとまず、無効化能力は手に入れた。これで、もしだめでも再戦で勝てるわね。」
「…結局、無効化能力って、何だったんですか?」
「…ほら、辛くてたまらなくて、現実逃避することってあるでしょ?」
「…ありますね。」
「そのうち、つらいこと、許しがたいこと、悲劇的なこと、そっちを否定したくなるでしょ?」
「…はあ。」
「そういうことを偽者の現実だと断定して、実際消してしまう能力、呪い、自分にとってあり得ない逸脱してしまった事態を消し去るアルゴリズム、それが無効化能力であり、呪いで人を殺すことであり、樫野暁海が無意識に開花させいずれ呪いを拡散させる仕組みになったはずのものよ。」
「…え、え?」
「だから言ったじゃない。よほどでないと使えないでしょうけど、私の力は人類には汎的にあるのよ。
おそらく、超能力、魔法、そう言われるもの、果てはUFOの目撃例、超常現象など、すべて、根底にはこの力が分化した上で関わっているわ。だからやり方を集めれば、もっと、なんでもできるようになる。今回みたいに。」
「…それは、こうやって、能力を、集めていくってことですか?」
「ええ。それでー
-完璧でないなら、いっそ完璧にすればいいじゃない!世界を!」
「…明末さん…
今の僕には、何が何だかわかりません。でも、協力させてもらっていいですか?」
「むしろ、私が材村くんに協力するのよ?
さあ、まずは戻りましょう。」
私は材村くんの手を握った。心なしか、わくわくしながら。
「…そうしたいのはやまやまなんですけど…」
材村くんが、苦笑いしながら、ドアを指さす。
…のぞく人影。
ガラガラピシャ!
「明末さん…へ~。
海斗、明末さん、遠足、私の班に、一緒に入れてあげるね!」
「…い、いやその…」
まずい、勘違いされた気がするわ…
「じゃあね!ってあれ?水筒ここだと思ったのになあ~!買いに行こ!」
ガラガラピシャ!
「…ほんとごめんなさい。」
「いえ、私も悪かったわ…」
逃避したいことではあっても、日常でありえないことでなければ、自ら偽者の現実と断定できることでなければ、無効化できないのよね…
―″世界F"―
何が起きたのか、私ごときの頭ではよくわかりませんでした。
ひとみちゃんから飛び出したもやが、青い光に包まれ、ばらばらの粒子になって消えていきます。
ひとみちゃんが、頭をさすりながら、立ち上がりました。
「…あれ?暁海?こんなところで何してるの?
…さてはそっちのおじさん…援交だなーっ!」
え...
「…え?」
振り返ると、あっけにとられた顔で、鶴見刑事が一人座り込んでいました。
「君は、佐多ひとみ君か…?」
「…そ、そうだけど…」
「…幽霊?」
「いや、生きてますけど!?ってかおじさんこそ誰!?」
ひとみちゃんが、私の良く知っているひとみちゃんが、鶴見刑事を指さして叫びます。
…え、どういうこと?
「…なるほど、そうなったのね。」
明末さんが、いつの間にか復活した投光器の光をバックに さっきの雰囲気からは想像もつかないほど穏やかに言います。
「後で説明するわ。そっちのみんなにも。」
「え?」
光の先、ひとみちゃんの向こうで、十人くらいの女の子が、倒れていました。
―″世界F"―
「えっと、こっちの材村くんもわからなかったから、簡単に説明するわね。
つまり『呪い』は、みんなが『こんなことあってたまるか、普通の日常であるはずなのに、こんなにつらいなんてありえない。偽者は消してやる』っていう思いから、実際消しちゃえるようになる力なの。
『無効化能力』も、そう。『こんなわけのわからない力に困らされるなんてありえない。偽者だ、消してやる』っていう力ね。呪いと一緒みたいなものだから、幽霊にも使えたし、本来は呪いを多数に拡散するよう進化させるまでに素質があったあなたにも使えた。」
まあ、作中であまり樫野暁海以前が語られず、物語が「刑事とジャーナリストが交錯しながらともに事件を追う中で樫野暁海の幽霊に追い詰められていく」推移だっただけに、そのテイストの中で呪いのシステムが変化していることにはなかなか気づけなかったけど。
「じゃあ、私、もしかして、お二人の邪魔を…?」
「…まあ、誰が使ったのか区別できないからわからないけど、そういうことはあったかもね。でも、『呪い』『幽霊』なんてものより、その様子が観測しやすかったから、私としては人間で使える人がいて、助かったわ。」
いきなり同じ力の打ち合いで、一回目の私が相打ちに持っていけるほどにはしっかりと。まあこれ以上は慣れね。
「それに私も、鶴見刑事に操られてる演技させて追い詰めたし、それに気づかない間に、無意識に同じようなことをしてたようだし、ね...」
きっと、急な宗旨替えに、頭がついていかなかったのだと思う。無意識に自分の行為をありえないことと否定して、偽者の現実を否定したということなのだと思う。
「…材村くん、この前は、だいなしにして、ごめんなさい…」
「いや、あの人たちがそれでいいって言ってたんだし、いいと思いますよ?あいかわらずわけが分かりませんけど。」
「...そろそろわかってくるわよ。」
「あの、それで、呪われていた人たちが生き返ったのは?」
「…私が、呪いを、ありえない偽者の現実だって否定したから、呪われていた人たちが解放されたのね。成仏するならともかく、まさか生き返るとなると意味が分からないけど。」
…天国も地獄もあるのか、それとももっと別の理由か、すべて私のせいか。まあ、ハッピーエンドなのだと思う。
「鶴見刑事が何とかしてくれるそうだから、適当に頼りなさい。それでもだめなら、そうね…」
「あの、いっそ、お二人と一緒に、いさせてはもらえませんか?どうせ施設くらいしかないですし…」
…そう言えば、異世界人だなんてごまかしたわ…リソースを馬鹿食いしそう…いえ、できるのかしら?でも…
…やめておきましょう。そんなの無意味だし社会的に困難よ。ボロを出せば無数の修正が追い付かなくなるし、それ以前に、強大な潜在力を持つ樫野暁海に「貴女の世界は小説世界よ」と突き付けることは攪乱要因にしかならない。
「明末さん…無理ですよね?」
「日常生活を送るにはね。戸籍や住民票をごまかせないとは言わないけど、いきなり人間一人どこからともなく生活させられるようなファンタジーしてないわ。
でも…会いたくなったら、呼ぶし、行くわ。それで、いい?」
「はい!」
「それと、佐多さんたちにも、伝えておいて。
もう、呪いのことは忘れて、二度とやらないように。」
「はい!」
「絶対よ?
…万が一だとは思うけど、でも、今回の『呪い』の出どころはSNS上の記事だし、もしかしたら…
ううん、もしかしなくても、そうね。
ー想像は、現実化しうるのだから。」
今回獲得したアルゴリズム
偽者false 略称F アルゴリズム「全てが悲劇的な非常識に規定されるなら、全ては虚構であれかし」 効果:理不尽で不条理な現実を消したいという、「あってはならないことの否定・拒絶」により、異能・異常を削除し正常化する。