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「冒険者E」

その物語は、世界を冒険する物語。


明末良音は、世界を諦めていた。


深入りしてしまった同級生、材村海斗は、深淵を垣間見る。


魔法が満ちる洞窟の星の下で。


今、第二幕が上がる。

                    ―*―

 物心ついた時の最初の記憶は、なんだったかしら?

 -でも、物心ついて、最初に言われた言葉は「感受性の高いだね」だった。

 3歳の時、私は、絵本を読んでいた。主人公が最後に幸せになる様に、無邪気に喜んだ。

 4歳の時、私は、お姫様を救う王子様に、あこがれた。私たち一人ひとりにも王子様がいたらと思った。

 5歳の時、私は、ドラマを始めて見た。あさましい人間の姿に、吐きそうになった。

 6歳の時、私は、異国の紛争のニュースを見た。「そこにもひーろーがいたらいいのに」と思った。

 7歳の時、私は、アニメを見ていた。決してくじけない主人公に、感動した。

 8歳の時、私は、「どうして、私たちの世界は、物語みたいに幸せになれないの?」と聞いた。大人たちは鼻で笑った。

 9歳の時、私は、いじめられっ子を助けようと思った。彼女は、幸せにはなれなかった。

 10歳の時、私は、世界に疑念を抱いた。リアルはうまくいかないと思い知った。

 11歳の時、私は、理不尽にうんざりしてきた。正義なんてない世の中、毎日のニュース、誰もが幸せになる方法はない...私に、破壊衝動が芽生えた。 

 12歳の時、私は、死刑にならないどうしようもないクズな凶悪犯のニュースを見て、そのみじめな死を想像した。翌日、その通りの死にざまが報道された。

 13歳の時、私は、世界の仕組みを調べ始めた。理不尽の生まれたわけを、物理法則に、神に、その他雑多なものに求めた。

 14歳の時、私は、どうしようもない悲劇的な物語を読んで、救うことを願った。夢の中で救ったけれど、次の夢で、私が救った人たちは更なる悲劇を起こした。

 15歳の時、私はついに、世界の真実に行きついた。もう、理不尽なすべてに、未練はなかった。

 16歳の時、私は、全ての理論を完成させた。誰も幸せに生きつけないすべての世界を、いっそ0にすることを望んだ。

 17歳の時、私は、始めた。

 -誰もが幸せな幻想の世界を、絶望に叩き落して現実を突きつける。

 -幸せになれない人がいる世界は、100%でない世界は、この世界も、あれらの世界も、いっそ0であったほうがすがすがしい。

 だから私は、全くの善ではない者たちによる偽りのハッピーエンドを踏みつぶし。

 だから私は、過去での無限の罪と犠牲をを無かったことにしようとする試みを妨害し。

 だから私は、世界の平和を更なる暴力で成し遂げようという冒涜を阻止ー

 -出来なかった。

 「材村、海斗...」

 貴方は一体、何を考えているの?あなたは一体、何で、何を感じているの?


                    ―*―

 物心ついた時には、本を読み、アニメを見ていた。

 ずっと、時々、フィクションに触れて、思ってきたこと。

 -このキャラ、救われたっていいだろうに。

 -このヒロイン、かわいそうに。

 -何も、死ななくたって、いいじゃないか。

 現実、一年に死ぬ人間の数は約5500万人。そのうち、家族に看取られて、幸せな人生だったと胸を張って言える死者は、一パーセントに満たない。紛争、飢餓、災害、病気、拷問、処刑etcetc...

 -世界は、理不尽であふれかえっている。決して、完璧(100)になどならない。

 -だったらせめて、架空の世界の限られた登場人物ぐらい、何でハッピーエンドで終わらせてやらないんだよ。やれないんだよ。

 だから、あの世界で僕は、初めて、他人を救った。

 -だったら、それがどんなに矛盾していても、冒涜的であってすら、せめて、全てを救うことができないつらい現実にならない可能性がある世界を、救っても、いいじゃないか。

 -だから…

 「明末良音さん(ブラックローズ)、0になんかしない。完璧に、してみせる!」


                    ―″世界E"ー

 その世界は、2つの層からなっている。

 外側の皮のような大地、そして内側の、洞窟というには余りにもな、地底世界。

 宇宙ものに詳しい者ならば、こうした地底世界に、さまざま誕生の理由を説明して見せようとするだろう。ただ、実際のところ、おそらくそのどれとも異なっている。なぜならこの世界は、魔法が大手を振るファンタジーワールドだからだ。

 昔、魔力はすべて、「魔石」あるいは「魔力結晶」と呼ばれるものにたまっていた。人々は魔物が体内合成する魔石や自然鉱物である魔力結晶を活用していた。しかしある日、一人の経済学者が、魔石・魔力結晶の発生は人々の間での資源をめぐる争いを引き起こして戦争させるための人為的、いや神意的いたずらだったと気づく。

 彼は神々と戦い、何度も絶望を味わい、戦争を眺めて遊ぶ神々を超え、そして、魔石・魔力結晶を発生させていたすべての神々を消滅させた。その時から、すべての魔力は空間魔力として供給され、従来魔石が大量に埋まっていた地底が、巨大な空洞となったのである。

 それから、すべてが忘れ去られるほどの時を経て。

 経済学者と彼の恋人・友人たちが消せなかった魔力結晶-それは最後に残された神の力であるがゆえに、すべての願いをかなえる―を捜すため、多くの冒険者が、地上世界を支えるダンジョンを行く…

 「…ふーん、実際、こんなものなのね。それじゃここを、決戦の場所にしましょうか。」

 -明末良音は、気づかなかった。背後に立つ、影に。

 ー「『全てが悲劇的な非常識に規定されるなら、全ては虚構であれかし』ー偽者(False)」-

 声に、気づく者はいない。


                    ―*―

 本が揺れたことで、僕は、明末さんが隣に立っていたのに気づき、読んでいた本を閉じた。

 「やっと気づいたの?」

 「…いや、夢中になってたもので。」

 「…そう。」

 「え、海斗、良音さんと知り合いだったの!?」

 小花が、ぴょんと飛び上がってお団子ヘアーを弾ませながら、明末さんを観察している。

 「う~ん、きれいな髪の毛~!どうなってるの~」

 「…向野小花さん、触らないでくれる?」

 「え~こんなサラサラなのに~?」

 「…ごめん、こういう幼なじみだから。」

 明末さん(ブラックローズ)の不興を買ってもいいことはないので、謝っておく。

 「…子供なの?」

 「むっ!二人とも仲よさそうに、ひどい!」

 「…だったらせめて了解をとってくれない?」

 「うん、触るね?」

 「ダメよ。」

 了解出さないんかい!

 「え~何で!触れない髪の毛なんて、無いのと一緒だよ!」

 ー明末さんの眉が、ピクリ、と動いた。

 「そうね触っていいわ。サラサラでしょう。」

 なんだこの変わり身の早さは…?

 「で何読んでるの?」

 了解をとろうとするそぶりもなく、明末さんは僕の手から本を取り上げた。

 「…ふーん、推理小説?いいチョイスね。」

 手帳にタイトルをメモしながら、明末さんは切れ目を光らせた。...いや、この前の『ゲーム』もう一回はいいけど、この小説けっこう死体の山だから、これだけはやめてほしいな…

 -結局、アレは何だったのか。白昼夢の類と結論付けるのも早計過ぎるし、うかつに解明するとトンデモ結論を見せられる気もして、ついつい考えるのを避けてしまうし。

 「それはそうとこれ読んだことある?」

 明末さんが渡してきたのは、地底世界の冒険を描いたファンタジーノベルだった。

 「へ~明末さんこういうのも読むんだ。」

 「むしろこういうフィクションしか読まないわ。現実ノンフィクションは嫌いよ。」

 予想外に憎しみのこもった言い方に、僕は驚いた。

 「読んだことはある。」

 「話が早くて助かるわ。今度。」

 手帳の1ページを破って渡し、明末さんは目を閉じ去っていった。

 「…海斗がブラックローズと知り合いだったのもびっくりだけど…

 …ブラックローズ、ゆがんでるね。」

 小花が、ぼそっと呟いた。


                    ―*―

 渡されたメモには、メールアドレスと空いている放課後を連絡する旨が書かれていた。メモ通り、2日後の放課後が空いていると連絡すると、「それまでに読み返しなさい」という、簡潔に過ぎる返事が返ってきた。…予想は出来ていたけれど、フェアじゃないと気が済まない完璧主義者だったらしい。

 「で、わかったの?私が何をして、この前あの世界に介入できたのか。」

 「…いや、わからなかったです。異世界転移、転生とか…?」

 「…私は残念ながらトラックにひかれたこともなければ勇者として呼ばれたこともない、至極普通の地球人よ。この力は理論上誰にでも扱える。」

 …んなまさか。

 「人の意識は心理の20パーセントにすぎないって聞いたことある?残りは無意識らしいわ。95パーセントが無意識だって話もあるわね。火事場の馬鹿力は、もともとそういう無意識の部分が覚醒するからだって説もあるのよなら他にもいくらでも隠されてていいんじゃない?」

 …わからない。というか、何の関係があるのか。

 「まあ私も数年かけたし、いくら色々見せるからとはいえそんなに簡単にわかるはずもないわね。

 …いいわ、始めましょう。でも、前回と違って、私は手加減しないわよ。」

 ブラックローズは妖艶にほほ笑んだ。…無意味に色気があるな。冷たさを隠しきれてないけど。

 そこで、前にギボン爺さんの世界で濃密な数日を過ごしても、こちらでは数分だったことを思いだした。もしこういう彼女言うところの「介入」を繰り返しているのなら、実年齢が一緒でも明末さんは僕より人生経験豊富、クラスメイトより大人っぽさがあるのも当然かもしれない。

 「…僕も、今度こそ」

 人の善意を信じ、幸せ(ハッピーエンド)を願わせて、みせます。

 「あっそ。

 始めるわ。手をつないで、目を閉じて五感を意識からシャットアウトして、心を無にしようって思いすらも無にして。」

 「はい。」

 「『想像は現実化しうる。私、そしてあなたたちの存在の観測こそ、その最たる証明』

 ー創始者A」

 

                    ―″世界E"-

 ぱっと目の前に広がったのは、薄暗闇につき立つ巨大な柱。

 いつぞやテレビで見たドバイのブルジュ・ハリファも、この柱の前ではまあ田舎の役場みたいなものだと、迫力にあきれた。その柱の上には、天井ー地上の裏側が見える。

 構造としては、読んだ通りなら、内側にある星に生えた無数の巨大な柱が、上にある分厚い地上を支えている形だ。逆に言えば今いる地底空洞はもともと、魔力結晶がたっぷり詰まっていたわけで、資源戦争を起こさせようとした神々は、多すぎると思わなかったのか。

 とにかく、かつては広大な魔力結晶露出面だった・あるいは地上に鉱床が近すぎて魔力結晶消失で崩落したことで生まれた、都市一つくらい余裕ですっぽり収まりそうな大穴から陽がさし、いくつもの柱が照らされる光景は、神秘的だった。

 看板には「第2776ダンジョン」と書かれている。この世界が2層構造になってからどれほど立つのか知らないけど、忘れるくらいに長い時の中で、攻略されずに残った数パーセントの柱の一つだったはず。

 「…そういえば、言語はなぜ日本語なんですか?」

 「貴方に日本語に見える、聞こえるだけよそうでなくては事象が成立し得ないから。さあ、私はもう行くわ。」

 そう言って、明末さんはどこかへ歩いて行ってしまった。

 「もう行くって言われても…」

 ストーリを思い返す。基本的には「最後の魔力結晶」を捜しダンジョンをめぐる主人公のパーティーが、手段を択ばない旧友のパーティーと争いながら往く、そんなあらすじだった。しかし冒険者でも何でもないのに、主人公たちと出会えるものか...前は運が良かったが…

 そんなことを考えながらも、冒険者登録しないことには始まりそうにないので冒険者ギルドを捜す。たいていのファンタジーでは冒険者ギルドは国境を越えたNGOのようなものだが、この世界においては中世日本の「座」に近く、有力者とのつながりでダンジョン産物を有利に取引する力を持ち取引の仲買の見返りに冒険者を支え、その成り立ちからギルドどうし政治的・経済的にパトロンの意向も絡んで対立していた。

 第2776ダンジョンは、終盤の舞台とあって、ギルド数が多い。最大手で旧友のパーティが登録する「広域連合」と2,3がメジャーなはず...

 主人公が自分たちで設立したギルド「情報網」がどこに事務所を置いているのかわからなかったが、第2776柱の周りはそれ自体一つの都市になっているくらい広いし、下手に聞きこんでもライバルギルドの者とトラブルを起こす可能性のほうが高い。入口だっていくつもあるから張り込んだって仕方がない。…泊まるか。


                    ―″世界E"ー

 「冒険者登録をお願いするわ。それと、チュリッヒさんはいらっしゃる?」

 ギルド「広域連合」の、柱の最大の出口の前の町(一等地)に構えられた事務所ビル窓口で、私は受付嬢に声をかけた。ーこういうところの受付が美人なのはある程度お約束で、それは私たちの世界がそうだからだけど、私は百合属性はないのでどうでもいい。…化粧でごまかしきれてないんじゃない?

 さっきからちらちらと視線を感じる。知ったことではないけれど、念のためを…

 「こちら、スキルチェッカーにございます。再発行は高いので、お気を付けください。個人情報が記録されるので、くれぐれも他人の手に渡らないように。」

 実はこれも、今回の目的。スキルチェッカーは私と親和性が高そうだから。

 「上にこすって起動、下にこすって過去記録閲覧、大きく円を描くように指先で撫でて更新でございます。」

 渡されたのは、大きめの折り畳みガラケーみたいな代物。開くと、一続きのタブレット端末のようになっている。…半開きで使うとどうなるのかしら…

 新品であるからには記録がないので、指を回して自分の情報を更新…更新?する。

 〈明末良音ーヨシネ・アケマツ(17):学生

 天性:「創始者(アルファ)

 技能:「連行者(bring)」「複製者(copy)」「設計者(design)

 体力:3/100

 知力:100/100

 魔力:∅

 所持金:0〉

 このチェッカーは、その時使っている人が、自分の力を測定できるようになっている。また過去の測定記録を保存し、使用者は記録を閲覧できる(から落としたら不味い。気を付けないと)。

 …それにしても、100分のいくつの数字は、確かチェッカーの共通規格を利用したリンクで「その人の力/その力で世界最高の人の力」のはずだけど、知力100...学校教育と乱読の賜物かしら。

 「おう嬢ちゃん、どうだった?体力が足りねえだろー。良かったら俺が」

 「私は体力に頼る気はないの。いくら人間が体力上げたって天井があるんだから仕方がないでしょ。」

 パーティに加えて助けてやろうか、なんて、よこしまな心の混じった申し出を受けるいわれはない。

 「おや、魔法師メイジか?...魔力だけあっても使い方がわからないと詰むぞー。」

 さらにもう一人、長身の男が、「教えてください」と行って欲しそうに話に加わってきた。

 「…魔力は皆無《∅》よ。」

 え?と言わんばかりの顔をしているけれど、私の技能にアルゴリズムをちゃんと期待通り表示できたのを見ると無意識に干渉して能力を探っているみたいなので、これは地球での能力だろう。そうならば鍛えても無意味だし、魔法だって原理がないものは使いようがない。

 「…知力頼みか?死ぬぞ嬢ちゃん。悪いこと言わないから…」

 「私も悪いことは言いません。チュリッヒさんのパーティーは?」

 「…チュリッヒは私だ。」

 人垣の奥から、丈の長いコートを身に着けステッキを持つ紳士が進み出てきた。…私と同じ、冷酷さを隠し切れないタイプね。

 「チュリッヒさん、私をあなたのパーティーに加えて。」

 ザワザワ。

 「ほう?うちは最前線で伝説に伝わる魔力結晶を捜している。少数精鋭だ。加入条件は少々...」

 「そうねそれなら、ここにいるおじさんたち全員を倒せたらでどうかしら?」

 「「「「「は!?」」」」」

 「うむ、いいだろう。」

 「「「「「「「「「ちょっとチュリッヒさん!?」」」」」」」」」

 「早いわね。まさかそれで負けたらこの人たちのものになれ、とか?」

 「…初対面なのにいきなり外道呼ばわりとはひどい。」

 「大丈夫、負けないから。」

 これで男たちは期待するだろう…せいぜい絶望して、最初っからよこしまな欲望を抱かなければと思うことね。

 

                    ―”世界E"-

 宿屋で、僕は心底ビックリした。 

 ーパンフあるぞおい!

 各ギルドが、ホテルがその地域の旅行雑誌をラックに並べているようにしてパンフレットを並べていた。

 ギルド「情報網」も、弱小ながら「あらゆる情報を提供して、登録していない冒険者をも助ける半慈善組織」を目指しているだけあって、事務所所在地がわかりやすく書かれている。

 明日、行くか?

 ーいや、思い立ったが即日。行くか。

 「すみません、外出します。」

 「あいよ、かぎ預かるねぇ。」


                    ―”世界E"-

 ダンジョンの低層階をくりぬいたドーム。そこが、ギルド「広域連合」の練習場になっているみたいね。

 「全員いっぺんでいいわ。」

 「マジか!?」

 …なんで、私が自信満々なのは何かあると思わないのかしら。

 「マジよ。殴るなり蹴るなり犯すなり、やりたいようにやって。」

 …挑発はこれくらいでっ…っと。

 「…明末くん、さすがにそれはまずくないか…私がジャッジで止める。」

 「結構よ始めましょう。

 3、2、1...はじめ!」

 チュリッヒさんが勝手に始められて青筋を立てているけど、知ったことではない。

 「炎弾!」「水蛇!」「草爆!」「念動!」

 ざっと十数人が、おもいおもいに魔法を発動して、撃ってくる。

 「…ほんっと容赦ないわね。」

 まあ私は男を惹く容姿だから仕方ないわ。目をつぶりましょう。

 「『われら構造を知らば万象を想像せん。ならば我が設計、万物掌に創造せよ』ー設計者D!」

 想像したのは、閃光手榴弾。原理と設計さえわかれば、あとはアルゴリズムのおかげで創造できる。

 ピンを抜き閃光手榴弾を投げ、腕で両目を覆う。

 腕の隙間から漏れる強烈な光。

 「(design)!」

 続けて、青い六角形の中に催涙弾を生み出し、放り込む。ついでだから嘔吐剤も。

 「さてと、立てる人、いるかしら?」

 誰もがへたり込んでしまっている。

 私はガスマスクを生み出し、悠々、宿屋を捜そうと思った。

 「あ、忘れてたわ。(design)!」

 カメラを創り出して、倒れ伏してもがく男たちを撮影しておく。

 「…きみ、すごいな…」

 チュリッヒさんが拍手しながら近づいてきた。

 「実力を軽んじた非礼を詫びよう。私のパーティーを助けてはくれないか?」

 「条件があるわ。」

 「条件?」

 「この写真を、ギルドの掲示板にでも張りなさい。」

 ふふ。ふふふ。


                    ―”世界E"-

 ギルド「情報網」の事務所一階は、読んできたとおり、カフェだった。

 「いらっしゃいませ。」

 「副代表のランディさんいますか?」

 「うーん、ランディは今いません。何の用?」

 美少女と美人の中間みたいなおっとり系の女性が、飲み物のメニューを渡しつつ答えてくれる…なんでコーヒーと紅茶があるのにココアがない!異世界でもココア派は弱小か!

 言っても仕方がない。邪道だけどしかし…くっ、仕方ない!

 「あ、カフェオレを。」

 「はい、ただいま。」

 「それと、ランディさんのパーティーに入りたいんですが。」

 「?そうなんですか?

 …わかりました。このトリノ、ランディの正妻として、お話を聞きます。」

 おっとりしてたのに、「正妻として」で一瞬雰囲気変わったぞ、こわっ。

 小花には絶対に出せない雰囲気に恐れをなしつつ、僕は、ランディさんのライバルであるチュリッヒにそこそこの知り合いである強敵が組するだろうことを伝えた。目的はランディさんの妨害であり、従って僕が対策としてついていきたいのだと。

 「私たちとて弱くはないから、そんなパッと出の人に負けるとは…」 

 「いや、ヨシネ・アケマツはそんな簡単なものじゃないです。もっと、ヤバい奴です。」

 ブラックローズの何が怖いかって、あの正体不明の能力(?)もさることながら、圧倒的な自信に裏打ちされた高圧さと、異様によく回る頭と口だ。学校生活でも多少のことはひっくり返していた。知らない人なら、確実に術中に陥ってしまう。

 「…きみ、大丈夫なの?」

 そういって彼女は、白い板のようなものを渡してくれた。スキルチェッカーだろう…まあ見る意味もない…!?

 〈材村海斗ーカイト・キムラ(17):学生

 天性:「介入者(intervene)

 技能:∅

 体力:4/100

 知力100/100

 魔力:∅/100

 所持金:0〉

 …待て待て待て。

 「…この「介入者(intervene)」って、なんのことか、わかりますか?」

 「…え、そんな天性聞いたことないですよ。」

 あり得るのは僕がこの世界に「介入」しているからということ。しかしそれはあくまで明末さんの力のはず。じゃあ一体…

 「…まあいいか。」

 「知力100ですか…100!」

 きっと、はるかに多い科学知識とかのおかげか。慣性の原理だってわかってないかもしれないし。…今まで100だった人は、更新したら突然数字が一気に下がってビックリしたろうな。

 「あ、私半分になってる!うわーん!…カイトさん、私より体力30も低くて、男としてどうなんですか!」

 知らんわそんなこと!

 「…とにかく、ランディに相談はしますけど…死なないでくださいね?」

 そんなにハードな世界観ではないこともあってか、すんなりと加入できた。


                    ―”世界E"-

 ダンジョンの入り口の区画は、柱内部まで食い込んだ街になっている。その都市計画理念はあってないようなもの、混沌の一言で、ふつうの露店に混じって怪しげな秘薬を売る店、柱をあがめる宗教施設、賭博場、そういったものやもうなんだかわからない店が、岩壁に掘った穴に整然と並んでいた。ひときわ大きいのはギルド「広域連合」練習場のドームで、その入り口前には人だかりができている。岩の柱の中の穴に作られているだけあって埃っぽく乾燥し、また長年大量のたいまつで外より明るくしてきたためにすすが天井を黒くしている。もっともここ100年は光魔法を使った通光管を岩壁に沿わせて外部の太陽光や炎を取り込み照明にしているので、特に空気が汚いというわけではない。 

 「どうしたんだろ?」

 「見に行くか!」

 「あー、もめるなよ…」

 いたずら少年のような風情の炎術師スクレが、駆けだしてゆく。

 「…新人、付いて行ってやってくれ。何かトラブル起こしたら止めなくちゃ…」

 ランディさんは、頬をポリポリ書きながらも言った。

 「だけど僕、新入りですよ?」

 「うちはそういう区別はしないから、あいつがバカやったら殴ってでも止めてきて…」

 ほかのパーティーメンバーもうなずいている。知ってはいたけど、いい人たちだ。

 …読んだ限りこんな場面はなかったはずで、つまり明末さんの仕業かもしれないし。

 走って見に行くと、掲示板に「新人冒険者ヨシネ・アケマツ、『広域連合』の高ランク冒険者13名を一瞬で撃破」という見出しで、カラー写真付きの新聞もどきが張り出されていた。…おいおい。

 その文言を、戻って伝える。

 「それって君が昨日言ってた人?」

 「そうです。虚空から剣や槍を取り出したりします。」

 「…それくらいならばなんとか…いや、あいつらを一瞬で倒したなら、直接戦うのはごめんか…」

 早くも、対処方法が無くなったらしい。…もう少し、あの能力の正体がわかれば…

 「おい兄貴、何話してんだ?」

 ボーイッシュな少女―顔にペイントがある―が、自分の肩を鞭でたたきながら、問いかけてきた。

 「…仕方ありません。一から、説明します。聞いていただけますか?」


                    ―″世界E"-

 ダンジョンは特に何か目的があってできたものではない自然物なので、特に上って行ったら魔物が強くなるということはない。だから、未開放の最低層で戦えれば、即、戦力になれる。なれるのだけれど…

 「…悪意を感じるわ…」

 ごつごつとした岩場の上を、人の頭くらいある丸っこい胴体がゆらゆら動いている。それも30個くらい。

 「…虫は詳しくないのよ。効くのかしら?」

 背丈を超えるやたらと細い脚8本が地面から立ち上がり、途中で下向きに折れ曲がって、胴体を吊るすようにして支えている。…なんだっけ?ああそう、ザトウムシよ。

 糸みたいな足が、私の服に触れた。途端に、ブレザーのスカートに細くスリットが入る…酸か何かで分解したのね。着やせするたちなのに万が一せっかくの胸がなくなったらどうするのよ。

 「…いいわ、せいぜい苦しむことね。

 『われら構造を知らば万象を想像せん。ならば我が設計、万物掌に創造せよ』ー設計者D!」

 殺虫スプレー、ボンベごと!追加で冷凍スプレー!

 私は、足をへたり込ませて地面で這いつくばるザトウムシを見て、やっと留飲を下げた。

 「す、すごいぞ!オピリオネスを、一撃でって、すごいじゃないか!」

 そうなの?...農薬が普及したら絶滅しそうだけど。

 

                    ―″世界E"ー

 「つまり君は、別の世界からヨシネ・アケマツとともに来ていて、俺たちの未来を知っており、その未来を邪魔しようとするヨシネ・アケマツのたくらみを阻止しようとしている、と、そういうことか?」

 「はい、そうです。」

 「な、ならっ私たちが魔力結晶を手にできるかどうかもご存じなのですか!?」

 ドレスを着た、ツインテールの姫様が尋ねてくる。

 「…はい。しかし、もう、未来は変わってしまっているでしょう。私が前に行った世界では、彼女は国を一個丸め込み、このダンジョンを一瞬で粉みじんにできるような魔法具を、わずか数日で完成させました。

 …このままでは結晶も…」

 「おい大将、ありゃ、どうなってんだ?」

 岩がごつごつと出ているダンジョンの床で、いくつもの卵型の物体が、転がっている。よく見ると、糸みたいなものが周りで動いていた。

 「これ、オピリオネスですよね?足が細いオオグモ。」

 足の長いオオグモ…たしか、見えるか怪しいような細い脚に触れるとどんなものも溶けてしまうから、剣を斬られてしまってピンチになる魔物だったか…足に何も触れさせずに、ゆらゆら不規則に揺れる胴体を倒さないといけない、かなりレベルの高い魔物だったはず…あれ?

 地に落ちてもがいているオピリオネスの間に、何かが転がっている。

 …丸い、ドラム缶型の筒。危険物のマークが描かれた…ボンベ?いやでも、ここはファンタジーワールド…ブラックローズか!

 「やられました。」

 「…ヨシネ・アケマツにか…?」

 「はい。これは我々の世界の殺虫剤、虫除けです。」

 殺虫スプレーか農薬か知らないけど、ボンベごと撒くなんて…しかし、ガイガーカウンターに続き、「複雑な物は作れない」仮説はダウトか。

 「そりゃ虫除けなら死にますよね…」

 トリアさんが、手を合わせて祈っている。さすがに哀れに思えたらしい。

 「…実は、僕の知る限り、魔力結晶はこのダンジョンの最上層にあるんです。」

 「…マ、マジか!」「本当でございますか!」

 …あるからといえ、手に入るとは限らない。この姫様はそれを突き付けられるはずなんだけど…

 魔力結晶は、神が創造した中で唯一残っているモノなので、膨大な力を得られるとされている。数多の冒険者が長年あちこちのダンジョンを捜索してきたが見つからず、実在すら疑われてきた。しかし実際にはいくつか見つかっており、存在が明かされなかった理由とともに、彼らは選択を迫られるーと読んだ。

 「だから、先を越されるわけには…」

 岩場の向こう側を見て、僕は唖然とした。

 読んではいた。「いくつにも分岐した、ぎりぎり通れるくらいの細い道」と。でも実際覗いていたは、岩場の壁に空いた、公園なんかによくある屋根付きの滑り台がかわいく思えるレベルに細い道、トンネル。それも吉見百穴とはいかないまでも、両手両足で数えたいか悩む程度には空いている。

 「え、あれ…入るんですか?」

 つっかえそう…

 「どれに入るべきか、わかるのか?」

 オオグモの部屋まではあっていた。そして細いトンネルを…何も間違っていない。しかしどのトンネルかまで示されなかったので、首を横に振っておく。

 「通れそうにありませんわね…」

 お姫様が、あからさまに不快感を示しつつ、ドレスのスカートの足元を細めになるようひもで絞っている。

 「なあ壁ぶっ壊したらどうにかならねえか大将?」

 「…いやいや、穴が開いてるってことは弱いんだぞ、お前が殴って崩落したらどうするんだ…」

 ランディさんも、持ち物をまとめ、細い袋に詰め込んで長いひもで腰に繋げている。

 「新入り、行けるか?」

 「はい、行くしかないでしょう…さしあたって、どこへどう行ったものか…」

 「…右からにするか。スクレ、もしトンネルで魔物が出たら、お前の炎魔法以外は頼りにならない。先頭を頼む。」

 「あいさ!」

 炎術師の少年が、グローブに刻まれた魔法陣を突き出す。

 「間違いなく、トリアの索敵・探索魔法がカギになる。スクレの後ろを頼む。私はその後ろに続く。」

 トリアさんが笑顔でうなずく。

 「ある意味で新人、君に一日の長がある。後ろについてくれ。」

 「むろんです。情報はすべて提供します。」

 前で手練れ3人が守ってくれるのだから、これほどの待遇もなかなかない。

 「それからオイテ、もし万が一崩れたらアンタの馬鹿力が頼りだ。最後尾から2番目を頼む。」

 「大将、最後尾は姫さんか?」

 腕くみした巨漢が、覚悟を決めた顔の姫を見た。

 「ああ。進んで行った場所を強化付与で頑丈にしてほしい。如何でしょうか?」

 「やりますわ。これで民が救われるのなら。」

 …空間魔力が極端に少ない公国の姫。そのために軍事・経済的に弱小であることを憂えて、魔力結晶の力で空間魔力を底上げしようと、国を出奔して加わった。彼女の壮大な家出も、とうとうクライマックス。

 「スワティ、鞭術師の出番は残念ながらない。」

 「仕方ねえな兄貴。新人の後ろでおとなしくしてるわ。」

 ボーイッシュな少女は、いそいそと鞭をしまい、短剣を袖に隠した。

 「じゃあ行くぞ!」

 おう!、と、拳が付き合わされた。ためらったけど、僕も拳を出すと、皆、僕のちょっと控えめな位置に合わせてくれた。

 

                    ―”世界E"―

 「狭いわね…」

 元の世界の持ち物をこちらへ持ち込むアルゴリズム「B|《bring》」も、脳内で設計した物体を創り出すアルゴリズム「D《design》」も、万能ではない。たいていのものは用意できるようになったけど、複雑すぎて理解できない物は「D《design》」じゃ無理だし、手元にないものを「B|《bring》」で出すのは難しい…所在が分かればできるだろうけど、元の世界の私の身体が現状私の思考とつながってないのがネックだと思う。エックス線の非破壊検査マシンとか出せたら一発でくぐるべき洞窟がわかったのだろうけれど。

 不満を言っても仕方ない。体を伸ばして手足をピンとしてミミズかイモムシみたいに這って進まないといけないのは、年頃の乙女としては辛い。…これ巨乳の人はアウトね。

 制服がこすれるのを我慢して、ダメだったらしいので来た道をズルズル戻る。うわっ。

 きっとスカートがめくれているわね。知ったことではないけど。…いっそ発破かけてぶち抜いちゃダメ?結末考えると、どうせ発破で入り口の町が崩れようとどうでもいいんだけど。

 そうはいっても爆薬を創り出しても安全な発破のやり方がわかるわけではない。この世界の人物ではないから不死属性持ちみたいなものだけれど、一瞬だって痛い思いをするのはイヤなので、おとなしく恥さらして戻ることにしましょう。


                    ―”世界E"―

 読んだ通りならば、ランディパーティーは先行するチュリッヒパーティーがトンネルの先の小部屋で苦戦しているのを見て、援護に入る。しかしその後もめて、何度目かわからない決裂をする。

 入るトンネルの順番や移動速度が変わっても、イベントは同じだったらしい。

 「このトンネルの先、戦ってます!」

 先頭2番目のトリアさんが隊列を停止させ、モゾモゾと杖を取り出し、その先を淡く光らせる。

 「…ランディ、これ、チュリッヒさんの魔法です。」

 「…先を越されたか?」

 「いや、苦戦してる感じです。」

 …来たか。前も帝国軍に味方していたから、明末さんも確実にチュリッヒさんのー敵の陣営にいるはず。

 「援護しよう。急ぐか。」

 ランディさんが言うと、皆全力で腕と足を動かし、摩擦を使ってずりずり這い進んで行く。

 そして。

 すぐ前のランディさんが転がり落ちるように姿を消し、それから腕だけが現れて僕の腕を引いた。

 前の人の足しか見えなかったのが、急に視界が開けた。

 ドーム球場くらいはある広大なゆがんだ卵型の空間。底には水が溜まっている。そして湾曲した壁面から、巨大なヒドラが生えていた。 

 一言一句正しく記憶しているか自信がないけれど、確かこう書かれていたはず。ー「一同が目にしたのは、ぬらぬら光る、巨大なヒドラの群れだった。 

 ヒドラといっても、ギリシアの3本首のドラゴンことヒュドラではない。刺胞動物すなわちクラゲやイソギンチャクの仲間であるヒドラは、池の中の岩場に筋肉質の細い胴体を固定させ、その先端から無数の腕を伸ばしている。これは一本一本がクラゲやイソギンチャクの腕と同じく毒の針を持っているが、全体で見ても顕微鏡サイズなので気に留められることは少ない。しかしランディが見たのは、壁一面に生える、ゾウより大きい身体を持ちダイオウイカの腕より長い腕で人を食べようと絡み取る、巨大ヒドラの群れだった」ーと。実際、かすかな透明感を持つヒドラたちは、キモかった。

 「くそっ!」

 不平を言いながらもヒドラの胴体を斬っているフロックコートの紳士が、ランディの旧友にして天敵、チュリッヒなのだろう。斬り落とされた触手の中から、毒液でしびれたチュリッヒの仲間が転がり落ちる。

 チュリッヒの真上から、すごい速度で触手が伸びる。

 「疾風剣!」

 チュリッヒが杖を掲げ3本の指で回すと、風魔法の付加によって高速で回転する杖が、触手をはじき、斬り飛ばしていった。

 「私たちも援護するぞ!」

 ランディさんが、剣を掲げた。パーティーメンバーが、掛け声あげて飛び込んでいく。

 「…貴方も来たのね?」

 「明末さんこそ、いつから後ろに…」

 急に後ろから聞こえた声に、正直震えた。

 「いつからって…かくれんぼもしたことないの?筋金入りのボッチなのね老後は誰にも知られず孤独死かしら。」

 失礼な。

 「…明末さんなら、あのヒドラ、瞬殺できたりするんじゃないですか?」

 「誰のためにそんなことするのよ。そもそもこれが茶番に終わるって、あなたはエピローグまで知ってるでしょう?」

 「はい、でも、そうであっても、助けることは無意味じゃないと思います。」

 「…そうね。向こうで話そうかしら。」

 明末さんが、ふっと目を閉じた。

 「-介入中断」


                    ―*―

 ヒドラの粘液で乳白色に染まる部屋から、舞台が暗転するように、戻ってきたのは木の茶色とコンクリートの灰色とガラス窓の無色からなる部屋。

 「貴方に、聞きたいことがあるの。」

 大丈夫、中断した時点から介入できるから、と、明末さんはビー玉を指で転がしながら言った。

 「…どうして貴方は、登場人物を助けようとしているの?それで内容が変わるわけでも、あなたが現実に得をするわけでもないのよ?むしろ、物語に介入し、不正に書き換える鬼畜の所業と言ってもいい。」

 「…決まっているじゃないですか。原作で不幸だった登場人物が幸せな結末を迎えるところを、見たいからです。」

 「…そう思う理由が知りたいの。」

 なぜ?と思ったけれど、明末さん(ブラックローズ)がサディスト、サイコパスのように言われているのを思うと、わからないのも致し方ない。

 「誰かが不幸な目に合っているのを見ると、悲しくなりませんか?」

 「…当り前じゃない。」

 えっ…?

 「誰だって幸せでありたいわ。それだけに、他人にも幸せになってほしいわ。」

 待て待て…

 「じゃあなんで、邪魔するんですか?」

 「…貴方は、私が邪魔しなかったら、うまくいくと思う?」

 言うまでもない。僕は強くうなずいた。

 「私には、そう思えないの。」

 明末さんが、黒板の横にあるテレビの操作盤を開けて、中をいじり始めた。

 「…先生には秘密よ?」

 いたずらっぽくそう頼んでくる明末さんを、かわいいと思ってしまった僕は、すでにいろいろとまずいのかもしれない。

 

                    ―*―

 テレビのチャンネルを、次々入れ替える。

 不倫、汚職、冤罪、殺人、強姦、人種差別、飢餓、軍拡、独裁、搾取、宗教対立、紛争、感染症…

 選挙のために他国に迷惑をかける元首に、国民のことを顧みず軍事ばかりの世襲元首に、資源を収奪し独占して暴利をむさぼる者たち、どう考えたって間違った判決を出す検察官に裁判官、環境のことなんか何も考えてない一般市民…

 「貴方がどう言おうと、これが人間よ。

 …それでも、一つ問題を解決して一回迎えたハッピーエンドが、長続きすると思う?」

 明末さんは僕の顔を見てため息をついて、聞き直してきた。

 「いい?おとぎ話をするわ。

 -昔々あるところに、囚われのお姫様がいました。

 王子様が、お姫様を助けだしました。お姫様をとらえていた悪い魔女も王子様が倒し、二人は幸せになりました。

 …

 王子さまは浮気し、やがて世継ぎ争いが起きてお姫様とその子供は殺されました。

 家臣が革命を起こし、夫婦は追放されました。

 王子様はお姫様の暮らしを良くするため国民に重税をかけ、誰もが苦しみました。

 お姫様の元居た国が、王子様の国の領有権を主張しました。

 …実際こんなものよ。現実リアルなんてまともなオチでは終われないわ。

 …だから私は、だったらいっそ、最初から0でいいじゃないって思うの。そんなおとぎ話、いらないのよ。」

 明末さんがどう考えているのか、うっすらとだけどわかった気がした。

 この人は、すがすがしいまでに性悪説で、しかも完璧主義者だ。言うなればそう、「この街にテロリストが潜伏しています」と言われたら「全員協力者かも知れないわ」と言って街ごと焼き払うタイプ。

 「材村くんは、思ったことない?駅で、『ここでこの人を突き飛ばしたらどうなるんだろう』、友達といるときに、『ここでこの子の足を踏んだらどうなるんだろう』って。本当に、無い?

 私は、悪人と善人の違いは、悪いことをしたかどうかだと思ってる。しようと思うことなら、誰にでもあるから。そこで一歩踏み出せなかった臆病な人間が、今、まっとうな人間って呼ばれてるって、思ってる。だから私は、登場人物の幸せはともかく、未来は暗いと思ってきた。

 …いわんや現実をや。

 だから私は、全部壊してしまおうって…」

 「明末さん」

 「なに」

 「僕らは何冊読んできました?」

 「馬鹿にしてるの?」

 「違います。

 ある人は、恋人の命を救うために勝ち目の薄い戦いに挑み、恋人が自分の身代わりになって死ぬや、世界の理をもひっくり返した。

 ある人は、何度死にかけても、何度死んでも、不幸な誰かを助けるためにはるかに格上の相手に立ち向かった。

 ある人は、なんべん最悪の結末を迎えようとも時間を戻し、心が擦り切れるまでたった二人で戦った。」

 「それがどうしたの?物語の話でしょ。」

 「そうです。だけど、彼ら彼女らは、常に、誰かのために尽くし、人間を、幸せな未来を信じた。それに比べて、明末さんは…あきらめるには早すぎると思います。

 明末さん、思い直せませんか?

 僕らの世界が絶望でも、彼らの未来をあきらめていいことには、ならないと思います。」

 心に出てきたことを口にするだけの言葉。脈絡があっているかも怪しいけど、届け…!

 「…そんなことは、とうに知っているわ。わかってるのよ!」

 明末さんは、やにわ、ブレザーを脱いでブラウスの袖をまくった。

 体育の授業を受けているのか怪しいくらい白い腕。その手首のあたりに、細い筋が何本も通っていた。ケロイドになっている、見えにくくても深い傷。リストカットなんて言葉が当てはまるレベルじゃない。

 「そんなにまで考える、私が!

 人間を悪いものだって、登場人物の本性までも穿ってる私が!

 一番、一番、悪いってことぐらい!」

 ブレザーをひっつかんで、カバンを取り上げ、明末さんは涙をこぼしながら教室から走り去ってしまった。

 「海斗~部活終わったよ~

 あれ?」

 …多分あの傷は、自殺しようとした、いや違う、もっと衝動的に…手を斬り落とそうとして骨のせいで果たせなかった跡。それも、一回や二回じゃない。

 「明末さん大泣きしながら帰っちゃったけど、なんかあったの!?」

 「…小花、帰るぞ。」

 「えっ?謝るとか、した方が…」

 「帰るぞ!」

 なんでこんなにモヤモヤするのか、わかり切っているのに、それでもモヤモヤした。


                    ―*―

 …だって、私の心の奥底まであんなに簡単にたどり着かれるなんて、思ってなかった。

 …だって、私が誰かに苦しみを打ち明けたがってるなんて、思ってなかった。

 人間は本質的に悪だ、私はずっと思ってきた。だってそうじゃなければ、世界はもっときれいになっている。

 だけどそれは、自分をなげうつ多くの登場人物に、そして現実の誰かのために頑張る人たちへの冒涜で。

 ホントは私が一番悪い、そんなことは、わかっていた。

 だけど、だけどっ…! 

 この悪癖を、人を信じず見下し断罪しようとする性格を、直せるなら、自殺しようと思うほどに苦しんでない。それほど私は私だった。

 …明日、全部、決めよう。

 彼らがどうするかで、全部、決めよう。

 私は実験者、材村くんと登場人物は試薬。それで、私の進むべき道を、決めよう。

 私は(design)の力で最初に創造した青酸カリの小瓶を机の上に置き、今日はもう寝ることにした。

 …さみしいよ。あかねちゃん…私、さみしい…

 …もう、終わりにして、いいかな…


                    ―*―

 明末さん(ブラックローズ)は、本質的に、人間が嫌いなんだろう。

 「ニュースをお伝えします。先ほど閣僚の選挙買収問題に対し首相はー」

 それが実在しようとしまいと。

 〈ーで暴動発生。民主派への拷問に対する抗議か。政府は軍を投入しー〉

 だから彼女は、それで自分に不利益が出ないのをいいことに、せめて物語世界だけでもぶっ壊そうとしている。どうせ未来は良くならない、そう知っているから。

 〈温室効果ガスの濃度さらに上昇との研究結果。大規模な気候変動・海水面の数十センチ上昇は避けられない見込み〉

 人間が嫌いで、未来を信じられなくて、そして何より明松さんはきっとー

 「与党が先日強行採決したこの法案ですが、実質審議時間が0ということでー」

 -そうして、「いい人間」の存在を認められない自分が、一番嫌いなんだろう。

 …僕は、どうすればいい?


                    ―*―

 「昨日は見苦しかったわね。忘れて?」

 放課後、何もなかったかのように凛としていた明末さんは、そう告げて隣の席に腰を下ろした。

 「ちょっと今日は手順がかかるから、黙って見てて。」

 明末さんはそう言いながら「A」という文字が浮かび上がって見える一個のビー玉を、スカートのポケットから取り出した白いケースから取り出して、右目に当てている。

 「手、出しなさい。」

 要望通り、右手を出すと、明末さんは見向きもせずに僕の手に左手を重ねた。

 「『想像は現実化しうる。私、そしてあなたたちの存在の観測こそ、その最たる証明』

 ー創始者A」


                    ―″世界E"―

 半透明なヒドラが、無数の触手を伸ばし、紫の毒粘液を奔らせる。

 「うえっ。」

 一瞬前まで普通に教室にいただけに、余計に気持ち悪く感じた。

 「劣閃!」

 ランディさんが、「一瞬だけ彼我の性質を入れ替える」魔法をまとわせた紙筒で、ヒドラを殴りつける。ヒドラは触手を伸ばしランディさんを包み込もうとするが、紙筒が一瞬だけヒドラの性質を持ち、ヒドラが一瞬だけ紙筒の性質を持ったことで、クチャっと丸ごとつぶされて、溶けた死体になる。

 「でいやーっ!」

 スクレが、口から炎を吐いてヒドラを焦がす。

 「スワティさん、右4時、上から触手!」

 トリアさんは魔力を感知することで敵の動きを先読みし、指示に従ってよけながらもスワティが鞭を振って触手を斬り飛ばす。

 「大将、あっちで一人呑まれた!助けに行くぞ!」

 拳闘士を名乗るオイテが膨らんだヒドラを殴るが、軟体なのであまりダメージがなさそうに見える。

 「オイテさん、どいてください…『硬化』!」

 お姫様が手をかざすと、滑らかにテカっていたヒドラが、全体的に平面からなるようになりつやをなくした。動きも止まる。

 「おっし、これなら通る!『仙拳』!」

 オイテが身体に引き付けた拳を一気に前へ突き出すと、赤く燃える拳が平べったくなっていた部分を破砕し、ヒドラ全体が大きく震え、砕け散った。

 しかしその間にも、チュリッヒパーティーの者がからめとられようとしている。

 砕け散ったはずの触手のかけらが、壁に張り付き、伸び始めた。見る間に花が咲くようにして伸びつつも枝分かれし、触手を形成しながら巨大化する。あっという間に人間の背丈を超えた時、そこにあったのは新たな巨大ヒドラだった。

 「コイツ、復活すんぞ!」

 誰かが叫ぶ。

 「ランディ、助けろ!このままじゃ全滅だぞコラ!」

 「了解…!」

 劣閃をまとった砂粒が、ヒドラに投げつけられる。衝突のタイミングで性質交換が発動するようなタイミング調整は、簡単に見えて職人技のはず。

 接触部位が一瞬砂粒の性質になることで、触手の内部の消化酵素が砂粒を溶かし、結果的に無数のスポンジ状の穴をヒドラの体内に空ける。

 「『硬化』、最大出力までどれくらいかかる!?」

 「…3分です!」

 「3分耐えるぞ!いいかチュリッヒ!」

 「ちっ、仕方ない。背中は任すぞ!」

 ヒドラに斬りかかっていく二人を見て、明末さんはほうと小さく息をついた。そして目を閉じる。

 「その必要はないわ。

 『われら構造を知らば万象を想像せん。ならば我が設計、万物掌に創造せよ』ー設計者D!」

 空中に青い六角形が現れ、消火器のようなボンベを持つ物体が顕現した。

 「全員どいて。巻き添えにするわよ。」

 明末さんはそう言いながらも、レバーを指で引く。

 ノズルから、すさまじい炎が噴き出した。

 「な、なんの炎術だこりゃ!?」

 スクレが愕然とぽかんしているけれど、僕は知っていた。アレは火炎放射器、体表に魔法で発生させた炎を吐き出す息で吹き飛ばす彼の炎術とは、燃料を伴うか否かで本質的に異なる。

 ヒドラにまとわりついた炎は、粘着性を持って燃え盛り、ヒドラを炎で呑み込んでいく。

 慌てて、ランディさんやほかの冒険者たちが引き下がる。

 ジェル状の液体が燃え上がり、一瞬にしてヒドラが焼き焦がされていく。

 熱気に耐えられなかったのかヒドラたちが触手をだらりと下げ始め、捉えられていた人たちが転がり落ち、オイテやスクレたちが飛んで行って馬鹿力で引っ張ってくる。

 「もういないようね。それじゃあ...(design)

 液体酸素、そう書かれた緑のボンベが、炎の向こう側の空中に現れた青い六角形の光から落ちていく。

 ボンッ!

 熱せられた液体酸素が沸騰し、急激に堆積が増してボンベがはじけ飛び、酸素濃度の上昇で炎が一気に燃え上がった。

 岩壁のあちこちで燃える炎に、ヒドラたちは収縮し、燃やされ、茶色く焦げていく。数分としないうちに、灰だけが残った。

 「…すごいなヨシネ・アケマツ。きみは...何者なんだい?」

 チュリッヒが、目を細め、問いかけた。

 明末さんは、何も答えなかった。

 

                    ―″世界E"―

 続出する(一巻分の)強敵。しかし明末さんは容赦しなかった。

 機関銃がうなり、手榴弾が転がる。高圧水流カッターが岩を胴体とする魔物も砕き、炎でできた花園には液体窒素の雨が降った。

 青い六角形から出てくるすべてが、圧倒的な破壊力を発揮して、チートそのもののパワーで魔物をねじ伏せる。

 「…皆は、なんで魔力結晶を求めるの?」

 のんきに質問しつつも、その目は閉じ、顕現するのは何か強酸性らしき液体。金属の殻をまとうとげだらけのカタツムリが、泡を立ててもがきながら崩れていった。

 

                    ―″世界E"―

 ランディの家系は、代々続く冒険者だった。その祖先は神の眷属だったとも神と戦った者たちの一員だったとも言われたが、とにかく、ダンジョンを踏破し、周辺に都市を築き、魔力結晶を求める道程で世界全体を発展させてきた由緒ある家だった。しかし近年は下請けの冒険者を雇うようになり、だんだんと貴族化、退廃していた。

 癖の強い「劣閃」しか使えないランディは落ちこぼれのようになっていたけれど、だからこそ、魔力結晶を独力で追うことは、誇りであり、存在の証明だった。


                    ―″世界E"―

 トリアは、貧しい田舎娘だった。

 家族は昼も夜も懸命に働き、村では珍しく、次女である彼女をどこにも売らなかった。

 いつしか幸せな家族を作って故郷に帰り、家族に報いる。そのために、無限の力を持つ神の秘宝はぜひとも必要だった。


                    ―″世界E"―

 某国で、革命があった。チュリッヒはそこの摂政の嫡男で、革命に乗じて侵攻した隣国から祖国を解放し富国強兵し、処刑された家族の復讐を隣国へ行うために、まともな方法では手に入らない膨大なエネルギーが必要だった。

 ランディとトリアの目的を、浅はかと断じて来たけれど…


                    ―″世界E"―

 読んで知っているはずなのに、総勢20人を超える人々のそれぞれの目的をわざわざ明末さんは聞いた。その理由がわかるだけに、僕は何とも言えない気持ちを覚えた。

 そうして、次々と洞窟をくぐり、最後にたどり着いたのは、ガラスのようなオパールのようなものでできた壁を持つ、行き止まりだった。

 「…これが、魔力結晶か?」

 チュリッヒが壁をなでる。するとそこから液体がしみ出した。

 「うそ…!こんなに魔力が…!」

 トリアさんが魔力感知の魔法陣を展開すると、魔法陣は光り輝き、エラーを起こして砕け散った。

 「間違いない、これが、たった一つの神代の秘宝、数千年見つからなかったー

 -魔力結晶!」

 ランディさんが、かけらをはぎ取るつもりかピッケルを壁面に突き立てた。

 瞬間、光が瞬く。

 「ランディ、離れて!この魔力ー

 -ありえない!」

 魔力密度の上限値をはるかに突破してあふれる魔力が、カタチをなしていく。

 「人…だと?」

 「…大将、ありゃ、神様、じゃねえのか…?」

 背中に葉っぱのような形の左右一枚ずつの純白の羽、白髪で、ふちが金色に発光している黒いコート。全身が淡く光っている。

 「いや、神様はもう、数千年前に全滅したはず…」

 「-そうだね。つい昨日のことのようだよ。ー」

 頭の中に、直接声が流れ込んできた。

 「-あんな奴らにしてやられるなんてね。-」

 羽がふわりと風を起こす。金色のオーラが広がり、狭い洞窟の行き止まりが、地平線まで続く花畑に一変した。

 「…本当に、神様、なのですか?」

 「ー余を、疑うのかな?ー」

 「いえ、でも、あなたは既に…」

 「-ははっ、そう思った勘違い野郎が山のようにいたよ。全員、返り討ちにしたがね。-」

 誰もが、青ざめる。頭上で舞う白い羽に、すでに詰んでいることを察したからだ。

 「-君たちも、わからないくらいに一瞬で、消してあげよう。でもその前に、暇だったからね、なぜ余がここにいるのか、当ててみてごらん。ー」

 中性的な顔で、「神」は、口も開かず一同を見渡した。

 「…気に入らないわね、貴方。」

 明末さん(ブラックローズ)が、ボソッと呟く。直後に、とてもいやそうな顔をした。

 「膨大な魔力の中から出てきた…しかも、魔力の塊に見える…ランディ、この神様、魔力でできています!」

 「…一体それは?」

 「魔力結晶に触れるか傷をつけることが召喚要件のようだ。すると…」

 「魔力結晶に魔法がある、とか?」

 「-はは、どれも惜しい。余はあんな石に収まる存在ではないよ。-」

 「トリア、何か他には…?」

 「…魔力で見ると、輪郭があやふやです。」

 「兄貴、とりあえず攻撃するか?」

 スワティの鞭が、魔法陣を起動し、そしてその魔法陣は、「神」に吸い込まれるように、消えた。

 「…一つ、いいかしら?」

 明末さんが、口を開く。タネがわかってしまっているから、退屈だったのかもしれない。

 「-なんだい?この世に縛られぬ少女よ。-」

 「そんなたいそうな者じゃないわ。

 …貴方たち、魔力結晶の量をいじって、資源戦争が起こるようにして観戦して楽しんでいたそうじゃない?なんでそんなことをしたの?」

 「ーなんでって、面白いじゃないか?ゲームとして。誰が勝つか、ちょっと石の量をいじるだけで変わる。こんなに面白い遊びは…ー」

 「あっそうそれで?何か目的はあったの?」

 「ーいや?なんで娯楽にそんなことがいるんだい?ー」

 「もういいわ。うんざりよ。知ってたけど。

 『われら構造を知らば万象を想像せん。ならば我が設計、万物掌に創造せよ』ー設計者D!」

 明末さんが手を掲げ、その上に、青く輝く六角形が現出した。

 「―話を最後まで聞かんか。―」

 「お断りよもうネタは上がってるから。」

 ズンッ!

 明末さんが六角形の中から上へ放り投げた何かが、爆発を起こした。

 羽は、最初と同じ位置で、爆炎の中光っている。

 「羽も物質じゃないのかしら。魔力そのもの?

 …そろそろ、答えにたどり着きましょうよ。

 貴方たちは、ここまですべて盤上が揃っているのに手札を見抜けないのは間抜けに過ぎるわ。」

 「…ヨシネ・アケマツ、答えを、知っているのか?」

 「ええ。でも、私から告げるのはためにならないから。」

 「…もしかして、これであってたり、します?

 『魔力が、神様そのもの』で。」

 「-パチパチ、正解だよ。-」

 「私の魔力と、空間魔力と、あなたの魔力に、同じものを感じました。」

 「…そういうことか。魔力で神様ができているんじゃなく、神様と魔力が同一なのか。」

 「大将、どういうことだ?」

 「-余が、全世界の魔力それ自体だということさ。-」

 「「「「「「「「「「なっ」」」」」」」」」」

 「-他の神は全滅したが、余だけが残ったのはそういうことさ。余を殺せば魔力は消失してしまうからね。魔法が使えなくなってしまう。

 もっとも、魔力結晶が大幅に減ったせいで、空間魔力では拡散してしまって顕現できないのだが…最近は空間魔力の分布ぐらいならいじれるようになってねえ。-」

 「じゃあまさか、私の国が貧しくなったのは…!」

 「-ふふ、恨むかい?憎むかい?争うかい?世界全ての魔法を犠牲にして?ー」

 「…争うさ。私にはもう、答えがある。

 …ランディ、私を『劣閃』でアレにぶつけろ。」

 「チュリッヒ、それはできない。」

 「なぜだ。貴様の『劣閃』で一瞬神の力を得れば、アレを消し去ることは…」

 「チュリッヒ、それで、神に成り代わる気だろう。置物の神に。

 そんなのは死ぬのと同じだ!」

 「まさか。君と違って…」

 「どれだけ競ってきたと思ってるんだ。神を倒すとして、誰かが代わらなければ、魔力が消えて、全世界が迷惑する。

 お前はさんざん言ってきたじゃないか。俺とトリアの夢は、しょせん見栄と感傷だって。だったら、お前が夢をかなえるべきじゃないのか?」

 「…いや、こんな復讐鬼よりも、お前らのほうが、夢をかなえるにふさわしい。ランディ、最期まで、手段を択ばせないでくれ。

 パーティーメンバーを頼む。」

 誰もが、うなずいたまま、顔を伏せた。

 「-おや?何を話しているのかな?命乞いならー」

 「くっ、仕方ない!」

 「総攻撃して!」

 炎が、音速の槍が、伸縮自在の鞭が、拳から飛び出す衝撃波が、「神」へと殺到する。

 「分解!」

 羽が空中に現出し、魔法のすべてをまるで最初からなかったかのようにかき消した。

 羽がかするたびに、ランディとチュリッヒの身体に血が奔る。それでも二人は、前へと走った。

 「おや?余には実体がないのに、その杖で何をするつもりかな?」

 眼前に迫る二人を見てもなお、「神」は余裕の様子で見下している。

 「『劣閃』!」

 ランディが、泣きながら、チュリッヒを放り投げた。

 チュリッヒの身体が「神」をかすめ、チュリッヒが神にー

 「もういいわ。

 『あらゆる力は解釈の相違。ならば汝全てを捉え直せ』ー複製者C!」

 ビー玉を目に当てた明末さんが、叫ぶ。


                    ―″世界E"―

 一攫千金、お宝のためなら手段を択ばない荒くれ者、そんなイメージの強い冒険者だけれど、実際には、勇敢で、仲間のためなら無理もし、他人を見捨てず、常に一直線。単純で、芯の強い人たち。

 チュリッヒと「神」の間に鉄板が出現し、チュリッヒは神にぶつからずに鉄板にぶつかって音を響かせる。

 「ここから先は、私の番よ!この辛い世の中に、もはや神などいないわ!」

 そう、冒険者(explorer)の心意気は、志は、想いは、それだけの価値がある。

 「だから、想いに報いて、神に報いを。

 それをするのは、私しかいない。神様を、世界をもっとも赦さない、私が、しないといけない!」

  冒険者(explorer)のアルゴリズムのビー玉をしまい、代わりに(bring)のアルゴリズムを取り出して。

 「『万物の存する世界は仮現。その居する点を定むも愚かなり』-連行者B。

 これを、お願い!人工頭脳ホムンクルスよ!神にできる!」

 「あ、ああ!」

 今時、こんなくそったれな神様に成り代わるなら、初期化したスマホ一台の頭脳で充分よ!

 「『劣閃』!」

 無数の羽が、スマホの飛行する軌跡にふさがる。

 「アルファ!」

 限界まで集中し、目を開いたまま、青い六角形を描き出す。吹きさらす、無尽蔵の雪。

 白い羽と白い雪がぶつかり、分解されても分解されても追加される物量に、光が眩く輝く。光の中を、私のスマホは、「神」へと到達した。

 「劣閃」で一瞬だけでもスマホのほうに神の力を持たせれば、あとは…!

 「集中攻撃!」

 トリアさんの指示で、カラフルな魔法が、「神」へと殺到する。一瞬でも神様、魔力全体としての性質を失った「神」は、あえなく倒れて…

 ー「『全てが悲劇的な非常識に規定されるなら、全ては虚構であれかし』ー偽者(False)」-

 誰!?

 スマホが、消え去った。

 「そんなっ!」

 空間にある何かの雰囲気が、消えた。

 「ま、魔力が、消えて…っ!」

 トリアさんの叫びが、遠い。

 「明末さん!」

 私は、崩れ落ち、意識を失った。


                    ―*―

 材村くんが、顔を覗き込んでいる。 

 「…私、これでよかったと思う?」 

 ポケットから、スマホを取り出す。初期化されたそれに、特におかしな挙動はなさそう。

 「ランディさんたちもチュリッヒさんたちも、感謝していました。僕はそれで、いいと思います。」

 「そう…」

 私はそれでも、後悔を抑えきれなかった。

 …結局、奪ってしまったのは、私だ。

 「本当に、よかったと思う?」

 彼らは魔法を失った。永久に。謝って許されていいことじゃない。

 一瞬神の力を失った「神」は倒され、すべての魔力と等号であり神様である存在になった私のスマホは、何者かによってあの世界から消滅させられた。同時に、「劣閃」で私のスマホと等号になった全世界の魔力も、あの世界から消滅した。

 なにもダンジョン内の照明だけが魔力頼りだったわけじゃない。ちょっとお湯を沸かし、建物を直し、隣町へ移動し…物流・経済・軍事その他もろもろ全ての基盤が一瞬にして消滅したことで、当然想像を絶する大混乱を引き起こしていた。

 あまりな結果に謝罪する私に彼らは…


                    ―”世界E―

 「本当に、ごめんなさい。まさか魔力ごと全部消えてしまうだなんて…」

 「…いいさ。思えばずっと魔力結晶のことしか考えてこなかった。つきものが落ちた気分だよ。」

 「あなたも予想できなかったんですよね?なら、仕方ありません。

 …別に家族に恩返しするにもランディと幸せに暮らすにも、魔法はいらないですから。」

 「魔法が人より使えない人のために魔力結晶を求めてきたのが、結果として全員使えなくなった。どちらにせよ不平等ではなくなったのだから、私たちにはこれで充分だよ。」

 「ええ、これなら祖国は、息を吹き返せますから。」

 「でも…」

 「嬢ちゃん気にすんな。俺たちは、みんな魔法が使えない世界も悪くないと思ってる。少なくとも、誰かしか魔法を使えない世界よりはな。」

 「でも…」

 「ヨシネ・アケマツ、私は、私の代わりに何だかわからないが機械仕掛けの神を作り上げようとしたきみの心意気に、感謝しているぞ。もしあそこであのような手段がなければ、私は神の座に縛り付けられることを選んでいただろう。だから、私を止めたきみは、君が何と思おうと、私を救ったんだ。」

 「…それでも…」

 「…明末さん、帰りましょう。みんな、明末さんの優しさを、認めてるんですよ。」

 「…私が?」

 「そう。だから、これ以上は明末さん一人の問題だと思います。」

 「…そう、ね…そうするわ…」

 「あ、ちょっと待って!」

 「…何?」

 「…きみたち、何者なんだい?」

 「そうね…

 『創始者(アルファ)』とでも、名乗ることにしてきたわ。」


                    ―*―

 「客観的に見れば、ひとりの人間が人としての生を捨てて魔力のすべてを管理する神として封印されるはずのところ、誰一人犠牲にせず魔法を神ごと消滅させた、そういう結果になった。

 だけど僕は、これで彼らが救われたと思うならそれでいいのだし、そして明末さんが人間ではなくスマホに神様を押し付けるなんて奇策で彼らを救おうと思ったのなら、それはとてもすごいことだと思います。」

 「…貴方、本当に、そう思う?」

 「はい。正直明末さんのこと何考えてるかわからないしSっ気があるし怖いなと思ってきたけど、明末さんも本当は優しくありたいんだってわかって、うれしいです。」

 「…口説いてるつもり?」

 「あいえ、そんな、とんでもない…」

 「ふふっ」

 …材村くん、貴方に口説かれてみるのも、悪くないような気がするわね。

 「どうですか?誰かの幸せを願ってみる、未来を信じてみる気は、起きましたか?」

 「…ううん、まだ、私は人間を信じられない。だけど…」

 どうしてだが私は、次のセリフに、勇気を必要とした。

 「…貴方を、代わりに信じさせてもらっても、いい?」

 「…え?」

 「よろしくお願いするわ材村くん。私に優しさを、教えて?」

今回獲得したアルゴリズム


冒険者explorer 略称:E アルゴリズム「志は永久に強固なれ、如何なる艱難辛苦あろうとも必ず乗り越えん。冒険に王道なし」 効果:いついかなる時も仲間を見捨てずに助け合い、あきらめずに突破口を見出していく不屈の冒険者の心意気とノウハウを得る




えっと...やっぱり週一更新に戻すの無理です月イチで...

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