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第八話 生者への情け

 近くの街にたどり着いたソイルと姉妹は時刻も遅いこともあり、今晩泊まる宿を借りる事にした。


 女性が一人で泊まるにはいささか抵抗はありそうなものの、かといって治安が悪いと言う訳でもないといった宿である。


 旅の間の保存食等を自分で作ることが出来るようにという配慮かまたは自分で調理する事で食費を浮かせられるようにか、簡易ではあるものの客が使える厨房のようなものも備え付けられている。


 とはいえ遅い時間からの調理は大変なため、本日は3人で食堂で食事をしつつの自己紹介となった。


「自己紹介がまだでしたね、私はミーシャ。それで、こっちが妹の」


「セレーナです」


 ミーシャとセレーナの姉妹はソイルに対し名乗る。ソイルも名乗ろうとし、ふと考える。


 そもそも、ソイルというのは偽名なのである。暗殺者という立場、そして姿形を制約はあれど変えられるソイルにとって、名前と言うものはもはや意味をなさない物なのである。


 とはいえ、自分の本名を名乗るのも憚られる。本名を名乗る自分はあの時<死んだ>のだから。


「ミーシャ、セレーナだな? 俺の名前はケイヴだ」


 ソイル……改めケイヴは二人にそう名乗る。複数の顔を持つケイヴは、名前も姿に合わせて複数を使い分けているのだ。


「それで、2人に聞きたいことがある。ミーシャはそれなりに戦える剣士である事は何となくわかったが、何故その冒険にセレーナが付いてきているのだ?」


 先程の山賊を倒した時にミーシャの剣を借りたが、きちんと手入れをされていた。そして、返却してしまう時もきちんと手慣れた手つきで手入れをしてしまっていた。


 大事な妹を守るために剣を使おうとした事から、少なくとも剣を使い慣れた人間である事は理解出来た。


 一方のセレーナは完全に非戦闘要員である。姉が剣を使い慣れる程には戦闘を繰り返していると考えると、その相方であるセレーナも護身術の一つ二つは覚えていても不思議ではないのだが……。


 ケイヴはセレーナを見る。別に病弱と言う訳でもなければ、行商人といった様子もない。戦う術もなければ商売上旅をしなければならない人間でもなさそうだ。


 何故旅をしているのか。


「そ、それはその……」


 ミーシャは答えを濁す。ただ単純に、出会ったばかりのケイヴを警戒しているのだ。その警戒心を持った対応はケイヴに取っては当たり前の事のため、逆に好感が持てる。


 もっとも、多少警戒されたところでケイヴが本気を出せば、2人の食事に毒を盛る事くらい余裕なのだ。本職は暗殺者である事からそれくらいは余裕である、やらないけど。


 だが「技術を教える」という以上、ケイヴと今後接する時間が長いという事だ。それに、教えた技術を悪用されないとも限らない。


 ケイヴも暗殺業のため悪用されるのは構わないのだが、万が一教えた相手が悪事の際に捕まった場合、教えた技術から自分の足がつかないとも限らない。


 技術を教えたせいで自分の悪事がバレる事は何としても避けたい。


 見極める必要があるのだ、悪事に使わない人間なのか。または悪事を働く場合、掴まったら潔く自害できる人間なのか。


「お姉ちゃん……師匠には話してもいいんじゃないかな?」


 完全にケイヴの事を師匠と思い込んでる一般女性になっているセレーナがミーシャにそう促すと、ミーシャは少し考える素振りをした後にケイヴに話し始める。


「そうね……セレーナに回復魔法を教えてもらう以上、隠し事は良くないわね」


 別に重要な内容であるなら隠していても構わないのに、とケイヴは思う。


 ケイヴは師匠から教えられていた、生者に情を持つなと。師匠はこのような事をケイヴに話していた。


「よいか? 生者に情を持てば、その者が足かせになりかねない。情を持てばその者の思考や行動に自分の思考や行動が左右されてしまう。情を持つのは……死者に対してだけにしろ」


 なるほどケイヴの目の前で秘密を暴露するミーシャはまさに、生者に情を持ち、秘密を開示させられてしまっているのだ。


 そしてこの時点でもう、ケイヴはこの2人の前から姿を消そうと思っていた。生者同士で情を結び合った仲なのは分かっているが、お互いを思うが故、行動を制約し合っている。


 さて、秘密とやらを教えられてどう断るか、とケイヴは考えていたが、続いてミーシャの口から告げられる内容にその考えは吹き飛ばされた。


「私は、仇を討ちたい……私の村を襲い、村の皆を殺した人をこの手で殺したい……それだけのために私は旅をしているの……ちょっと前までは祖母の元にいたけど、祖母も先日他界して、私たちは身寄りが無いから、セレーナを連れて旅を始めたのだけれど……」


 ミーシャはチラっと申し訳なさそうな視線をセレーナに送る。それは仇討に妹を巻き込んでしまった申し訳なさからか。


 一方のケイヴは考えを別の方に巡らせる。確かに村レベルに起きた事件であれば、ちょっとした噂話程度で立ち消えてしまう事もあるだろう。だが村人皆殺しといった凄惨な事件ともなれば、流石にケイヴの情報網にも乗ってくる。


 今まで「村が全滅」といった情報はいくつか聞いた。魔物の軍団に壊滅させられただの、疫病が流行っただのといった情報はあった。だがケイヴの情報網に信ぴょう性のある情報として乗ってこなかったのは今までは「自分の村について」だけであった。


 もし話が本当なら、2例目である。もちろん嘘を付いている可能性も否定はしないが、ミーシャの顔は真に迫っており、これが嘘であるなら大した役者である。


 続けてセレーナの顔も見る。セレーナも悲し気に顔を伏せているため、両方が人を騙すのに長けた詐欺師か、または話が事実であるという事だ。


「そうか……悪いが明日1日考えさせてくれ。ついでに聞きたいのだが、2人の住んでいた村はどこにあった? 大体の場所でいい、教えろ」


 ケイヴは自分と似たような境遇である2人に思わず情が移りそうなのを必死で耐える。生者に情が移り正確な判断を下せなくなることは避けたい。


 幸い今滞在している街と自分の村の間に2人の住んでいた村はあるようだ。墓参りついでに立ち寄る事の出来る場所にあるため、明日1日あれば十分だろう。


 弟子にするかどうか、それは……実際に確認してから結論を出す。

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