第四話 仇討のための仮面
「……はっ!!」
燃え続ける家の中で気を失ったはずのソイルは目を覚ます。そこは村から少し外れた川原であった。いつの間に自分はこんなところに……?
「ほっほっほ、目が覚めたようじゃな」
ふと目を覚ますと、そこには爺さんが一人、川から水を汲んでソイルの所に歩いてきていた。
「さて、とりあえず水分でも取って顔も洗いなさい」
ソイルは体の節々の痛みを感じながら起き上がる。そして皮膚が所々ヒリヒリするのを感じる。
これは、熱い物を触った後によくある、火傷のようである。
つまり、先ほどまでの光景は……夢じゃなかったのか。
老人から渡された桶の水を礼を言い受け取り、まずは喉を潤す。そしてそのまま顔を洗おうとして桶を覗き込むと……
――顔面の左半分が焼け爛れ、まるで怪物のような見た目になってしまった自分の顔が水に反射して見えた。
「わ!! わぁ!!」
思わず手桶をはねのけ、水を全部こぼしてしまう。
「あ、ご、ごめんなさい……」
「何、気にする事は無い。ワシももう少し回復技が使えれば治してやれたかもしれんのじゃがの……その顔の傷がそれ以上悪化する事は無かろうが、その顔の火傷は一生消えないじゃろう……奇跡的に生き残ったお主を助けるので精一杯だったんじゃ」
老人が申し訳なさそうに告げるが、ソイルはそれどころではない。
「あの、金髪の剣士には会いませんでしたか?」
あの場でレヴァイがソイルを見逃したのかどうかは分からない。だがソイルの記憶にはきっちりと残っている。
「はて、そんな剣士おったかのう?」
老人は首を傾げる。という事は、老人とレヴァイは行き違ったのだろうか?
「さて、お主じゃがこれからどうするかの?」
決まっている。皆を殺したレヴァイを殺す。
だがソイルはただの村の少年である。戦いの技術など持ってる訳が無い。
どうするべきか、とソイルが試案している姿を見て、老人が愉快そうに笑う。
「ほっほっほ、あの惨事に遭っても生きる希望を捨てては居ないと見える。どうじゃ? お主、ワシから生きる術を学ばぬか? とは言うものの、真っ当な術かと言われると違うかもしれんがの」
「……お話だけ、聞かせてください」
全てを失ったのだ、今さら真っ当な方法で生きられるとも思えない。仮に生きられるとしても……この顔の火傷がそれを邪魔するかもしれない。
それになにより生きる目標が仇討ちなのだ。その時点で既に真っ当ではない。
「ふむ、ワシは引退している身ではあるが、元裏稼業……簡単に言ってしまえば暗殺者だったのじゃよ。じゃから、暗殺術を教える事が可能じゃ、それに……」
「それに?」
「暗殺術にも色々と種類があってな、その中の仮面術という術があるのじゃが、これを駆使すれば火傷は治せないが、火傷を気にせずに街を歩く事くらい出来るようになると思うぞ」
なるほど、やってる事が後ろ暗いものの、それをこなすだけのリターンはあるという事か。
「じゃが暗殺術の道のりは想像以上に険しいぞ。ターゲットに気が付かれずに近寄るため、時には戦士、時にはスナイパー、そして時にはヒーラーや魔法使いの真似事をする事もある。つまり、全職業の能力を伸ばす必要があるんじゃ。耐えられるかの?」
なんだそんな事か。そんな事、家族を失う事に比べたら大した辛さじゃない。
「お願いします」
◇
こうして師匠の元で修行する事数年、勇者が魔王の四天王の一人を撃破したという情報が入ってきた。
だが勇者は単独で行動しているため進攻速度が遅く、しびれを切らした国王が国中から勇者支援のためのパーティーメンバーを募集する事となったそうだ。
「さあ行け、我が弟子よ! 勇者パーティーに入り込み悪逆非道の限りを尽くそうとする輩を排除してくるのだ!!」
「はっ!!」
本来なら今すぐにでも勇者を殺害したいのがソイルの本音だが、それをしようにも魔王という存在が邪魔なのである。
魔王は勇者しか倒せず、勇者が倒れてしまっては魔王は世界を滅ぼすだろう。だからこそ魔王を倒す前の勇者を殺害してしまってはいけないのだ。
自分の仇を助けるようで気が進まないが仕方ない。ソイルは仮面術で姿を変え、そう割り切ることにした。
◇
とある街の酒場。そこで女の店員にちょっかいをかけながら大声で騒いでいる一人の戦士が居た。
「まったくよ、国王も俺を直接指名しろって言いたいぜ!! なんてったって、単独でドラゴンスレイヤーとなった俺様が居れば魔王なんて恐れるに足らず、なんだからよ!!」
ガッハッハ、と叫びながらエールの入ったジョッキを次々に空にしていく。
「そうだなぁ、国王からの報酬は、世界中の美女500人くらいと俺のハーレムを作らせるか。もちろん女は俺が指名したやつを強制徴用な!」
この男、実力は確かなものの女癖が悪すぎるともっぱらの評判であるのだ。こんな男が勇者パーティーに居ればすぐに女性問題を起こしたり、和を乱す恐れがある。
「へぇー、お兄さんそんなに強いんだぁ、強い男の人って好きだなぁ」
その男の隣に、1人の女性が座り話しかける。年の頃は酒場に居るどの女性よりも若く、サラっと流れるような長い栗色の髪と男を見つめる潤んだ瞳。
若さからくる瑞々しい肌と、スレたような印象もなくどこぞのお嬢様かと言わんばかりの物腰。そして派手にではないが的確に女性特有の部分をアピールしてくるような服装。
――間違いない、今まで会った女の中で一番の上物だ。
男はそう確信する、そして、絶対に自分の物にしたいとさえ思う。
「おう、むしろ俺が目立ちすぎて勇者が可哀想になるかもなー」
「そんな男性とお付き合いできる女性なんて、幸せものだわ」
イケる!男はそう確信する。
「俺様のハーレムに入りたいってのは見る目があるな、お嬢ちゃん。だけども、俺様のハーレムに入るための試験は厳しいぞー」
「えー、どんな事するんですかー」
「がはは、お嬢ちゃんなら特別に、今から一次試験やってあげてもいいぞー」
「きゃー、でも、そんな強引な男の人も素敵」
「ガハハ、じゃあ、一緒に試験会場に行こうか!」
男と女はそのまま、夜の闇に消えて行った。
◇
「うっ!!」
男はそう短く叫び、そのまま倒れ伏す。
「ふぅ、任務完了」
女はそのまま左手で顔を覆い数秒後、顔から身体から大きく変形し、あるべき姿に戻る。
ソイルその人である。
「くっそ、姉さんの姿でこんな事することになろうとは……姉さんごめん」
ソイルは姉にまず謝罪すると、絶命したばかりの戦士の死亡確認を行う。
――OK、ちゃんと死んでる
ソイルは左手でその戦士の瞼を閉じる。
ソイルの使う仮面術、その能力とは「自分が死を看取った相手の姿を使え」「その人の生前のジョブ能力が強化される」能力であった。
さて、と、ソイルはそのまま男の姿に変身する。このままこの場を去ろうとも思ったが、自分の顔は特徴的過ぎて覚えられるだろうし、姉さんの姿で出て行くのも姉さんを殺人の容疑者にするみたいで嫌なのだ。
それならば、この男の姿で堂々と宿を発ち、しばらく混乱してもらった方がいいだろう。
こうして、ソイルは続けて実力は高いが素行が極端に悪い勇者パーティー候補の人間を次々と暗殺していったのだった。