第三話 追放ヒーラーは懐かしい夢を見る
ソイルは夢を見ていた。
あたたかな家族、両親、そして、6歳年の離れた優しい姉。
姉には婚約者がいた。それは自分にとっては優しい近所のお兄ちゃんだったが、世間一般ではそうではないらしい。
皆は言う、救国の英雄、勇者レヴァイと。
神から信託というものが降りて来たとか、そのような事を村の大人が言ってたのを思い出す。そして、その信託が降りたと言う時期と重なりレヴァイは村に居ない事の方が多くなった。
姉はレヴァイが村を離れている間、元気の無い様子で居る事が多くなった。だからこそ姉が無事でいられるよう、そして帰ってくるレヴァイも笑顔で居られるよう、姉を守ると誓ったのだ。
ソイルは暇を見つけては、飛び膝蹴りの特訓をするようになった。この技はソイルがまだ幼い頃、魔物に襲われ逃げる途中で転んだ時にソイルを守るためにレヴァイが使った技である。
「XXX、伏せろ!!」
レヴァイがそう叫び、ソイルを守るように魔物にお見舞いしたのがこの技である。
「レヴァイ兄ちゃん、すげー!! 僕にも今の技、教えて!!」
今思えば、飛び膝蹴りをマスターしたところで魔物を追い払う事すら難しいだろう。レヴァイの飛び膝蹴りが魔物を追い払えたのもきっと、勇者というものの影響なのだろう。
それでも、当時のソイルはこの飛び膝蹴りが最強の技と信じて疑わなかった。
弟に危ない事を教えるなと怒っていた姉、それでも俺に飛び膝蹴りを教えてくれたレヴァイ、そしてその技が皆の笑顔を守る最強の技だと信じて疑わないソイル。
飛び膝蹴りは危ない行動ではあったものの、ソイルにとっては笑顔を守る最強の攻撃技だったのだ……あの時までは
◇
――レヴァイが久しぶりに帰ってくる
その日、村はまるで祭りでも始めるかのようにあわただしかった。ただそれも、嫌なあわただしさではなかった。
姉はいつにも増して上機嫌であり、笑顔で料理をしている。笑顔の溢れる村、笑顔の両親、姉。そして「ただいま」と笑顔で言ってくれるであろうレヴァイ兄ちゃん。
これらすべてが、ソイルの守りたいものであった。
「あら、木いちごが無くなってるわね。しまったわ、取りにいかないと……」
レヴァイ兄ちゃんは姉の作る木いちごのタルトが大好きだったのだ。だからこそたまに帰って来た時は好物である木いちごのタルトを作って歓迎するのがいつの間にかイベントとなっていた。
「それじゃあ、僕が取ってくるよ!」
「大丈夫? 無理はしないでね、XXX」
「大丈夫大丈夫! それに、兄ちゃんも新鮮な木いちごの方が嬉しいだろうからね、行ってきます!!」
こんな幸せな日々が、簡単に崩れ去るなんて当時のソイルは考えもしなかったのである。
◇
木いちご取りに夢中になってたらすっかり遅くなってしまった、と、ソイルは帰路を急ぐ。
もしかしたらとっくにレヴァイ兄ちゃんは到着してて、ソイルの帰りを待っているかもしれない。
――もしそうなら、心配をかける前に帰らないといけないな。
そんな事を考えながら帰路を急いでたソイルだが、ふと違和感を感じる。
――遅い時間なのに村のある場所がやけに明るい……
――何だか、尋常ではない量の煙が出ている……
――どこかしら、焦げ臭いようなにおいが……
「!! まさか!!」
ソイルは村へと駆け出す。自分の予想は外れてて欲しい、きっと何かの冗談だ、そう思いながら。
だが現実は非常であった。
赤々と燃え盛る村、そして、道端に倒れ伏す村人。
どの村人も命を奪われている。あるものは背中を一刀両断され、また子供を庇おうとしている母親は背中から息子ともども貫き通され両方とも絶命していた。
――一体だれがこんなことを……
「そうだ、姉ちゃん!!」
ソイルは最悪の結末を考え、その最悪の結末が思い過ごしである事を祈りながら家路を急ぐ。
道中、赤々と燃え盛る炎の熱がソイルの行く手を阻むものの、そんな事ではソイルの行く手を阻む事は不可能だ。じりじりと熱が身体を痛めつける感覚を感じながらも、ソイルは燃え盛る我が家の扉を開ける。
「!!」
燃え盛る炎が包み込む我が家では、両親、そして姉が微動だにしない状態でその場に倒れ伏していた。
「父さん、母さん、姉ちゃん!!」
ソイルは父、母、そして姉を次々と揺り起こそうとするものの、誰もが動こうとはしない。だが姉にかすかに体温を感じたソイルは姉を抱きかかえ起こそうとするが……姉は既に事切れており、かすかに生きていた証を体温として残していただけであった。
「……」
後悔の念がソイルを襲う。あの時、自分が木いちごを取りに行くなどと言わなければ、時間をかけずにさっさと帰ってくれば、姉を守れたかもしれないのに。
絶望に打ちひしがれながら、ソイルは姉の瞼を閉じさせる。
そして、その燃え盛る家の中でどれだけそうしていただろうか。
――ガラガラガラッ
ソイルが音に気が付いて上を見上げると、焼けて耐久度が落ちた家の屋根が崩落を始め、そしてそのうちの焼けた木材の一片がソイルの顔目掛けて降って来ていた。
――くっ……
もはや生きる気力もない。このまま自分は死んでしまうのか……それでもいい
そう考えていたその時であった。
――カチャリ、カチャリ
金属製の靴でも履いたような人間の足音にソイルは目を向けると、そこに立っていたのはレヴァイであった。
「レヴァイ兄ちゃん!! 父さんを、母さんを、姉ちゃんを助けてよ!!」
ソイルは熱で痛みを感じている身体も、カラッカラに乾いた喉も気にせずにそう叫ぶ。
自分が弱者だから守れなかった、でも、レヴァイ兄ちゃんなら……自分が情けなく思う。
「……」
だがレヴァイはそんなソイルを見下ろすだけであった。いや、それだけではない。
レヴァイの着用している鎧には所々赤黒い色が付き、持っている抜身の剣からは若干乾いてはいるものの、粘り気の強い赤黒い液体が……
まさか、まさかまさかまさか
「レヴァイ兄ちゃん……もしかして……これ全部、兄ちゃんが……?」
レヴァイは応えない。ただその表情に変化が生まれる。
ソイルの言葉にただ口角を上げ、ニヤリと笑って返す。
その瞬間、ソイルは自分の中で周囲の火事にも負けないほどの強い憎悪の炎が巻き上がるのを感じた。
――目の前のこいつが、村のみんなを、両親を、そして、姉ちゃんを!!
絶対に許さない、絶対に、お前の命を持って償わせる!!
だが体力の限界に襲われ、ソイルは気を失った。