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第十話 弟子を取った日

 日が昇らんとする早朝、道を少し外れたところを疾走する一つの黒い影があった。ケイヴその人である。


 今は戦士形態の変身を解除し、元の自分の姿になっている。


 元の姿――つまり黒衣を身に纏い、顔が半分爛れている姿である。


 ケイヴは仮面術での変身を覚えてから何年も、この姿で人前に出た事は無い。


 そして偽名を使う事にも慣れてしまったため、最近自問自答をする事がある。


――本当の自分はどの姿だっただろうか。そして、自分の名前は何であったのだろうか。


 そんな疑問を浮かべながらもかぶりを振り、墓参りのために自分の村に急ぐ。


 そして太陽が顔を出し、周囲の動物が眠りから覚める頃-―ケイヴは彼の村に到着した。


 実に1年ぶりである。あの事件は既に10年以上前の出来事であり、村だった時の姿も跡形も無い。


 一部燃え残った村を覆う柵の残骸、燃えながらも最後まで立ち続けたであろう、黒く焦げた家の中心の柱、既に蔦に覆われているが石を組んだ井戸の残骸そして……何年も人の往来が無かったがために、村の道出会った場所にうっすらと生え始めた草。


 この草も、あと何年もすれば周囲の草と同じくらいに生え揃い村の形すら忘れ去られてしまうのではないか、ケイヴはそんな感覚に陥ってしまった。


 村の入り口、そのあたりにケイヴは墓として石を積み上げた物を用意した。


 あくまで自分がお供えをするための目印といった所であったが、どうやら先客があったらしい。


 花束が供えられ、その前に置かれている。


 その花束を見るに、供えられて何日も経っていないようだ。自分以外にもこうやってお供えをしてくれる人が居る事に、ケイヴはただ単に感謝しかなかった。


 この村の事を覚えてくれている人が一人でも居る、それがケイヴにとっての励みともなる。


「村の皆、姉さん、遅くなってごめん」


 ケイヴは墓の前で膝を着きながら優しく語り掛ける。


 その声は普段のケイヴの声と比べてもとても柔らかく優しい、そして、その表情はどこまでも優し気である。きっとその表情を見た人は顔が半分爛れている事を加味しても、ケイヴの事を笑顔が素敵な人と評するであろう。


 ケイヴはこの村の墓にお参りする時だけは、村の少年で居られるのだ。


 いや、ケイヴも既に20代の中頃に差し掛かる年齢であり、少年と評するのはいささかおかしな話ではある。童心に帰る、またはこの場に居る時だけ安心が出来る、といったほうが正しいだろうか。


「今日は姉さんのクッキーを真似して作ってみたんだ。姉さんの作るクッキーには劣るだろうけど、皆で食べてくれるとうれしいな」


 ここに置いて行ったところで野生動物のエサになってしまうだけだ、それは分かっている。それでもケイヴはお供え物として作ったクッキーを墓の前に備える。


 そのまましばらく、ケイヴは自分の身の上の報告を一人で呟く。きっと天国に居る皆が聞いてくれていると信じて。そして……


「じゃあ、俺はもう行くね」


 ケイヴはそのまま踵を返すと、一目散に走り出した。


 決して振り返らないよう、その瞳は先ほどまでの少年のような優しい目つきではなく……敵であれば容赦なく殺す事の出来るであろう人間の、冷たい目であった。



 帰り道、ケイヴは寄り道をしていた。ミーシャとセレーナに教えられた村の場所、その場所を確認するためである。


 ほどなくして、ケイヴはその村だった場所を発見する。その瞬間、ケイブの顔つきがさらに険しくなった。


 同じなのだ……いや、恐らく自分の村よりも後に起きた事であろう。


 まだ村の道だった場所に生い茂る草はそれほど成長はしていない、だがそれでも……同じなのだ、自分の村と。


 ケイヴの頭に一つの考えが浮かぶ。


 ケイヴの村も、勇者の襲撃による焼き討ちがあったと言うのにその情報は不自然と言っていい程広まって居なかった。


 当たり前だ、人間を救う側の勇者が人間の村を襲撃なんて、仮に事実であってももみ消さねばなるまい。


 そしてこの村の破壊のされ方が一緒である。とりあえずケイヴはこの村にも適当な石を積み上げ墓を作る。そして自分の村で供えたクッキーの残りを供えつつ、ある考えに至っていた。


「ミーシャとセレーナの仇とは、もしかして……」



 夕刻頃、墓参りを終えたケイヴは街に戻り、戦士の姿に変身してから宿に戻る。そして姉妹を自室に呼びつける。


「ケイヴさん、入りますね?」

「師匠!! 失礼します!!」


 ミーシャとセレーナが入ってくる。


「ああ、済まないな。ちょっと聞きたいことがあってな」


「何でしょうか?」


 改まって尋ねられ、ミーシャが緊張からか身体を固くする。


「お前たちの仇ってもしかして……勇者か?」


「「!!」」


 2人は答えず、努めて平静を保とうとしているが……ケイヴはそれで全てを察した。


「そうか、なるほどな……俺の技術でよければ教えよう」


「そうですよね……救国の勇者様を仇として追う人間に対して利益になる事なんて……え?」


 断られると思ったのだろうか、顔を伏せて悲し気に呟いていたセレーナが、ケイヴの返答に驚き顔を上げる。


 ミーシャの方も驚きの表情でケイヴを見ている。


「何故、って顔をしてるな? 2人には話すが、俺も2人と同じなんだよ。勇者に村を襲われ、大事な人たちを奪われた。俺は勇者が憎い、でも、救国の勇者を殺してしまうと魔王の脅威を防げない。だから、勇者が魔王の脅威を退けた直後……暗殺をしたいと思っている」


 暗殺、などという物騒な単語が出てきたせいか、ミーシャとセレーナに動揺が走ったが、元から仇討などという物騒な発言をしている2人が何を動揺しているのかと。


「セレーナ、回復魔法と攻撃魔法を教えてやる。ミーシャ、戦闘技術はそれなりにあるようだがあの山賊に苦戦するようじゃダメだ。お前も鍛えなおしてやる。そして俺達の仇討ちのためには、魔王城に俺達の3人で単独で潜入する必要がある……それも勇者が魔王城を攻略するまでにというタイムリミットもな。そこまでの覚悟は、あるか?」


 ミーシャとセレーナはお互い顔を合わせていたが、やがて


「ええ、私たちを鍛えてください、ケイヴさん、いや、師匠!!」

「ありがとうございます、師匠!!」


 ミーシャとセレーナはケイヴに頭を下げる。


「あー、一応俺が師匠という事だが、仲間でもある。だからその……普段は仲間として接してくれ。無理に丁寧に話す必要は無いし、師匠呼びはやめてくれ……」


 こうして勇者の命を狙うパーティーが一つ、生まれたのであった。

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