ファイヤーウォール
フレアの放った炎は、一瞬にして周囲の木々を消し炭に変えた。だが、俺の立っている周りの地面には、何事もなかったかのように緑が残っている。
火の柱に包み込まれる直前に、身体に蓄えた魔力を変換し、俺の回りに防火壁を形成して耐えたのだ。
「ぷはーっ、半生のローストチキンになるかと思ったぜ!」
「ふぇ!?」
手を広げ、余裕しゃくしゃくの体でうそぶくと、そんな俺の態度を見たフレアはあんぐりと口を開けて驚いている。
俺は胸ポケットから葉巻を取り出し、口に咥えたまではいいが、手が震えてなかなか火が付かない。
「い、今のはちょ、ちょーっと手加減し過ぎたの。つ、次は跡形もなく消し炭に変えるの!」
「ふっ……」
ようやくついた葉巻の火をくゆらせながら、俺はクールに笑って見せた。
唇の震えに気付かれないように――
「何度やっても無駄だ。お前の魔法は俺には効かない!」
これは嘘だ。
なんせ、俺の身体に貯まっていた魔力は、防火壁を形成するのにすべて使い切ってしまったのだから。
「そ、そんなのやってみなければ判らないの!」
確かにその通りだ。
お前が軽く攻撃してくれば、生身の俺は死ぬだろうよ。
これはまずい。
考えろ!
俺の中には、前世と合わせれば、60年間の知識と経験の蓄積があるんだ。
考えろ!
フレアはじっと俺を睨んでいる。
俺がハッタリをかましたことを見透かされたら一巻の終わりだ!
「――ん? お前、いやに落ち着いているよな?」
「わたしはいつでも落ち着いているの!」
「げほッ―― 嘘つけ!」
思わず自ら吐いた煙にむせてしまったが、明らかに俺に喰らいつこうとしていた奴と同一人物とは思えないほど、今はすっかり落ち着いている。
まるで憑き物が落ちたような表情だ。
しかし、どうやらその状況は長くは続くことはないらしい。
フレアの表情は少しずつ険しくなり、それに呼応するように左肩から魔力の光がにじみ始めた。
「……人間がこの森に来る理由を、お前は知っているか? 人間は魔女の力が欲しいんだ」
「魔女の……チカラ?」
「そうだ。魔女と同盟を組めば、他国との交渉が有利になる。だから王国の支配者はお前を喉から手が出るほど欲しがっているんだ。だが、お前は人間を拒み続けた。だから、他国に獲られるぐらいなら殺してしまえという命令が下されたんだよ!」
「くっくっくっ、愚かな人間の考えそうなこ――」
「――だが、俺はそんなつまらない理由でここに来たんじゃないぜ?」
俺が強引に言葉をつなげたものだから、フレアは獲物を横取りされた肉食獣のように、睨んできた。
俺は口から煙を吐き出し、葉巻を落として足で踏み消す。
失敗すれば、今のが最後の一本。
フレアの指先が俺の心臓に向けられた。
「俺の魅力でおめぇーをメロメロにさせに来たんだぜ!」
髪をかき上げて口の端を上げて見せると、フレアのこめかみにピキッと青筋が立った。
「消し炭になれ!」
その刹那、左鼓膜が彼女の声をとらえていた。





