俺、平凡な生活。
「タクミくーん?朝だよぉ?」
間の抜けた声が頭上から聞こえて、目が覚める。
「ん…なつひ……?」
「そうでーす、なつひですよー」
なつひは横になっている俺の目の前でひらひらと手を振る。
彼女の柔らかそうな茶色の髪が、朝日に透けて薄く光った。
何か夢を見ていたような。それもすごく悲しい夢を。なんだっけ…何かすごく、大切な夢だった気がするのに。
(夢って、思い出そうとすると思い出せないんだよなぁ)
(いや、じゃなくて!)
(な、なんでなつひがここに…)
どうやって入ったんだ?なつひの家はうちの隣のはず…と俺がベッドの上で固まっていると、
「鍵、開いてたよ。無用心。しっかりして?」
なつひは呆れ顔で肩をすくめた。マジかよ!? どうやら昨日、バイトで疲れ果てて施錠せずに寝てしまったようだ。
「で、鍵が空いてるからってなんでお前が入ってくるんだよ。今何時だ?そもそも」
「ん?6時」
「そこそこ早朝じゃねえか!」
枕元の時計を見ると確かに時刻は6時ちょっと過ぎ。
目覚ましは7時にかけている。
「だってだって、今日から新学期なんだよ?気合入れて起きなくちゃ!」
「意味がわからん…そんな早く登校したって、学校に誰もいないだろ」
「一番乗りで行きたいの!はい、夏休み気分終了!早く支度して!」
一体なんだっていうんだ。なつひは夏休みが終わったにもかかわらずウキウキとした様子だ。
やれやれ、このしっかり者で変わり者の幼馴染のことは、何年経っても理解できそうにない。
「わかったわかった。じゃあ顔洗って着替えるから、下で待っててくれよ。朝飯は…抜きでいいか」
「あっ!朝ごはんはちゃんと食べないとだめなの!」
なつひは小柄な体を大きく動かしてわたわたと慌てた。小動物感がすごい。
「実はね、もう作ってあるの…簡単なやつだけど……タクミくん、朝ごはん抜かしがちでしょ?ちゃんと食べないと」
「お前、見た目は妹っぽいのに、中身はなんかおふくろみたいだよなぁ」
「えぇっ!?」
なつひはなぜかショックを受けたような顔で立ち尽くす。
甘いタレ目の童顔が真っ青だ。
「おふくろ…」
なつひをほっといてリビングに行くと、テーブルの上には彼女が作ったらしい朝ごはんがあった。
湯気を立てていて、美味しそうだ。
(和食なのもちょっと、おふくろっぽいよな…)
俺の両親は俺が小学生の時に交通事故で亡くなっている。
だからおふくろの味っていうのは過去の記憶だけど……朝からあったかい味噌汁が食えるのは最高だ。
「おい、学校行かないのか?」
食い終わって、まだなぜかガーンとショックを受けているなつひに玄関から声をかけると、彼女はハッとしてこっちにぴょこぴょこと走ってくる。
(見た目はほんと、妹というか、小動物というか…)
(ん…?今ほんとに動物の耳みたいなのが見えなかったか?)
(まさか、見間違い…だよな)
「なつひって、子犬っぽいよな」
「え!?なつひは人間です犬じゃないです」
「? 知ってるぞ?今のは冗談だ」
「そっ…そうだよね!アハハ!なーんだ!さあ学校行くぞー!」
ショックを受けたり謎に焦ったり不思議なやつだ。
ドアを開けると、夏の気配が残る朝の風が吹き抜ける。
(二学期かぁ…ま、今まで通り、平々凡々、そこそこに、って感じかな)
俺は友達も多い方じゃないし、勉強も別にできない。
運動は…平凡どころか、結構苦手だ。
何か飛び抜けた才能があるわけじゃない、普通の高校生一年生。(ちょっと変な幼馴染はいるけど)
でも、そんな普通で平凡な毎日が俺は結構愛おしい。
「タクミくん?黙り込んでどうしたの?」
「いや、俺はこの毎日が気に入ってるって思ってな。平凡だけど、それが一番だ」
「………」
今度はなつひが黙り込んだ。やっぱり、変なやつ。
そんななつひに、どうしたんだよ?なんて笑いながら声をかけていた俺は、これからこの平和な日常が崩れるなんてもちろん、知るよしもなかったんだが。
少しでも気に入っていただけたら、☆☆☆☆☆をお願いします!