成瀬
成瀬はどんな男だったかと聞かれれば、よく分からない男だった、としか言うことができない。成瀬と僕は経営学部の同期だった。第一印象としては、仕事がよくできる男だった。物事の仕組みをよく理解していたし、要領も良かった。いつも仲間に囲まれていたし、信頼も厚かった。けれど、友達が多かったのかと聞かれれば、決してそうではなかった。彼は進んで友達を作ったりはしなかった。プロジェクトのメンバーとはよく喋っていたけれど、プロジェクトが終わると途端に連絡を取らなくなった。仕事に関しては優秀だが遊び友達としては退屈な男、というのが他の同期の共通認識だった。僕にしたって、その認識はさほど外れていないと思う。けれど、話し相手の女性に関して苦労はしていなかった。顔の造形は割に良かったし、声もまずまずだった。多くの女性は彼に好感を持った。彼は下心のようなものとは無縁の存在だったから、女性たちは話しかけやすかったのかもしれない。あるいは、下心を隠す努力を絶えずしていたのかもしれない。だとすれば、彼は相当な役者である。
大学の二回生のとき(二年生のことを二回生というのは関西だけらしい)、僕は成瀬からLINEをもらった。一緒に映画を見に行かないか、という誘いのLINEだった。僕としたら寝耳に水だった。成瀬とは二回ほど同じプロジェクトに所属していただけで、個人的な付き合いなんてものは皆無だった。二人きりで話したこともほとんどない。彼が僕を映画に誘う理由などないはずだった。映画を見たいなら女の子を連れて行けば良いのだ。僕はほとんど迷うことなく、彼の誘いを断ってしまった。彼との間の沈黙に耐えながらフードコートでご飯を食べるのは御免だった。彼はとても良い奴だけど、それとこれとは別の話である。
それ以来、成瀬から連絡は来なかった。大学で見かけることはあったけれど、特に声をかける事はなかった。彼は大抵年下の女の子を連れていたし、僕はさえない友達を連れていた。彼は僕の中で、謎の同期であり続けた。今でも時々考えることがある。もしも、映画の誘いを断っていなかったらどうなっていただろう、と。彼と仲良くなって、彼女の一人でも紹介してもらえたかもしれない。二人で企業することになったかもしれない。そういった可能性たちは、時折僕の頭の中を走り抜けていく。けれど、可能性たちは僕に対して、どんな些細な恩恵ももたらしてはくれない。考えても分からないことは、考えるだけ無意味なのだ。そのことは身をもって理解している。それでも、考えずにはいられない時がある。もしも、もしも、と考えているうちは、僕は別の誰かになることができてしまう。その感覚は僕には得がたいものだった。
次に成瀬に会ったときには、きちんと声をかけなくてはと、僕は思った。