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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

儂、王宮専属庭師。まだ死にとうない

作者: 魅社和真

ーそれはある日の朝。その日男はベッドの上で1人うなされていた。


普段早朝4時には起きてくる早起きな夫が8時まで起きてこない事を心配した妻が寝室へ起こしに来ると、男は既に起きており、ベッドの上で座ったまま荒い呼吸を繰り返していた。



「どうしました?あなた。どこか具合が悪いの?」



心配する妻が夫の背に手を当てると、それで妻の存在をやっと認識した夫は瞬きを忘れた血走った目で妻に向き直り、尋常じゃない程の汗を染み込ませた寝間着を力いっぱい握りしめ言った。



「シルビア………儂………儂は、あと少しで………死んでしまう!!」






儂の名はジルベルト・アークバウアー。

大それた名前とは裏腹に貴族でも何でもない、ただの庭師じゃ。


儂が働いておるのは王宮で、それだけが儂の唯一自慢出来ることでもあった。

…しかし、今となっては働かない方が幸せだったのでは…と思ってしまった。




44歳目前にして剪定が美しくないとの理由で当時働いておった公爵家の後妻に解雇され、新しい勤め先を探していた儂は幾つもの面接を受けた。


―だが…後妻が儂の酷評を広めておったのだろうか。経歴にも腕にも問題が無かったにも関わらず皆一様に「剪定後の見栄えが悪い」との理由で儂は新しい勤め先を得る事が出来なかった…。



そんな儂が人生の全てを掛けエントリーしたのが庭師の技術や知識を競う大会、全庭師一斉展覧会だった。


おもに自分の屋敷で働かせている庭師を主人たちがエントリーし、己の屋敷の品位の高さや「○○様のお屋敷にはいつもこのような緑がお出迎えして下さるの?なんて洗礼された空間なんでしょう!」という交流の為に行われる大会だったが、儂は藁にも縋る思いでこの大会にエントリーをした。


この大会は、我が国の王族が主催しているので贔屓などは一切ない。という所に掛けたのだ。

うまく入賞すればどこか新しい働き口も見つかる、と。

まだ12歳になったばかりの息子が具の少ないスープを飲んでは口を尖らす姿を、儂はもう見たくはないのだ。



そんな思いで出場した大会は、儂の予想通りの激戦だった。

…あの方は木々の個性をよく理解している…あっちは…よくもあんなに難しい植物をあそこまで形に…!


儂は目の前が暗くなってきた。儂はこの中で一体どの程度出来ていると言えるのだろうか?自身がハサミを鳴らすたびに無くなっていくのを感じ、それにまた焦りだし自信を失う、悪循環。


そんな時、応援には行けないから、と息子と妻がくれた手拭いが儂の目に入った。


“親父、負けんなよ“  



…それは息子の言葉だった。


刺繍は妻が、言葉は息子のそれを見ていると不思議と手が勝手に動き出すような感覚に襲われた。

まるで、儂自身がハサミになったかのように。


今ならば何でも思い通りに切れる気がした…




結果から言えば、儂は準優勝だった。腰を抜かす所だったが、こんな所で醜態を晒す訳にもいかないので、力の入らない足を棒のようにして必死に表彰台まで歩いた。


…後から思えば、それも随分な醜態だったとは思うが当時の儂は息子に颯爽と表彰台に上がったと偽装をした。

「すげぇよ!親父!!」と肩を揉んでくれた息子に罪悪感がつのったが本当の事は言えんかった。これは墓場まで持っていこう。


しかし、あのハサミと一体化したような状態でも優勝出来なかったとは、優勝者はどのような化け物だったのだろうか?見れば普通のぽっちゃりした中年だった。そりゃそうじゃ。


しかし彼の剪定した木々は他とは明らかに違っていた。


まず、枝。縦横無尽に飛び交っているような自由な枝は一見すれば雑な剪定だが、よく見るとひと纏まりに統一性がある。まるで葉までもが一つの大きな葉を切って作ったかのような一体感。

しかも、枝にも葉にも全ての面から均等に日光が当たる設計になっている。一体あの短時間でどうやってこの設計を思いついたのか。

そしてそれを形に出来る事が何よりも凄いのだ。


まるで木が建設物のよう。と言ったのは誰だったか。この場で誰もがきっと彼には敵わないと思い知らされただろう。


そして準優勝の儂だが、先程の彼と比べるとあまりにもちっぽけで正直恥ずかしい。

しかし儂と家族の思いを込めた木が準優勝だと思うと何だか誇らしい。あの彼の次に美しいという事だ!


周りが何かを象ったようなモチーフの剪定に対し、基本的に丸みを帯びたスタイルが得意だった儂は今回もそのスタイルで挑んだ。


これは亡き母が好きだった形の剪定だった。

儂がこの形に剪定するとよく手を叩いて喜んでもらったものだ。

そんな丸みを帯びたスタイルは、先日他国より輿入れされた王妃様にも気に入って頂けた。



「貴方、素晴らしい剪定ね。この国にもこのような剪定方法があったのね!」



聞けば王妃様の祖国では、儂のような剪定方法が主流だそうだ。道理で今まで見なかったはずだ。


王妃様と剪定について話していると、王妃様を溺愛されているとの噂がよく入って来る陛下からなんと儂に王宮庭師として働かないかとの打診をして頂けた!!


儂は二つ返事で承諾すると、儂以上に王妃様が喜んでおられた。どうやら祖国の風を感じられて嬉しいようだ。

儂で力になれるなら、この命尽きるまでは他国に嫁いで来られた王妃様の御心を癒すために庭師として精一杯務めさせて頂こうと、この日儂は心に決めた。迷いなどなかった。





「儂は…っ!!今から1年以内に、何者かに殺される!!姫様がっ11歳になられる前に!!」



儂は縋りつくように妻の肩を掴んだ。そうしなければ理性を保てなかったのだ。


妻は痛そうに顔をしかめたが、それは一瞬で。すぐに儂を心配そうに青い瞳で見つめた。



「どうしたというの?あなた?…死ぬ?殺される?何か悪い夢でも見たのではないの?」




…そうだ。夢を、見た。…………昔の儂の…記憶の…


儂は妻の瞳の奥に、先程見た過去の景色を映した。




それは昔、姉が見ていたアニメだった。朝の7時からやっていた子供向けのアニメ。


変身シーンなどは無い、外国を舞台にしたような容赦のない死と裏切りの蔓延る女の子向けのアニメにその少女はいた。


少女は何も知らない無垢な子供だった。

優しい国王の父と可愛い母。意地悪な幼馴染の男の子に憧れの王子様。色んな人々から愛された少女はこのアニメの舞台、レイスロッド王国の姫であった。



ある日、姫は幼馴染の男の子と喧嘩をしてしまう。しかし自分が悪いという事が分かっていても姫は謝る事が出来なかった。


そこで姫は幼馴染の彼の祖父で、自身の大好きな庭師のおじいちゃんに仲を取り持ってもらおうと考える。


しかし庭師のおじいちゃんはそんな姫の企みなど一瞬で理解していた。



「ちゃんと謝りなさい。姫様は自分が悪い事に気が付いておられるのだろう?大丈夫。あれでもレイは姫様が大好きじゃからのぅ。すぐ許してくれよるよ」



そう笑い姫の頭を撫でると、姫も自然と謝ろうという気になった。元気よく庭師のおじいちゃんに感謝を告げた。



「ありがとう、じいや!!私、レイに謝ってくる!」



そう言って背を向け走り出す姫を見送っていた庭師は、姫に近づく怪しげな使用人を見つける。

何をしているのか問いただそうとした庭師は気づいた。その使用人が刃物を持っているという事に…





「姫様ぁ!!逃げなさぁぁいぃぃっ!!!!」


「…え?」



振り返った姫の視界が停止した。

何も動かない。屋敷の広い中庭で自分に背を向けるじいや。その先に見た事もない使用人。



徐々に灰色だった景色が色づいてゆく。

草木の緑、空の青さ、小鳥の黄色、じいやの赤。



赤。広がってゆく赤。


その色を認識した瞬間、停止していた視界が動き出しじいやはゆっくりと崩れるように倒れた。




「あ、い…いや…いやああああぁぁああっっ!!じいやあぁぁ!!やだあああぁぁ!!!!」




姫が初めて出した悲鳴は、姫が部屋から抜け出した事を知り捜索していた護衛の耳に届いた。


姫のもとへ駆けつける護衛の声を聞き、庭師を刺した使用人は一度姫に目を向けると悔しそうに目元を寄せ逃走した。



姫は泣いた。小さく鳴らしたしゃくりあげる声ですらじいやはすぐに気付き、いつも頭を撫でて慰めてくれた。


なのに、今。姫がどれだけ泣こうがじいやは起き上がってはくれない。頭を撫でてくれない。



『泣かないで下され、姫様。儂は姫様の笑った顔が大好きなんじゃ』



聞こえない慰めの声が脳裏を巡り、さらに姫は泣いた。



慰めに来てよ、じいや。笑えないよ。じいやが撫でてくれないと笑えないよ。



その思いも空しく、護衛が駆けつけたその後も二度と庭師は立ち上がる事も慰めてくれく事も無かった。



―この日姫は何者かから自分が…国自体が狙われている事を知った。姫が10歳の頃の事である。

そして2年後、姫は庭師の孫であった幼馴染の少年を連れ真実を知る旅に出た。





ちなみにこれはアニメの1話だ。ここから姫は出会いと人のありがたみ、汚さを知ってゆく冒険譚となっている。



…そう、この庭師が儂じゃ。儂は使用人の姿をした暗殺者に殺され死ぬ。


嫌じゃ、死にとうない!

その思いが体を震わせる。寒くはないのに、何かがとても寒くて凍えそうだ…



「……………暖かいスープでも飲みましょうか。きっとお疲れになっているんですよ」


「…ああ、そうか…もしれん…。ありがとう、シルビア…」



妻は本当に心配してくれている。しかし誰が、儂が儂でなかった頃の話など信じてくれようか。

現に妻は儂の殺されるかもしれないという話よりも、そんな夢で取り乱している儂を心配している。



どうにもならない。それに気が付くと儂は何故だか体の力が抜けてゆくのを感じた。


いつも通り生きるのだ。何も知らなかった頃と変わらず、愛する家族とともに死ぬまで…………いつ死ぬかなど、誰にも分かりはしないのだから。


妻が用意してくれたスープを飲み息を吐く。何かが凍えてスープでは温まらないが、妻の為に儂は精一杯安心したような表情を浮かべた。



「…落ち着いたよ、シルビア。ありがとう…心配をかけたな」


「そんな…夫婦ですもの。不安な時は仰ってくださいな。私でも力になれる事があるかも知れません。今日だって、日頃の不安が夢に出てきたのではないの?」


「………そう、だな。」



夢などではない。…あれは記憶だった。



しかしシルビアだって儂を理解しようとしていない訳ではない。昨日まで



『儂はこの命尽きるまで国王陛下、並びに王族の方々が心安らげるよう命の限り庭師を続けるぞ!!引退なんぞせんからな!!』



と農具片手に意気込んでいた儂じゃ。死ぬことに怯えるなど、夢でおかしくなったとしか思えんじゃろう。


だから妻に縋りつく事は出来ない。そもそもこの城から逃げるという選択肢も、儂の中には存在しない。



………死ぬしか、無いのだろうか………孫や、姫様。この国の行く末を見守る事は、出来んのだろうか。


スープを飲み干し、何かから逃げるように城の宿舎を出る。何かしていなければ気が狂いそうだ。

しかし城を出てすぐ、儂はあの方に声を掛けられた。




「じいや!!」



ドクリ



心臓が嫌な音を立てた。振り返れば淡い青色のドレスを着こまれた姫様が儂に向かって笑顔で駆け寄ってこられる。



………ここは、中庭じゃ…。まさか、今日…?今日わし、は…死ぬのか?



姫様の動きがゆっくりに見える。その間に儂は走馬灯のように想いを巡らせる。



待ってくれ。儂はまだ、育てていない花があるんじゃ。息子にも、まだ教えておらん剪定方法だってある。妻に、もっとありがとうと愛してるを言ってやりたい。孫の、恋の行く末だって、まだ始まったばかりじゃないか。



儂のそんな思いもつゆ知らず、運命は、儂のもう目の前で息を切らせていた。



「じいや!お庭の植え替えをするの?私にも教えて!」



……話題がアニメ1話の時と違った事に、儂がどれだけ安心したか…きっと姫様は分からんじゃろう。


…しかし…儂はいつまでこの恐怖に怯えながら生きてゆくのだろうか。


儂は悟られぬよういつもの笑顔で姫様と向き合った。



「おや、レイには教えて貰わんのですか?あれは姫様に教えてやる!とこの間意気込んでおりましたが…」


「…レイはいつも私をバカにしてくるもの…バカにしてくるレイに教えて貰いたくないわ!それに、私じいやに教えて貰いたい!!」



キラキラと目を輝かせる王妃様そっくりな姫様はレイよりも儂に教えて欲しいと申される。

孫には申しわけないが、儂も姫様に言われては断る事が出来ん。それにこんなに自分を慕ってくれよる子供をどうやったら無下に出来ようか。



「おお、姫様。儂のような一介の庭師の教えでよろしければ喜んでお教え致しましょう」


「…………じいや?どこか痛いの?さっきからずっと苦しそうよ?」


儂はその言葉に一瞬動きを止め、姫様を見開いた目で見つめた。


…驚いた。まさか姫様に気づかれるとは。


思えばアニメでもなかなかに聡い子だった。人の苦しみに敏感な姫様は、儂が殺された後に目覚めた不思議な力で苦しむ人々を救ってまわっておった。この洞察力は目覚めた力ではなく、元々だったのだろう。



「…いえ、儂はどこも…」


「嘘!私分かるわ!!じいやが何かに怯えて苦しんでるの!教えてよ、じいや!このままじいやに何かあったら、私どうすればいいの!?」



そう仰って儂の服を掴み訴える姫様。しかし…儂には……言えん。


“何かあったら”と言ったそれが死を指してはいない事など分かっている。姫様はまだ誰の死も知らない。今心配されているのは儂が居なくなる事か寝込む事だろう。


しかし儂は気になった。どうしても気になってしまったのだ。



「…姫様は、目の前に命の危険が迫っている方を見かけたら……どうしますか?」


「命の危険?倒れてるって事?」


うーん…と唸りながら姫様は考え込まれた。



……何を言っておるのだ、儂は。姫様に問うたところで姫様は死自体を知らん。完全に話す相手を間違えた。


申し訳ありません。忘れて下され。と儂が作業に戻ろうとすると、姫様は焦ったように儂を引き留めた。



「あっ!えっとね、私はね、じいややレイやお父様やお母様…大好きな人達が倒れてたら助けるよ!!でも、えっと、よく知らない人だったら、ごめんなさい、します。だって…私、この国のお姫様だから…。私が助けようとしたら、他の大好きな人達が私を助けようとして危ない目に遭うから…。」



そう姫様が仰られた時の儂の気持ちが分かるだろうか?


姫様は十分に自身のご立場を認識しておられた。安易に人は助けられないと。


儂はアニメを思い出した。アニメでも、姫様は無鉄砲に人助けを行う事は無かった。必ず周りに確認を取られ、さらに確実に助けられる確証がないと助けに入られなかった。

もし失敗した場合は儂の孫、並びに姫様に救われた者達が姫様をサポートしていた。


しかしその姫様が。儂であったら助けて下さると…仰ってくれた…


…そうだ、儂からではないか。姫様が武術を学びだしたのは。力をコントロールしようとなされたのは…。



守られるだけの姫が愛するものを守る為に強さを求められたのは、儂の死が原因だった。

目の前で儂が死に、駆けつける護衛に逃げる暗殺者を見て姫様はどう思われたのだろうか?


自分に力があったら。1人だったら何も出来ないからじいやといる時に狙われた。そう思ったのだろうか。



アニメの儂の死は無駄ではなく、その後も事あるごとに回想で儂が放送され姫様は己の無力さに涙を流されていた。



「…姫様は優しいのう。儂なんぞ、助けなくても良いのですぞ?姫様が元気で楽しく毎日を過ごして下さればそれで良いのです。」



…アニメの儂の気持ちが、分かってしまった…。



きっと、あの儂も思うたのだろう。この姫様を…残りの命を捨ててでもお救いしたいのだと…。

少なくとも、今の儂には先程まであった命への執着は無く、唯々姫様がこれから歩まれる人生に己が居ない事を悔いた。



儂が死ぬことで出会う人がいるのだ。救われる人がいるのだ。儂にはどうする事も出来ずとも、儂の死で覚醒した姫様ならば救える命が、星の数程おるのだ。儂の命の比ではない。


儂は与えられた役を投げる訳にはいかない。地下牢で虐げられている少年も、生贄に出される少女も、姫様でなければ、救えんのだ…。

只の庭師では、救えんのだ。



「そんな事言わないでよぅ!!じいやのばかぁ~!!じいやがいなきゃ、私笑えないよっ!絶対助けるもん!!ダメって言われても助けるもん!!」



ばかばか~!!と、儂の服を引っ張りながら姫様は泣かれた。


困った。やっと命を手放す覚悟が出来たら姫様がこれだ。


姫様の鳴き声に、先程から空気と化しとる姫様の護衛騎士がどうしたものかと右往左往しておる。しっかりせんか!!



「おい、姫様!爺様を困らせんなよな!!」


「わっぷ!…れ、レイ!!」



いきなり現れた儂の孫、レイが姫様の顔にハンカチを押し付ける。

姫様はポカンとされておるが、護衛騎士の目が鋭くなりおった!まずい!!



「レイ!!姫様に何をしておる!ちゃんとハンカチは手に渡さんかっ!!」


「はっ…はぁ!?いい、いいだろ!渡せば何でも!!だいたい鼻水だらけの汚い顔で泣いてたから顔に押し付けてやった…」


「レイッッ!!お前は少し立場を弁えんか!!」



ゴンッ!と重めの拳骨をレイに落とすと、いてぇ!!という悲鳴が小さく上がった。

しかし儂の説教で溜飲が下がったのか護衛騎士も目を通常に戻し辺りを警戒している。


…ふぅ。子供は突拍子もない事を仕出かすから怖いわい。



「レイ、ハンカチありがとう。洗って返すからね」


「…………好きにしろよ、いちいち報告なんていらねぇ」



ふん。と言って姫様に背を向け痛む頭をさするレイは、頬が姫様に見せられない程に紅潮している。分かりやすい奴じゃ。


儂の孫、レイは見ての通り姫様に恋しておる。初恋じゃ。

儂はそんな孫の恋を密かに応援しておるのだが、一国の姫と庭師見習い…叶わぬ恋じゃろうな。


レイも何となく叶わないと分かっておるから姫様にこのような態度をとるのだろう。ダメだった時に傷付かぬように。



…その傷付く時に、儂はレイの傍におれんのだろうか。つくづく命とは、時間とは残酷なものだ。



「…それより、姫様。今日は俺にあんだけ自慢してた乗馬のレッスンがあるんじゃねぇの?」


「ああ!!そうだったわ!!準備しなきゃいけないんだった!ごめんね、じいや!!また今度植え替え教えてね。居なくなっちゃだめだからねっ!」



行ってくる!と元気に、しかし儂を心配そうに見ながら姫様と護衛騎士は風のように去っていった。


全く困った姫様じゃ。人の気持ちに敏感すぎて困る…儂は一体どうすればいいんじゃ。



とりあえず生きている内に周りに教えられる事は教えていこうと自分の中で計画を組んだ時に思い出した。………レイはいつまでおる気じゃ?



「レイ?もう怒っとらんからいつもの草抜きをせんか」


「…爺様、死ぬのか?」



!!なんと聞かれておったのか!


儂が聞かれていたと思わず狼狽えた事で、レイは儂が死ぬという事に確証を持ってしまったのか眉をハの字にへにょりと曲げた。



「…やだよ。死ぬなよ。俺、まだ何も…教えてもらってねぇよ…」


「…人はいつか死ぬもんじゃ、レイ。人間如きに変えられるものじゃないんじゃよ、命という物は…」



レイに諭すようにして自分に言い聞かせる。


…そうだ。これは運命なのだ。今儂が知ってしまったのも、あと1年も無いという事実も、知ってしまった所で何も変える事は出来ない。

その結果、もっと大きな被害が出たらどうする?死なないはずの人が死んだら?儂1人の犠牲で済むのなら、それが一番正解に近い道なのだろう。きっと…



「知らねぇよ!んなモン!!生きろよ!!まだやりたい事だってあるんだろ!?爺様にだって!何もしないで現状を悲観して物分かりの良い老人気取って…爺様らしくねーよっ!!」



…10歳の子供とも思えぬ何処で覚えてきたのか気になる言葉に衝撃を受けたが、それよりも儂は言われた言葉に抑えられぬ程の筋違いな怒りを抱いた。



「儂が生きようとする事で!死ぬかも知れんのだぞ!?本来生きているはずだった人が!!回避などっ、出来る訳が無かろうが!!どうするのだ!その儂が生きる事で死ぬかも知れんのがお前だったら!!儂に生きろと言えるか!?」



完全に八つ当たりだ。恥ずかしい…50は違う子供相手に儂は何を言っているのだ。


しかし儂の口は止まらなかった。姫様にも…シルビアにも言えなかった事が何故かレイの前ではスラスラと言えた。


きっとレイが唯一儂の死を感じ取ってくれていたからだろう。

姫様は死を知らず、妻は明日も儂が生きている事を疑わない。そんな人達にこうやって怒鳴る事など出来なかったのだろう。儂は…


ああ、そうだとも、レイ。物分かりの良いフリを何度もしたが、儂は死にたくはない。もっと、息子を…お前を…いや、もっと先まで見たいのだ。このままずっと…。


儂が自分の本心に気づき、どこか脱力するように肩の力が抜けていくのを感じると、儂の反論に憤慨したように今にも噛みつきそうな顔でレイが咆えた。



「言えるに決まってんだろ!!バカにするんじゃねーよ!!俺に回って来るとしても言ってやる!死ぬなよ爺様…!!俺だって死なねぇように頑張るから受け入れんなよっ…!!」



…死なないように、なんてどうやって出来るかも分からないくせに簡単に言ってくれる。分かっていても避けられない死だってあるだろう。


…なのに、何故。儂は今こんなに心が震えるのだろう…。お前の言葉に、期待してしまうのだろう…。



「皆そうだ!行き止まりでそのまま立ち止まったままの人なんていねぇだろ!?探すんだよ、通れる道を!死なないで良い道を!!爺様が回避して俺に回って来たら、次は俺が回避する!そしたら俺の次の人だって回避するんだよ!!生きたいから!!」



まるで雷に打たれたかのようだった…


そうだ。それが人間じゃないか。何故儂は死を受け入れている?何故足掻こうとしない?


きっと儂はこの世界をアニメだとどこかで思っていたのだろう。意思の無い操り人形、割り振られた役割通りにしか行動出来ない平面の世界だと。


だから意思のある儂が変な行動を起こせば、意思の無い彼らは回避する術を持たないと思っていた。何と愚かで、何と傲慢な事か。



儂が生きたいように、他の人だって生きたいと願うだろう。ここは絵空事の世界ではないのだから…。


儂は靄がはれてきた思考で、その頭の奥にずっと隠れていた言葉を息を切らせるレイに投げかけた。



「…大丈夫か?生きても、いいのか…儂は…。それで他の者が死んだら儂は…」


「しつこいぞっ爺様!!そんな事言ってたら今だって知らない所で誰か死んでるだろ!でもおれは爺様が生きてるからその人の事はどうでもいいんだよ!!その人だって爺様に心配されても嬉しくもないだろ?爺様…救える人には限りがあるんだよ。全員なんて、無理だ…。だから、俺は…誰が死んでも、爺様に…生きていて欲しい…っ…」



うっ…うっ…と、最近ほとんど泣かなくなった孫が儂の為に涙を流すのを見て我に返る。

何か憑き物が取れたように先程まであった心をガリガリとヤスリで削られる感覚が急に無くなり、儂は考えるよりも先に孫を抱きしめた。



「すまん!すまんかった、レイ!!お前にそのような事を言わせて…っ!儂は、生きる!!生きてお前の恋を見守る!見守るからなっっ!!」


「………うっ、…ひっ、み、見守ん…な…ひっく…っ…あり、がと…」



最近頭も撫でさせてくれなかった孫が素直に儂に抱かれておる。一体どれだけ不安にさせたのだろう…。



アニメで見てきたから全ての人を救わなくてはいけない気がしていた。

きっとアニメでは語られなかった死もあったというのに…


レイの言う事は的を得ていた。儂の前世だっていちいちこの瞬間にも人が…と胸を心の底から痛めたりはしなかった。

きっと儂は、アニメに囚われ過ぎている。



儂は今、此処に生きているのだ。ジルベルト・アークバウアーとして。


アニメが始まる前から生きている。子供から大人、そして老人まで歳をとった。儂はアニメに出てくる庭師ではなく…ただ此処、レイスロッド王国で暮らす…王宮専属庭師のジルベルト・アークバウアーじゃ。



儂は、生きる。生きたい、何としても。



儂はそう胸を張ると、孫に突き放されるまでずっと孫を抱きしめた。








「…とは言ったものの…回避とは一体どうすれば良いのか…」



儂は1人花壇でせっせと花を植え替えぶつぶつと独り言を呟く。ちなみに孫は儂がうっとうしくて雑草を抜きに行ってしもうた。寂しいのう。


…確か儂は使用人に刺される予定だが、厳密に言えば使用人ではなく、使用人の姿をした他国の暗殺者じゃ。


姫様…というより、王家に代々伝わるとされる不思議な力を恐れた他国の王が姫様を暗殺しようとするのじゃ。

つまり、今。もう既に城内に入り込んでいるやも知れん。……儂の背に汗が伝った。


どうか暫く猶予があると良いのだが…いやしかし探すにしても顔を覚えておらんしなぁ…。



「…つまり、このアブラムシどもをどうやって寄り付かなくさせるかという事か」



そう言いながら儂自作のスプレーでアブラムシどもを駆逐していく。…暗殺者避けスプレーなどある訳もないしなぁ…。


シュコシュコとスプレーをかけながら不意に今育てている花に視線をやった時、何かを忘れているような不思議な感覚に襲われた。



「…………んー…?………あああ!!そうじゃ、クロコリスじゃあ!!」



そうじゃ、なんで分からなかったのか!!

儂が今育てている花によく似た赤色の花弁をした花。それはアニメで儂が刺された後、姫様の灰色になった視界がゆっくり色付くシーンで映っていた花じゃ!!


何故気付かなかったのか!あれは冬前に開花する花で、儂は今年の冬にはこの花で庭中を埋め尽くそうと計画していたんじゃった!!


となるとあの花が咲いていた頃は冬前後!儂が刺されるのは8ヵ月後辺りだということじゃ!!



儂は己の心臓がドクドクと高まるのを感じる。


まだ…間に合うかも知れない!!



…やってみよう。生きる為に、足掻いてみよう。儂はまだ…死にとうない!!

こうして、儂の長い生存物語は幕を開けた―…






まず、儂が第一にしなくてはいけないのが陛下、王妃様に危機感を持って頂く事だ。


陛下は王妃様によく似た姫様…メフィア様を溺愛されておられる。だから悪い虫…まぁおもに儂の孫や他国の王子たちなどに目を光らせ近づけないようにさせておられるが、一方で女性には全く警戒をされない。


あの暗殺者は女だったのでそれはいけない。女性にも何とか目を光らせてもらわなければ…!


そして王妃様。姫様には恋愛結婚して欲しいらしく、何かとパーティーなどを催そうとなされる。これでは入り放題だ。



両者とも姫様を思っての事だが、いかんせん偏りすぎじゃ。満遍なく警備を強化してもらいたいもんじゃ…

儂は庭でピクニックをしておられる王族の方々を遠めに見ながら心の中でため息を吐いた。



「…………姫様…」



おっと、こっちにも儂同様ため息を隠しもせず漏らす孫が!!青春じゃのう。



「なんじゃ、レイ。やきもちを妬いておるのか?」


「やき………やきも………っ!!はぁ!?ち、ちげぇ………ょ………」



声が小さくなりよる。驚いたように儂を見た後すぐに他国の王子に手を引かれ蝶々を眺める姫様に注目しため息を再度吐き出す。………隠してるつもりあるんじゃろうか?


ちなみにこの王子はアニメで姫様といい感じになる優男じゃ。隣国の第1王子で姫様との婚約を望んでおられる。


孫と姫様と一緒に途中から旅に同行するのじゃが完全に孫が当て馬じゃ。

孫とのケンカで傷付いた姫様を癒し、支え、告白した孫に背を向け走る姫様の脳裏をよぎる笑顔が眩しい紳士がこの男じゃ。気に食わん!!



「…………爺様、何でそんなに箒で何もない所掃いてるんだ?」



おっと、いかん私情が!!儂は孫にバレんように「しつこい蜘蛛じゃの!」と言葉を吐きながら孫から離れた。



「ジルベルト、ごきげんよう。お庭のお花たちがまた羨ましいと褒められたわ!いつも私好みのお庭にしてくれて感謝しているわ。」


「!!そんな、勿体ないお言葉です!儂はレイスロッド王国の為に尽力して下さる皆様が心安らげればと勝手にやっている事ですので!これからも皆様の為に丹精込めて庭を整備させて頂きます!」


「うむ。私も鼻が高い。これからもエレザ好みの庭を頼むぞ」


「!まぁ、あなたったら…」



ふふふ、ははは、と笑い合っておられるお二方は、儂と話す為かわざわざ人から離れた王宮の陰まで足を運んで下さった!!

一介の使用人が陛下達と話をするなど、今を逃せばいつになるか分からない!これはチャンスじゃ!!

儂は仲睦まじくつつき合いをされるお二方に失礼のないように相談を持ち掛けた。



「あの、仲がよろしい所恐縮なのですが、姫様の…メフィア第1王女殿下の事で聞きたい事があるのですが…よろしいでしょうか?」



その瞬間、先程までにこやかだった陛下の顔つきが変わった。



「メフィアか。申せ。お前の孫との婚約でないなら聞いてやろう」



儂の孫は平民じゃから考えとらんよ。愛人の枠は狙っとるが。



「いえいえ!めっそうもない!!そうではなく姫様の護衛が最近よく撒かれているようで…流石に王宮とはいえ2人しか護衛を配備しないというのは少なすぎるのでは?もし姫様の愛らしさを知った他国の人間が我が国の護衛や使用人になりすまし姫様に近づいた場合、それで姫様を守れるのでしょうか?」


「…………………………う………む………」



後半から陛下の顔色が見る見る悪くなっていった。儂は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。しかし言わねば!


本当なら「お菓子を貢ぐ前に警備をもっと雇え」とか「姫様の周りの男を排除する前に暗殺者を排除しろ」とか言いたい所だが流石に不敬だ。それに儂に暗殺者疑惑が出るかも知らんので追撃はやめておく。



「あなた…………王族の………」


「!!」



王妃様が何か耳打ちされた。少し聞こえた内容的に、儂が死んだ後に覚醒する姫様の魔法のような力の事だろう。あれは王族…この国の正当な王族にしか受け継がれない力じゃ。それを利用しようとする輩がおるという事を耳打ちされたのではないだろうか?良いアシストじゃ!王妃様!!



「そう…だな。メフィアの為だ。対処しよう。」


「!あ、ありがとうございます!儂も一安心です!!」



儂が心からホッとして息を吐くと、王妃様が目を細められた。娘を心配してくれていると感じて嬉しいのだろう。


姫様は儂にとってもう1人の孫のような存在じゃから、危険に晒して欲しくないのは本心じゃ。アニメの荒くれ者のような姫様も良いが、今の天真爛漫で愛情を一身に受けて育った姫様の成長が儂は見たい。



「ジルベルト。他に何か気になる所はあるかしら?」


「他…ですか………」



あるにはある。あるが………これは出過ぎた事なので言いづらくて濁してしまう。


しかし王妃様は聞いてくれようと自身の手を胸の前で握りしめて儂をじっと見つめておる…。



「えー、大した事では、ないのですが………」



…まぁ、言うぐらいなら良いんじゃろうか?所詮年寄りの戯言じゃ。


儂は固唾を飲んで姫様の方を指差し指摘した。



「…隣国の…あの青い髪の王子、姫様に馴れ馴れしすぎると思うのですが…」


「やはりお前もそう思うか!!ほら聞いたかエレザ!!あいつはメフィアに付きまとっている!私も馴れ馴れしいと思っていたのだっ!!」



陛下も王子が嫌いだったらしく間も空けずに返答された。

王妃様は、えー?…とあまりそう見えないようだが、男の儂には分かる。あれは姫様狙いじゃ!なんて手の早い子供じゃ!!


しかしそう思っていたのは儂だけではなかったようで、陛下とは驚くほど話が合った。周りの陛下付きの護衛騎士が困惑しとる。



「やはり男はまだ早いな!しばらくはパーティーも控え王宮で過ごしてもらおう」


「それがいいです!!姫様はまだ10歳なんですから、急いで相手を見つける必要もないと思いますよ!時が来れば相手はいずれ自分からやってきます!」


「迎えに!?それも良いわねぇ!あーん、迷っちゃうっ!!」



どうやらうまく丸め込めたらしい。やったぞ、孫よ!お前の独壇場じゃ!!


その後陛下達は姫様達の元へと戻って行かれた。しかし儂のミッションはパーフェクトじゃ!この先も気を引き締めて行かんとな!!






「ふむ…しかし護衛の強化と虫除けは出来たが、女の方はまだ解決しとらんな…どうしたものか…」



あのピクニックから10日経ち、姫様の護衛は先日8人に増えた。天井には影の者も付けているのだと王妃様が執事達に話しているのを見かけたのでこれで基本は大丈夫じゃろう。



「…しかし…雇う使用人に関しては儂からは言えんしなぁ…どうしたものか…」



儂ははしごに足を掛け木の枝に座り込みまたため息を吐く。心は恋する乙女のように姫様と暗殺者でいっぱいじゃ。



「おい。お前、サボっているんじゃないじゃろうな?まったく…姫様に好かれているからとでかい態度ばかり取りよって!この事は陛下にも相談させて頂く!スカウトだったらしいが、この堕落っぷりを知っていただければ陛下もお前などすぐ解雇なさるだろう。安心しろ、お前の代わりなど何人もおるわ!!」



儂を罵る声が聞こえ視線だけ下に向けると、執事長が両手を腰に当てながら生き生きしておられる。


…この執事長は、姫様がお生まれになる前は儂にも優しかったのだが、姫様が儂をじいやと呼ぶようになってからは儂を目の敵にするようになってしまわれた。


髪を後ろに撫でつけた端整な顔をした男だが、面倒くさい性格だからか伴侶も居らん可哀想な男じゃ。大方姫様にじいやと呼ばれたかったのだろう。

しかし姫様は儂をじいやと呼ぶので姫様は此奴を執事長と呼ばれる。笑いが止まらんわい!



「…………おい!何か言わんかぁ!!無視するなっ、この…!………き、聞こえとるのか?………ジルベルト…?………聞こえとらんのか…」



シュン…と背中を丸め肩を落とすこの男はきっと寂しがりじゃな。それ故に姫様にも懐いて頂きたいのだろう。


しかしいい年をした爺が無視されたぐらいでしょんぼりするでないわ。

…ん?執事長という事は使用人の雇用にも関与しているのではないか?しめた!使用人の事についてはこやつを通した方が早いぞ!!


そう気付いたらうかうかしてはおれん!儂は急いで木から降り、トボトボと足取り重く去ってゆく執事長の背に声をかけた。



「聞こえておるわい!そうやってすぐ儂から背を向けよるから姫様も儂の方が偉いと思ってじいやと呼んで下さるんじゃろうなぁ?」


「!!き…っ!貴様あああぁぁ!!わざと無視しよったな!?何て陰険な爺じゃ!!大体その口の利き方は何じゃ!?私は執事長じゃぞ!」



すぐに儂を振り返り大股で近づいて来る執事長。怒りに顔が紅潮して気色が悪いわい。

まあまあ、と執事長を宥めそれとなく使用人の事に触れる。



「使用人からの人気も儂の方があるしなぁ?この前も侍女のメル殿からお菓子を頂いた。お前は甘いものが苦手だから貰っとらんだろう?」


「何っ!?………………………………貰って、ない………………」



しょぼん。と先程の勢いはどこえやら…「私は微糖なら食べられる…」とアホなことを言っていじけよった。



「落ち込むでないわ。今度貰った時に儂からメル殿に微糖なら食べられるらしいと伝えておいてやるわい」


「い、いいのか!?…あっ!………………別に…………」



何じゃこのツンデレ爺は。吐きそうじゃ。今度は一瞬喜んだ自分への羞恥に頬を染めておる。


儂は顰めたくなる顔に力を入れて精一杯平常を装う。揉めて話を聞いてくれんのが一番困るからな。



「おおそうじゃ、そのメル殿で思い出したんじゃがな?採用担当は確かお主だったじゃろう?今月入った使用人もお主が採用したのか?」


「?当たり前じゃろう。私は執事長じゃぞ?侍女頭と2人で採用者を決めとるが、それが一体どうした?身内でも連れてくるつもりか?」


「いや、そうじゃなくてなぁ…その…へ、変な経歴の使用人などは、居らんかったか?」


「なっ!わ、私が怪しい人間を手引きしたとでも言うのか!!居らんかったわい!そんな怪しい人間は!大体今回の採用者は私の姪っ子とエルダ殿の娘と先程のメル殿の弟君じゃ!何か?私の姪っ子が怪しいとでも言うのか!?」



おっと、怒らせてしもうた。此奴とはどうも馬が合わん。いつも言い争いになってしまうわい。儂は何も言えず怒る執事長の向こう側の空を見上げた。


まぁこの3人の身内なら今月採用枠には不審者は居らんな。エルダ殿は侍女頭じゃし、メル殿は元々王妃様の乳姉妹だったと聞く。その弟君なら大丈夫じゃろう。そもそも何かあればメル殿が首を吊りそうなのでそんな危ない事はせんじゃろう。


頭の中で情報を整理しとると不意に浮遊感と首への圧迫感を感じた。見下ろせば執事長が儂に掴みかかってきておった!!止めんか!儂は喧嘩などしとる場合ではないわ!



「ち、違うわい違うわい!!姫様が新しい使用人を警戒しておったから聞いただけじゃ!しかしお主達の身内ならいらん心配じゃったの!姫様にもそう伝えておこう!」


「姫様が…?珍しい事もあるもんじゃ。あの警戒なんて言葉も知らん純真な姫様が…」



だって儂の作り話じゃもん。

本当の姫様は新しい使用人達にもう懐いとるよ。わしはこの人懐っこさが怖いわい…。


儂は執事長が手を離した事で大きく咳込んだ。それを見て執事長はバツが悪そうにハンカチを取り出して儂に差し出した。



「………すまんかった…。私の仕事をバカにされたような気がしてお前に当たってしまった…………………これ、使え………」



儂にツンデレしてどうしたいんじゃ?需要なぞないぞ?爺同士のラブストーリー。

儂は寒気がする肌をバレぬように擦った。儂には妻と息子と孫がおるんじゃ!!



「……いや、ハンカチはいい。すまん。それよりお主には使用人に気を配って欲しいのだ。姫様も年頃になられた。狙う輩が己の使用人を王宮に送り込み、攫おうと考える者も出始めるじゃろう。それを見極めて欲しいのだ。」



此奴はこれでも見る目だけは確かにある。初期からの姫様付き護衛騎士は此奴が拾って来た少年じゃった。

光る物がある。と連れてきて剣術を教える事2ヵ月で国内武術大会で優勝しおったのは此奴の見る目が本物だという事を物語っておるわ。

この少年は孤児でゴミを漁っていた所をスカウトしたらしいからな。儂には真似出来んわい。


儂がそう言うと執事長は何やらもじもじしよった。照れておるのだろう。そんなだからじいやと呼んで貰えんのではないか?



「見極める…?いつもやっておるが…」


「いや、いつも以上に、じゃ。内通者なんかも居るかも知らんからな。そしておかしな行動をする者がいたら陛下や本人に問いただすよりも先に儂に言って欲しい。考えがある。」


「な!何故庭師のおまえ如きに言わねばならんのだ!!立場を…」


「頼む、この通りだ。ニール」



儂は頭を下げてお願いをした。本当に、姫様もそうだが、儂の命も懸かっておるのだ!


一度怪しい人物を捕まえれば儂があれこれ言わずとも王宮の警備は強固となり、姫様がお嫁に行かれるその日までは安全に過ごして頂けるじゃろう。


姫様が旅立った後に助けられる人達は申し訳ないが頑張ってくれとしか言えん。儂だって助けたいが生きねばならんのだ。






………………にしても、長いな………

一体何をそんなに悩んでいるのだろうか?


気になり頭を上げて執事長の顔を見て儂はぎょっとした!



「な、なな何を泣いておる!?気色悪いのう!!」



号泣じゃ。今日一番気持ち悪いわい。しわくちゃの顔がさらにしわくちゃになっておる。これで結婚出来んかったんじゃな。納得じゃ。


儂の声が聞こえとるのか分からんが、えぐえぐと擬音だけ響かせ儂を一心に見てきよる。



「うっ、…だ、だってぇ…ジル、ベルトがぁ!………ひっ、久々に名前なんて呼ぶからぁ!!…………ばか!爺!…ううぅ…うれしい…………」





………………此奴はホモか?



爺に名前を呼ばれて嬉し泣きする爺…何て気持ちが悪い。

そうか、ホモだから結婚しとらんかったんか。でも儂、既婚者じゃから。孫、居るから。



すぐこの場を離れたいが、返事待ちじゃから離れられん………誰か助けてくれ!!



「ひっく…ん………いいぞ、ジルベルト…ぐすっ……………最初は、お前に教えて…やるわ……………ぐすっ」


「ああそうか!ありがとう!じゃあ頼んだぞ!儂は今から頼んでいた苗木を取りに行かなくてはならんから、くれぐれもよろしくな!じゃあな!」



儂は返事も聞かず最近痛み出した腰の痛みも忘れて全力疾走した。年寄りってこんなに走れるんじゃな……。


このまま居ればおかしな噂が流れそうじゃし、何より彼奴と少しでも一緒に居たくはない。儂は逃げ帰るように妻の待つ家へと走った。






「なあ、爺様。何か最近おかしくねぇ?俺や親父に隠れて何やってんだ?」



妙に勘の鋭い孫が穴を掘りながら問いかけてきた。別に隠す事でも無いし孫には少し手伝って欲しい事があるから正直に話しておこう。



「いや、この前のな?儂が死ぬかも知れんという話をしたじゃろう?あれを回避出来る方法を見つけたんじゃよ。」


「マジか!!すげぇ、爺様!その調子で長生きしろよ!」



ガッツポーズで儂に太陽のような笑顔で笑いかける愛孫。愛しい。



「ありがとうレイ。………それでな、アラインにも黙っていて欲しいんじゃが…儂に協力してくれんか?」


「親父に内緒で?いいよ!親父は頭硬いから全部否定から入るし話にならねぇもんな!!俺に出来る事なら何でも言ってくれよ、爺様!」



間髪入れずに即答してくれた。やっぱり儂はお前の恋を最後まで見守ってやるぞ、レイ!それが儂に出来るお前への恩返しじゃ!!



「すまないな、頼んだぞ。…と言ってもしばらくは大丈夫なんじゃが…」


「んー…早い方が俺的にも楽なんだけど…まぁいいや!で?俺は何をすればいいの?」


「実はな………………」


「ふんふん……………え、えええぇぇ!?…………う、うん…」



作戦を話すと最初は首を取れそうな勢いで振って拒否しておったが、最終的には引きつった笑みで承諾してくれた。これで一安心じゃ。



孫には損な役をさせる事になるが、儂では出来んからのぅ…。何とか姫様からあの青髪の王子を引き離したのは儂のおかげという話で頷いて貰えたわい。善行は積んどくもんじゃな!


…さて。あとは執事長が見つけてくれるのを待つだけじゃ。



儂は茜色に染まってゆく空を見ながら、新しい始まりを感じ1人身震いをした。

…この8ヵ月間、一度だって気は抜けん。儂は一番星にこれからの出来事に奇跡が起きるのを願い、部屋へと戻った。










ドックン…ドックン…と人に聞こえそうな程の大きな音で心臓が暴れ出す。



………ついに、この時が来た。儂は孫の居る部屋のクローゼットで数人の護衛騎士と一緒に孫を見張っていた。




事の発端は3日前。執事長が怪しい人物を2人見つけた。



「……お前の言う通り調べたが…アンネ殿、ミア殿の2人に不明な時間が何度かあるという事が判明した。内通者だというなら、この時間に誰かへ連絡をしている可能性もあるのではないかと私は思う。…………どうだ?これで満足か?」



フンっ!と儂を見下ろしながら自信満々に報告に来た執事長。儂は胸の高まりが抑えられんくなって、震える声で感謝を告げた。



「あ…ありが、とう…!!探して、くれたんじゃな!これで…やっと…!お前のおかげじゃ!ニールっ!!ありがとうでも足りんわい!!」


「あ………えっ、へ変な事を言うなっ…………ふんっ…!」



ゴニョゴニョと何か呟きながらもじもじと体を揺らす執事長。逃げるな、儂!今は耐えるのだ!!



「-で…一応先に教えておいてやったが、一体どうするつもりだ?まさか自分で捕まえるのではないだろうな?」



儂は不安そうに儂を見る執事長に引きつりそうになる口角を頑張って引き上げて厭味ったらしい顔で笑ってみせた。



「そのまさかじゃ。」






…さて、ではどうして儂が護衛騎士を引き連れクローゼットに居るのかというと、これは儂の作戦である。



儂は暗殺者が何か事件を起こす前に捕らえてしまおうと考えておる。しかしそれには協力者が何人か必要だった。



1人は使用人の動向を探れる者。1人は暗殺者をおびき出せる者。そして後はおびき出された暗殺者を捕らえる者じゃ。


儂はクローゼットの隙間からそっと外の様子を窺う。そこにはソファのクッションに体を埋めて隠れている姫様………の恰好をした儂の孫、レイが居る。

…そう、儂がレイに頼んだのは姫様の身代わりじゃ。



儂の作戦はこうじゃ。まず、姫様とよく遊んでいるレイの口から件の使用人2人に別々の時間に姫様がかくれんぼでどこかに隠れて見つからないという事を話す。


アンネ殿には13時に。ミア殿には16時にかくれんぼをするという事を世間話のようにレイに話してもらった。


そしてもう1人の協力者、執事長には姫様が隠れている場所を漏らしてもらった。



『姫様はいつも来賓用の部屋に隠れられる。あそこは庭師の孫も探しに来ないから絶対バレないとはしゃいでおられた。』



勉強もそのくらいやる気を出して頂ければいいのですがなぁ…と諦めたように零す執事長は本気で言っているようなリアリティがあった。此奴は役者にでもなれば良かったのではないか?


しかしその後儂にしか分からんように出来もせんウインクをしてきたのは流石に引いたわい。役者になっても人気は出んじゃろうな。


そんな訳で餌を撒いておいたのだが、飽きっぽい姫様の事じゃ。本当にかくれんぼにハマっていても、数日すればすぐ飽きてしまわれる。内通者ならば姫様が本当に居るか確認せずに暗殺者に知らせるじゃろうと踏んで儂は今、このクローゼットの中で息を潜めて待っておるのだ…



「ねぇ?じいや。今から何が始まるの?」


「お静かに。姫様。」



騎士がそう言うと可愛らしく両手を口に当て声が出ないようにされる姫様。


何故ここに姫様が居るのかと言うと、ここまで色々考えた儂じゃったが、先日の夜気付いてしまったのだ。

…そう、捕まえてくれる騎士が儂には居らんかったんじゃ。



儂と執事長が頑張って捕らえようとした所で儂らの戦闘能力は皆無。儂の武器は枝切バサミしか無い。…………ん?何か勝てそうじゃな…。



まぁそれでもアニメでは呆気なくやられていたのでこのままでは捕らえるどころか逆に返り討ちに遭いそうなので儂は焦った。


そして苦渋の決断ではあるが、姫様の護衛騎士を姫様ごと借りるという作戦を思いついた訳じゃ!


姫様は二つ返事で了承して頂けた。…-と言っても「クローゼットの中を案内して下さらんか?」と儂が言って姫様は案内してくれとるだけなんじゃが…。



来賓室のクローゼットは広く、どのような方が来られても良いように常に全国の民族衣装などが掛けられている。姫様は勉強の成果を儂に発揮しようと一生懸命説明してくれた。



『じいや!これはね、フィドラ王国の服でね、すっごくモコモコしてるの!!エルビスの毛皮で作ってて、風通しも良いんだよ!』


『おお、そうなのか!姫様は物知りじゃのう』


『えへへ…まだまだ分かるよ!これはねー…』


『…姫様、お静かに。誰かがノックもせずに入って来ました。』



そう護衛騎士が姫様を遮ると、姫様は驚いたように儂の背に隠れた。



そしてそこに現れたのは、姫様と同じ年頃の娘…もとい、女装した儂の孫…レイだった。

ソファのクッションを掘り返し潜り込んでいく様を姫様はプルプルと指をさしながら驚愕の表情で見つめている。



『え?お、女の子?………!じじじ、じいや!!ああ、あ、あれって、れ…』


『姫様!また誰か来ます。お静かに。』



儂の服の袖をクイクイ引っ張り儂に女装した孫の姿を見せようとなさる姫様。すまん、レイ。うまくいったらちゃんと姫様には説明するからな…

と儂が悔いていると続けてすぐ扉が開いたようだ。…物音ひとつしなかった…!






…そして今儂は隙間からその人物を覗いている。…間違いない。あの女はアニメで儂を刺した暗殺者じゃ!!



顔は覚えておらんが、あのツインテールは忘れはせぬ!

何を暗殺に来てるのに可愛さ重視の髪形をしとるのだと前世の儂は怒った。その怒りを目の前の揺れるツインテールで思い出したので間違いない!!



姫様の顔を知らんであろう暗殺者はレイが姫様だと思ったのだろう。ソファの上のクッションに体を埋めた姿を確認すると、音もさせずに刺身包丁のような刃の長いナイフを抜き出した。



儂、あれで刺されたんか!?そりゃ即死するわい!!いやいや、それよりレイ!!儂が囮にした孫が殺されてしまうっ!


分かっていたはずなのに、咄嗟に体は動かなかった。しかし、毎日鍛錬を積んでいた護衛騎士達はそうではなかった。儂が考えている間にクローゼットから飛び出し、暗殺者のナイフを弾き孫を安全な場所にやると、あっという間に捕縛してしまった。


それを目に焼き付けながら儂がクローゼットで腰を抜かすと、姫様も一緒に腰を抜かされた。儂に触れた姫様の小さな手がガタガタと大きく揺れていて、儂はかわいそうな事をしてしまったと後悔した。



「爺様!姫様!!」



突如、そう大きく声を張り上げレイが走って来た。そしてその勢いのまま儂と姫様に縋るように抱きついた。



「よかった…よかった!!生きてる!皆…よかった…っ…!!」



レイが泣いてそう言うと、姫様も途端に泣き出した。……それでも、運命が変わった事が幸福でならない儂は泣きながらも神に感謝した。



あの日から…6ヵ月…ようやく、儂は死の運命から脱する事が出来た…。何度自分が死ぬ夢を見た事だろう。

儂でなく、囮にした孫が殺される夢も見た。姫様も、何度殺されたのかも覚えていない程に。


しかし、それが今!終わった!!体が巡る血に震え、2人の温もりに涙する。



こうして儂達は涙が止まるまで抱き合い、命の有難さに感謝した。…儂が抱きしめる事で2人の物理的距離が縮まったら、というのは………ちょっとしか考えていない。






―そして、内通者疑惑のあったアンネは捕縛され、また王宮に平和が戻った。



騎士達は陛下から直々に褒美を与えられ、王宮の警備はさらに強化された。…それでも、王家の力を良く思わない者はこの世界に何人も居るじゃろう。


しかし先日、姫様に力が宿ったとの知らせが王宮内に飛び交った。姫様の能力は、増強。


剣の才があれば強固な岩をも切り刻める程に。弓の才があれば標的をどこまでも追いかけていく弓を放てる程に、と補助に向いた姫様は今では誰も狙う事は出来ん。

儂の孫、レイは鍬の使い手じゃ。



…一瞬なんで鍬?と思うじゃろうが、鍬も立派な武器じゃよ?姫様が居れば。


耕す動作で土を盛り上げると、対象に向かって土がボコボコと抉れてゆき、大穴へ落としたり、生き埋めにしたりすることが出来る。短く浅く耕すと、土のシールドも作れるらしい。流石儂の孫じゃ!!


その孫は今、姫様のお付きになる為に姫様と一緒に特訓をしておる。庭師は卒業かのぅ。

ま、でもこのまま行けば順当に儂の孫が愛人じゃな!がんばれよ、レイ!!


儂は赤いクロコリスの絨毯の真ん中で大きく伸びをした。

…あの日から長かった。儂がこの中庭で殺される事はもうない。…………もうないのに………儂は一体、何を心配しておるんじゃ?



………クロコリス………そうじゃ。暗殺者は今頃の季節に姫様を殺しにやって来たんじゃったな。

しかし儂が行動した事により、結果本来よりも早く事件が起こってしまった。



………何を心配する事があるか!もう暗殺者は居らんのじゃ!これから儂は曾孫を楽しみにしながら家族を愛し、姫様の成長を見守り、執事長をからかって生きるんじゃ………………そう、じゃろ?



「じいやー!来てきてー!!レイが凄いのよー!!」



その声にハッと顔を上げた。目の前には姫様とレイと陛下と王妃様が笑っておられる。



…そうじゃ。儂はこれがみたかったのだ。



儂は姫様に笑顔で手を振り返し、レイをからかって―



ドスッ



「…………は?……………うぅ!?ごふっ!!…ああぁ…!!」



………何じゃ?…痛い………痛い?何で………



倒れた拍子に見えた儂の後ろにいた者の姿は……………侍女のミアだった。


そう認識した瞬間、空気を割るかのような凄まじい叫び声が中庭に響き渡った。



「いやぁぁぁああ!!!!嫌っ!!じいやっ!!やだぁああ!!」


「爺………爺様…?……っ!爺様!!爺様ああぁぁ!!!」


「ジルベルト…っ!!…メフィアっ!レイっ!こっちに来なさい!!」


「誰か!!庭師が刺されたっ!侍医を連れて来い!その女を捕縛しろっ、絶対に逃がすな!!」



儂の横になった視線の先に、儂に手を伸ばす姫様とレイの姿が見える。

…………ああ。儂は、刺されたのか………。



近寄ろうとする姫様達を王妃様が抱きしめて止めておられる…そうじゃ。こっちは危ない…来てはならん。



陛下が叫んですぐ陛下達の護衛騎士がその女を捕らえた。女は地面に顔を付けながら鬼の形相で儂を呪うように限界まで見開いた目で凝視し叫んだ。



「お前がっ!お前が私の仲間を!!返せっ!アンネとメラを返せええっっ!!」



叫ぶ女はその後すぐに腹を殴られ気絶した。…やはりこの女も仲間だったのか。儂は己の作戦の甘さに奥歯を噛みしめた。


内通者は1人だと思っていたのだ。まずそこが間違いだったと今更悔いた所で遅い。儂は運命を変えられなかったのだ。



…意識が朦朧としてきた頃、侍医が儂の元に駆けつけてきた。


儂の顔を見て傷口を確認すると、顔を青くし無言で首を横に振った。



「そん…っ!!やだよっ!助けてくれよっ!!あんた侍医なんだろ!?なんで…っ!!何でだよおおぉぉ!!ちくしょおおおぉぉ!!!」



孫が侍医に掴みかかり揺さぶると、周りの者達が優しくレイを侍医から引き離した。

するとレイは先程の事など無かったかのように笑みを浮かべて、頼りない足取りで儂に近寄り顔を覗き込んできた。



「じい、さま…だ、大丈夫だよ?俺が…俺が助けるからさ…な?また協力するし…何でも言ってよ。な?爺様…」



儂が輪郭しかレイを認識出来ない程衰弱している事に徐々に気付いたのだろう。だんだんと安心させるような声から自分に言い聞かせるような声色に変化してゆき、声が震えて掠れていった。



…ああ。儂は、死ぬのか。曾孫の顔も見れずに。



嫌じゃなぁ…死にとうないのう…まだ、生きたいのにのう…



死が現実味を帯びると、恐怖よりも後悔が声を上げた。


生きたかった…でもそれよりももう…家族や…姫様達に会えんのが…寂しい。



儂は頬が濡れるのを感じた。…………ああ、泣いとるのか。儂は…年甲斐もないのぅ。執事長の事も笑えんわい…。



でも…これが最後なら…せめて…最後に話がしたい。


儂は硬直していく口を必死に開き声を絞り出した。



「だい…じょ、ぶ…じゃ…れ、い………おまえ、は…もう、わしがおらん………でも」


「大丈夫じゃない!!大丈夫じゃないよ!!俺ダメになるからなっ!?爺様がいなくなったらもう雑草も抜かないしアブラムシだって無視してやるからな!!」



孫よ…やる事がちっちゃいぞ………もっとグレるとか、盗賊になるとかの脅し文句は、無いんか………?



「私もやだよぉっ!!居なくなっちゃやだ!!もっと遊んでよぉ!…カルロス!何とかしてよ!!私の力使っていいからぁ!!」



姫様はそう言うと侍医の手をギュッと握った。


姫様はその人物に触れる事で力を発揮する。……しかしこの能力には欠点があり、姫様の信頼度が高い者でないと力をうまく発揮出来ぬのだ。

…それ故、今王宮でその能力の恩恵を受けられるのは…レイだけじゃった…


そして、姫様は予防注射などでプスプス腕を注射で刺してくるカルロスこと、侍医を嫌っておる……力はうまく出せんじゃろう………。



「姫様……すみません。私には姫様の力を感じる事が出来ません…っ!」


「そんなっ!!…出来るよ!カルロスの事、信じてるもん!!だいじょう…」


「すみません………姫様…」



しん……と会話が止まった。姫様ももう駄目なのだと気付いたのだろう。…遠くで妻と息子が叫ぶ声が聞こえる…ああ…せめて………あと、一言………



「やだやだやだあぁ!!ずっと一緒にいてよぉ!!レイと3人でまたお庭のお花植える場所決めたりしようよ!ね?じいや?………ねぇ!返事してよぉ!!」



姫様は儂の手を取るとそう言って泣き崩れた。ああ…姫様の触れた所が暖かい………この温もりをいつまでも感じていたい……でもそれと対照的に冷えていく体がこの温もりを否定する。

………近くで息子の「親父っ!!」という声が聞こえた。



皆の泣く声が聞こえる。儂は、もうあと数分なんじゃろうな……だんだん………声も…聞こえんく………なってきた………



ああ…そういえば、儂の背中の刺し傷…貫通しとるんじゃろうか………腹の内側が痛いのか外側が痛いのか………分からん………



手探りで腹に開いている所が無いか探す。…………ああ…あった………わし、あの刺身包丁で刺されたんか………?牛刀とかじゃったらどうしよう。怖いのぅ………



儂が恐怖に体を震わせていると、不意にどこかで息を飲むような声が耳をかすめた。


爺様…?という孫の声が聞こえてきた事で悟る。儂は………死んだのか…。









「おい寝るな!!庭師!!お前それはっ、どうなっている!?」




………………………?



「起きんか!無礼者っ!!何故傷が治っているのか説明しろと言っているのだ!!」




?陛下…?何を言っておられるのだろうか。儂は先程傷があったのをちゃんとこの手で確認したというのに…

それに死人に口なしじゃ。どれだけ無礼だと言われようとも喋りたくとも死んでいては声なんて出はせんわい。



「先程から喋っているだろう!気付いてないのか!?良いから早く立ち上がれ!!孫をメフィアから引き離すぞ!!」



なんと儂の魂の声に陛下が返事をして下さった!ありがたい事じゃ!これで儂も心置きなく…………………今何と言いおった?



え、レイと姫様を…引き離す………?

い、いかん!!それはいかんっ!!レイは姫様の愛人として末永くこの王宮で世話になるんじゃ!!引き離されたら死んでも死にきれんっっ!!


儂は霊体ではあるが、陛下の眼前に誇り高い庭師としてピシリと背筋を伸ばし忠誠を



―………………………え…………?



「ええええええええぇぇぇええ!!!?儂死んでないっっ!?何故じゃ!?何故地面の感触があるんじゃ!!ふよふよと浮かんでいるのが幽霊ではないのかっっ!?」



儂は思わず自分の手を見つめた…………昨日花の棘で怪我をした所までキレイさっぱり消えておる…そのまま視線を下ろすと、儂の確かに貫通していたはずの腹の風穴まで無くなって、そこには穴の開いたシャツと血の跡だけが残っていた。

………いややっぱり死んどるわ。



「え、何じゃ…儂………え?し、しし死んで…」


「話をちゃんと聞け!!お前は先程何か光を放った後、無傷の状態で倒れていた!!お前が治したとしか思えんっ!!どうやって治した!!さっさと答えろっっ!!」



粗方体を確認し終わると、陛下が何度も儂が無視したからか目を吊り上げてお怒りになられておる!!わわ、儂はなんて無礼を…!!というか生きとるのか!?



「もももも申し訳ありませぬっ!!何分このような事態は初めての事でございまして…!一体儂にも、何が起きたのかさっぱり…!!」



儂は地面に頭を擦りつけ土下座する。儂が何をしたのかなんて儂が知りたい。何か知らんが儂は生きておるらしい。神様が助けてくれたとしか思えん。奇跡じゃ!


考えればアニメの世界に転生するなんて、神の御業でなければ説明がつかん事だって儂には起きている!神か!神なのか!!



「……じいや…魔法が使えるの?」



は?


…姫様がきょとんとした顔で儂を見上げ問うてきた。……いやいや、魔法は使えんよ。



確かにこの世界には魔法はあるが、それは姫様達レイスロッド家の正当な血筋の者しか使えぬ神聖な力じゃ。ただの庭師の儂には使えん。


しかしこれは国家機密なので儂の口から言う事は出来ぬ。何故知っているのかという話になってしまうからな。ちなみに儂はアニメで知ったんじゃ。



「ははは、そうじゃなぁ。儂は魔法が使えるのかもしれんなぁ!」



子供の夢は守らねばならん。儂は笑みを浮かべ、姫様の話に乗った。

すると姫様はまじめに聞いた事に対し、子供の妄想だという風に返した儂の態度が不満だったのか頬を膨らませて儂を非難するように見つめた。子供は難しいのう…





「……いや、庭師………その可能性はある。」


「………え?」



陛下がポツリと落とした言葉に皆の注目が集まる。何じゃ何じゃ、一体何の話じゃ!?



「庭師、お前の父の職業は庭師か?」


「え?あ、はぁ…そうですが……それがどうかしましたかのぅ?」



まさかの父の話に不意を突かれ気の抜けた返事を返してしまう。……一体父が何だというのだろうか?儂は何故だか居心地が悪くなり視線を下におろしてしまう。



「母親は何をしていた?」


「母…は…父の育てた花を、売っていましたが…」



母は儂が幼い頃から花屋として働いていた。父が育てた花は心が温かくなるから色んな人に知ってもらいたい、とよく小さな儂に惚気ていたものだ。


だからそんな両親が羨ましくて、花を見ていると温かくなると言っていた当時の母の店のお得意様だった妻、シルビアと儂は結婚したのかも知れんなぁ。



「両親の名前は」


「……エドウィン・アークバウアーとミカエラ・アークバウアーです」



個人情報を権力で獲得していく陛下にドン引きしはじめた頃、陛下は大きなため息をつくと、儂を再びまっすぐ見つめたが、すぐ目を逸らした。



「…………お前達、ご苦労だった。その女を連れて行け。………エレザ、メフィア…庭師の一家。私の後をついてこい」



そう言って陛下は王室へと戻られた。


儂等は顔をそれぞれ見合わせると、お互い頭に疑問符を付けてその後に続いた。儂の両手には可愛い孫と姫様がくっついており、儂の背には妻が優しく手を当ててくれとる。息子は手は貸さんが儂の先を歩き心配そうにチラチラと儂を振り返る。



…ああ…わし…生きとるのか。…………怖かった。本当に今回は死んだと思った…!!



儂は生の喜びを噛みしめながら家族全員で静かに長い回廊を歩いた…






ガチャン…と豪奢な扉が大きな音を立てて閉まった。

まるで閉じ込められたかのように閉まったドアと、中の静まり返った無機質な内装に儂の背にツーっと冷や汗が滑り落ちた。



「…………庭師」


「はっ、はいぃ!!」



ビクリと体が震えた。部屋に入られた陛下は本棚の一番上、誰も長年触れていないであろう古ぼけた本を取り出すと顎で儂を呼んだ。


おそるおそる近付くと、陛下はあるページで捲っていた手を止め机に置いた。

チラリと窺うように陛下を見やると、眉間に皴を寄せられ次は顎で本を示された。…………読め。という事だろうか………


儂は見てはいけない物を怖いもの見たさで覗き込むようにそーっと薄目で本を見た。





「…………ぇ………えっ!?」


「お、親父!!何が書いてあるんだ!?」


「あなた!……あなた!!」


「爺様!教えてくれよ!!さっきの傷の治し方みたいなのが載ってんのか!?」



家族が口々に儂の反応に焦ったように問いかける。しかし儂はぱくぱくと口を開閉しながらも声が出せずにいた。


だが、儂の反応で何かを察したのか…陛下は顔に手を当てて重く息を吐かれた。




…儂が見た本に………描かれていた、それは………………………





「………………………と…………父……さ、ん………?」




先々代国王陛下と並んで玉座に君臨する、儂の息子よりも若い……………父の肖像画だった………。



「……やはり………庭師…いや、ジルベルト。お前は私の祖父の弟の子供だったのか………」



え………………えええ!!!?



「「「「「「えええええええええええぇぇぇえええええ!!??」」」」」」



その場で陛下以外の全員が一斉に叫んだ。



いやいや待ってくれ!理解が追い付かん!!だいたい儂の父は庭師じゃ!!王族が土いじりなどする訳がないじゃろうっ!他人の空似じゃ!!


儂が丁寧な口調でそう断言すると、陛下は儂等全員に分かるように順を追って説明して下さった。


…まず、儂の父…エドウィン・アークバウアーは、本来アークバウアーではなく正しい姓はお察しの通りエドウィン・レイスロッドというらしい。


では何故アークバウアーを名乗っているのかというと、アークバウアーは実は母の姓だったらしい。


王家の家系図では、先々代国王の弟の名前の横に廃嫡と書かれていたそうじゃ。しかしその経緯は一切記されておらず、何故廃嫡になったのかは誰も知らんらしい。



「しかし私は幼い頃前王だった父に聞いた事があった。エドウィンという叔父上がいつの間にか最初から居なかった者とされている、と…。優しく強いお方だった叔父上に私をいつか見せたい、と言っておられた…」



そう言って思い出しておられるのか、陛下は懐かしそうに本をひと撫でされると目を静かに閉じた。

…前国王陛下は、僅か28歳にしてこの世を去ってしまわれた。あまりにも早すぎる死であった。



「……父は…儂が20歳の頃に、母の薬を買いに行く途中で事故に遭い………申し訳、ありません」


「何故謝る。私は気にしていない。それより、お前は何か聞いた事はないのか?母親との出会いなどは」



そう言われて気付く。そういえば今思えばおかしな所がいくつかあったのだ。父と母の出会いには。



「…確か、母と出会ったのは港町だったと。そこで異国の花を売っていた母に一目ぼれした父が自分の乗っていた馬車の御者を下ろし、その馬車に母を乗せて誰も自分を知らない土地まで走った……と言っていました………」



今考えれば突っ込み所が多すぎる話だ。何故疑問を持たなかったのか…疑問を持った所で自分が王族の血を引いているなどという答えには、絶対行きつかんと思うが………。



まず、港町。何故一介の庭師たる父が草木も生えぬそんな場所に居ったのかなど、当時の儂は全く疑問に思わんかった。


しかし王弟だったとするならば説明はつく。確かその頃は初めて同盟国からの輸入品が届けられた日なのではないだろうか?

王弟ならば国政として関わる為、視察に訪れていたとすれば、つじつまは合う。


そして馬車。何故たかが庭師が馬車なんて高価な物に乗っていたのか。王弟ならば当たり前に専属の御者付きで同行するに決まっておる。


さらにその御者を下ろして自分で馬を操り愛の逃避行。何故父は馬の乗り方を知っていたのか?王族なら出来て当たり前の事だった………。



「………そんな……まさか、本当に………!」



考えれば考える程その予測が現実味を帯びてゆく。何じゃ…つまり儂は…っ!



「…………庭師…いや、ジルベルト。お前は私の従叔父だという事だ。…………間違い無くな」


「え……っ…い、いやいや待ってください!!そんな事って…だいたいちゃんとした証拠もないじゃないですかっ!全部憶測ですよね!?無礼を承知で申し上げますが、それだけでは祖父が王弟だったという確証が持てません!!違ったら王の名を騙ったとして罪に問われますよね!?そんなのっ…こ、困ります!!」



衝撃から唯一抜け出した息子が顔を真っ青にして陛下に訴える。そうじゃ!違ったらとんでもない事じゃ!!


儂、実は王族なんじゃよねー!…なんて言って違ったら家族もろとも打ち首じゃ!!違うフラグが立っておる!!


しかし儂等の焦りを片手で制すると、陛下は窓際に生けてあった花を一輪手に取ると、フゥー…と息を吹きかけた。



パキパキパキ…


そう音を立てながら陛下の手の中にある花は見事に凍り付いた。



「……これが私の力だ。あらゆる物を凍らせることが出来る…。王家に伝わる魔法だ。」



儂は目を見張った。噂には聞いていたが、まさか陛下までも使えるとは…!!儂は姫様の魔法しか見た事が無かったので噂でしか聞いた事の無い陛下の力にただただ唾を飲んだ。



「そしてジルベルト。お前の力は私の予測では再生だ」


「さい………せい………?」



儂はそう聞いて先程の現象に合点がいった。儂に再生の力があったとするならば、儂が刺された痕を自力で治したという事なのだろう。


…そんな………じゃあ………と儂の息子は凍った花を見たまま言葉を紡ぐ。そんな息子を陛下はじっと見つめると至極まじめな声色で言った。



「そう、アライン。お前は私の再従弟だ。」


「嘘だ!!嫌だこんなお堅い家庭!俺は庭師だぁ!!」


「お、親父!!って事は俺も姫様と親戚なのか!?」



息子が頭を抱えておると、父の気持ちも知らずレイがぐいぐいと服を引っ張り姫様と自分との関係性を質問する。


……ん?……!!そそそそうじゃっ!!儂達が王族との血縁関係があるなら、レイは姫様とご婚姻出来るのではないかっ!?いかんっ涙が出てきおる!!これだから年寄りはっ!!


儂が感動に涙を流しておると、姫様が儂の背中を擦りに来た。すまん…じいやは興奮してしもうた。しかし愛人枠から本命になれるかも知れんと分かって今涙が止まらんからもうちょっと待っておくれ。



「ジルベルト。お前は自分の能力を知らなかったのか?そんな強力な力を持っていたというのに…。普通は皆10歳前後で力に目覚める。その年で今更目覚めたなんて事はないだろう?」



珍しく不思議そうな顔で首を傾げられる陛下に、儂もそろって首を傾げて考える。


…そもそもだが、アニメの儂は力が発動せんかったのか死んでおる。ならそれは何故なのか?


何か因果があるのだろうか?儂が…。アニメとは違った事とは…



「あ、あの…そういえば私、夫の手当てなど…一度もした事が…ありません」


「!?っそ、そうじゃったか?よく怪我をしたと思うが…」



妻に言われて考える。確かに何度か怪我をした。…とは言っても小さい傷ばかりでほっとけば数日で治るようなものばかりだったが…


しかし思い返せば妻に手当てを頼んだ事は一度もない。………何故だった?


儂は気になり、足のポケットに入れていた小さなハサミで薄く指を切りつけた。ピリピリとした小さな痛みが指先から滲む。しかしゆっくりと血が止まりだし、ハンカチで軽く拭うと痕だけが残っていた。



「え…と、痕だけ残っております…」



これって治ったと言えるんか?儂の力で血が止まったのだとすれば儂、弱くない?


陛下も同じ事を思われたのか、眉間の皴が濃くなった。確かに自然治癒したのとの違いがあまり無いので力か分からぬな…

すると、儂の背を擦っていた姫様が儂の指を掴み自身に近づけ、痛そう…と小さく呟かれた瞬間、それは起こった。



「………は?」



儂の指から最初から無かったかのように傷が消えた。



「へっ、ヘヘ陛下!!消えました!!一瞬で!」



儂は本当に傷が無くなる所を目の当たりにし、一気にテンションが上がった!!


しかし陛下は何かに気付いたのか目を細められた。



「メフィア。お前か。」


「え………」



えっ?やっぱり儂ではない?孫はやっぱり愛人か?



何が起きたのか分からない、という風にわたわたと辺りを見渡す姫様に儂は少しやっぱりな。と思った。そのようにうまい話がある訳がないわい。



「お前が庭師に力を貸して庭師の治癒を増強したのだろう」



え?治癒は儂なの?何なんじゃ、さっきから!!年寄りにも分かるように説明しとくれ!!



えー…儂の力が、治癒…で………姫様が増強、で……儂が、姫様の増強を借りて治った………という事か?



「本来の庭師の能力ではせいぜい小さな傷を時間をかけて治すのが精一杯なのだろう。しかしメフィア。お前の力を借りる事によって腹に開いた大穴さえも塞ぐ事が出来るようになったのだろう。………庭師はお前に気に入られているからな」



ボソッと気に食わなそうに最後呟かれた声で納得した。


そうか!だからあの時姫様の手が暖かく感じたのか!!儂は無意識に姫様の力を感じていた、という事か…



そしてアニメでは姫様が力に目覚める前。儂に治癒の力があった所で間に合わんかったのじゃろう…………というかアニメであの庭師に魔法の力があったとかいう裏設定はあったんじゃろうか?最終回もそんな話出てこんかったけど………


しかし儂の今の命は奇跡!………いや、皆で勝ち取った物じゃ。儂は滾る胸に熱くなりギュッと服の上からそこを握りしめた。



「じゃあ、じゃあ!じいやは本当に私のじいやなの?家族なの!?レイも?やったあぁ!!」



儂に王家の血が流れていると証明された事に喜び姫様は部屋中をピョンピョンと跳ね回っておられる。


はしたない!と止めようとされる王妃様に、姫様の言葉を聞きさらに頭を抱える息子。そして複雑そうに姫様を見る孫………


儂はそっと孫に近づき悪い顔で耳打ちした。



「レイや……今、お前には身分が手に入った。姫様とは遠い親戚じゃから、うまく行けば姫様を娶る事が出来るぞ。良かったのぅ!」


「なっななな………!!だって、えっ!ええっ!?」



死にそうな程真っ赤になり狼狽える孫。

嬉しいじゃろう!愛人も難しかったのがまさか今ではあのいけ好かん王子よりも姫様に近い立場に居るんじゃからの!!


大げさに狼狽えるから心配した姫様が近寄って顔を覗き込んでおる………あ。気絶しおった。

もう赤を通り越して赤紫になっておるレイをアラインが真っ青な顔でおんぶする。似たもん親子じゃのう。


しかしアニメよりも仲の良さそうな姫様とレイを見ておると、儂の夢も叶いそうでわくわくするのう。100歳まで生きれそうじゃ!いや、生きるんじゃ!!


儂がニヤニヤしとる事に気付いた陛下が、メフィアはまだ誰にもやらぬ!!と喚いておるので、耳元で素敵な提案を申し上げた。



「陛下…メフィア様が儂の孫と成婚された暁には、ずーっと王宮で過ごされる事が約束出来ますぞ?なんせ、儂等は王宮住まいですからのぅ?政治の駒として姫様をどこかに嫁に出す予定がないのなら…考えておいてくださいませぬか…?」


「ずっと………!!………………………むぅ………………………考えて…おく…」



姫様には2人の兄がおられる。跡継ぎとしての問題は無いじゃろう。しかし姫となるとどこかに嫁がなければいけない問題が出てくる。儂はその問題を解決する素晴らしい案を囁くと、これ以上ない手ごたえを感じた!!


もうほぼ儂の孫で決まりじゃ!!笑いが止まらん!一番厄介な陛下を味方につけたレイに怖いものはないわいっ!!






そして、さらに警備が強化された王宮はどの国の暗殺者も立ち入る事が出来なくなる程強固な造りとなった。

まさかの息子の能力が生き物との意思疎通だったのじゃ!


息子は以前から単語レベルなら生き物の言葉が理解出来ておったらしい。しかし周りに話すと変なひと扱いされるから黙っておったらしい。


その能力を使って怪しい人物をあぶり出して、今では何者の侵入も許さぬ難攻不落の王宮へ進化を遂げた。



…そして儂は王宮の中庭でまだまだ庭師をやっておる。もちろんレイもアラインも現役で頑張っておる。



最近は姫様が自主的にレイに会いに来るので何らかの可能性が脳裏をよぎり、儂は最近笑いがとまらん。ああ、実に愉快じゃ!!

何かちょっと前に青い髪の隣国の王子とかおった気がするが…気のせいじゃろう。うん。




…さて。儂は心で応援しておるという気持ちを込めて、花言葉が初恋は叶う。とかいうドンピシャな花でこの中庭をいっぱいにしようと交錯し、大量に苗を発注した。

来年の今頃はそれがこの庭を埋め尽くす頃だろう。


その時を頭の中に描きながら儂はかくれんぼを始めようとする姫様と孫を、花に水をやりながら見つめた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 孫くんの男気!! [一言] ジジイカッチョヨス! ハッピーエンド!!
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