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鳥になりたかった少女6  作者: 葉里ノイ
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第三章『護』

  【第三章 『護』】



 春休み最終日に不穏な事件が起こってしまったが、今日から新学期だ。気を引き締めなければ。

 何事もなく登校すると、掲示されたクラス割の前に生徒が群がっていた。あの中から自分の名前を探さなければならない。

「あ? ルナこっち! オレと同じクラス!」

 手を上げてぴょんぴょんと跳ねながら呼ぶ佑一の姿を見つけ、ルナもクラス割の前へ歩を進める。

「同じクラスよろしく!」

「よろしくな」

 手を差し出してくるので、握ってやる。

 握手の後にクラス表に目を通してみると、久慈道宰緒と玉城花菜の名前もあった。皆同じクラスじゃないか。

「昨日、家大丈夫だったか?」

 昨日殺気立って物凄い剣幕で去っていった彼の母親のことが気になり訊いてみる。佑一はけろりとしているので大事にはなってなさそうだが。

「それな! 拓真が手を回してくれて大丈夫だった」

「それは良かった」

 まさかあの行商の変な薬でも使ったのだろうか。

「帰ったら家の中が一面花だらけで、親父からのサプライズってことにして。凄かったんだぞ」

 真っ当な遣り方で怒りを回避できたらしい。普通の方法で良かった。家の中一面とは、短時間でよく集めたものだとは思うが。

「全部幻覚だったんだけど」

「え?」

「一時的に幻覚を見せる薬なんだってさ」

 やっぱり変な薬じゃねぇか。

「その後、拓真が根回しして親父が花束買って帰ってきて、二段階サプライズ成功」

「お前ん家凄いな」

「そう? んー……そうかも?」

 焦りはするが、手際が慣れている気がする。

 混雑する掲示板の前を抜け、新しいクラスでのホームルーム。始業式の直前に花菜の姿を見た。やっと登校できるまでに気持ちが回復したようだ。代わりに宰緒は来ていなかった。たぶん始業式を忘れている。椎達に振り回されているようだし、大変そうだ。

 帰りに教室を出る時、花菜と鉢合わせた。久しぶりに会うので第一声に何と言えばいいか考え倦ねて自ら話し掛けには行かなかったが、突然顔を合わせると心の準備が全くできていない。

「お……おはよ、玉城」

 それは朝一でする挨拶だ、と自分に心の中でツッコミを入れるが、出てしまったものは仕様がない。突然挨拶を掛けられた花菜もきょとんとする。

「おはよ……青羽君」

 心做しかぎこちない。

「えっと……もう大丈夫なのか?」

「うん……心配かけてごめんね。もう大丈夫」

 それが心からの笑顔なのかはわからないが、笑顔を作れるまでには回復している。

「じゃー、帰ろっか」

 ドアの前で立ち止まるルナと花菜の背を押し、佑一が人懐こく笑う。

「玉城は一人で大丈夫か? 送っていこうか?」

「たぶんまだ……いるかも」

「?」

 校門まで行くと、花菜の発言が理解できた。

「あっ。生徒会長じゃん」

 女子生徒に声を掛けられている花菜の兄、玉城雪哉の姿を捉え、少しばかり懐かしい顔に佑一が真っ先に気付く。雪哉もこちらに気づき、軽く手を上げる。花菜が心配で学校についてきて下校まで待っていたらしい。

 女子生徒が去ると、雪哉は小走りで花菜を迎えに来た。

「よぉ、二年生達」

「こんにちは」

「ん? 宰緒は? 今日は一緒じゃないのか」

「たぶん始業式忘れて寝てます」

「ハハ、まあ明日から起こしてやれよ」

 雪哉も大分気持ちが落ち着いているようだ。兄の稔が花菜にだけプレゼントを残していると落ち込んでいたが、何か納得できることでもあったのか純粋な笑顔に安心する。

 やっと落ち着いたのにあんなことを話しても良いものかルナは逡巡するが、雪哉には言っておいた方が良いかと花菜は佑一に任せ、雪哉に目配せする。

 雪哉はすぐに察し、ルナの肩を組んでくるりと花菜に背を向けた。

「何かあったのか?」

 さすがに話が早い。

「あんまり言わないようにとは言われたんですが、雪哉さんには言った方がいいかなと」

「おう」

「紫蕗が違界のあの島で襲われて今意識不明なんです」

「! あいつが?」

「犯人は紫蕗の育ての親で師匠でもある人かもしれないって」

「随分拗れてるな。今はこっちの世界にいるのか?」

「はい。七枝医院って知ってますか?」

「いや……聞いたことねぇな」

「ちょっと遠くて車で行かないといけないんですが」

「じゃあちょっと見舞うか。面会できるか?」

「できると思います。色羽がずっとついてるはずだし……」

「あの子も来てるのか。それじゃ俺が車出してやるよ」

「……え?」

 遠いのでバスか自転車で、と言おうと思っていたルナは、予想外の言葉が返ってきて反応が遅れてしまった。

「車運転できるんですか?」

「できるぜ。免許取った」

「あの……急がなくていいので」

「え?」

 昨日の佑一の母親の狂った運転が完全にトラウマになってしまっていた。

 雪哉は怪訝な顔をするも、あまり話し込むと花菜を不安にさせてしまうと、ルナを解放して向き直った。

「花菜。帰ったら俺はルナとドライブに行く。一人で大丈夫か?」

「うん。私は大丈夫。…………ドライブ?」

 唐突な言葉に今度は花菜が怪訝な顔をする。病院に見舞いにと正直に言えばまた心配させてしまうだろうと濁したのだが、突然男二人でドライブに行くのも不自然なような気がする。

「――わかった! 釣り?」

「それ」

 適当に花菜が補填してくれた。

「花菜に嘘をつくと胸が痛む……」

 ぼそりとルナに向かって小声で呟く。雪哉の調子は良さそうだ。

 四人で帰路につき、途中で佑一と別れる。たまき食堂の前で少し待つと、雪哉が軽自動車に乗って現れた。

「スポーツカーで来たらどうしようかと思いました」

「俺ってそんなイメージ? これはお下がりだけど」

「何か似合いそうだなって」

「軽の方が小回りきいていいけど。あ、制服着替えてから行くか?」

「大丈夫です。このままで」

「そうか? じゃ、乗れ」

 後部席に乗り込むと「俺の運転そんなに心配か? 助手席でいいんだが」と不満のようだったが、いくら安全を心掛けられても昨日のあれの後だと助手席に座る勇気はない。

 座席の横にはぬいぐるみが置いてあり、これは花菜の持ち物だろうと推測する。

「おいルナ。病院は七枝医院でいいんだよな?」

「はい。七枝です」

「おかしいな……ナビに出てこねぇ。道覚えてるか?」

「え? 道は……たぶん覚えてると思います」

「よし、じゃあ案内頼む。後部からでいいから」

「はい。わかりました」

 地図に載っていない病院とは、故意に載せられていないのだろうか。佑一に聞いた感じでも、近所の人が訪れる方が多い印象だった。直接確認する以外に知り得ないのなら、あまり知られていなくても納得はできる。

 最近乗り始めたとは思えないほど慣れた運転に、次第にルナの恐怖心は消えてしまった。何でもそつなく(こな)す雪哉は車の運転も上手いらしい。細い道も臆することなく進んでいく。

 七枝医院の小さな駐車場に車を停め、裏口に回る。病院に違界人の医者と看護師がいることなどは車の中で話した。

 裏口は本当に裏口という様子で、関係者以外は立ち入りそうにないドアを、ノブを回して中を覗き込む。

 昨日は事前に連絡をしたからだろうか廊下は明るかったが、今は所々電灯が消え薄暗い。間違えてドアを開けたとしても中に入ろうとは思わないだろう。

「裏口ってここでいいんだよな?」

「昨日はここから出入りしたので合ってます」

 そのまま紫蕗の病室まで行っていいのだろうかと思ったが、誰もいないし、それに昨日ルナは顔を合わせているのだ、駄目と言うことはないだろう……たぶん。

 ルナが入っていくと、雪哉も後からついて来る。廊下はしんと静まり返っていて誰もいない。

 エレベーターの前で釦を押して待っていると、人はいないと思っていたが後ろから声を掛けられた。

「こんにちは」

「!」

 油断していた所為で心臓が跳ね上がった。

「天利さん……こんにちは」

 振り返ると、食事の載った盆を手に目立つ水色の髪とミニスカート姿の天利が立っていた。

「彼は?」

 雪哉に目を遣り、ルナに尋ねる。警戒しているわけではなさそうだ。

「俺の学校の先輩で、玉城雪哉さんです。一緒に紫蕗のお見舞いに」

 雪哉も軽く会釈をする。

「玉城雪哉……あ、去年移植手術受けた人?」

「知ってるんですか?」

 確かに雪哉は去年の文化祭中にカマキリの畸形に襲われて病院に運ばれた。だがその病院はこの七枝医院ではない。もっと大きな病院だ。

「違界関係のカルテは共有してるんだよ。いきなり病院に臓器持ち込んだでしょ? 普通の医者が誰の物とも知れない飛び込み提供の臓器を移植してくれると思う?」

「…………」

 何も疑わなかったが、落ち着いて考えてみればそんな不審物は受け取らない。

「俺は何か違界絡みかと思ってたが……」

「えっ」

 疑ってなかったのは自分だけだったのかとルナは愕然とする。

「いやあの時はまだぼんやりしてたし、不思議に思ったのはその後だけどな」

「そっちの病院は違界人が一人いるだけだよ。普段は違界人も診ない」

 エレベーターのドアが開いていることに気付かないルナと雪哉を促し、天利も箱の中に乗り込む。

「元気になってよかったね、玉城君」

「はい。ありがとうございます」

 あの時の肺は今はもうないが。

 目的の階に到着し、病室を目指す。

 一人分の食事。ということは泊まっている色羽の食事だろうか。紫蕗はまだ目覚めていないのだろう。

「先にどうぞ」

 両手の塞がっている天利は脇に避け、ルナがドアを引く。雪哉と部屋に入ると、色羽は椅子に座りベッドに伏せていた。

「色羽、雪哉さんもお見舞いに来たよ」

 声に反応し、ぴくりと大きな耳が動く。

 ゆっくりと顔を上げ、ルナの隣に立つ雪哉をぼんやりと見詰める。口元が何かを言い掛けて少し開くがすぐに結び、そこからは何が起こったのかすぐには理解できないほど速かった。

 勢いよく床を蹴ったことで大きな音を立てて椅子が床に叩きつけられ、気付いた時には雪哉の懐に密着していた。

「――っが!?」

 そのまま雪哉は床に崩れ落ちる。

「雪哉さん!?」

 異変に天利は盆を投げ捨て色羽を押し倒した。

「っ――!」

 固い床に叩きつけられ一瞬息が止まる。

 膝を背に、頭は床に押さえつけ、腕を捻り上げた。色羽の手の中には何かの小さな装置が握られていた。

「何のつもり?」

 装置を取り上げ天利は冷酷な声で問う。

「これだから畸形は、って言われても仕方ないよ。これは」

 倒れた雪哉を一瞥し、天利の手に力が籠もる。

「青羽君、玉城君を担架に乗せて」

「まさか、死……」

「死んでない! 生きてるから!」

 部屋の隅に置いてあった担架を慌てて引っ張るルナを一瞥した後、天利は色羽の背に当てている膝に力を籠めた。色羽から小さく呻く声が上がる。

「――だって師匠は! その人の所為で!」

 目に涙を溜め、声を振り絞る。

「城で発信機を仕掛けられてるかもしれないって! だからその所為で師匠は!」

「城……? 話が見えないけど、狙いは玉城君だけか」

 必要な情報だろうと、動揺を抑えルナも横から叫ぶ。

「大怪我を負って、違界の城で手術を受けたって!」

「わかった」

 天利は色羽から離れ、雪哉を載せた担架に手を掛ける。

「青羽君、枕元のコール押して先生に状況説明! 色羽を部屋から出さないように! 私は玉城君を助ける!」

「はい!」

 指示を出すや否や天利は駆け足で担架を押した。

 雪哉のことは気になるが、ルナはドアを閉め、言われた通りコールボタンを押す。振り返ると、色羽はまだ床に倒れたままだった。泣いているのか肩が震えている。

「色羽……」

 ルナは倒れる色羽に手を差し出す。包丁を持って襲い掛かってきたことはあったがそれは万が一の自衛のためで、色羽が見知った人間に危害を加えるとはどうしても信じられなかった。

 色羽はルナの手を取らず、ぐすぐすと泣くばかりだった。

「…………何でこんなこと」

 床に顔を伏せたまま、少しずつ色羽は吐露してくれた。

「師匠が……私を逃がす時に言ってたの……島が見つかった理由……一番可能性があるのが、あの人が城で移植された内臓じゃないかって……だから、今度会ったら内臓を止めてやろうって……だから……」

 言い訳を考える子供のように言葉を探りながら呟くように言う。

「原因が雪哉さんにあるかもっていうのはわかったよ。さっき持ってた装置は? 紫蕗がそうしろって言ったのか?」

「あれは……師匠の作りかけの装置を使って、私が作ったの……師匠は何も言ってない……」

 色羽の独断で奇襲を掛けたと言うことか。それならそれで、先に相談なりしてほしかった。昨日、言ってほしかった。聞いていれば、雪哉をここには連れて来なかったのに。

「……色羽。もし、雪哉さんに何かあったら、俺は色羽を許せないかもしれない」

「…………」

 色羽自身途惑って答えの出ないまま実行したのだろうとは思う。それでも、誰かを傷つけていいはずがない。

 手を取らない色羽を見下ろし、ルナは手を引く。壁を背に床に座り込む。また誰かを失うことになるのは、耐えられない。天利を信じるしかない。

 重い空気の中で、ドアが開く。様子を見に来た七枝が一瞬足を止める。

「……これは?」

 状況を理解できない七枝に今し方起こったことを順を追って説明する。色羽は起き上がる気配はなかった。七枝は渋い顔をして聞いていた。

 どうしてこんなことにならなければならなかったのかと、誰にも出ない答えを探すように顔を伏せた。



 床に項垂れたままただ時間が過ぎ、どれほど経った頃だろうか、静かに部屋のドアが開いた。顔を上げると、隙間から天利が手招いていた。

 色羽はまだ床に伏せたままで、顔を上げる気配もない。その横をそっと通り過ぎ、ルナも廊下に出る。

 天利は部屋の中を確認した後ドアを閉めた。

「雪哉さんは……」

「こっち」

 案内され、少し離れた部屋に通す。

 中にはベッドが一脚。雪哉が眠っていた。

「今はまだ眠ってるけど、目が覚めないことはないから安心して」

「よかった……」

 その言葉にやっと緊張が解けた。

「ただ、最近ちょっと手術が多いね。しないわけにはいかないけど、体への負担はちょっと心配かな。あんまり無茶をしないよう言い聞かせておいて」

 確かに一年も経たない間に手術はこれで三回目だ。

「暫く安静にしてもらいたいから入院ね。家族の連絡先……って言うか、どう説明する?」

「あ……」

 連絡先はわかるが、雪哉の両親は違界なんて知らない。違界の畸形に襲われたとは言えない。それにやっと学校に来られるまでに回復した花菜にもこれはあんまりだ。

「家族じゃなくて、ユウに……」

「佑一君?」

「はい」

「うん。いいよ、任せる」

 雪哉の友人である拓真に直接協力を仰ぎたかったが、生憎彼の連絡先は知らない。弟の佑一経由で知らせてもらうようにする。彼の両親は違界人だ。事情を話せば協力してもらえるだろう。病院ではなく友人の家に泊まりだと言えば何とか納得できないだろうか。

「それで、さっき色羽が言ってた発信機の件なんだけど」

 そういえばそんなことを言っていた。突然の出来事に気が動転していて忘れていた。

「確かにあったよ。幾つか違界で作られた人工臓器が移植されてたけど、その内の一つ、肝臓に発信機らしき物が仕込まれてた。色羽の一撃で完全に機能は失ったようだけど」

 小さな棚の扉を開け、中から金属製のボウルを取り出す。

「これだよ」

 ラップを被せられた中に臓器が見えた。

「!」

 反射的に身を引いてしまう。人工とは言っていたが、あまりに本物だった。いや本物の人間の臓器を直接見たことはないのだが。

「大丈夫だよ。洗浄したし、爆発もしない。触ってみる?」

「え、遠慮します」

「そう? ぶにぶにするだけだよ」

 ボウルを差し出すので、ルナは全力で首を振った。牛や豚の肉とはわけが違う。

「あの、爆発って言うのは……?」

「ん? ああ、用が終わると証拠隠滅のために自爆する設定だったみたい」

「自爆!? ってことは、もし色羽が止めてなかったら……」

「ボンッと体が弾け飛んでたかもね」

「……っ!」

「青羽君は触りたくないみたいだけど、一応証拠品だしこれは保存しておくね。触りたい人がいたら言って」

「それって、技師に見てもらった方がいいってことですよね……?」

「んー、まあ一応だね。一応」

「紫蕗がいてくれたら……」

 眠り続ける紫蕗に頼るしかできない。こんな時に何の力にもなれない自分が、悔しかった。

「結果的には爆発しなくてよかったけど、遣り方は乱暴すぎるね。周囲の人工臓器も巻き込んで機能停止はあんまりだよ。ストックのあった臓器は入れたけど、足りない分は違界の人工物を入れたから。さすがに疲れる」

「天利さん。今日は俺も泊まります」

「いいけど……」

「俺も心配なので。夜にも何かあったんですよね?」

「……わかった?」

「紫蕗の部屋の窓が割れてたので」

「あれか。あの程度ならどうってことないよ。最近畸形に娘さんを殺されたんだって。死体は見つからなかったらしいけど。丁度鎌鼬騒動があった辺りかな。青羽君は知ってる? 色羽のことはちゃんと言い聞かせておいたから大丈夫」

「…………」

 心当たりがあった。鎌鼬騒ぎと言えば、ルナの通う学校で起こった出来事だ。その時、女子生徒が一人犠牲になった。死体は梛原結理が処理したと言っていた。その内臓を、肺を、雪哉に移植した。畸形を知っているということは、その女子生徒、もしくはその親が違界を知っていたということだ。親が違界人なのか、娘が違界人なのか、それとも話だけ知っていたのか。

 黙ってしまったルナを見、天利は臓器入りのボウルを彼の顔に近付けた。

「――うわっ」

 慌てて顔を引く。

「ぼーっとしてどうしたのかなと思って」

「びっくりするのでやめてください!」

 心臓がまだびくびくと跳ねている。

「じゃあこれ保管してくるから。もし玉城君が目を覚ましたら、動くなって言っておいて」

「……はい、わかりました」

 天利が部屋を出て行くのを遠巻きに見送り、窓の横へ行く。雪哉に目を遣りつつ、ルナは携帯端末を取り出した。

 見舞いに行くと言った人間が直後に見舞われる側になるとは誰が予想できただろうか。 後で家にも電話を入れなければならない。病院に泊まると言うと説明がややこしくなる。雪哉のついでにルナも泊めた振りをしてもらおうと思う。



 その日の夜は特に何も問題は起こらなかった。天利も少しは休めただろうか。

 雪哉は友人の喜久川拓真の家に泊まる。と言うことで花菜も両親も納得したようだ。拓真が辻褄を合わせて連絡をしてくれた。ルナも佑一の家に泊まると父親に連絡をした。

 病院の中で一夜を過ごすのは落ち着かなかったが、少しは眠れたと思う。朝早くに目が覚め、ぼんやりと窓の外を眺める。

(俺……どうやって学校に行くんだろう……)

 雪哉の車で来たはいいが、運転手が動けない。ルナは免許など持っていない。

(……あ、そういえば紫蕗のヘッドセット借りっぱなしだ。帰れなかったら使っていいかな、転送装置……)

 色羽に返しに行くのはまだ躊躇われた。今返しに行っても色羽も困惑するかもしれない。

 色羽は眠れただろうか。まさかまだ床に伏せてはいないだろうか。

 などと考えていると、背後で声が聞こえた。

「お邪魔します」

 振り返ると、ドアを開けて喜久川拓真が入ってくる所だった。

「えっ、先輩早い……」

 雪哉の見舞いにしては朝が早過ぎる。それほど心配だったということだろうか? 面会時間は完全に無視しているが。

「ユキの車で行ったってユウから聞いたんだ。だから困ってるかと。迎えに来たよ」

「先輩も車乗れるんですか?」

「車の方が良かった? 車も乗れるけど。ユキと免許取りに行ったから」

「車じゃないってことは……?」

「バイクで来た」

「振り落とされないですか?」

「え? ……あ、母さんの車に乗ったのか。大丈夫、振り落とさないよ」

 からからと笑いながら、拓真は眠っている雪哉を見下ろした。

「一度お祓いでも受けた方がいいんじゃないかな、ユキ」

 雪哉の前髪をさらりと払い、ポケットから出した折り鶴の羽を広げて額に載せた。

「ふふふふふ」

 額にちょこんと羽を広げる一羽の折り鶴を見て一人で笑っている。

「折ってきた。さ、行こうか青羽君」

「もういいんですか?」

「起きたらまた来るよ。自分で鶴を取れるようになったら」

 何と言うかこの人は、会う度に変わった人だと思わされる。

 促され、裏口から外に出ると、ドアの脇にバイクが一台停まっていた。勝手に原付を想像していたが、それより大きい。バイクのことは詳しくは知らないが、見ると心は踊るものだ。

「かっこいい……」

「青羽君の歳なら免許取れるよ」

 ヘルメットを渡され受け取る。当然ではあるが、違界のヘッドセットよりずっと重い。

「あっ、天利さんに声掛けなくていいかな」

「オレが先に声掛けておいたから大丈夫。乗って」

 バイクに乗るのは初めてだ。脚を上げ、少し拓真に支えられながら跨る。

「そういえば先輩は学校は……?」

 雪哉は色々考えた結果、大学に通うことを一年ずらした。まさか拓真まで浪人したのだろうか。もう大学も始まっているはずだ。

「オレは県内の大学だから。充分間に合う」

 拓真もバイクに跨り、エンジンを噴かせた。

「振り落としはしないけど、しっかり掴まってて、青羽君」

「はい」

「万一落ちたら、呼んで」

「えっ」

 地面を蹴り、発進した。ルナは急に怖くなったが、拓真は「冗談」と笑う。あまり笑えなかった。

「ユキは花菜ちゃんを後ろに乗せたいらしいんだけど、怖がって乗ってくれないんだってさ。そんなに後ろ、怖い?」

「…………」

「……青羽君?」

「大丈夫です!」

「じゃあ、もう少しスピード上げようか」

「えっ」

 無意識に構えてしまったが、拓真が風除けになっているので怖くはなかった。一刻を争う怪我人を積んでいるわけではないので、常識的な速度だった。

 校門は目立つので学校の角に停めてもらい、バイクを降りてヘルメットを取る。丁度自転車で今日はちゃんと登校していた宰緒に鉢合わせた。

「バイク通学かよ。かっけぇ」

「おはよ、サク」

 拓真も一度ヘルメットを取り挨拶をする。

 ルナからヘルメットを受取り仕舞いながら一瞥。

「またお見舞いに行くなら足に呼んでくれていいから」

「えっ、でも」

「いいよ。オレもユキのお見舞い行くし。――オレの連絡先教えた方がいいか」

 携帯端末を取り出すので、ルナも慌てて端末を取り出す。

 連絡先を交わすと拓真は再びヘルメットを被り去っていった。走り去る後ろ姿を見て思う。やっぱりバイクは格好良い。ルナと宰緒はバイクが見えなくなるまでその場で見送った。

「――で、見舞いって、何かあったのか?」

 自転車を押しながら宰緒は尋ねる。

「ちょっと拗れたことがあって……」

「面倒なことならいいわ別に」

「紫蕗が襲われて入院した」

「おい聞け――って、は? マジ? いや俺はそいつのことあんま知らねーけど」

「それから雪哉さんも入院した」

「……別件?」

「だから拗れてる。少し長くなるから後で話す」

「面倒事なら聞かなくていいけど」

「……じゃあ無理には話さない」

「聞かないとそれはそれで気になるな」

「どっちだよ」

 じっとりと横目で見るが、宰緒はまっすぐ前を見ていた。

 これから学校で花菜とも顔を合わせる。襤褸を出さないように気をつけないととルナは気を引き締める。昨日雪哉は花菜が心配で登下校を共にしていたのだ。それが今はない。訝しがられないかと多少気掛りだ。昨日の様子だと花菜が登下校を頼んだわけではなさそうだが、雪哉は普段、妹より友人の家に泊まることを優先するような人間だろうか。……自信はない。


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