レアナの誕生日
「やっぱり僕は今年の竜騎士訓練生選考会に挑戦する」
お隣に神官長が来た日の夜。僕は父と母、そして、弟にそう宣言した。レアナが聖乙女として神殿へ行くのを阻止できないのであれば、僕が竜騎士となって神殿からレアナを連れ出す以外にない。何としてでも今年の選考会で合格して、頑張って十年で竜騎士になる。そうすれば、いくら聖なる力が強くても最短でレアナを神殿から解放できるんだ。
「急にどうしたの? この間は来年か再来年にすると言っていたのに」
母は首を傾げて僕を見ている。
「お兄ちゃんが行ってしまうと、僕は寂しいよ」
弟のディエゴは少し寂しそうだ。僕だって寂しい気持ちはある。しかし、レアナのために一日でも早く竜騎士になりたいんだ。
「今日、カイオさんの家に神官長だというおばさんが訪ねてきたんだ。玄関でレアナが聖乙女だと言っているのが聞こえたんで、神官長が帰るとき、『レアナを連れてかないで』とお願いしたら、竜騎士と結婚したら十年で神殿を出られるように王様に頼むって言っていた。だから、僕は早く竜騎士になりたい。竜騎士になってレアナを迎えに行くんだ」
僕は盗み聞きをしたことは黙っていた。でも、父は聴力強化の魔法も音量を上げる魔法も教えてくれていたので、僕がそれらの魔法を使ったと気がついていたかもしれない。
「前も言ったよな。女のためなんて理由で耐えられるほど、竜騎士の訓練は甘くない。八歳で合格することも稀だが、もし合格できたとしても、厳しい訓練に音を上げて逃げ出すようなことがあれば、もう二度と挑戦できないのだぞ」
父は僕を睨んでいた。竜騎士なのですごく強いはずの父だけど、家では怒ったこともない優しい父親だった。こんな風に睨まれたのは初めてかもしれない。
それでも僕は引くことなんてできない。
「僕は本気だ。竜騎士が結婚相手なら、レアナがどんなに聖なる力の強い聖乙女でも十年で神殿を出ることができるんだ。僕が竜騎士になってレアナを助け出す。父さんや母さんが止めても、僕は今年の選考会を受けるから」
カイオさんは八歳で竜騎士訓練生になった。そして、二回目めの竜への挑戦でライムンドを得たのだ。僕は、それより一年早く竜騎士になってやる。史上最年少の竜騎士になるんだ。
「俺は十歳で竜騎士訓練生になって、三回目の挑戦でエルネストを得た。俺が二十二歳の時だ。それでも当時は史上最年少だったんだぞ。それほど竜騎士になるのは難しい。カイオは俺たちから見ても化け物だった。あんなものは参考にはならない」
カイオさんの後に三人の竜騎士が誕生しているけれど、史上二番目に若く竜騎士になったという称号を父はまだ失ってはいない。
「それでも、僕は十年後に竜騎士になるんだ」
僕を止めようとする僕は父を睨み返した。
「わかった。もう止めることはしない。ジョエル、頑張れ」
父は優しそうな笑顔で僕を見ていた。しかし、いつもの笑顔より少し硬い。既に先輩竜騎士としての想いも込められているのかもしれない。
「僕は頑張るよ」
レアナのためなら僕はいくらでも頑張れそうな気がする。
「お母さんも応援するわね。レアナも私の娘みたいなものだから、一日でも早く帰ってくれくれたら嬉しいし」
「お兄ちゃんも、レアナお姉ちゃんも、僕を置いて行っちゃうの?」
ディエゴが泣きそうになっている。
「大丈夫だ。セザルがすぐに大きくなって一緒に遊べるようになる。今度はディエゴがお兄ちゃんになるんだぞ」
父はディエゴの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「僕、いっぱいセザルと遊んであげる」
ディエゴが笑顔を父に向けていたので、僕は少し安心した。
「だから、レアナの誕生日の贈り物なんだけど、今のお小遣いで買えるものを用意したいんだ」
竜騎士訓練生になることができれば、支度金がもらえるらしいけど、レアナは十日後に神殿へ連れて行かれてしまうので、それまで待つことはできない。せめて今使えるお金で一番いいものを贈りたい。
「でもね、聖乙女は私物を神殿に持ち込めないらしいの。ルシアさんがそう言っていたわ。だから、今贈り物をしても家へ置いていかなければならないので、レアナにとっては却って辛い思いをさせてしまうと思うの。だから、やっぱりジョエルが育てた花がいいのではないの?」
確かに切り花ならば十日ほどで枯れてしまうだろう。体調が良くないレアナの慰めになるかもしれない。
「うん、じゃあそうするよ」
「僕はね、レアナお姉ちゃんの絵を描くんだ。ライムンドも一緒だよ」
僕はレアナの姿を絵に残せるディエゴが少し羨ましかった。僕の方が年上だけど絵は下手なので、ディエゴのように絵を描いてもレアナだとわからないような気がする。しかし、ディエゴにレアナの絵を描いてと頼むのはちょっと悔しい。
ルシアの誕生日、僕とディエゴはお隣の玄関ドアをノックした。『はーい』という声がしてすぐにドアが開く。
「まぁ、ジョエル君とディエゴ君じゃない。こんにちは」
ドアを開けたのはルシアおばさんだった。いつもはかなり元気なルシアおばさんも、泣いていたのか目が赤い。
「こんにちは。僕たちはレアナに誕生日のお祝いを持ってきたんだ」
僕はできるだけ大きな花束を作ってきていた。ディエゴは絵を描いていたみたいだけど、僕はまだ見ていない。
「ごめんなさいね。レアナはもうすぐ神殿に行かなければならないの。貴方たちと会ってしまうと別れが辛いから、会いたくないとレアナは言っているのよ。本当にごめんなさい」
ルシアおばさんは何度も僕たちに謝っていた。
僕は無理やり家へ押し入ってでもレアナに会いたいと思ったけれど、レアナに嫌われてしまうと悲しいから我慢した。
「これをレアナに渡してくれませんか? 僕が庭で育てた花なんです」
僕は両手で抱えるほどの花束をルシアおばさんに渡した。
「僕はレアナとライムンドを描いたんだ」
ディエゴが広げた紙には笑顔のレアナが描かれていた。まだ五歳のディエゴが描いた絵なので決して上手くはない。それでも一目でレアナだとわかるぐらい特徴をとらえていた。ライムンドはレアナと同じぐらいの大きさに描かれていて、僕はレアナがそんなに大きいはずはないと思っていた。
「本当にありがとう。お花はレアナの部屋に飾るわね。ディエゴ絵は神殿に持っていけないので、我が家に飾っておくから」
ルシアおばさんの目から涙が一粒こぼれた。
僕の頬も何かが伝わっていた。