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お隣に神官長がやってきた

「レアナの誕生日には、これと同じような形の金の札を贈りたいんだ」

 家族で夕食をとっている時、僕はレアナからもらった銀の札を見せながら父と母に相談してみた。絶対に応援してくれると思っていたのに、母の顔がちょっと曇る。

「金はね、銀より二十倍も高いの。もちろんお父さんは竜騎士だから、それぐらいの金額は何でもないわよ。でもね、レアナはジョエルのために、家事をお手伝いをしてお金を貯めてその銀の札を買ったの。ルシアの妊娠がわかった頃からだから、殆ど一年ぐらいジョエルのために頑張ったのよね。その想いに応えるのに、親に出してもらったお金で贈り物を買うのはどうかと思うわ。背伸びしないで、今のジョエルで用意できる贈り物にすればいいと私は思うの」

 レアナが一年も頑張ったお金で銀の札を買ってくれたことに、僕はとても驚いた。そして、簡単に金の札を買うほどのお金がもらえると思っていた自分が恥ずかしい。


「僕もお手伝いするから、お小遣いをもらえる? 来年や再来年になってもいいから、頑張って貯めて金の札を買いたいんだ」

 僕はレアナの一年の想いに応えたいと思った。

 母はごく普通の人で、魔力量も多くなく基礎的な魔法しか使えない。燃料に着火することや魔法鍵の解錠はできるが、料理を温めたり冷やしたり、大量の水を汲み上げたりするのは無理だ。今も庭の水やりは僕の仕事だけれど、使える魔法も増えてきたから、できることはたくさんあると思う。

「お手伝いは歓迎だけど、本当にそれでいいの? ジョエルは竜騎士になりたいのでしょう?」

 なぜか母は僕が竜騎士になりたいと思っていることを知っていた。レアナからルシアおばさんに情報がいって、それから母に伝わったらしい。


 父は少し驚き、そして僕をまじまじと見つめてきた。

「竜騎士が大変な仕事だと知っているのに、それでも、竜騎士を目指すのか?」

 驚いた後、父はちょっと嬉しそうに笑った。

「だって、竜騎士になってレアナに本物の金の認識票を贈りたいから。レアナは魔法が使えないので、金のカードがないと生活ができないんだ」

 ルシアおばさんの出身地は辺境にあり、ほとんどの住民は魔力を持たないらしい。そんなところなら魔法が使えなくても生活できるかもしれないが、竜騎士団基地では無理だ。だから、レアナはカイオさんの魔力がこもった金のカードを持っている。


「女に認識票を贈りたいというほどの理由で、厳しい訓練に耐えられる筈がない。十年以上も訓練に明け暮れて、命を懸けて竜に挑むんだぞ。お前が思っているほど、簡単なことではない」

 父は僕に言い聞かせるように静かに語っている。しかし、僕には父が怒っていることがわかった。

「それだけじゃない! 僕はお父さんやカイオさんみたいに竜で空を飛びたい。僕だけの竜を得たい。僕は竜騎士になりたいんだ」

 そう思ったのは何時のことだろうか。僕は覚えていないので、ずっと小さい時から竜騎士になりたい夢を持っていた。

 父が竜騎士でなかったら、もっと気楽にその夢を両親に語っていた。だけど、僕の父の竜騎士で、竜騎士になりたいという夢は、他の子どもより少しだけ現実味を帯びているような気がして、気安く口にしてはいけないと思っていた。

 だから、もっと決心が固まるまで父に言うことができなかったのだった。


「今年は受けないのか?」

 父が言っているのは、竜騎士訓練生選考会のことだとすぐにわかった。

「来年か、再来年に受験したい。それまでに金の札をレアナに渡したいんだ」

 竜騎士訓練所に入ってしまうと、新年と夏祭りの時期に帰宅が許されるだけだ。竜に挑戦が許される頃になると、外出も比較的自由になるらしいが、十年間はレアナにほどんど会うことができなくなるから、僕はレアナが待っていてくれる確証が欲しかった。


「わかった。それなら俺は応援する。しかし、竜騎士の息子だからといって、優遇されるなんてことはないからな。覚悟しろよ。本当にきついから」

 父は爽やかに笑った。

「僕も応援するよ。お兄ちゃんの竜の絵を描くのは僕だからね」

 ディエゴも満足そうに笑っていた。


「そういうことなら、食器の乾燥とか、色々ジョエルにお願いしようかな。清潔で便利そうよね」

 母は僕に頼む仕事をあれこれ考えているらしく、時折うんうんと頷きながら微笑んでいた。





 僕は一年か二年、家事の手伝いをしてお小遣いをもらい、そのお金で金の札を買ってレアナに渡し、僕が竜騎士になるまで待っていてほしいと伝えようと思っていた。

 しかし、そんな悠長なことを言っていられなくなったんだ。



 レアナの誕生日まであと数日に迫っていたある日の午後、僕は庭で花に水をやっていた。今年のレアナの誕生日は庭の花を贈ろうと思っていたので、枯らすわけにはいかない。

 最近のレアナは体調がよくなくてとても心配だった。いい香りのする花を贈れば、レアナは元気になってくれるのではないかと期待していた。

 玄関脇の花壇にも水をやる。竜騎士の官舎は無駄に広く結構大変だ。竜騎士団には庭師がいて、お金を払えば庭の管理を頼むことができるけれど、僕は一人で大丈夫だと、管理を断ってもらっていた。



 そんな時、お隣に見知らぬおばさんが訪ねてきたんだ。そのおばさんは母やルシアおばさんよりかなり年上のように見えた。

『レアナのことで……』

『そんな馬鹿な……』

『私が悪いの……』

 そんな声が聞こえてくる。今日はカイオさんが休みらしく、カイオさんの声も交っている。


 レアナに関係あることかと思い、そのおばさんが玄関の中に消えてから、僕はお隣の応接室の窓の下に移動した。近くに木が生えているので、その陰になるようにして、母やディエゴに見つからない場所に座り込む。

 そして、風魔法で壁から伝わってくる音を大きくし、聴力も強化して盗み聞きをする。罪悪感はあったけれど、レアナのことが心配だった。


『レアナさんは聖乙女です。しかもかなり聖なる力が多いです』

 それは見知らぬおばさんの声に違いない。僕はその内容にとても驚いて、思わず声を出しそうになったけれど、盗み聞きがばれたら困るので口に手を当てて耐えた。

 レアナが聖乙女ならば、神殿に行かなければならない。そして、聖なる力を失うまで神殿を出ることができない。そんなことは嫌だ。

『しかし、レアナはまだ七歳にもなっていないのだぞ。そんなことってあるのか!」

 カイオさんが大声で叫んだ。聴力を強化しているので耳がじんじんする。この声の大きさなら、魔法を使わなくても聞こえそうだ。

『私のせいだわ。私が悪いのよ』

 涙声になっているのはルシアおばさんだ。

 普通の聖乙女は十歳頃から聖なる力を作ることができるようになるらしい。しかし、ルシアおばさんは八歳で聖乙女になったという。


『ルシアさんのせいではないわ。聖乙女は遺伝ではないのよ。神の思し召しなの』

『ラリーサ神官長殿! 確かにレアナのことはルシアのせいではない。しかし、こんな残酷なことを神の思し召しというのか』

 カイオさんが神官長と言ったので、ルシアが聖乙女だということが現実だと思い知る。

 レアナはどうなる。まだ六歳なのに、本当に神殿へ連れていかれるのか?

『カイオさんのお気持ちは理解できます。でも、貴方は竜騎士で、この国の現状を把握しているでしょう? 聖乙女が祈らなければ、この国の人々は死に絶えてしまいます。いくら貴方たちがこの国を守ろうと思っても無理なのですよ。だから、聖乙女はすべからく神殿へ入らなければならないと、法律で決められています。これは、全ての法に縛られることがない貴方たち竜騎士の親族であっても、例外ではありません。これは、国の存続にかかわる事案だからです』


 まるでカイオさんの歯ぎしりが聞こえてきそうだった。

 レアナはそこにいないようだ。応接室からはルシアおばさんの泣き声だけが響いていた。

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