二人で公園へ
「わぁ、綺麗なリボン。ずっと大切にするね。ジョエル、ありがとう」
袋から青紫のリボンを取り出したレアナは、嬉しそうに自分の髪の毛を軽く結わえていた。やはりレアナの髪の色に似合うと思う。この色を買って本当に良かった。
「僕の方こそ、ありがとう。いつまでも大切にするからな」
「でも、竜騎士になったら本物の認識票がもらえるから、それは不要になるかも」
「不要になんかならない。これは僕の宝物だから」
僕は手を握って手首を空に向かって突き出した。傾きかけた太陽が銀の札を照らし、まぶしく輝いていた。
「レアナはルシアおばさんの手伝いをしているって、何をしているの」
僕は母からもらったお小遣いでリボンを買ったけれど、レアナはお手伝いの報酬でこの札を買ったらしい。
「あのね。お父様が訓練の日は、お昼に帰ってくるでしょう。だから、調理パンを作るの。えっと、お母様がね、ローストビーフとか、ローストチキンとか、作っておいてくれるの。美味しいソースもよ。細長いパンの横をギザギザのナイフで切って、それをはさむの。野菜も一緒よ。お父様が魔法でパンを温めてくれると、とても美味しくなるの。お父様って本当にすごいのよ」
「僕だって、パンを温めるぐらいできる」
最近魔法が上手くなったと父に褒められている。火と風の魔法を組み合わせて熱風を出すぐらい僕にも容易い。
「ふーん、じゃぁ、明日公園へ連れて行ってくれるのなら、調理パンを作ってあげる」
「えっ? 本当か、本当に料理パンを作ってくれるのか?」
「うん、明日はお父様が昼間の飛行担当だから、お昼に帰ってこないの。だから公園へ行こう」
公園といっても基地内にあって、それほど広くない。それでも、大きな花時計と噴水があり、ブランコや砂場もあるので、かなり楽しい場所だ。僕たちはしょちゅう公園へ遊びに行っていた。だけど、公園で昼食をとるのは初めてだ。
「じゃあ、十時少し前に出かけようか」
昼の哨戒飛行は十時頃に基地から出発することを僕は知っていた。そして、公園の上を飛行していくんだ。真っ黒いライムンドはとても目立つ。視力を強化できないレアナにもよく見えるだろう。
「うん、約束だからね」
大切そうにリボンを袋に戻したレアナは、そう言い残して裏口から家の中へ入っていった。
翌日もとてもいい天気だった。さわやかな風が気持ちいい。
庭でレアナを待っていると、赤ちゃんの鳴き声が聞こえた。そして、お隣の裏口からセザルを抱いたルシアおばさんが出てくる。セザルは庭の風景が好きらしく、すぐに泣き止んで笑顔になった。
「ジョエル、レアナを公園へ連れていってくれるのね、ありがとう。レアナは今お昼を作っているからちょっと待ってね」
ルシアおばさんは僕の母親よりかなり背が低い。三か月にしては大きいと言われているセザルをあやすように揺すると、落としそうでちょっと怖くなる。
「僕の方こそ、お昼を作ってもらって、ありがとうございます」
「まぁ、ジョエルは本当にいい子ね。それにしても懐かしいわ。カイオと結婚する前にね、基地の雑貨店で買った調理パンを持って、公園で食べたことがあるのよ。長年神殿にいたからそんな経験をしたことがなくて、本当に楽しかったことを覚えているの。ジョエルとレアナも目一杯楽しんできてね」
ルシアおばさんは聖女として基地で働いているけれど、カイオさんと結婚する前は十六年間も聖乙女として神殿にいたらしい。
聖乙女は自由に遊ぶことも許されずに、ただ祈る日々を送るのだそうだ。本当に大変だっただろうと母も言っていた。
「ジョエル、お昼ができたよ。お母様の分は食事室のテーブルに置いているからね」
レアナは大きめのバスケットを持ってよたよたと裏口から出てきた。僕はそのバスケットをひったくるようにして奪った。
「重くない? パンだけではなくて水筒とコップも入っているの」
「全然平気だよ。僕は身体強化魔法だって使えるから」
身体強化魔法が使えないと竜騎士になることはできない。竜は音より早く飛ぶことができるんだ。その時には身体強化をしつつ風魔法で防護しなければ、体がバラバラになってしまうほどの衝撃を受けるらしい。竜騎士は厳しい仕事だと父もカイオさんも言う。憧れだけでは務まらない。竜騎士はこの国を守っている、その誇りがあるからこそ頑張ることができるのだと。
公園に着くと、噴水前のベンチにバスケットを置いた。そして、レアナと並んで座り空を見上げる。
「あっ! ライムンドが飛んでくるわ。大きな翼を動かしてとっても可愛いわよね」
レアナが空を指さした。ライムンドが可愛いというのは、ちょっと違うような気がするが、僕はいちいち指摘したりしない。
「真っ黒いライムンドは格好良いよね」
カイオさんは僕たちに気がついたのかもしれない。ライムンドは公園の上では旋回してから飛び去って行く。
「お父様、ライムンド、無事に帰ってきてね」
ライムンドの姿が消えるまで、レアナは手を振り続けていた。
それから、噴水を見ながら話をしたり、花時計の周りを散歩していると、すぐに十二時になった。
ベンチに戻り、レアナがバスケットの中から調理パンが載った皿を取り出す。調理パンは三個もあった。僕は熱風でそのパンを温める。
「お父様の魔法とはちょっと違うけど、これも美味しいね。熱々だし。ジョエルは二個食べてね」
「確かにほかほかで美味い」
カイオさんと違う魔法というのは気になるが、甘辛いソースのかかったハンバーグと野菜をはさんだパンが思いのほか美味しくて、僕は夢中で食べていた。二個のパンはあっという間になくなる。
「水筒の中身はリンゴジュースよ。お父様はいつも魔法で冷やしてくれるの。ジョエルもやってくれる?」
レアナは水筒を持ち上げてコップにジュースを注いで僕に渡してくれた。冷却魔法は加減が難しくちょっと苦手だけど、僕は挑戦してみる。それは水魔法の応用で、水をおとなしくさせると想像するんだ。すると温度が下がる。
「あっ、凍りそうになっている」
レアナが叫んだので、僕は慌てて魔法を止める。しかし、コップの中身はかなり固まっていた。
「スプーンを持ってきて良かった。私のもお願いね」
レアナがコップを差し出すので、僕のコップと同じようにジュースが固まるまで魔法を使った。
「とっても美味しい! お父様はね、おなかを壊すからって、凍るまで冷やしてくれないの。このこと、お父様には内緒よ」
リンゴジュースはシャーベットのようになっていて、確かにとても美味しい。
「ああ、カイオさんには内緒な」
僕は二人だけの秘密ができたようで、とっても嬉しかった。