29.校外学習二日目【フィーナの答え】
珍しい伴魂は狙われやすい。
耳にタコができるほど聞いていたので、ニックが告げる事柄も、自分でも驚くほどすんなりと受け入れられた。
それでも、戸惑いを禁じえないのには理由があった。
(どうしよう……全然、怖くない)
剣を首元に付きつけられている状況だと言うのに、フィーナは恐ろしさを微塵も感じなかった。
常日頃「珍しい伴魂は狙われやすい」と、薄い緊張を体に纏わせる日々を送ってきたからだろうか。
静やかに警戒を怠らない日々を送り、どういった面々が白い伴魂を狙ってくるだろう、どうした意図があるだろうと、考えうる状況を幾度となく想定してきた。
想定しつくすほど、常日頃、考えていた。
――だと言うのに。
フィーナが初めて対峙する「伴魂よこせや、この野郎」的な人物は、想定していた内容のど真ん中の行動を起こした人間だった。
それだけではない。
ニックが騎士然としていることもあって、容姿に関しても恐ろしさを感じないのだ。
(あの時みたいに――)
ドルジェの森で遭遇した黒マントの男。
思い出しただけでも、フィーナはぞわりと全身が粟だった。
黒マントの男は、どう言えばいいのかわからない、得体の知れない気味悪さがあった。
それだけでなく、状況によっては命を屠ろうとの意志もほの見えた。
黒マントの男と遭遇した時は、フィーナは自身の伴魂のことも、魔法の指導も体力鍛練、護衛術指導も受けておらず、身を守る術を何も持っていなかった。
だから、黒マントの男に恐怖し、日頃から鍛練を行っている今現在では、ニックに恐れを感じないのだろうか――。
そうした思いを巡らすフィーナに、ニックは「譲って頂けますね?」と剣に日を当て効果的に光らせながら、脅してきた。
(――ねぇ)
ニックと対峙しながら、彼の動向を伺いながら、フィーナはずっと自身の伴魂に、意識下で声をかけていた。
ニックが剣を突き付けてからずっと呼んでいるのに、伴魂からは何も返事はない。
動きさえない。
静観しようとする意思を感じて、フィーナはため息をついた。
意識下でため息をついたつもりだったが、実際に、実体がため息をついてしまった。
フィーナの行動を見て、勘違いしたニックが嬉々とした表情を浮かべる。
「受け入れて頂けますか」
(そんなこと言ってないのに……)
疲労感を感じつつ、フィーナは意識下で伴魂に問い掛けた。
(――これで聞くの最後。どうする? 五つ数えて返事がなかったら、好きなようにするから)
それでも、伴魂の返事はなかった。
腕に抱いた伴魂を見ると、ニックを注視しているのはわかる。
わかるが、なぜか何も言ってこない。
このままでは状況を打開できないのでフィーナは提案したのだが、それにも伴魂は反応を示さなかった。
(――3……2……1……)
「……ゼロ」
「ゼロ?」
脈絡のない言葉に、ニックは反射的に反芻していた。
そのニックに、フィーナはにっこりと微笑んで告げる。
「謹んで。お断りいたします」
「…………なに?」
てっきり受け入れてくれると勘違いしていたニックは、フィーナの言葉を理解するのに少々時間を要した。
誰も「了承」とは伝えていない。勝手に勘違いをしたのはそちらだ。
思いつつ、生じたスキをフィーナは見逃さなかった。
フィーナは不意を打って膝を折ってしゃがみ込むと、突きつけられたニックの剣の下をすり抜けて、彼の腹部へ体当たりする。
フィーナの想定外の行動、思いのほか俊敏な行動に、虚を突かれたニックは体当たりをまともに受けて体勢を崩し、後方へとたたらを踏んだ。
「な……っ!」
「――千風の奔流 集いて奔放不羈なる道を示せ」
小声で呟きながら、ニックの脇を駆けて抜ける。
「待っ……!」
後を追おうとしたニックに、距離をとったフィーナは振り向いて掲げた腕をニックに向けた。
「疾風遊戯!」
暴風が、ニックに吹き付ける。
周囲の落ち葉や小枝、折った枝をも巻き込んだ突風に、ニックは体勢を崩して尻もちをつく。
吹き付ける木の葉や枝、何より強風に目を開けているのが困難となり、腕を顔前にかざしてそれらを防いでいた。
「前詞なしで……! これが疾風遊戯……!?」
驚愕し、それがまた行動を鈍くした。
(前詞は唱えてるんだけどね!)
気付かれないように小声で唱え、いつでも呪文で発動できる状態に据え置いた。
あとは呪文を唱えれば発動するので、前詞に気付いていなかった輩には、呪文で発動したように見えるのだ。