28.校外学習二日目【狙われた伴魂】
しばらくすると、フィーナも「おかしい」と思い始めていた。
「オリビアが呼んでいる」
そう告げた騎士、ニックに伴われてオリビアの元へと足を向けていた。
ニックはカイルの護衛騎士と同じほどの年頃に見えた。
淡いクリーム色の髪、髪より濃い瞳。話ぶりとゆったりとした動作から、穏やかそうに見える青年だった。
途中「近道だから」とレクリエーションの道程から外れた道を提案された。
それは特におかしいとは思わなかった。
レクリエーションの地図もアールストーン鍛練場の地図も覚えているフィーナにとっては、多少レクリエーションの道から外れても「今、だいたいこのあたりにいる」と認識できていた。
それはドルジェで近くの森に足を運んでいた経験から体得していたものだった。
自分の歩調からある程度距離を測ることができるので、現在地は把握できていたのだ。
そうした経験から算出した現在地を考えて――違和感を覚えたのは休憩地を出立して十分ほどたってからだった。
(レクリエーションに、この辺り、入ってなかったはずなんだけど……)
思いつつ、アールストーン鍛練場の敷地内から足を踏み出しそうな位置関係に「……あの」と思わず、案内をしてくれる騎士のニックに声をかけていた。
伴魂を腕に抱いている。
白い毛並みの伴魂は、面識のない人が側にいるからだろうか、大人しく、意識下でも話をしてこない。何も話をしてこない伴魂を不思議に思っていたところでもあった。
「オリビア様はどこにいらっしゃるのですか?」
レクリエーション時のオリビアの待機場所は決まっている。
問題が発生した時、対処する兼ね合いも含めて、相談しやすいよう、決められた席をはずさないようにしていた。
この時、フィーナが聞いた「どこに」とは方向と距離を問うたものだった。
オリビアがどこにいるのかは周知の事実。
オリビアの居場所もわかっているのに、オリビアの側に向かう素振りのない彼に、不安になったのだ。
(もしかして、道に迷った……?)
近道を提案した手前、言いだせないのではないかとフィーナは懸念していた。
わからないならわからないでいい。
自分が現在位置とオリビアが駐在する場所を理解しているので、任せてほしい。
言い出しにくいまま、余計な場所へ行ってしまう方が後が大変だ。
控えめに切り出したフィーナに「大丈夫ですよ」とニックは答えたが、ふと思い返して「もしや」とフィーナに振り返った。
「道がわかるのですか?」
「……ええ……何度か下見をしていますので……」
だから迷っているのでしたら任せてくれても構いませんよ?
にこやかにほほ笑む笑顔の下で、そうした心根を感じてくれるよう、前面に押し出しながらフィーナは騎士に話した。
フィーナの言葉に、ニックは苦笑を漏らした。
「では、わかってしまってますね。
道に迷ってしまったようだと――」
「そうなのですか」
(やっぱり)
心の中で思いながら、フィーナは「大丈夫ですよ」と騎士の男性が気落ちしないように努めて明るい声で告げた。
「私、わかりますから」
先を歩いて案内しようと歩を踏み出したフィーナの目の前に、すっと細長いものが差し出された。
それが何か、わかった時には、フィーナも踏み出そうとした足を留めて、笑顔が消えた。
硬い表情のフィーナに対し、ニックは変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
「――迷ったようだと、しておきたかったのですがね」
「――どういう、意味ですか」
警戒を露わに、じり、とフィーナは後ずさる。
そうしたフィーナに気付いたニックが「おっと」とつぶやいて、差し出した鈍く光る細長いもの――鞘から抜いた剣を、フィーナの肩口に添えた。
「動かないでください。怪我しますよ」
爽やかに笑いながら、物騒なことを口にする。
フィーナはニックを見上げて注視しつつ、視界の端々に見える周囲の状況を確認していた。
二人が歩いていたのは、騎士面々が考えたルートから外れた場所になる。
騎士団が考えたルートは、普段から人が通る道なので、踏みならされて一見して「道」とわかる様相になっている。
しかしフィーナ達が今現在居るのは、一般的に「獣道」と呼ばれるものだ。
よくよく見ると「道」らしくも見えるのだが、慣れない人間では迷いやすい作りになっていた。
ニックを警戒しつつ、周囲を探りつつ、フィーナは「なぜ」と考え続けていた。
なぜ、ニックがこのような行動をとるのか。
その理由次第で、対処法が異なってくる。
――一番可能性が高いのは……。
「あなたの伴魂を所望したい人がいるのですよ。
私としても手荒なまねは避けたい。
契約解除して譲っていただけませんか」
(やっぱり……)
想定された、一番可能性の高いものだった。