26.校外学習二日目【アルフィードの機転】
興味深げに聞いていたアルフィードだったが、途中から何か言いたげな、浮かない表情を浮かべていた。
それに気付いた語り部も「どうしたのか」と尋ねる。
アルフィードはオリビアをつと見て「思ったまま話していい」との言質をとって口を開いた。
「申し訳ございません。
私は市井出身者の為、貴族籍の方々の伴魂について浅学なのでご教授願いたいのですが……」
「何だ。何でも言ってみろ」
教鞭を請うアルフィードに気を良くした男性が答える。そのころにはアルフィードはオリビアのお気に入りと知られていた。
王女のお気に入りに「教えてほしい」と請われて、気を良くしたのだろう。
意気揚々としている彼に、アルフィードは言いにくそうに口を開いた。
「伴魂に、優劣があるのですか?」
首を傾げながら告げるアルフィードに、聞かれた男性は硬直した。
ぴきり、と音がしそうなほど、顕著に動きを止める男性に、アルフィードは慌てて「申し訳ございません」と言葉を募る。
「恥ずかしながら、伴魂に優劣があると知らなかったのです。
これからの為にも、お教え願えないでしょうか。
まずは何を持って、優劣を決めるのでしょう?」
「そ――それは……っ。
み、見ればわかるだろう。
いかに雄々しいかどうか――」
「雄々しさ……で、決まるのですか?」
「そう――」
そうだ、と、同意を言いかけた男性に、オリビアがすかさず言葉を遮った。
「発言には気をつけた方がよろしいですよ。
国王の伴魂、正妃の伴魂。
それらをご存じの上での発言になりましょうから」
国王と正妃の伴魂は、市井の民にも知られている。
二人が寄り添う肖像画には、総じて二人の伴魂も共に描かれていた。
二人とも、目にしたものが「美しい」とため息を漏らす伴魂だった。
オリビアの発言にハッとした男性が、青ざめて、強張った顔でオリビアを見る。
オリビアは感情の見えない愛想笑いを顔に張り付けていた。
オリビアは正妃――第一王妃の娘である。
彼女から国王、王妃に話がいかないかと、恐れているのが手に取るようにわかった。
オリビアはさらに先んじて、口を開いた。
「心配なさられずとも、ここは私的な場所です。
他意があった発言とは思っておりません」
オリビアの言葉に、男性が大事にはならないと安堵した様子が手に取るようにわかった。
安堵したのもつかの間。
「それで」とアルフィードが質問を重ねる。
「伴魂の優劣はどのように決まるのですか?」
……結局。
男性は明確な答えを口にすることができず、アルフィードの「どうして」「どのように」攻撃に白旗を上げてその場を後にした。
アルフィードと男性のやりとりにあっけにとられていたカイルは、男性が居なくなってから頬を緩めて笑うオリビアを「どうしたのだろう」と怪訝に思って見ていた。
「アル……それ卑怯……っ!」
言って、我慢できないといった様子で、声を上げて笑い転げた。
「み……見た……っ!?
アイツの顔っ!
兄上におべっか使って取り巻きになってさ!
私とカイルを下に見た発言するの、鼻についてて『だったら自分の伴魂はどうなの』って思ってたけどさ。
まさか兄上の方に切りこんでくれるなんて……っ!」
「私、何かおかしなこと、聞いた?」
「おかしくないおかしくない。
あいつが言ってたこと、教えてほしいって聞いただけだから。
答えられないあいつが悪い。
熱弁するならどう聞かれても返答できる材料、準備しとけってことよ」
お腹を抱えて笑い転げるオリビアに、「そうよねぇ」と頬に手を当ててため息を落とす、マイペースなアルフィード。
アルフィードは、あっけにとられて立ち尽くしているカイルの方に顔を向けて目が合うと、苦笑を浮かべて肩をすくめた。
――その様相から。
男性に教授を請うた言動は、何かしらの思惑があっての行為だったのだと、カイルも気付いた。
「伴魂に優劣なんてないわ」
アルフィードは自身の伴魂を呼び寄せて、肩に止まった伴魂を撫でながら、オリビアとカイルに告げる。
アルフィードの伴魂は諸事情から、あまり人目につかないように、普段は別場所で待機しているという。
アルフィードが請えば側に来てくれる、朱色の羽色の伴魂だった。
体を撫でるアルフィードの手に、気持ちよさそうに体を摺り寄せている。
そうした様相から、互いの信頼関係も深いものだと伺い知れた。
「伴魂は魂の伴侶でしょう?
十人十色、それぞれにあった伴魂であって然るべきでしょう。
雄々しさが全て、美しさが全て、知力が全て、なんて、一つの基準で判断できることではないでしょう?
万人が指示する伴魂なんて、いるはずないの。
伴魂は一人に一人なのだから。
一人一人、その人に最適な伴魂は異なるのだから」
そう、アルフィードは話す。
彼女が告げる内容に、カイルは目の前が開けた心地になった。
(――そうだ)
過去を思い出しながら、カイルは改めて思う。
アルフィードはこうして、時折々に、俯いていた心根を上向かせてくれていたと。
卑屈になりかけた心を、救ってくれていたのだと。
それはカイルだけではなく、おそらくオリビアも感じていたことだろう。
だからアルフィードを重用していたのだ。
「そうよね。人によって好きなものも違うものね」
アルフィードの言葉を受けて、オリビアも口を開く。
そして普段、厳重な鳥籠の奥にしまっている小鳥をそっと手にとって目線の高さに持ってきた。
白くふわりと柔らかそうな体躯の中、つぶらな瞳と黒の小さなくちばし、小首を傾げる自身の伴魂に、オリビアは「~~~~っっ! もうもうもうっ! かわいい~~っ!」と、自分の世界に入り込んでしまった。
オリビアの「自分の伴魂大好き」行為には、毎度あっけにとられるが、伴魂との良好な関係は一見してわかるものだった。




