25.校外学習二日目【カイルの悩み】
「大丈夫」との答えに、フィーナは少々考えて、首をかしげた。
「何が大丈夫?」
「……何が?」
「……えーと……」
思っていることを上手く言葉にできない、そんなもどかしさを伺わせながら、自身が思っていることをたどたどしく口にする。
「カイルが悩んでたこと、答えが見つかって『大丈夫』ならいいんだけど。
我慢してる、我慢しなきゃいけない『大丈夫』だったら、ホントの大丈夫じゃない。
……って、思ったから」
――驚いた。
ただ純粋に、カイルは驚いていた。
我慢している。
そうした認識は、カイルも考えていなかった。
アルフィードに関して自分でも制御できない、胸の内にうずまく感情を押し殺すのに精いっぱいだった。
自分でもおかしな行動をとっていると認識もあった。わかっていたが、どうしようもないほど、カイルは心乱れていた。
学び舎にあっては、人の模範となるよう行動しなければならないと自分を律していた。
王族の立場として、自身を戒めていたのだが、こと、アルフィードと騎士団青年のやりとりを目にしてからというもの、自分の言動を御しきれない認識を持ったカイルは、アルフィードを思考の外に追いやることで、どうにか自制心を保っていた。
意識して「考えない」「見ない」ようにすることで、アルフィードの件から暫定的とはいえ立ち直れたのだ。
周囲の反応も、カイルにはわかっていた。
起因するものが何だったのかを知る者はいなかったが「いつものカイル」に戻ったことに、側仕えの警護騎士を含めて、安堵していたのをカイルも知っている。
カイルとしては「原因に対処していない」ことを、フィーナから聞くとは思っていなかった。
我慢、しているつもりはない。
対処しようにも、無理だとカイル自身わかっている。
アルフィードへの想いは、自分が勝手に抱いたものだ。
自分の気持ちを整理する為に想いを告げられても、アルフィードはどうすることもできない。
断ることは――無理だろう。
アルフィードがどのように思っていたとしても、王族の要望は、相手の想いなど関係なく遂げられるべきものなのだから。
そうなったとき、アルフィードが困るのは、カイルも理解している。
それだけではない。
万が一、アルフィードが想いを寄せてくれたとしても、身分的な問題から、彼女を優遇することもままならない。
――つらい状況にさせるとわかっていながら、アルフィードからの想いがあってもなくても、妃的な立場を望むことを、カイルは考えられなかった。
アルフィードへの想いを、どうにかやりすごしている時分でのフィーナの発言は、カイルの心情を逆なでした。
落ち込んだり、いつもと違ったことがあったにしても、自分だけでどうにか解決しようとしていたところへのフィーナの発言は、寝た子を起こすようなものだった。
「だったら何だと言うんだ。関係ないだろ」
不機嫌を露わに顔を背けて告げると、フィーナも感じるところがあったようで、それ以上、追及はなかった。
ただぽつりと「困ってることあったら、言ってね」と告げた。
(話せるわけないだろ)
アルフィードの件でなくとも、カイルが抱く悩みのほとんどは、人には話せないものが多い。
――「伴魂に優劣があるのですか?」
不意を打って脳裏に甦ったアルフィードの声に、カイルは「……どうしようもないな」と苦笑をもらした。
アルフィードへの想いに封をしようとしても、こうして想いを馳せてしまうのだから。
記憶の中でアルフィードが口にした言葉は、過去のものだった。
周囲の人間が、兄の伴魂とカイルの伴魂を比べて、遠回しに優劣を口にする。
今もその声はいくらか存在するが、以前ほどは耳にしない。カイルは幼いころは顕著だった。
幼いカイルにはわからないだろうと、暗に含んだ物言いをしていたが、話している当人の感情は、声や表情から感じ取れるのだ。
幼いなりにも、カイルは苦い思いを抱いていた。
それはアルフィードと出会った時、素直な賛辞を受けてからも同様だった。
少しは前向きに考えられたが、気にしない域までにはいかない。
アルフィードと偶然居合わせた後、オリビアの友人として紹介された後もそうだった。
何かの時、オリビアと同席していた時に、彼女らと同じ年頃の者が伴魂の話をしていた。
その時に、第一王子の伴魂の雄々しさを褒めそやした。
第一王子の伴魂はすばらしい。
それに比べて――。
との話をする彼らに、カイルは悔しさから俯いて、両手を握りしめていた。
オリビアも眉をひそめる中、アルフィードが興味深そうに彼らの話を聞いていた。
「私は殿下の伴魂を存じ上げないのですが、それほど素晴らしいのですか?」
そう声をかけて話を聞く。声をかけられた方も、自分のことのように自慢げに語り出した。
力が強く、並みの伴魂なら簡単に捩じ伏せてしまう。
国内の伴魂でも、力のある伴魂だろう。
――と。