9.確認事項
「ネコ?」
なぜ居場所をを尋ねるのかと首を傾げたフィーナだったが、オリビアを見て「あ!」と思い至る。
「オリビア様、ネコを見に来たの?」
ネコは貴族の間でも珍しいと聞いている。
今日オリビアが来たのは、珍しいネコを見るためなのではとフィーナは考えた。
嬉しげに顔を綻ばせるフィーナに、オリビアも隣のアルフィードも軽く目を見張る。
フィーナの表情には恐れはない。
フィーナが倒れた現状を見たアルフィード、話を聞いただろうオリビアは、互いに顔を見合わせた。
目覚めたフィーナがネコとどのように過ごしていたのか知らない二人は、倒れた状況から鑑みて、白い獣を忌避する可能性を考えていた。
「……怖くないの?」
尋ねるアルフィードに、フィーナは首を傾げた。
「怖い?
どうして?」
きょとんとするフィーナに、アルフィードとオリビアは言葉を失った。
伴魂を得ている二人は、自身の伴魂に微弱ながらも魔力を供給している。
普段は当人も気付かないほど少量なものなのだが、ごくまれに、体調不良でもないのに悪寒を感じることがある。
その時は気付かないが、後で考えると伴魂が小さな怪我をした時など、伴魂が通常より魔力を必要とした時だった。
伴魂自身が身の内に持つ魔力が多いと、傷の治りが幾分速いのだ。
傷を早く治そうとして、主から魔力を吸収しているのである。
アルフィードやオリビアでさえ、微量ながらも魔力を吸われるのは不快感を覚える。
それが意識を失い数日寝込むほどの量を吸われたフィーナだったら、根源を忌避するだろう――。
アルフィードとオリビア、二人はそんな話をしたわけではなかったが、共にそう考えていた。
イヌに噛まれた子供が、大人になってもイヌが苦手である場合がある。
フィーナも同じように、ネコを厭うと考えていたのだ。
なのに。
当の本人は嫌うどころか嬉々としている。
アルフィードとオリビアは困惑しつつ、フィーナに案内されるまま、寝室に赴いた。
……家の中に入ってくるオリビアに、リオンとロアは「このような所に!」と止めようと慌てふためいていたが、オリビアはそれらをするりと抜けてフィーナに続いた。
寝室は家族全員分のベッドが用意されている。
リオンとロアが並んで眠るベッド、同じ部屋に角度を変えてアルフィードとフィーナが二人で眠る小ぶりベッドが設えてあった。
アルフィードは平日、宮廷に赴くので、ベッドはフィーナ一人で使っている状態である。
最近、フィーナが眠るベッドを共有する輩がいた。
その輩はアルフィードとオリビアが寝室に入室した際も、ベッドで体を横たえていた。
複数の足音に、首をもたげて部屋の出入り口に目を向ける。
ベッドを共有する輩――今、ベッドを一人占めしている白いネコを見て、オリビアは嘆息した。
フィーナが自慢するのも理解できる。
艶やかな体毛、細身のしなやかな体躯、そして鮮やかな空色の瞳。
オリビアも知ってはいたが実物を目にするのは初めてだった。
魅了されるフィーナの気持ちも理解できる。
白い獣はぞろぞろと入ってきた人々を「何事か」と言いたげにベッドの上に座って正面を向く。
居住まいを正すような仕草に、誰にも気付かれない程度、アルフィードは眉を寄せた。
フィーナはネコを抱えて「オリビア様も抱いてみる?」と勧めた。
毛並みが綺麗で気持ちいいのだと熱弁するフィーナの勢いにしり込みしつつ、オリビアは丁重に辞退した。
オリビアの返事に残念そうな表情を浮かべるフィーナは、今度はアルフィードに勧めた。
アルフィードも丁重に断った。
毛並みの心地よさはすでに経験している。
そそられるが今日は別な目的があって来たのだ。
その目的のために、オリビアが同行する事態になっている。
アルフィードはフィーナにベッドに腰掛けて、その傍らにネコを座らせた。
首を傾げながら従う妹に、今度は左腕に銀色の腕輪を装着させる。
腕輪は手の平をするりと通り抜け、手首でぶかぶかの様相を呈する。
ネコの左前足にも少々大ぶりな腕輪を通した。
アルフィードはオリビアに目くばせをした。
目くばせを受けて、オリビアは頷くと、小声で何かを唱えた。
「わっ!」
オリビアの声に反応してシュン、と腕輪が締まる。
フィーナとネコの腕輪はそれぞれ腕と前足、ぴったりの大きさで収縮を止めた。
ちょうどいい大きさになっている。
これが魔法……。
思いながらフィーナは腕輪を興味深そうに、しげしげと眺めている。
ネコは勝手が悪いらしく、眉をひそめて左前足を振っていた。
はずそうと試みているようだが、簡単にははずせない仕様になっている。
フィーナと白いネコ、それぞれに腕輪がはめられたのを確認して、オリビアはさらに短い言葉を小声でつぶやいた。
収縮した時と同じく、声に反応してふわりと光が灯る。
腕輪自体が淡い光を発していた。
フィーナの光は柔らかく、ネコの光はフィーナより眩く発光している。
「……やっぱり……」
フィーナとネコの腕輪の輝きを見たアルフィードは、ひそめた眉をさらに潜めて逡巡する。
オリビアもアルフィードから何かしら話を聞いていたのだろう。
疑念を確認した驚きをみせただけだった。
「どうかしたの?」
母のロアがフィーナとネコの様相に戸惑いを見せつつ、アルフィードに尋ねた。
リオンもロアと同じ表情を浮かべていた。
アルフィードは少々考え込んだ後、一度目を閉じて息を吐いた後、覚悟を決めて両親に向かい合った。
その時には閉じた目を開けていた。
「この子、フィーナの伴魂になったみたい」
「……………………え?」
意を決して告げたアルフィードの言葉に、リオンとロアは目を点にした。
当のフィーナは事情が飲み込めず、目を瞬かせるだけだった。
う~ん……。
やっぱり書くのに時間かかりますね……。
サクサク書けてるほうなのに……。