14.カイルとオリビアの事前打ち合わせ【アルフィードとシン】
カイルが鍛練場から出ようと背を向けている時に、アルフィードの声が耳に届いた。
声が聞こえなければ、そのまま帰っていただろう。
アルフィードの声に、カイルは足を止めて振り返り、見送りに側にいたオリビアも、つられて鍛練場内へと視線を向ける。
鍛練場は長方形の広場に、四方を通路が囲んでいる。
カイルとオリビアがいる出入り口とは対面側の通路に、アルフィードの姿が見えた。
鍛練場では数名の騎士が、鍛練を行っている。
剣戟の中、アルフィードの声がところどころ耳に届いていた。
激しい金音に阻まれて、話の内容までは聞こえない。
だが、遠目に見えるアルフィードは、カイルがこれまで見たことのない様相を呈していた。
対面している男性に、肩をいからせている。
怒り露わの態度と表情で、対面する男性に何か話しているようだった。
アルフィードが向かい合っている男性は、カイルが初めて見る人物だった。
聞いていた年の頃、この場にいることから、話に聞いていた新しく騎士団に入った者だろうと想定できる。
栗色の、耳元に届く髪の長さ。アルフィードより年上の青年だった。
怒りをあらわにするアルフィードに対し、彼は戸惑いを滲ませている。
二人を目にしたオリビアは、ため息を落とした。
「またケンカして……」
オリビアの物言いに驚いた。その言い分では、こうした言い争いはよくあることのように聞こえた。
(アルフィード様がケンカ?)
静かで落ち着いた物腰、穏やかで柔らかな対応。そうした印象が強いアルフィードが、感情露わに言い争いをするのが、カイルには信じられなかった。
ため息をついたオリビアは、踵を返して二人の元へ足を進める。
同行しなくてもよかったのだが、個人的に話が気になるカイルは、オリビアの後に付いて行った。
後に続くカイルに気付いているオリビアも何も言わないので、かまわないのだろう。
二人に近づくにつれ、話の内容が次第にはっきりとしてくる。
アールストーン校外学習に警護として同行しない青年を、アルフィードが「なぜ」と問い詰めていた。
理由を言えないのはおかしい、それほど大事なことなのか。
騎士としての自覚はあるのか、等々の話をしている。
対する青年は、用があるから仕方ない、大事なのだから仕方ない。
元々、騎士になるつもりはなかった、リーサスの強引な勧誘に根負けしただけだ。
元々、個人的事項を優先すると話はついている――。
「無責任だと思わないのですか!?」
かっとなって叫んぶアルフィード。
その頃には、オリビアもカイルも、二人が話している内容が確実に聞こえるほど近くまで来ていた。
語気の激しいアルフィードに、カイルも驚いていた。
これほど怒りの感情をあらわにするアルフィードを目にしたことがなかったのだ。
「――言いすぎ」
剣呑な雰囲気に、ため息交じりにオリビアが割って入った。
言いながら、アルフィードの後方から軽い手刀を頭頂部に入れる。
痛くはないが、思わぬ背後からの仲裁に、アルフィードは驚いてびくりと身震いした。
「心配してくれるのはありがたいけど、その話は私とシンとのことだから」
驚いた顔で振り返ったアルフィードに、オリビアが苦笑交じりに告げる。
そうした後、シンに目を向けて「悪かったわね」と声をかける。
「いや――」
バツが悪そうに困り顔で頭をかく青年を、その時カイルは初めて近くで見た。
栗色の髪に空色の瞳。
珍しい瞳の色が、カイルの目を引いた。
瞳は一見すると明るい空色なのだが、よくよく見ると中心近くになるにつれ、濃く深い色に変じている。
たゆたう水面の印象を受ける瞳に見入っていたカイルは、アルフィードの「でも」と上げた声でハッと我に返った。
諌めるオリビアの言葉に、アルフィードは納得できない様子だった。
「スーリング祭でも途中放棄したのに――っ!」
平定の御世において、騎士が警護に付かなければ何が仕事なのかとアルフィードは問う。
「それは――」
オリビアが困り顔で言い淀んで一度シンに目を向けた後、嘆息した。
「――違うの。
元々、シンは『用があるから途中までしか警護につけない』と言っていたの。
それを不慣れな団員のフォローをするために、約束の時間を過ぎても残ってくれてた。
――アルには話してなかったわね、ごめんなさい。
スーリング祭でシンが帰った時には、シンの仕事の時間は終わってたの」
初めて聞く話だったのだろう。
アルフィードは驚きに目を見張って「だって、そんな……」とオリビアとシンを交互に見やった。
「そんなこと、一言も……」
アルフィードの態度を見るに、シンにはスーリング祭に関して、幾度となく苦言を呈していたのだろう。
シンは反論することなく、アルフィードの苦言を受け止めていたようだった。
アルフィードとシンのやり取りです。
シンはスーリング祭にも、時間限定で会場の外を警護していました。




