70.貴族裁判 63
トーマスは眼を潤ませ歓喜で震える唇を引き結び、ニルディアートに最上級の礼を送る。
『――とは言ったけれど……』
ニルディアートとトーマスのやりとりに、場内は静やかにざわめいていた。
『長子が持つ権限を、部分的に第二子以降に譲れる決まりはなかったよね?』
ニルディアートは法令に明るかった。
トーマスとしては「精霊神の意向」として例外が認められれればと願っての事だったが、その点をニルディアートが言及してくるとは思っていなかった。
――規定に無いのならできない――
そうした流れを感じ、裁判長は顔色を明るくし、弟、トーマスは焦りをにじませた。
兄である裁判長と弟であるトーマス、それぞれが各々の思いを口にしようとした時。
『だったらトーマスが家長になれば「万事解決」だよね?』
――と。
ニルディアートはあっけらかんとした口調で告げたのだった。
◇◇ ◇◇
軽い口調で告げられたニルディアートの言葉に、場内は、しん、と静まりかえった。
サヴィス王国は家督を「長子継承」としている。
過去の歴史を鑑みての取り決めだった。
静まりかえる場内に、ニルディアートは小さく笑う。
『この国の仕組みは把握してるよ?
――だけどね?
君たち以上に、僕は知ってることが多いんだ。
――僕の言いたいこと、リディアならわかるでしょ?』
首に腕を絡めて抱きつく精霊神に頬ずりされながら、リディアは問われる。
ニルディアートの行為に戸惑いながら、リディアは小さく息をのんだ。
「上位十二貴族内、過半数の意向を得、加えて陛下の意向を得られるのであれば――上位貴族籍の長子でなく、第二子、第三子への家長の変更は……可能……」
記憶にある知識を口にするリディアは、言いながら、自分でも確信が持てず、声は次第に小さくなった。
不安に顔色を陰らせるリディアを、ニルディアートは優しく微笑んで抱き寄せた。
『大正解。大丈夫。間違ってないよ』
告げた次の瞬間には、その身を場内上空に移していた。
『聞けっ!
古より精霊の加護を厚く受け継いだ家系の者達よ!
我らは己の欲に固執する者達に好意はない!
我が愛すべき者は、血筋身分に関係なく、我が見いだす!
リディア、トーマス、二人がこたび私の寵愛を受けし者達だ!
二人を排除するというなら――私は二人について国外に行こうぞ』
ニルディアートの発言に、場内が大きくざわめいた。
精霊神が国外に行けるのか。
反射的にアクアリューネ達を見たフィーナに、三精霊神が答えた。
『本人が望むなら可能』
――と。




