69.貴族裁判 62
同時に、裁判長を非難、軽蔑する人々の感情が高まった。
場の雰囲気を感じとった裁判長は、焦り、弁明しようとするも、上手く言葉が出て来ず、声なく口を動かしていた。
「二――、ニルディアート様……っ!」
裁判長より先に、裁判官席から声が上がった。
「……トーマス様……」
声の主を見たリディアがつぶやく。
リディアの記憶から、ニルディアートは声の主を把握した。
裁判長の弟――トーマス。
恰幅のいい――余分な脂肪をため込んでいるとも言える――裁判長と違い、トーマスと呼ばれた男性は、細身で長身、頬もこけている。
ひょろりと貧相な印象のトーマスは、ニルディアートの神的存在感に圧倒されながらも、自身を奮い立たせて話続けた。
「サ――サンマイヤ孤児院――兄の管轄下にあり、リディアが身を置いていた彼の院を、あなた様の御意志により、私の所有として頂けないでしょうか……っ!」
「トーマス!?
お前、何を――っ!」
「兄さんこそ――っ!
なぜあんなことができるんだ――っ!」
――パチン。
――と。
ニルディアートが指を鳴らした。
場内中央で流れていた映像が切り替わり、院の子らに必要な物資を施し、共に過ごす若かりし頃のトーマスが映し出された。
トーマスは子らの教育にも注力した。
そんなトーマスを、院の子らは慕っていた。
リディアもその一人だ。
院の子らを労働力とする兄を、トーマスは何度も止めようとした。
が、聞き入れてもらえない。
長子が家督を継ぐ今の貴族籍の制度では、トーマスに打開策は見いだせなかった。
――だが。
リディアに「王立図書館の制限無き閲覧許可」を与えた精霊神なら――。
兄である裁判長を糾弾する今だからこそ、活路を見いだせるのでは――。
トーマス自身「浅はかな思考」「便乗は精霊神に失礼」「リディアに甘いのを利用している」――と、自身をわかっている。
そうした批判を受けたとしても、成し得たかった。
『いいよ?』
「…………は?」
これまでの規律に背き、決死の覚悟で告げた希望を、ニルディアートはあっさりと了承した。
トーマスが拍子抜けして、戸惑うほどに。
「ほ……本当に……いいのですか?」
『っていうか、僕が断る理由なんてないでしょ。
僕の望みはリディアが健やかであること。
それを妨げる要因があるなら、排除して当然でしょ。
僕からお願いしたいくらいだよ。
君の行いは、リディアの記憶から――感謝の思いから伝わってくるから』




