65.貴族裁判 58
『侯爵、カディス・フォールズの処罰は君たち――上級裁判に任せるよ。
上級裁判のあるべき結果を示してほしい。
通常、審議は二週間程度だけどね。
念のため言っとくけど――ボクたちは、知ろうと思えば、時間はかかるけど全てを知り得る。
下手な画策は、きみたちの首を締めることになるから』
にこやかなニルディアートだが、内容は辛辣だ。
裁判長を始めとする裁判官達は、萎縮してニルディアートに礼をとった。
『――あ。リディアには頼んないでね?
この子はボクが引き取るから。
――シア。
いいよね?』
ニルディアートはリディアの首下に腕を絡めて抱きついている。
ニルディアートの言葉に、リディアは「え!?」と戸惑った。
暴走する精霊神達の行動に、シアは口を挟めず、意気消沈していた。
何もかも諦めたような――茫洋とした表情で状況を見ていたシアは、ニルディアートの言葉でリディアを見てしばらく――弾かれるように顔を輝かせた。
「もちろんっ!」
告げて、遠く離れた席にいるリディアにぶんぶんと手を振る。
「ぜひぜひっ!
私たちはあなたを歓迎します!」
「お――お待ちください!」
焦ったのは裁判長だった。
「きゅ、急に生活の場が変わるのは、その者も望んでいないのでは――」
『そうなの?』
首下に腕を絡ませるニルディアートは、寂しげな表情と眼差しで、リディアを見上げる。
精霊神は共通して見目麗しい。
幼子を連想させるあどけなさ、小柄な体躯、大きな瞳。
造形美の懇願に、リディアは反射的に従いそうになるのを、顔を背けて我慢した。
加護を受けていなければ、脊髄反射で了承しただろうが、加護のおかげで、ニルディアートを直視し、会話できる耐性は備わっている。
「そ……その場所で、過去の判例は学べますか?」
その質問に、ニルディアートは眼を瞬かせて――リディアの考えを悟り、高らかな笑い声を上げた。
『グレイブ・ウォルチェスター!』
突然、精霊神ニルディアートに名を呼ばれた国王は、反射的に礼を取った。
『我が加護を受けしこの者に、王立図書館への制限無き入館と、閲覧の許可を!』
――制限無き入館と閲覧
その声に、場内がざわめいた。
王立図書館は、入館にも一定の位が必要だ。
中位下位貴族籍は事前に申請し、受理されなければ入館できない。
それだけでなく、一部の書物は、閲覧制限がかけられている。
ニルディアートは、リディアが望む物を制限なく開示するよう命じている。




