64.貴族裁判 57
フィーナとマサトの背後には、ニルディアートが『ふむふむ』と納得顔で顎に手を当てうなずいていた。
――いつの間に。
カディス・フォールズの側にいたと思っていたニルディアートが、突然背後に移動したのに、フィーナとマサトは驚く。
『そんな思惑だったのかもね』
納得顔でうなずきながら、ニルディアートはパチンと指を鳴らした。
『邪魔なフィーナを、公の場で排除したかったんだろーな』
――と、マサトの声が場内に響く。
空から降ってきたようでありながら、四方八方から聞こえる、出所不明の音声として流れた。
『ダルメルの薄墨インク募金で、フィーナは貴族籍に広く知られただろ。
国外渡航で貴院校退学となったとしても、世間が周知するのには時間がかかる。
国外渡航に第二王子が同行してたのを利用して、上級裁判で訴えて――裁判の傍 聴席に居る参加した貴族籍に、フィーナ退学を広めたかったんだろ。
最初に知った人数が多ければ多いほど、多数への情報伝達は早いからな。
……で。
あわよくば、無理矢理同行したのに迷惑をかけてしまう罪悪感から、王位継承権 を返上すると言い出す可能性も視野に入れてたんじゃねーの?』
マサトがつぶやいた憶測が、ほぼそのまま場内に流れた。
蒼白となるフィーナとマサト。
あくまでマサトの憶測だ。
それがこのように流れては、それが真実と、場内の人々に誤解されかねない。
裁判官、傍聴席の貴族籍は場内に響いた声に驚き――内容にも驚いた。
王位継承権の下りは、ひときわざわめいた。
声の主は誰か――。
真偽次第ではカディスへの不敬罪も考えられる。
ざわめく場内の声を聞きつつ、ニルディアートはカディス・フォールズに詰め寄ろうとした。
真偽を確かめるために。
真実を人々の前で明らかとするために。
そのニルディアートを、ゲオルクが諫めた。
「フォールズ侯爵の真意如何で、処罰が変わるわけでもございません。
現状、わかりえる部分での処罰でよろしいかと――」
礼をとって告げるゲオルクに、ニルディアートは不満顔を向ける。
『君はそれでいいの?』
自分の行いには責任をとるべき。
精霊神達の理念だ。
カディス・フォールズの真意を暴こうとするニルディアート。
フィーナを標的としたカディスを、ゲオルクは警戒しているはずだ。
カディスを糾弾しようとしたニルディアートを止めた、ゲオルクの気持ちがわからず、ニルディアートは問いかけたのだった。
「真実は知るべき者が知っていれば良いと、私は考えておりますゆえ。
名誉毀損の訴えを起こしたのは――孫への被害を防ぐためにございます」
礼をとったまま告げるゲオルクを、ニルディアートは不満顔でしばらく見つめていたものの、息をついて『わかったよ』と引き下がった。




