63.貴族裁判 56
『何を驚いてるのさ。
フィーナは、今、生活している場から、退けと要求されたんだ。
訴えた側に同等の処罰を与えるなら、生活の主軸となる場からの離脱――侯爵引退が同等でしょ?
――これが上級裁判だよ。
「諸刃の剣」と呼ばれる所以さ。
――なぜ上級裁判の開廷数が少ないか、わかるよね?
負けたときの代償が、ワリに合わないんだよ。
それを飲んでも、どうにか状況を是正したい――。
全てを失う覚悟で開廷する場なんだよ、上級裁判は。
状況によっては爵位を剥奪されても仕方ない。
そんな覚悟もなくて――どうして上級裁判での訴えを起こしたのさ。
内容からして、裁判を起こすまでもなかったよね?
――フィーナが庶民出のセクルト貴院校学生だったら、貴院校に抗議して退学処分を申請するのが普通でしょ。
フィーナがエルディナード公爵令嬢とわかってたから上級裁判を起こしたのならわかるけど――そうじゃなかったし。
逆にエルディナード公爵家令嬢とわかってたら、上級裁判開かなかったでしょ。
――ねぇ。
君は何をしたかったの?』
するりとカディス・フォールズの前に移動したニルディアートが訊ねる。
腕組みした直立姿勢で――至近距離に顔をつきあわせて。
口角を上げた笑みを顔に貼り付けているが、眼が笑っていない。
カディスは気圧され、口ごもった。
『邪魔なフィーナを、公の場で排除したかったんだろーな』
フィーナの足下で、マサトがぽつりとつぶやく。
「え?」
「どういうこと?」とフィーナが首をかしげる。
小声で、マサトは続けた。
『ダルメルの薄墨インク募金で、フィーナは貴族籍に広く知られただろ。
国外渡航で貴院校退学となったとしても、世間が周知するのには時間がかかる。
国外渡航に第二王子が同行してたのを利用して、上級裁判で訴えて――裁判の傍聴席にいる貴族籍に、フィーナ退学を広めたかったんだろ。
最初に知った人数が多ければ多いほど、多数への情報伝達は早いからな。
……で。
あわよくば、無理矢理同行したのに迷惑をかけてしまう罪悪感から、カイルが王位継承権を返上すると言い出す可能性も視野に入れてたんじゃねーの?』
「そ……そう、なの……?」
フィーナは「わかったような、わからないような」と感覚的に理解しつつ、頭での理解は追いついていなかった。
マサトはフィーナに話したつもりだったが――。
『ふむふむ。なるほどね~』
『……は?』
「へ?」
不意にフィーナとマサトの間近で聞こえた声に、二人は驚いて振り返る。
 




