59.貴族裁判 52
怪訝そうに裁判長が肯定する。
「――では」
肯定を受けて、ゲオルクはカディス・フォールズに顔を向けた。
「我が孫、フィーナ・エルディナードに対する名誉毀損で、カディス・フォールズ侯爵を訴えさせていただく」
◇◇ ◇◇
ゲオルクの発言に、場内はどよめいた。
戸惑うのは裁判官も同様だ。
「公爵……様。それは……どういう意味で……?」
裁判には、事前準備が必要だ。
訴えが裁判するに値するか否か、見極も必要となる。
今回のカディス・フォールズの訴えも、簡便だが裁判官の審議を経ている。
おそるおそる訊ねる裁判長を、ゲオルクは数秒、無言で見つめた。
そうした後、裁判長周辺を見回して――。
『この子だ~。』
「あひゃあっ!?」
背の中程まである、くせ毛の長毛を緩やかに二つの三つ編みにして、レンズの厚い眼鏡をかけた小柄な女性に、フィーナに抱きついていたと思っていたニルディアートが側に居る。
年は二十代中頃だろうか。
急に背後でつぶやかれて、その女性は驚きに声をあげたのだった。
反射的に振り返った先に、ニルディアートを見て、今度は声なく、口をぱくぱくと動かす。
間近で見る精霊神に動揺する彼女に、ゲオルクは訊ねた。
「上級裁判で、訴えを起こされた者が、訴えた相手を訴えるのは可能か?」
「は……え? わ、私に聞いてるんですか?」
落ちそうになる、大きな眼鏡を抑えつつ、三つ編みの女性は「あわあわ」と、あわ食っている。
うなずくゲオルク。
女性は助けを求めるように裁判長を見た。
『ちがうでしょ~。
過去の判例に一番詳しいのは君だよね?
だから補助として側にいるんでしょ。
補助の名目だけど、こっちのおじいさん、あんまり知識ないから、それをうまく隠しつつ、君の知識を利用してるの。
し、か~っも。
過去の判例聞いて、自分に都合のいいように忖度してる。
長いものに巻かれるのは人の処世術だとしても~。
司法の場でそれしちゃダメじゃない?
人の世界のあれこれに、口出すつもりはないけど――ボクたちの寵児が関わるなら、話は別だから。
……で。
ゲオルクが言った「名誉毀損」?
上級裁判だからこそ、できるものだよね?』
ずずい。
……とニルディアートに詰め寄られ、三つ編みの女性は困り切って、今にも泣き出しそうだ。
再び裁判長に助けを求めて視線を送るも、ニルディアートが間に入ってそれを阻む。




