38.学年寮長【適任者】
そうしたサリアに、ローラはつと、興味深げな視線を向ける。
「やっぱり、あんさんは目の付けどころが違うな。寮長らが副寮長に言うのも頷けるわ。こっちの姉さんは人がよさそうで、見るところは見てても、深いところや細かいところまでは見えてへん。
……いや、見えてんのかも知れへんけど、深く考えんみたいやな。
寮長にはサリア、あんたの方があってるんやろうけどな」
それを耳にしたフィーナはすかさず手を上げた。
「私は向いてない自信あります!」
だから寮長はサリアに譲りたいなっ!
そうした意志を込めて「はいはいっ!」と、手を上げて主張するフィーナに、虚を突かれたローラとサリアとラナが、目を丸くした。
そうした後、ローラは笑い転げ、サリアはげんなりと右手で頭を抱えて項垂れ、ラナは「そんなっ! フィーナさんもすごい方です、寮長できます、向いてます!」と、息を荒げた。
そうしたラナの勢いに、フィーナだけでなくローラもサリアも驚きの目を向ける。
集まった視線に、ラナはハッとして、恥ずかしげに俯きながらも言葉を続けた。
「あの時……私の伴魂が傷ついた時……。すごく不安で怖くて……恥ずかしかったんです。だけど、あの時のフィーナさんの気遣いと心遣いと、気になったことを確認してくれたことから、話の流れががらりと変わって……。伴魂の命も尊厳も、私の立場も、フィーナさんが助けてくれたんです。
――きちんとした、お礼を言ってませんでしたよね。
この場を借りて、申し上げます。本当に、ありがとうございました」
最上級の挨拶と共に、フィーナへの謝辞を述べるラナに、お礼を言われ慣れていないフィーナはおろおろとしてしまう。
「えっと、そんな大したことしてないから。たまたま知ってただけだから。ね? すごいことでも何でもないから……顔上げてよぉ」
「私も、寮長はフィーナが向いていると思います」
ため息交じりながら告げるサリアの言葉に、フィーナが「ふぇ!?」と驚き、ぴゃっ!と飛び上がった。
「さささサリアまで何言ってんの!? 私、偶然成績よかっただけじゃない!」
「ラナが言うとおり、ラナの伴魂、ラナの魔法に関しては、フィーナの提言があったから打開出来たのよ。その事実は変わりないわ。
……及ぼした影響は、半端ないけれど。
よくよく考えると、フィーナの言っていることに、間違いはないのよね。
私も、正しい事は知っているつもりだけれど、貴族として過ごしている間に沁みついた『貴族籍としての常識』『貴族籍としての暗黙の了解』に捕らわれてしまうから。
フィーナが言うことすること、普通のことなの。
私を含めた貴族籍は、それが出来ないときもある。出来てないことに気付きもしないときもある。
フィーナには何度も気付かされてきたわ。
目から鱗の経験、何度味わったことか。
フィーナだから出来ること、多いのよね。
身分の違いに、萎縮することもないし」
「え……だって、セクルトの理念って『身分の違いは関係なく、同学年同士対等』でしょ?」
首をかしげつつ告げるフィーナに、ローラとラナは目を丸くした。
「そうやけど……普通、気にするやん」
ラナもローラの言葉に頷いて「まったく対等なんて出来ません」と告げる。
「え? なんで?」
「いや……逆に『なんで』って思うか、こっちが聞きたいわ」
呆れるローラに、フィーナは眉をひそめた。
「だったらセクルトの理念って、何のためにあるの?」
正論だった。
正論なのだが、そこは「本音と建前でやりすごすべきなのでは」とローラも思うのだが……なぜか声となって出て来なかった。
フィーナが本心から「セクルトの理念」に従っているのだろうと思えるのだ。
そんなフィーナに、ローラはどう言っていいのか、わからなかった。
諭し諌める必要性も感じなかったし、諌めていいのかと、戸惑いも感じていた。
フィーナとローラのやり取りを見ていたサリアが、小さく息をついて会話に割って入った。
「フィーナはセクルトの理念『身分の違いは関係なく、同学年同士対等』ではないのかと、カイル殿下にも食ってかかったことがあるんですよ」
「え!?」
「はあっ!?」
驚くラナとローラ。
「だ、だってあの時のカイル、無茶苦茶だったんだもんっ!!」
「しかも殿下を名前呼び!?」
「はわっ!」
慌てて口を抑えるが、時すでに遅し。
言葉を失ってフィーナを凝視するローラとラナに、フィーナは「うううう……」と体を硬くして縮こまっていた。
そうした中、ふと思い出したことをサリアが口にする。
「そう言えば――。入学式の日、声をかけたカイル殿下を『誰?』と聞いたってホント?」
これまで聞こう聞こうと思っていたのだが、タイミングを逃して聞きそびれたことを、サリアは深く考えずに口にした。
それを聞いたローラが、不審な物を見る目つきで、フィーナの頭の先からつま先までを眺め見た。
「あんさん……よう生きてんなぁ」
「だ、だってっ! 入学早々、殿下に声をかけられるなんて、思うわけないじゃないですかっ! 名前は知ってたけど、顔は知らないし、声かけた時、名乗りもしないし!」
「殿下はどうして声をかけたの?」
「それはカイルに聞いてよ……」
一種の宣戦布告だったのだが、フィーナには説明する気力は残ってなかった。
しばらく、驚きに硬直していたラナとローラだったが、思考が回復すると、ため息をついてサリアに告げた。
「サリアの言うとおり、寮長はフィーナが向いとるな」
「う゛ぇぇぇぇ……」
「サリアが補佐で付く前提やけどな。そやないと、混乱、半端ないで」
「その点は重々承知しているつもりです。
……あとは、行動を起こす前に、相談してくれれば、防げる混乱も多いのでしょうけど。
ねぇ、フィーナ?」
「うううう……。気をつけますぅぅ……」
学年寮長から逃げる術はないと判断したフィーナは、肩を落として現状を受け入れたのだった。