15.貴族裁判 8
通常、相手方の帳簿までは確認しない。
今回は突出した数字に違和感を覚えたから発覚した。
その数字にも、フィーナは違和感を覚えた。
(どうしてこんな、あからさまな数字……)
数百でやりとりしている中、一つケタが違う取引は目を引く。
日々の取引のなかに少量、偽りをまぜ続けたなら、フィーナも気付かなかったろう。
あとになって思う。
カディス・フォールズは、アーティー男爵で試したのだろうと。
検閲者が、どれほど気付くのか。
気付かれなければ自分でも行い、気付かれたらアーティー男爵の所業とする――。
不正をしたアーティー男爵の件は、フィーナも聞いていた。
アーティー男爵の持領も困窮にあえいでいて、領民を思ってのことだと知る。
私腹を肥やす貴族籍は、不正で自らの懐を潤すが、アーティー男爵は一旦、自分の懐に入れながらも領民に還元した。
そうした事情を知ると、頭ごなしに非難できない。
アーティー男爵自身、自責の念に駆られながらも領民の為に奔走していた。
――アーティー男爵がカディス・フォールズ侯爵に借りがあるのは、そうした事情もあった。
アーティー男爵の弱みをつくカディス・フォールズの所業。
カディス・フォールズの姑息さに、フィーナは歯がみした。
今でも十分な暮らしと地位があるのに、なぜ不正を働いてまで私腹を肥やそうとするのか。
アーティー男爵不正の一件から、より厳重な不正防止対策が取られた。
早急に対応を迫られ、苦し紛れに採用された案だったが、後に様々な機関で採用され、書類偽造の激減につながった。
詳しい仕組みは省くが、そのシステムの波及が、カディス・フォールズには手痛い事態になったのだ。
身から出た錆なのだが――カディス・フォールズの感性が、フィーナを「要注意人物」とした。
カディス・フォールズの、自己保身の行動は早かった。
フィーナの周囲を調査し、攻め所を探る。
カディスがフィーナの身辺調査をした時期も悪かった。
本人不在、カイルも母方の故郷に長期休養――。
二人の学生としての恋仲は、スーリング祭――ダルメルの薄墨インクを話題に上げた際、周知の事実となっている。
王子と庶民。
身分差があっても、二人はセクルト貴院校生。
学生時分は、身分差関係なく、自由な恋愛を当人同士、周辺、関係者も「暗黙の了解」として認めていた。
口を出す方が「粋でない」と非難されるほどに。




