34.学年寮長【新しい学年寮長】
「ラナのことは、前から気になっていたの」
寮の部屋に戻ってから、サリアはため息交じりに口を開いた。
一部のクラスメイトとラナのやり取りに、違和感を覚えていたのだが、はっきりした状況を目にしたことがなく、疑念の域を出なかった。
加えて、フィーナのスーリング祭の手助けをしていたから、そちらに意識が向いていて、ラナへの気遣いができなかったのだという。
スーリング祭も終わって一段落したので、気をつけようとしていた矢先のことだったと、サリアは話した。
「ラナ……やめちゃうのかな」
「それはないと思うけど。
セクルトに入学する市井出身者って、何かしら秀でたものを持っている人が多いから。
基本、自分が望んで入れる学校でもないのよ。誰かが推挙して呼び寄せたはずだから。
セクルトで学んで、後々貴族籍の面々が関わる場所での勤めが考えられていたはずなんだけど……未だにそうした事情を知らず、市井出身者を蔑む輩が多いのよね」
サリアの話を「ほうほう」と興味深げに聞いていたフィーナだったが、ふと首を傾げた。
「どうしてサリアは知っているの?」
意外と物知りなサリアには、これまでにも何かと助けられている。
フィーナの素朴な疑問に、サリアは苦笑した。
「そういうことを知りえる環境にいたから」
わかるような、わからないような。
曖昧な物言いだったが、フィーナは「そうなんだ」と深く考えずに言われたままを受け止めた。
ラナのことも気がかりだが、フィーナとしては自分のこれからのことも気になる。
「このままがいいのにな……」
共同のリビングに設えてある椅子にサリアと対面する形で座って、フィーナはクッションを抱え込んでつぶやいた。
サリアにも聞こえていたが、彼女はそれに関しては何も言わなかった。
そして十日後。
フィーナとサリア、ラナにブリジットは、学年寮長の件でテレジアに呼ばれて、寮に設えてある来客室に出向いた。
室内でラナと顔を合わせた時、フィーナは伴魂の様子を小声で尋ねた。
ラナはフィーナに穏やかな笑みを浮かべて、あれから体調が回復したこと、まだ本調子ではないが、ずいぶんと良くなったと告げて、手だてを教えてくれたフィーナに、深く感謝の意を告げた。
フィーナもラナの伴魂が気になっていたので、峠を越えたと聞いてホッと安堵した。
そして改めて室内の面々に目を向けた。
樫の木で造られた重厚で大きな応接台には、テレジアとカトリーナを中央に、女教師二人が向かって左隣に、寮母と色濃い朱色の髪と瞳を有した女性が、憮然とした表情で応接台に対面するソファに腰を下ろしていた。
女性には珍しい、ショートカットの髪は、長いものでも耳元に届く程度のものだ。あまり目にしない頭髪の短さに、フィーナもサリアもブリジットも、初めて目にして驚いたが、それはそれで快活さが伺える彼女に似合っていた。
外見の印象から、フィーナ達より年上で、アルフィードやオリビアよりは年下なのではと思える年頃に思えた。
つり上がり気味の目をひそめて、彼女は入室したフィーナ達に目を向ける。
彼女を見たラナが「あ」と小さくつぶやいた。
「ローラ様……」
ラナは知り合いらしい。
つぶやくラナに、ローラと呼ばれた女性は小さな笑みで返して、すぐに憮然とした表情に戻った。
入出順で、ブリジット、フィーナ、サリア、ラナの順で、ソファに腰を下ろす。
そうした関係で、フィーナの向かい側にブリジット、サリアの向かい側にカトリーナという構図になっていた。
皆が腰をおろしたのを確認して、テレジアは小さく息をついてから口を開いた。
「学年寮長、及び寮の部屋割に関してですが――」
言って、テレジアは自身側のソファに座る面々に視線を向けた後、フィーナ達に目を向けてこう告げた。
「学年寮長はフィーナに。しかしその言動は、セクルトでの生活、貴族籍の者たちが持ちえる常識が多分に漏れていることを考慮して、特例ですが、副寮長としてサリア・スチュードを任命致します。二人は部屋を同一として、現在、ブリジットが使用している部屋へ移るように。いいですね?」
(やったっ!)
フィーナとしては大前提として、サリアと同室なら文句はない。
テレジアの言葉を聞いて、異論があるわけもなく「はいっ!」と嬉々として返事をした。
そうしたフィーナの心境の中に「学年寮長の仕事」は全くない。
戸惑ったのはサリアの方だ。即答で了承する同室者にも驚きつつ「私が、ですか?」とテレジアに尋ねていた。
テレジアは重々しくうなずいた。
「私共としても、あなたたちの事を、関わりある周囲の面々から聞き取りを行って出した結論なのです。補佐を置かなくとも、フィーナなら目を配れるのではとの意見もありましたが……。目を配れても、成した行為から起きた混乱は放置するだろうとの結論に至りました」
放置する理由として「え、どうしてわからないの?」と不思議に思うだけだとの結論に至った。
現にラナの「呪文だけで点火できた」件の対処も、教師陣が市井出身者に聞き取り等を行って、では成績をどうするかと、混乱が生じている。
フィーナは対峙する諸問題に全力で取り組むだろうが、そうした先にどうしたことが起こるのかを考える思考回路が存在しない。
それをサリアが補えるのでは――現に、今現在、補っているのではとの見解が、テレジア側の意見であり、ラナの件に関して、サリアがフィーナを諌めた場を目撃した、テレジアとカトリーナの意見だった。
「厄介事の対処をしろということですか?」
サリアは眉をひそめてテレジアとカトリーナに告げる。
フィーナと同室でもかまわないし、彼女のフォローするのも、別にかまわないのだが「副寮長」との肩書がついてしまうと、サリアにも責任が生じてしまう。
サリアとしては自身に何の利益もないまま「フィーナの子守りをしろ」と言われているようで、その点が釈然としなかった。
サリアの発言に、テレジアはにっこりとほほ笑んだ。
「サリアの負担は承知しています。
セクルトの女生徒寮に関しては、オリビア様が統括なされている部分もあるのです。
つまりはアルフィード様と接する機会もあるということです。
アルフィード様とお話する機会はこれまでにも、幾度かありました。
サリアが引き受けてくれるのなら、そうした際に、あなたの活躍とフィーナへの助力、秀でた成績等、事実以上のことを盛り込んでアルフィード様にご報告致しますわ」
「喜んで引き受させて頂きます」
テレジアの発言内容に、嬉々とした表情を浮かべて、サリアは簡単に陥落した。
側で聞いていたフィーナは、サリアの変わり身の早さに驚きつつ、自身が関わる事ながら「なんだかな」の想いがぬぐえないものの、寮長は避けられないだろうとひしひしと感じていた。
――ブリジットの、ラナへの対応を知れば特にだ。
貴族籍の声だけ拾い上げて、彼女らが言ったことが絶対、ラナのような庶民には反論の余地もなく、諾々と受け入れるしかない状況を作っていた。
――そんな状況は、フィーナも望んでいなかった。
ブリジットの手法が「嫌だ」というのなら。
機会を与えられているのなら、自分が長的な立場になるしか、方法を思いつかなかった。
前回の話で、学年寮長は終わりでもおかしくないのですが、内容的にこれも学年寮長になるかな?と思って、今回も同じタイトルにしました。
書き溜めできているので、数日は連続更新できます。
今回はすらすらと書けました。




