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猫と月の夜想曲~猫に転生した異世界転生者は脇役です~  作者: 高月 すい
第十章 ルーフェンスの巫女
619/754

170.それぞれの事情 54


 彼が洗礼を受けた3歳時に、風の精霊シルフィーの恩寵を受けたことで、皇弟を抜いて、幼いセレイスが皇位第一継承者となった。


 幼いセレイスは、周囲の状況も自分の立場も、何もわからなかった。


 従兄弟達に理不尽な暴力を受けても、どう対処すればいいのかもわからなかった。


 やめてと訴えても、聞き入れてくれない。


 腹部を強打した一撃に、座り込んで咳き込む。


 その様子を、従兄弟達はケタケタと笑ってみていた――時だった。


 ふっ――と、大気が揺らいだ。


 風が吹いたとも違う、限られた空間だけが風巻いた。


 セレイスと二人の従兄弟達が、その方に目をやると、肩をいからせ、目をつり上げたシルフィーが、三人を見下ろしていた。


「シルフィー……?」


 つぶやくセレイスの言葉で、従兄弟達は精霊の存在を目の当たりにし、愕然とした。


 実際、精霊シルフィーを見ていなかった従兄弟二人は、大人達の画策だと思っていた。


 見えないものを見えるとうそぶき、それに皆が同調しているのだと――。


 セレイスに皇位を継がせたい者達の画策だと、従兄弟二人は思い込んでいた。


 その精霊が、目の前にいる。


『うちのセレイスに……何してんの?』


 怒気をはらんだ声に、従兄弟二人は体を強ばらせるだけで、答えられない。


 シルフィーの怒りをかった二人は、地獄の空中遊泳に見舞われた。


 高速で、上下左右、円起動、他、シルフィーの気のおもむくまま、宙でもみくちゃにされる。


 三半規管を乱された二人は、解放され、地に足が付くとすぐ、胃の内容物を吐瀉した。


 その二人の頬を、ヒュン、と、風が薙いだ。


 直後、はらりと少量の髪が舞い、頬に細い切り傷が生じた。


 今は直接危害を加える行動をとっていないが――傷を負わせるのも可能なのだ。


 シルフィーの遠回しの忠告を、従兄弟二人は理解したようだった。


 それ以降、従兄弟達のちょっかいは無くなった。


 年を重ねて過去を振り返ったとき。


 あの時シルフィーはかばってくれたのではないか。


 そう思って聞くと、想定外の言葉が返ってきた。


『あ~~、違う違う。

 腹立ったのは確かだけど、そうじゃなくてね。

 人の物に手を出すな~! ……的な?

 ことだったんだよね』


 セレイスをからかうのもちょっかい出すのもイジるのも。


 シルフィーは自分を差し置いて、他の人にされたくないと言う。


 大事にされているのではない。


 人の手に渡ると悔しくなる――独占欲だ。





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