170.それぞれの事情 54
彼が洗礼を受けた3歳時に、風の精霊シルフィーの恩寵を受けたことで、皇弟を抜いて、幼いセレイスが皇位第一継承者となった。
幼いセレイスは、周囲の状況も自分の立場も、何もわからなかった。
従兄弟達に理不尽な暴力を受けても、どう対処すればいいのかもわからなかった。
やめてと訴えても、聞き入れてくれない。
腹部を強打した一撃に、座り込んで咳き込む。
その様子を、従兄弟達はケタケタと笑ってみていた――時だった。
ふっ――と、大気が揺らいだ。
風が吹いたとも違う、限られた空間だけが風巻いた。
セレイスと二人の従兄弟達が、その方に目をやると、肩をいからせ、目をつり上げたシルフィーが、三人を見下ろしていた。
「シルフィー……?」
つぶやくセレイスの言葉で、従兄弟達は精霊の存在を目の当たりにし、愕然とした。
実際、精霊シルフィーを見ていなかった従兄弟二人は、大人達の画策だと思っていた。
見えないものを見えるとうそぶき、それに皆が同調しているのだと――。
セレイスに皇位を継がせたい者達の画策だと、従兄弟二人は思い込んでいた。
その精霊が、目の前にいる。
『うちのセレイスに……何してんの?』
怒気をはらんだ声に、従兄弟二人は体を強ばらせるだけで、答えられない。
シルフィーの怒りをかった二人は、地獄の空中遊泳に見舞われた。
高速で、上下左右、円起動、他、シルフィーの気のおもむくまま、宙でもみくちゃにされる。
三半規管を乱された二人は、解放され、地に足が付くとすぐ、胃の内容物を吐瀉した。
その二人の頬を、ヒュン、と、風が薙いだ。
直後、はらりと少量の髪が舞い、頬に細い切り傷が生じた。
今は直接危害を加える行動をとっていないが――傷を負わせるのも可能なのだ。
シルフィーの遠回しの忠告を、従兄弟二人は理解したようだった。
それ以降、従兄弟達のちょっかいは無くなった。
年を重ねて過去を振り返ったとき。
あの時シルフィーはかばってくれたのではないか。
そう思って聞くと、想定外の言葉が返ってきた。
『あ~~、違う違う。
腹立ったのは確かだけど、そうじゃなくてね。
人の物に手を出すな~! ……的な?
ことだったんだよね』
セレイスをからかうのもちょっかい出すのもイジるのも。
シルフィーは自分を差し置いて、他の人にされたくないと言う。
大事にされているのではない。
人の手に渡ると悔しくなる――独占欲だ。




