165.それぞれの事情 49
本来の地位を示したら――知られたら。
プリエラは――
(潮時やったんや)
一騎士のフリも、本来の地位を隠しての日々も。
オーロッドの配下としての日常は、セレイスの想定どおりに進んだ。
そうしながら、民との接点は、セレイスが考えていたより新鮮だった。
彼らの発想に驚き、下手な上位貴族より知識や情勢把握に優れている者もいた。
何より――プリエラとの日々は、セレイスを虜にした。
時折見せる、セレイスとは違った視点に驚き、愚鈍なまでの国への忠誠は、崇高にさえ感じた。
プリエラとの関わりが途切れるのは残念だが。
(ちんたらして、攻めきれんかった報いや)
いつかは本来の姿を知られるだろうと思っていた。
――どうせ知られるなら。
(有効に使うたる)
「――シルフィー」
クラウドにタンカを切ったセレイスは、小声でつぶやいた。
声に呼応して、光粒と――説明しがたい何かしらの力が――大気の凝縮が、肩の辺りで起きたのを感じた。
ポン。
――と。
弾かれた感触の後、肩口に小動物の気配を感じる。
見えないが、見姿は知っている。
白い肌に緑の髪、瞳、衣服。
背に羽を持つ、手のひらほどの少女。
アブルード国民なら、誰もが知っていた。
風の精霊 シルフィー
アブルード皇国、皇族一族に仕える精霊。
気まぐれで、仕える相手を選ぶ精霊と知られていた。
風の精霊を使役できるのはまれで、現皇王も使役できていない。
しかし。
現皇太子は、幼少時に使役していた――。
皇太子は精霊を使役すると、アブルード国民誰もが知っている。
気まぐれな精霊が皇族に仕えるのは久しぶりだったので、事が露見したとき、国中が沸き立った。
七代ぶりの、精霊付き皇族。
精霊付きと公になって以降、セレイスが次期皇王だと周囲も定まった。
それ以前は、現皇王の弟二人と、その子らの画策により、跡継ぎ争いの火種がくすぶっていた。
現皇王を廃し、その子、セレイスが幼少であることを理由に、手綱を取ろうとしていた。
――言ってしまえば。
現皇王――セレイスの父は暗殺の危険に常にさらされていた。
その危険は、セレイスにも同様に及んでいた。
風の精霊シルフィーとの関係が無ければ、今もこうして無事だったか、わからない。
精霊は、セレイスが皇太子だと示す、最も有効な手段だった。




