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猫と月の夜想曲~猫に転生した異世界転生者は脇役です~  作者: 高月 すい
第二章 セクルト貴院校
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31.学年寮長【前詞(アンセル)】


「あなたはどうしてそう、突飛なことを……。お願いだから、せめて相談して……」


「そ……そんなに大変なこと?」


「当たり前じゃない」


「え……けど……」


(うちのクラスの魔法の授業では、これが普通なんだけど……)


 フィーナ限定だが、初歩的な魔法は前詞アンセルを唱えずに行うのが当たり前になっていた。最初こそ驚いていた担任ダードリアもクラスの面々も、今ではもうすっかり慣れてしまっている。


 その証拠に、フィーナと同じクラスの女生徒は、前詞アンセルなしに点火ランカを成し得た状況ではなく、そうした状況を驚く生徒たちの反応に驚いて、おどおどしていた。


 ブリジットや潜めいた話をしていたラナの同クラスと思しき女生徒達も、目を丸くして言葉を失っている。


 基本概念として、前詞アンセルを唱えて魔法を成すより、前詞アンセルを唱えず呪文ルキだけで魔法を成す方が高等だとされている。


 嘲っていた相手が、自身より難易度の高い手法を用いたのだ。その衝撃はどれほどのものか。


「なぜ前詞アンセルなしに成せるのですか?」


 教師に聞かれたラナは、困ってフィーナに目を向けた。


 フィーナはラナのこれまでの暮らしを想定して、ザイルの言葉を借りて、貴族籍の生活と市井の民の生活環境の違いから生じる差だと説明した。


「でしたら、アルフィードもそうなのですか? 私はアルフィードの担任をしていた時もありましたが、彼女はそうした素振りを見せなかったのですが」


 詰め寄る教師に、フィーナは我知らず後ずさりながら「えっと――」と記憶を探った。


「姉も、できていたと思います」


 家では手伝いの際、初歩的なものなら前詞アンセルなしに魔法を成していた。


 尋ねた教師は知らなかったとショックを受けつつ、なぜできると教えてくれなかったのか、自分は信用されていなかったのかと、落ち込んでいた。


 フィーナとしても、そこかしこで高評価を受ける姉が、セクルト貴院校ではなぜ呪文ルキだけで魔法を成さなかったのかと不思議だった。


(もしかして隠してた……? え。ってことは、呪文ルキだけで魔法ができるって、知られちゃまずかった?)


 でも、村では誰もが呪文ルキだけ、人によっては呪文ルキなしで魔法を使っていたのだ。隠す要素は考え付かない。


 疑問は「……あの……」と、おずおずと手を上げた、フィーナと同じクラスの女生徒の言葉で解けた。


「フィーナは初めての魔法の授業の際、実力を測る点火ランカの実演の時、生徒の中でも最初に行ったので、前詞アンセルを唱えなければならないという意識がなかったのではないでしょうか」


 点火ランカは初歩的な魔法なので、最初の魔法の授業の際、できるかできないか、実力を測るものとされていた。現時点での実力を測るものなので、指導もない。


 フィーナが二番手以降だったら、先の実演者に倣って、前詞アンセルを唱えていたのではと、彼女は推測する。


 ラナと時はどうだったのかと聞くと「前の方々が前詞アンセルを唱えていたので『前詞アンセルを唱えて点火ランカを成さなければならない』と思っていた」と話した。


 おそらくアルフィードも同じ認識だったのだろうと、推測が成された。


「フィーナが初めにしたのですか? 殿下でなく?」


 普通、成績順になされるのに。不思議そうに尋ねる教師に、フィーナも同クラスの女生徒も「まずいっ!」と体を強張らせた。クラス内での成績順位、特に「実はフィーナが首席でカイルは次席」は緘口令が敷かれている。


「な、なぜでしょうね!?」


 私にもわかりませんっ! ……と、とぼけるフィーナに、それに同意する同クラスの女生徒。


 教師は不思議そうな表情をのぞかせていたが、それ以上の追及はなかった。


「ラナの魔法の件は、ここでは判断できません。ラナの担任及びフィーナの担任であるダードリアを含めて検討致します。……正直、その他の教師の方々にもお話をお伺いしなければならないでしょうけれど」


 ため息交じりにつぶやいた女性教師が、そこでふと、何かに気付いて並び座る生徒へ目を向けた。


「この中で市井出身者の方ははどれほどいますか?」


 席を立つよう促されて、一人、二人、とおずおずと立ち上がった。


 数としてラナとフィーナを除いて三名、席を立った。


点火ランカ前詞アンセルなしで唱えられる方は?」


 女性教師が挙手を求めると、立ち上がった面々が、互いに顔を見合せながら、その全員がおずおずと手を上げた。


 その事実に、食堂内に衝撃が走った。


 食堂内がざわめきに包まれる中、尋ねた女性教師が頭を抱え、テレジアや寮母達は驚きに目を丸くしていた。


 まさかこれほど大事になるとは思っていなかったフィーナとラナは、焦りからおどおどしていた。


 そうしたフィーナを、隣にいたサリアが肘側の腕の、比較的柔らかい部分を思いきりつねり上げた。


「いったっ!」


 思わず上げた叫び声はざわめきにかき消されて、近くにいたラナやテレジア達以外には届いていない。


「どうしてつねるの!?」


 痛みで目の端に涙を浮かべながら抗議するフィーナに、サリアは張り付けた笑顔で答えた。


「……前から言ってるわよね? もう少し考えて行動してって。何度言えばわかるの、あなたは。……というより、どうしたらわかってくれるの?」


「う゛ぇぇぇぇ………………」


 対外的には笑顔を。しかしよくよく見ると、眉間に青筋を立てて静やかな怒りを灯すサリアに、フィーナは委縮して小さくなっている。


 そうしたやりとりを、テレジアやカトリーナに興味深げに眺められているとは、この時のフィーナもサリアも、思っていなかった。

 

 

 


書き溜めできているので、連日更新中です。

前詞アンセルなしで魔法できる人、フィーナ以外にもいるってお話になりました。


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