138.それぞれの事情 22
反射的に従ったのは、契約の効力の名残か――彼女を尊ぶ心からか。
人の姿から従魔へと姿を変え、移動速度を上げる。
とめどなく涙が流れた。
ただひたすら――命じられたまま、遠くへ、遠くへと走り続けた。
従魔の契りを解くには
主の犠牲が必要となる。
従魔の主である宿主。
従魔と宿主の契約とは別に、宿主は創主との契約が必要だ。
従魔は国の財産とされ、保有所持するには国の許可が必要となる。
それが創主との契約だ。
宿主が許可なく従魔の契りを解かないよう、違約時の制裁も同時に契約している。
それが何かはマサトは知らない。
聞いても彼女は煙に巻いた。
巻き込んだのは自分なのに――。
後に制裁が「宿主の犠牲」だと、マサトは仲間内の話で知った。
体の一部か全てか――失う契約なのだと。
体のどの部分か全てか、どう契約に織りこまれているのか、マサトにはわからなかった。
わからなかったが。
契約解除は彼女の不利益だと理解していた。
――だから。
やめろと叫ぼうとした。
止めれず、制裁を受けた彼女を背に走り出したのは。
彼女の声に、彼女の意志に押されたからと――。
彼女の犠牲を、無駄にしたくなかったからだった。
全速力で走り続けて、国を越えて、さらに走り続けて――。
行き倒れたサヴィス王国で、フィーナを主として日々を送りながらも。
――リージェ。
アブルードでの主。
師であり、同僚であり、仲間である。
彼女をいつも、気にかけていた。
◇◇ ◇◇
「っ! フィーナ!?」
隣の妹が、突然ぼろぼろと泣きだしたのに気づいたアルフィードが、驚きの声を上げる。
アルフィードの声に気づいた面々がフィーナを見て、同じように驚いていた。
周囲の状況にフィーナも気づいていたが……あふれ出す涙を止められない。
止まらない。
悲しさと悔しさ、自分に対する憤り、心配、後悔――無事であれとの願い……。
マサトの感情に感化され、マサトの感情が自分の感情として、涙腺が崩壊した。
嗚咽もなく、静かに涙が流れる。
驚いたのはアルフィードだけではない。
同席した面々、誰もが驚いていたが――マサトも驚いていた。
フィーナがなぜ泣くか、マサトはわからなかった。
まさか意識下の疎通で過去を見られ、マサトの感情に同調しての涙とは思っていなかった。
フィーナも涙があふれるとは思わず、涙を流しながら呆然としていた。
我に返ったのはしばらくたってからだった。




