137.それぞれの事情 21
(――何を言って――)
(――大丈夫。
あんたは根っこまで捕らわれてないから。
逃げるなら今。
逃げられるのも今。
逃げられない私の代わりに。
あんたは逃げてよ)
ふふふ。
――と、彼女は笑う。
燃えさかる炎を背に、熱流渦巻く大気の中で。
柔らかく、穏やかな笑みを浮かべていた。
勝ち気な女性だった。
男女関係なく、同僚に負けたくないと、切磋琢磨する人だった。
優しい人だとわかっていた。
男勝りな言動の中でも、その優しさを見せていた。
女性らしく、たおやかに。
女性らしく、柔らかに。
女性らしく、静やかながら凜としていた。
そんな彼女の、肩の力を抜いた、素の表情を目の当たりにして。
彼女が何をしようとしているのかも、従魔として即座に理解した。
それは、マサトが望んだ手法ではなかった。
(――「待っ……っ!!!!」)
やめろと叫びたかった。
反射的に上げた声はそれしか言えず。
マサトの声も聞こえていたはずだろう。
言いたいことも、わかっていただろう。
手を伸ばし、声を上げるマサトに、彼女はふわりと笑みを深めて、あの言葉を口にした。
(――「 」)
(――「やめ――っ!!」)
やめろと叫ぶ前に告げられた言葉。
従魔の契りを解く呪文。
――口にすると同時に。
大きく、彼女の体が揺らいだ。
びくりと身を震わせた彼女は、地に横たわる。
側臥位の彼女に駆け寄ろうとしたマサトに、彼女が叫んだ。
(――「来るなっ!!」)
反射的に立ち止まったのは、これまでの経験からする脊髄反射か――切羽詰まった危機感の声に反応したからか――。
足を止めたマサトに、彼女は横たえた体の上半身を、腕の力で起こして声を上げた。
(――「行けっ!!」)
思うままに――自由に。
彼女の意志は感じたものの、急なことに、マサトは戸惑い、動けない。
そんなマサトに、彼女は重ねて声を上げた。
(――「振り返るなっ!!!」)
気づいた時には――走り出していた。
従魔と主。
その関係性から彼女の命には背けない。




