112.シンという男 54
リュカと繋がりのあるアルフィードが、誰よりも先にその動きに気づいて叫んだ。
アルフィードの声に反応して――その方角を見たフィーナとシンが。
霧の中から剣をかぶり振って詰め寄るリュカに気づいたのは、霧散化した氷槍がフィーナとシンに吹きつけ、その風雪で目を閉じていた時だ。
アルフィードの声に、フィーナとシンはハッとする。
目をかばいつつ、すがめた視界の先から、剣を振りかぶって躍りかかるリュカが見えた。
フィーナもシンも同時に驚き。
対処しようにも間に合わないほど、接近していた。
剣を構えて防御の態勢をとるフィーナ。
即死、致命傷は避けられても、相応の傷は免れないだろう――。
そう考え、覚悟したフィーナだったが――。
キツく目を閉じて、全身を強ばらせた直後。
閉じた目の端に、まばゆい光を感じた。
それが何か、考える前に。
「オズマ!!」
(――――え?)
かすれを含んだ低い声、唸る獣声、衝突する何かしらの音、それとほぼ同時にリュカが苦悶の声をあげた。
声に驚いて目を開くと、リュカが飛ばされたように後方で倒れている。
状況がわからず、身を固くして構えていたフィーナとシンはあっけにとられていた。
響いた声は、フィーナが知る馴染み深い人の声と似ていた。
警戒心から高まる鼓動とは別に、フィーナは自分でも理解しがたい高揚を感じた。
後方で聞こえた声の方を反射的に振り返ると――。
腰まで届く、白髪交じりのダークグレーの長髪をオールバックになでつけ、うなじで一つにまとめ。
鼻下の口ひげ、口の周りにひげを整えた、齢六十代ほどの男性が。
――見覚えある、男性が。
貫頭衣風の上着、下には袖も長く、足脚服も長い衣姿で、たたずんでいた。
◇◇ ◇◇
どうして――?
老齢の男性を見たフィーナが困惑すると同時に、シンの――マサトの困惑も伝わってきた。
(――「え? カンフー?」)
声と同時に心に浮かんだ情景も伝わってくる。
見知らぬ男性同士の激しい体術応戦。
彼らの服が、確かに似ていた。
(袖付きの上着とは違うけど――)
老齢の男性の衣服は、袖の長い上着の上に、膝丈まである貫頭衣を着て、腰紐を巻いている。
下半身は、貫頭衣の下に薄手の長衣を履いている。
形態は違うものの、貫頭衣にあしらった装飾刺繍は、伝わってきた情景の物に似ていた。
それより何より、フィーナは老齢の男性を見て、思わず叫んでいた。
「おじいちゃん!?」
そして、フィーナの側に大柄の獣がふわりと寄りそう。
「オズマ――」
名を呼ばれたオオカミは、激しく尻尾を振って嬉しさを体現し、フィーナの頬をペロリとなめた。
なついてくる獣を撫でて、フィーナは再度、祖父に目を向けた。
切れ長の目は、鋭くリュカに向けられている。
「――オズマ」
祖父に呼ばれ、オオカミはすっとその傍らに戻る。
「――じいちゃん、だよな?」
側にいたシン――マサトが、フィーナに小声で訊ねる。
シンも伴魂の姿時に、フィーナの祖父と一度だが対面している。
以前から考えてました。
祖父の登場。
考えてた登場の仕方と違いますが。
それはそれ。
……ってことで。
もっと武闘派な部分を出したかったんですけどね。




